37.暗黒の廃城

 7番隊たちは城門を潜り抜け、廃城の大庭園まで辿り着く。草木や花は枯れ果て腐り、禍々しい臭いが立ち込めていた。更に村人か城の者か、腐敗した死体が数十体と山となって詰まれ、蠅が群れを成して飛び回っていた。

「うわ、ひでぇ……」隊員のジップが鼻を押さえながら表情を曇らせる。

「生きて帰れるか自信が無くなってきた……」同じく隊員のエルが表情を青ざめさせ、膝を震わせる。

 そんな彼らを見てか、リサが出力最大にしたバスターガンを構え、死体の山を焼却する。

「こんなのでビビらない!」と、バスターガンの先から噴き出る煙を吹き消す。

「副隊長は良いですねぇ。上は、そういうすぐれ物を支給してくれるんですもん」ジップは自分の持つ装備との差を指摘する様にリサのエレメンタルバスターガンに指を向ける。

「だからあんたは出世できないのよ」

「は?」癇に障ったように表情を歪める。彼は立場こそ下だが、リサよりも先輩であった。

「これは支給の装備ではなく、エレメンタルウェポン工房に足を運び、自分で金を払って設計した特注品なの。それも、隊員時代から武器や装備は拘っている。つまり、最低でもそれだけ意識を高めなければ出世は出来ないってこと。あたしみたいな属性を宿さないハンパ者は特にね」

「属性を宿さない?」ジップは驚いたように口にし、反省する様に俯く。

 リサはどの属性も身体に宿さない性質を持っていた。こういった者は世界人口の7分の1ほどいた。彼女らは魔力を帯びる事は出来ても、何かしらの属性としてそれを放出する事が出来ず、どんなに努力しても属性使いには慣れなかった。

「じゃあ俺みたいな光使いでも、副隊長になれますかね?」エルは自分に指を向けて首を傾げる。

「心がけ次第よ。腕を磨くなり、装備を上質な物に変えるなり、頑張んなさい」と、リサは先頭へと戻り、ヴァークたちの侵入プランの相談に参加する。

「……よぉし! 俺も頑張るぞぉ!」エルはやる気を全身に漲らせ、支給の装備を両手に構えて眼光を鋭くさせる。

「っても、ランタンボーイが副隊長って想像できないな」茶化す様にジップが口にし、彼の背中を叩く。

「その呼び名はやめてくださいよぉ!」彼は前に所属していた隊でこの呼ばれ方をされ、からかわれていた。



 ヴァークの侵入プランは、隊を3つに分け、正面、裏手、水路から入り込み調査し、あわよくば消息を絶った4番隊を救出するというモノだった。

「確かに分けた方が、効率が良いな。だが……」喉に何か引っかかった様に言葉を濁すレックス。

「だが、なんだ?」ヴァークは柔らかく問う。

「4番隊も俺たちと同じ人数でここへ調査に来た筈だ。多分、ここで同じようにプランを立て、隊を2つか3つに分けた筈だ。その結果、消息を絶ったわけだ。俺達が同じことを繰り返さないか心配だ」

「貴方らしくなく、慎重ね」リサは腕を組み、悩ましそうに唸る。

 すると、レックスは彼女に向き直り、眉を逆八の字に上げた。

「俺は確かに自分の強さに誇りを持っているが、隊の中でワンマンプレイをする気はない。全員で無事に帰還するまでが任務だ! そうだろ、隊長」と、ヴァークへ目を向ける。

「あぁ、そうだな」ヴァークは静かに頷きながら表門へと目を戻す。

 今度はフィルが不服そうに前に出て、口を開く。

「でも、それだと雁首揃えて正面から侵入し、運が悪ければ一網打尽にされるって訳っすよねぇ? その方が、リスクが高い気がするなぁ~ それに、俺は俺の仕事が出来ればそれでいいんっすけどねぇ~」

「お前は勝手に動けばいいだろ! ただし、俺たちの邪魔はするな! この芝生頭!」レックスは更に目を尖らせ、彼に顔を近づけた。

「オーケーっす! んじゃ、俺はヴァーク隊長の傍にいますよ~ それが一番安全そうだし」と、隊長の影に隠れる。

 話し合いの結果、彼らは結局3つの隊に分けて侵入する事に決める。

 ヴァークは正面から、レックスは裏手から、そしてリサは水路から進み、城内で合流。その後、十分に調査したのちに屋上へと向かい、照明弾でガルムドラグーンへ合図を送る、という計画へと落ち着く。

