34.7番隊への指令

 ヴァークはしばらく2人の攻撃を小太刀一振りで凌ぎながら後退する。

 レックスとリサは身体が温まったのか、息を合わせて交互に矢継ぎ早に猛攻を浴びせかけた。レックスの稲妻を帯びた一撃と、リサの後退先を見越して放つ火炎弾が逃げ場を奪う。

 ヴァークはそれでも顔色一つ変えずに踊るような足さばきで引く。

「そこだぁ!!」レックスは容赦なく両手で構えた渾身の一振りでヴァークの隙に向かって振り下ろす。そのタイミングは呼吸の合間であり、堪らずリズムを崩したヴァークはその攻撃で壁の向こう側まで吹き飛ばされ、穴の中へと消える。轟音だけが響き、煙が吹き上がる。

「あぁ! ちょっと、これは訓練でしょ? やりすぎじゃない?」物騒な攻撃を目の当たりにし、冷や汗を掻きながら冷静さを取り戻すリサ。

「あぁ?! ……あ、やべっ……ナチュラルに首狙ってたわ、俺……」同じく正気に戻ったレックスは確かな手応えを感じ取り、表情を引き攣らせる。

 地響きが収まると、ヴァークの消えた穴の中から殺気が漏れる。


「……成る程、総隊長の言った通りだ……序列的には先輩だった者が部下になると厄介だとな……そして、そう言った者達の黙らせ方も教わった……」


 すると、穴の闇から一筋の紫光が伸び、壁を出鱈目に斬り裂く。壁の破片は全て弾丸の様に飛び、2人に襲い掛かる。

「「やべぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」」2人は同時に左右へ跳び、殺気の方へと顔を向ける。

