32.未来の副司令官
タイフーン強盗団残党を早々に片付けたラスティー達が町へ戻る頃、夕刻になっていた。ラスティーとキャメロンは真っ直ぐに指令室へ向かい、一服していた。
「ねぇボス。ウチの旗のデザインなんだけどさぁ……趣味悪くない?」反乱軍との戦いの時にラスティーが掲げた旗の柄を思い出しながら口にするキャメロン。
その旗は額に剣の刺さった髑髏マークであった。傭兵の皆からは好評であり、戦闘時にはそこそこの士気上げに役立っていた。
「そうかぁ? 打倒魔王を掲げる軍団には丁度いいと思ったんだが?」ラスティーは片眉を上げながら唸る。
「海賊じゃないんだからさぁ……」
「でも、もうあのガラで色々作っちゃったからなぁ……」と、呟く。現に旗だけでなく、剣や盾、鎧の胸や軍服などのありとあらゆる物にあのガラを張り付ける様に発注したばかりであった。
「ま、いいけどさ」
すると、彼らのいる部屋に汗だくになったエディがフラフラになりながらやって来る。脚はもつれ、堪らず近くのソファへ枝垂れかかる。
「お疲れさん」整理した書類を手にし、目を落としながら口にするラスティー。
「お、お疲れさんじゃねぇよ……マジであそこから歩かせやがって……」
「んで、話があるんだが」
「ちょ、ちょっと水をくれないか……できればアイスティーを……」エディは未だに苦しそうに呼吸を繰り返し、額に手を置く。
ラスティーが手で合図をすると、キャメロンが慣れた手つきでグラスに水を注ぎ、あえてエディには手渡さずに机の上に置く。
「ほれ」
「意地悪な連中だ……ったく」這うようにソファから降り、グラスを手に取って一気に飲み干す。「で、話ってなんだ?」
「ウチの副指令をやってくれないか?」
この言葉にエディは鼻から水を噴き、咳き込む。キャメロンも驚いた様な表情を作ったが、反射的に反論するような事はしなかった。
「何で急に?! ここの副指令はレイのヤツじゃないのか?!」堪らず立ち上がり、ラスティーの前で机を両手で叩く。
「だって、あいつやりたくないって言うし……いなきゃいないで困るポジションだしな」と、書類を脇において頬杖を付く。
「他にいないのか? てぇか、なんでいきなり俺なんだ?! ただの1000万ゼルの借金持ちだぞ?」
「キーラもダニエルもオスカーさんも副指令ってガラじゃないし、他に相応しいのは……キャメロンはやるか?」と、隣の彼女に話を振る。
「冗談でしょ?」対して拒絶する様に表情を歪めるキャメロン。
「だってさ。やってくれるか?」ラスティーはエディの目を見て微笑む。
「いやいやいやいや! せめて何で俺なのか理由を言ってくれ!!」
すると、ラスティーは一冊のファイルを手に取り、エディの前に差し出す。
「それを読んで見てくれ」ファイルの内容はベルバーンシティから受け継いだ負の遺産について書かれていた。
エディはそれをパラパラと読み進める。
「麻薬問題か。毒として扱っても薬として扱っても、印象の悪い代物だな。魔王軍は闇で上手く転がして小国を骨抜きにしてたっけな」と、ファイルをパタンと閉じる。
「どうすればいいと思う?」ラスティーは煙草を咥えながら問う。キャメロンが煙草の先に向かって火花を飛ばして着火させる。
「燃やしちまえよ。結果、どう扱おうとも麻薬には悪印象が付いて回る。そういうモノが肝心な時に足を引っ張るだろ。火を弄ぶ覚悟が無いなら、最初から手にしないに限る」エディは冷静に答え、ラスティーの目を見返す。
「うん、ワルベルトさんの言う通りだな」ラスティーは満足そうに笑う。
「は?」
「お前の事は全てワルベルトっていう俺の相談役から聞いていたんだ。中々切れる男だから、手元に置いておけってな。お前が1000万持ち逃げした時は焦ったが、ワルベルトさんが気を効かせてマーゴットを通して監視してくれた。それだけお前の事は買っていたんだ。んで、今回お前を色々と試したんだ。ウォルターに観察させたり、同時に彼をどう扱うか、様子を見たりな」
