33.黒勇隊の日常

 北大陸、バルバロン国内、黒勇隊本部。

 一昔前は建物丸ごとが情報部としてしか機能していなかったが、今では規模が大きくなり、本部と呼ぶに相応しい大きさになっていた。

 ここには1番隊から20番隊までの黒勇隊がここに控えていた。命令が下ると、『ガルムドラグーン』という兵員輸送用の飛空艇で大陸全土、どこへでも向かう事が出来た。

 大勢の隊員がいるだけあって、居住区や商業エリア、娯楽施設など充実しており、今やこの本部はひとつの街となっていた。

 そんな街のカフェテリアで、黒勇隊7番隊の者達が昼のコーヒータイムを楽しんでいた。

 数年前までの黒勇隊は皆が皆、黒甲冑にマント、フルフェイスメットを装備するのが原則であったが、現在は動きやすい制服と胸当て、ヘルメットのみとなっていた。副隊長になると制服ではなく誂えた好きな服を着る事を許されていた。

「あぁ……この仕事を始めて何年だっけかなぁ……」ひとりの隊員がコーヒーカップを片手にぼやく。

「お前はまだ3年ぐらいだろ。どうした? その程度で何か悩み事か?」勤続10年の隊員が渋い声を出す。

「ジップさん。いや……いきなり来て副隊長に収まり、あれよあれよと出世したウチの隊長さぁ……あの人、何なんだろうなぁ……」と、苦そうにコーヒーを啜る。

「いきなり副隊長って前例はあるぞ。『勇者の時代』にはそんなのが何人もいたとか……総隊長のゼルヴァルトさんも、そういうエリートらしいぞ」

「エリートねぇ……確かにエリートに違いないな。頭いいし、強いし……イケメンだしな」

「あまりぼやくな、エル。ほら、もうすぐ訓練の時間だぞ。先日配属された新人を絞ってやろう」と、ジップはコーヒーを一気に飲み干し、ヘルメットを被り直しながら立ち上がった。

「えぇ? もう行くんですかぁ?!」

「そんなんだから出世できないんだよ!」

「いや、あんたに……へい」と、エルは渋々と立ち上がり、ジップの後ろをため息交じりに付いていった。



 この街には巨大な立体訓練場があった。ここは山岳、密林戦だけでなく街や建物内での戦闘を想定した、入り組んだ訓練場であった。斜塔が聳え、建物が並びたち、更に橋や鉄骨などが掛けられていた。

 そんな訓練場のど真ん中の広場に3人の黒勇隊士が立っていた。

 ひとりは隊長であるヴァークであった。グレーのロングコートに後ろで束ねた長髪が目立つ、端正な顔立ちの青年であった。

 もうひとりは副隊長のレックス・クリムゾンフィールドという青年であった。紅髪と着崩した黒勇隊制服が特徴的であった。

 最後のひとりは同じく副隊長のリサ・リヴァーウッドという女性隊員であった。

「やっぱさぁ、俺の方が隊長に相応しいと思うんだよねぇ~」レックスは得意の得物である大太刀を背負いながらヴァークに歩み寄る。

「相応しいかどうかは上が決めるからな」ヴァークはレックスのニヤついた顔を見て、苦笑する。

「ほぉ、自分は好きでなったわけじゃない、と? なんて嫌味なヤツだ! なぁ聞いたかリサ!」

「あたしに絡まないでくれる? 興味ないからさ」リサは胸の下で腕を組み、ワザとらしくため息を吐く。

「よぉ~し! 訓練開始まであと10分程度か? その間にお前をコテンパンにぶっ倒して、誰が隊長に相応しいか決めようじゃないか!」と、大太刀を片手に構え、自慢の雷魔法を全身に纏う。

「勘弁してくれないか? 手を抜くのも難しいんだからさ……」参ったように首を振る。

「あ! 今の聞いたか? 今のは絶対に俺らを見下している言動だぜ!! 許せるかぁ? リサァ!!」

「だからあたしに絡むなって!! ウザい!!」リサはワザとらしく彼から距離を取る。

「……じゃあ、お前はこのまま副隊長のままでいいのかよ?」

「別に」即答し、顔を背ける。

「つまんねぇヤツだな……よぉし! いくぞ隊長!!」レックスは駆け出し、大太刀に稲妻を纏って容赦なく振り被る。彼の踏み込みは雷で加速されている為、一瞬で間合いが潰れる。