 ヴァークはふわりと優雅に跳び上がり、一番高い塔の先へ着地する。彼の握る小太刀は無属性の紫光が帯び、彼の身長よりも長く、そして鋭く伸びていた。

「いやいやいやいや、それは流石にやめようよ!! それはシャレにならないから!!」彼の無属性刀の恐ろしさを知るリサは慌てて両手を振る。

「いや、本気モードの隊長をビビらせてこその……」と、レックスは負けじと一歩足を出す。が、武器を握る手と膝はガクガクと震えていた。

 ヴァークは微笑を浮かべ、その場からフッと消える。

「あれ?」殺気と気配が消え、目を点にする2人。そんな背後から無属性刀を振るう音が聞こえ、冷や汗が出る前に回避行動を取る。

いつの間にか背後を取っていたヴァークは無数の斬撃を繰り出した。一振りするだけで大気が何等分にも引き裂かれ、周囲の壁や地面に切り傷が入る。

「ご、ごめんなさいって!! 許して隊長!!」エレメンタルバスターガンの先に取り付けてある銃剣をあっという間に斬り飛ばされ、泣きべそを掻くリサ。

「くそぉぉぉぉぉ!! ここまで実力が離れているなんて聞いてねぇぞぉぉぉぉ!!」柄だけになった大太刀を投げ捨て、回避に専念するレックス。

 そんな3人のやりとりを、周囲に集まった7番隊の面々が静かに眺めていた。

 しばらくすると、スーツに身を包んだ色白のスキンヘッドが現れ、手を叩いた。

「はいはい、休憩時間は終わりだ!」その男は黒勇隊諜報部主任のボーンだった。

 彼の合図と共にヴァークは矛を収め、何事もなかったように彼に一礼した。2人は汗だくになって尻餅を付き、魂が抜けた様な表情で虚空を眺めていた。



 とりあえず休憩室に来た3人とボーンは椅子に座り、互いの顔を見合わせる。

「この隊には慣れたか?」ヴァークと同年代のボーンは気遣うように顔色を伺った。

「もうすぐ慣れる所です」と、未だに息の上がる2人に目を向ける。レックスとリサは縮み上がった猫の様に背筋を凍らせる。

 その様子を見て、ボーンは一冊のファイルを取り出してヴァークに渡した。

「指令だ。1週間前、東大陸ガルオニア国の東海岸のとある場所に4番隊を向かわせたが、消息を絶った。そこは『世界の影』が昔使っていたアジトだったのだ」

「世界の影?」リサが首を傾げる。

「魔王様が現れる以前からいる、世界を裏から牛耳る謎の組織だ。ま、今は影響力を失って焦っているみたいだがな」レックスが口にし、鼻で笑う。

「君たち7番隊への指令はアジトの調査と、4番隊の救出だ。その際、ウチの諜報員をひとり付ける」と、ボーンが合図をすると休憩室に軽薄そうな赤髪の男が現れる。

「チィーッス! 黒勇隊諜報員のフィルっす。おぉ~、あんたが噂の隊長さんっすかぁ~」と、ポケットに手を突っ込みながら馴れなれしく近づく。

「……なんだ? こいつ」複雑そうにレックスが漏らす。

「コイツとは失礼っすねぇ~ って、お? あんたのその髪、地毛っすか?」と、レックスの紅髪を指さす。

「あぁ、そうだ!」

「んだよぉ、キャラ被っちゃうじゃん! 主任、髪を染める時間はありますか?」

「何だコイツ!?!」レックスは更に表情を歪めながら立ち上がり、フィルを指さす。

「……まぁ、見た目や態度はこんなだが、仕事だけは真面目にやる。安心してくれ」ボーンは誰にも目を合わせない様に手に持つ資料へと目を落とす。

「これで不真面目だったら、どこも働き手はないわね」リサは冷たく言い放ち、ふっと鼻で笑う。

「確かに、言えてる!」と、フィルは自ら口にして笑いながら手を叩いた。

「自分で言うな! 自分で!!」レックスは更に大きな声で突っ込み、気に入ら無さそうにフィルのにやけ面を睨んだ。

「さ、装備を整えて飛空艇へ向かうぞ」ヴァークは冷静に指示しながらコートの乱れを正しながら腰を上げた。



 7番隊総勢18名と諜報員1名は高速飛空艇ガルムドラグーンに乗り込み、装備の確認を行っていた。

 隊員15名にはサバイバルセット、エレメンタルブレードにエレメンタルガンが支給され、各々が装備の確認をした。

「俺、飛ぶのダメなんですよぉ~」隊員のエルは重い溜息と共にボヤきながらエレメンタルブレードにクリスタルをはめ込んだ。

「お前、毎回そうだよな。乗り物酔いか?」ジップが尋ねると、エルは首を振る。

「高いところがダメなんですよ……」

「随分シンプルだな」と、エレメンタルガンの調整を行いながら苦笑するジップ。

 副隊長のリサには新型のエレメンタルバスターガンが支給される。腕に装着し、肘で固定され、スイッチ一つでクリスタルの切り替えが行えるすぐれ物であった。更に先に備わった銃剣にも魔力を流せるように出来ており、エレメンタルのモードによってライトニングブレードにもバーニングブレードにも切り替える事が可能であった。バレルも3種類に切り替える事が出来き、以前よりも器用な戦闘が行えた。

 同じく副隊長のレックスには匠が仕上げた『髑髏裂き』という大太刀が用意された。刃は説明するまでもなく鋭く、峰は鮫の牙の様にギザギザに尖っていた。柄には小さな魔石が仕込まれており、レックス自身の魔力を流し込むことによって魔力がブーストされ、大太刀の鋭さが増す様に仕上がっていた。

 そして、隊長であるヴァークには隊員と同じサバイバルキットが支給されるのみであった。彼の得物は小太刀だけで十分であった。

 ただ、ヴァークは周囲の隊員たちと同様に己の小太刀を抜き、刃と柄、握り手の具合を確かめて腰に収めた。

「よぉし、準備はいいっすか? 楽しい空の旅が始まるっすよぉ!!」と、はしゃぐフィル。彼はいつの間にか髪を深緑色に染め、ゴーグルを掛けていた。

「おい、芝生頭! あまり五月蠅くすると叩き出すぞ!」背に大太刀を収めたレックスは額に血管を浮き上がらせながら怒鳴った。

「誰が芝生頭っすかぁ? って、俺か!! そう、エコロジーヘッドと呼んでくれ!」

「意味わからん」シートベルトを締めながらリサが呆れ顔を作る。

「飛行時間は2時間だ。頼んだぞ」ヴァークが飛行士に合図すると、高速飛空艇ガルムドラグーンのエンジンが掛かり、ブースターから景気よく火が噴き出る。

 それを合図に隊員たちは疎らなリアクションを取る。ある者は深呼吸し、またある者は窓の外を眺め、エルは表情を青くさせながら歯をカタカタと言わせていた。

「さて、このままブリーフィングを始める」



 ガルオニア国の東海岸にある世界の影のアジトと呼ばれるアルデウス地方。ここには廃虚となった街と城が今も取り壊されずにそこに残っていた。普通なら野盗などの住処になったが、そこからは夜な夜な不気味な悲鳴や咆哮が轟き、野生動物の一匹すらより着く事はなかった。

 そんな殺気漂う廃虚にひとりの女性が脚を運ぶ。

 その者は体にフィットした紅いスーツを身に纏い、誰に見せつけているのか胸元を強調させていた。

「さて、邪魔が入らない内に……」

 彼女はハイヒールをコツコツと小気味良く音を立てながら歩を進め、眩い光と共にその場から消え去った。

 その者はアリシア・エヴァーブルーの母親にして北大陸中で最重要指名手配を受けるナイア・エヴァーブルーであった。

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