「では、各々頼むぞ」と、ヴァークは躊躇なく正面玄関へと向かう。

「言われなくても。行くぞ」と、レックスは己に預けられた隊員たちに合図を送り、裏手へと向かう。

「……なんかハズレを引いた気分ね」リサはため息を吐きながら水路を目指した。



 その頃、ナイアは城の地下深くへと侵入していた。そこは死臭と乾いた血の臭いが漂う死体置き場の様な場所であった。

 彼女はそこで淡い光を纏いながら歩き、周囲を注意深く観察する。

 そこにも大庭園にあった死体の山がいくつも出来上がり、そこで巨大な何かが山に首を突っ込み、顎を動かしていた。

「ここは相変わらずね」と、化け物に勘付かれる前にドアの向こうへと姿を隠す。そこは拷問部屋なのか、あらゆる物騒な器具が壁に飾られ、床には使用済みの道具が血で汚れたまま散らばっていた。

「よりによってここに隠れちゃったか……そうだ、ここだ……」ナイアは何かを思い出す様に表情を曇らせ、腹部に手を置く。

 彼女は首を振り、鼻を押さえながら何かを思い出す様に目を瞑り、本棚に付いたスイッチを押して隠し扉を開く。そこには更に下への階段が姿を現す。

「朦朧とした意識の中でも、私の記憶は確かだったわね」自嘲気味に笑い、ナイアは更に下へと目指す。

 その先には今迄が信じられない程に清潔な部屋が広がっていた。そこには実験用の器材がいくつも置かれ、台の上にはいくつもの紫色のクリスタルが並んでいた。

「ここが心臓部、かしら?」と、静かに歩む。

 部屋の最深部には巨大な箱が置かれ、それを取り囲む様にガラスで覆われていた。箱の隙間からは闇の瘴気が漏れていた。

「これはまさか……」と、近場の魔動仕掛けの機械を操作して箱を解放する。

 その中身は、深淵色の岩が入っていた。それは常に闇の瘴気を排出し、ガラスの箱の中が徐々に満たされていく。

「ダークマター……か。恐らく、ランペリア国から持ってきたのね」と、箱を戻し、喚起させて瘴気を排出する。

「これで実験を繰り返し、闇属性を編み出そうとしているのかしら……?」


「そうだ、そうだよ、ナイア」


 いつの間にか彼女の背後に黒衣の男が立っていた。注射器を片手にナイアの首を掴み、ニヤリと笑みを零す。

「だが浅い……闇から生まれるのが闇とは限らない」

「いいえ、闇からは闇しか生まれないわ!」と、彼の拘束を振りほどき、回し蹴りを見舞う。男はふわりとそれを避け、距離を取ったが、注射器を取り落として割る。

「そうかな? 君は生んだぞ? 闇を種として飛び切りの、『光』をな」男はいやらしい笑い声を漏らし、彼女の顔を覗き込んだ。

「そんなもん、生んだ覚えはない!! お前らが奪ったんだ! あたしの……あたしの!!」突如としてナイアは怒りの表情を滲みだし、男に襲い掛かる。

「そんなに怒るな……有意義に使わせて貰ったぞ……お前のサンプルはな……」男は彼女から繰り出される蹴りをふわりふわりと避けながら口にする。

「黙れぇ!!」


「そして生まれたのだ……魔王に届く牙がな」


「何?」ナイアは攻撃するのを止め、ピタリと制止する。「どういう事?」

「興味がおありかな? あれは私の最高傑作だ……」

「……何を作ったの……?」



 ヴァークは城内のホールへと脚を運び、周囲を見回していた。5人の隊員たちに陣形を組ませ、気配を探りながら奥へと進む。出入り口の扉が閉まると光が消え、城内は薄暗くなる。

「よし、調査を始める。何かあったら知らせろ」と、ヴァークは隊員たちに言い残し、ひとり奥へと進んでいった。

「ったく、ウチの新隊長はマイペースだなぁ……」

「こんなだだっ広い城、どうやって調べるんだよ」

「うわ、この埃っぽい感じ、肺が腐りそうだな……明かり点けろ、明かり」と、エレメンタルガンに備わったライト機能で辺りを照らす。

 すると、照らした眼前には、涎を垂らしたダークグールが顎をぱっくりと開いていた。この化け物は服装から見て、黒勇隊4番隊隊員であった。

「うひゃぁ!!」隊員が狼狽し、尻餅を付く。ダークグールは遠慮なしに飛びかかった。

 次の瞬間、化け物の首がボトリと落ち、滑らかな切断面から粘ついた黒い血が辺りに飛び散る。隊員の眼前には紫色の刃を握ったヴァークが立っていた。

「大丈夫か?」

「え、あ……ありがとうございます」

 それを合図にホールで息を潜めていたダークグールたちが一斉に襲い掛かったが、ヴァークが一閃させた瞬間、悲鳴と共にバラバラに飛び散っていった。

「……4番隊隊員だな……他の者は服装からして近衛兵の様だな。皆、警戒しろ。探知機に頼っていたら不意を突かれると外で知った筈だ」

「は、すみません!」と、ひとりが敬礼する。

「しばらくは同行しよう。今回の敵は異質だ」

「「「「「は!!!」」」」」隊員たちは声を揃えてヴァークを取り囲んで陣形を組んだ。


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