「気に入らない話だな」エディは腕を組み、深い溜息を吐く。
「少し脇は甘いが、中々に鋭く頭が回る。それに軍団を率いていた事もあるし、何よりバルバロンにいた時の経験が素晴らしい。どうだ? やってくれないか?」ラスティーは立ち上がり、手を差し出して握手を求めた。
エディはその手と彼の目を交互に睨み、しばらく考える様に唸る。仕舞には観念した様なため息を吐き、彼の握手に応えた。
「わかった。やってやろうじゃないか」と、強く握る。
「それはよかった」煙を吐きながらニヤリと笑うラスティー。
「給料は高いぞ?」
「考えておく」
「1000万はチャラか?」
「ダメだ」
「……天引きはカンベンな……」エディは乾いたように笑いながら肩を揺らした。
その頃、診療所の奥の集中治療室。そこのドアからロザリアが顔を出し、左右を見回していた。彼女は未だに全身にヒールウォーターの染み込んだ包帯を巻き、その上から入院患者用のローブを着ていた。
「大丈夫だな」と、脚を出した瞬間に凄まじい殺気が飛ぶ。その先には鬼の形相をしたエレンが鼻息を荒くして立っていた。
「まだダメって言ったでしょ~が!!!!」
エレンはヒールウォーターで出来た水触手で彼女を絡め取り、強引にベッドへと引き戻した。
「しかし、このままでは身体が鈍ってしまう! それに、街の警備が……」
「警備の方は大丈夫です!! 皆さんに任せて治療に集中してください!」と、エレンは彼女をベッドに縛り付けながらも傷の回復を促す魔法を浸透させる。
彼女の傷は下手な回復魔法をかけると骨や筋肉が疲労し、数年かけて肉体が衰え、仕舞には古傷が爆弾の様に破裂する危険性を孕んでいた。その為、慎重な治療が必要であるため、エレンは神経をすり減らして術を施していた。
「すまない……じっとしていられなくて……それ……」と、遠い目を向ける。
「それに?」
「世話になった村の人々にまだ礼を言えていない……それに、村の警備も……やはりここでじっとしては……」と、エレンの方へ顔を向ける。
「……心配ありません。お世話になったあの村の守りはキーラさんの隊が請け負っています。それから、あと数日したら外出の許可を与えますので、その時に一緒に参りましょう」
「それはよかった……ありがたい」
「その代り、鎧も剣もナシです!」
「……はい」ロザリアは大人しく頷き、枕へ頭を預けて静かに目を閉じた。
「でも目は離せませんね……まるでアリシアさんみたいですね……」と、懐かしむ様に微笑む。が、彼女との別れ際を思い出し、首を振るう。「あの時の二の舞は御免です! 絶対に貴女は完治させますからね!!」
「寝られないのだが……」
その夜、ラスティーの元へ疾風団からの新たな情報が届けられる。
それは、黒勇隊が西や東の大陸へ上陸し、怪しげな行動を取っているというモノだった。
「魔王め……本格的に勢力を広げるつもりか?」と、書類を読み進める。
その中で一際目立ったのは、黒勇隊7番隊に新たな隊長が就任したというモノであった。その者は3か月前に副隊長の任に就いたばかりであったが、短期間で数々の戦績を上げ、圧倒的な実力と指揮能力が評価され、たちまち隊長の座に就いたのであった。
この様な情報は普段ならすぐに次の情報へ移るところであったが、ラスティーは興味深そうに読み進めた。
その者はなんと、紫色の刃、つまり無属性を器用に操り、どんな物でも一刀両断にすると記されていた。剣の腕も凄まじく、何者も寄せ付けぬほどの実力を持ち、現在の黒勇隊の総隊長を務めるゼルヴァルト以上とも噂される程であった。
「無属性を操る……だと? 一体どんな奴だ?」
その者の名は『ヴァーク』と記されていた。
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