 しかし、レックスの一撃はヴァークの小太刀にいとも簡単に防がれる。

「悪いが、武器を変えさせてくれ。これは刃引きをしていないから間違いが起こると、痛い目に遭うぞ?」

「そういう態度が気に入らないんだよ!!」レックスは彼の頼みは聞き入れず、大太刀の雷加速連撃を浴びせかける。

 彼の斬撃は大岩だけでなく分厚い鉄板すら十字に四等分に斬り裂けた。更に遠距離の雷魔法も得意で、50メートル先の獲物をサンダーボールで仕留める事も出来た。

 ヴァークはそんな彼の連撃を小太刀の先で軽々と受け流していき、回し蹴りを放つ。

 レックスは左手で防御しながら飛び退く。

「おいリサ! 手伝えって!!」

「やーだ」と、近場に腰掛けて脚を組む。彼女は得物であるエレメンタルバスターガンを取り出し、手入れを始めた。

「ったく、そんなんだからまだお前は副隊長なんだよ!」

「あたしは副隊長になって半年よ? あんたは何年だっけ? 2年? 3年?」

「5年だぁ!!」と、額に血管を浮き上がらせて飛びかかり、ヴァークの顔面を狙う。

 彼は容赦なく殺気を放ち、実戦と変わらない本気モードであった。が、これは彼が訓練も実戦も遊びもわからないバカだからではなかった。腹の底から本気にならなければ、ヴァークと遊べない事が痛いほど分かっている為であった。

 ヴァークは笑いながら高く跳び上がり、鉄柱の足場を蹴りながら更に高い斜塔へと昇る。彼はやる気が無いと見せていたが、脚運びと位置取りは実戦と変わらなかった。

「本気でいくぞ! 今度こそ隊長の座を頂く!!」と、大太刀に蒼電を纏い、振り回しながら一足飛びでヴァークのいる斜塔まで飛ぶ。壁面に着地し、駆け出し、塔を切り刻みながらヴァークまでの間合いを詰める。

「ほぅ……」感心する様にまた跳躍し、目を細める。

「そこだ!!」切り裂かれた塔の壁を足場に跳び、滞空するヴァーク目掛けて雷球を飛ばす。牽制打ではあったが、その威力は必殺級の貫通力を秘めていた。

 ヴァークはそれを回転しながら器用に避け、レックスの一撃を余裕で受ける。彼の一撃は両手で振られた渾身の斬撃であったため、地に足を付けていないヴァークは吹き飛ばされ、壁に激突する。

「よし! もらった!!」更に追撃する様に稲妻を飛ばしながら彼目掛けて飛ぶ。

「ふぅむ……」激突ダメージは受けておらず、余裕で埃を払うヴァーク。

 次の瞬間、ヴァークの瞳からレックスのみを射抜く殺気が放たれる。それは彼の芯を貫く。

「……ぐぉう!!」空中で体勢を崩し、魂が抜けた様に身体から力が消える。地面に激突する寸前、リサが彼を受け止める。

「……見る限り、勝負になってないよ?」冷静に判断した彼女は、彼に戦いをやめる様に口にする。

「くそ! 俺はまだ!」

「止めときなって! もうすぐ隊員たちが来て、皆がこの戦いを見る事になるよ? 皆の前で恥を掻きたいの?!」

「誰が恥を掻くだ!! 誰が! だからお前も手伝えって!! 隊長が慌てる様を見たくないか? あの余裕なイケメン面が崩れる所をよぉ!!」

「……そう言われてみると、気になるね……いいわ。少しだけ援護してあげる」と、エレメンタルバスターガンの安全装置を外し、ファイアクリスタルを装填して腕に装着する。彼女の武器は最新型であり、クリスタルさえ装填すればどんな属性でも放つことが可能であり、更に銃口のアタッチメントを変えれば放つ魔法攻撃の種類を変える事もできた。

 そんな万能武器の銃口をヴァークへ向け、舌をペロリと出す。

「さ! 行きな!」と、炎の散弾を連射する。

「おう!!」と、レックスは跳び、再び飛びかかる。

 そんな2人を見てヴァークは楽し気に微笑み、ここで初めて小太刀を構える。

「好奇心旺盛なのは良い事だ」

 次の瞬間、彼は跳び来る火炎散弾を必要最低限だけ刻み落とし、その向こうから襲い来るレックスの斬撃を受け止める。

 そこから彼はレックスの連撃を受け太刀しながら後退し、いなして背後へと回る。

 レックスは歯を食いしばって振り向きざまに振り、更に稲妻を弾けさせる。

 それに合わせる様にリサはヴァークの背を狙って大型火炎弾を放つ。

 前方から雷、後方から炎。絶体絶命に見えたが、ヴァークは余裕の笑みを崩さずに前進し、稲妻を魔力で纏った腕で弾き、怯んだレックスの腕を引いて自分の背後へと突き飛ばす。

 結果、レックスはリサの火炎弾を間一髪で弾き、軽い火傷を負った。

「こらぁ!! 足を引っ張るんじゃねぇよ!!」

「お前こそ隊長相手に正攻法でイケると油断してるんじゃないよ!!」リサは中指を立て、歯を剥きだしながら怒鳴った。

「全くコイツらは……」ヴァークは呆れながら苦笑し、首を振った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る