29.エディVSラスティー 開始編

その日の夜、エディは早々に駅馬車で首都のカジノへと向かい、バーカウンターで酒を呷っていた。面白くなさそうにウィスキーを呷り、お替りを催促する。

 そんな彼の背後では、ルーレットやカード、ダイスゲームが興奮の咆哮と共に行われていた。戦後の慰安目的で騎士団長が部下を大勢連れてきており、店内は兵士で埋め尽くされていた。

その中央ではカジノマネージャーであるマーゴットが派手な衣装で立ち回り、大勢のバニーガールと共に盛り上げていた。

そしてこのカジノの警備責任者のオスカーは揉み手で接客し、コルミたちは店の上から不穏な動きがないか目をギラギラと光らせていた。

「すっかりラスティーの店だな」エディは鼻で笑いながら酒を啜り、自慢げな表情を覗かせる。この店がラスティー主導で回る事になったのは、エディのお陰でもあった。

 しばらくしてダンスイベントを終わらせたマーゴットが兵たちを引き剥がしながら彼の隣へ座る。指の合図ひとつでいつものカクテルを注文し、数瞬後に手元に滑ってくる。

「はぁい、エディ~」一口で飲み干し、サクランボを舌の上で転がす。

「聞いたぜ。最初から最後までお前が一枚も二枚も噛んでやがったんだってな……」

「あぁ~ら、何の事かしら?」種の付いたヘタを口内で結んで取り出す。

「俺を裏切ったのも全部計算か?」

「さぁ? ただ……あのまま裏切ってあげなきゃ、あの頃の貴方はあの頃のままだったでしょうね~」背後から伸びる羽目を外した兵の手を抓り、撃退する。

「……だろうな……だが、礼は言わないぞ」と、また一口で飲み、お替りを要求する。

「で? このままフェードアウトするの?」彼のグラスを奪い取り、顔をヌッと近づける。ついでにふくよかな胸が彼の身体に密着する。

「まさか。既に考えはある」と、グラスを奪い返そうとするが、マーゴットは彼の手の動きを読み、遮る。「返せよ」

「聞かせて♡」

「誰が聞かせるか!」エディはやっと彼女からグラスを奪い取り、グイッと飲み干す。

「誰にも言わないから~!」

「信じられるか!!」と、カウンターから離れ、グラス片手に人混みの中へ姿を消した。

「ま、彼の監視は別の人がやってるし、問題ないでしょ」と、早々に注文した二杯目を飲み干し、彼女もまた次のステージの準備をするためにバックヤードへと向かった。



 その翌日の日の出前、ラスティーの司令本部にエディからの決闘状が送られてくる。

「本当に送ってきたか。どれどれ」封を切り、中身を確認する。その内容は、ラスティーの予想通りだったのか、鼻で笑って机に置く。

 そこへキャメロンが上機嫌で現れる。最近、彼女は部下の魔法戦闘訓練の教官をしており、忙しくも楽しい毎日を過ごしていた。

「よ、ボス。何だか楽しそうね」と、卓上の挑戦状に目を落とし、拾い上げる。それを読むと、彼女も更に表情を緩ませた。「ひとりで来いって……罠じゃないの?」

「罠だろうな~」と、鼻歌を歌いながら紅茶を3人分用意し、手早く用意する。

 少しするとそこへレイが現れ、湯気立つ紅茶の前に着席する。

「ボスが紅茶を淹れるなんて、変わっているわよねぇ~」と、遠慮なくキャメロンは自分の前に置かれたカップを手に取り、一口飲む。「んまっ」

「日課だし、好きでやっているんだ。で、レイ。昨夜の騎士団長の接待は上手く行ったのか?」と、一口飲み、自画自賛する様に上手そうに唸る。

「えぇ。マーゴットがよく働いてくれる。その場にエディが現れたそうです。酒をしこたま飲んでどこかへ消えたそうですが……」

「……ふぅん……果たしてこの決闘状はやけくそか、それとも……」ラスティーは決闘状を摘み上げ、頬杖を付きながらため息を吐いた。

「どうするんです?」レイは面倒くさそうな目でラスティーの表情を伺った。

「あたしも行こうか?」キャメロンは興味ありげな目を向ける。

「……いや、エディは一対一を御所望だからな……正々堂々とやらせて貰うぜ」ラスティーはそう言うと、クスクスと楽しそうに笑いながら決闘状を蝋燭の火で焼き捨てた。

「うわ……あたし知ってる……絶対に正々堂々とやる気のない顔だ」

「ま、無茶はしないで下さいよ」興味なさそうにレイは紅茶を口にし、淡々と朝の報告を始めた。



 その日の昼、エレン達はやっとこの街に辿り着き、新しい診療所に入った。ベッドや山の様なカルテ、医療器具は既に運び込まれ、いつでも仕事へ移れるようになっていた。

1時間遅れて担架に乗せられたロザリアが運び込まれ、診療所のエレンの部屋に運び込まれる。この数日、彼女はエレンの部屋で付きっ切りの治療を受けていた。

 ロザリアの重傷は一般の魔法医では難しく、下手をすれば一生治らない大怪我であった。エレンはそれを長い時間を掛けて無理なく治療し続けていた。彼女の治療法なら、古傷が開くことも後遺症もなく完治させることが出来た。

「ゆっくり寝ていてくださいね」と、ロザリアの額に手を置き、安眠魔法をかける。

 その後、エレンは町を歩いて見て周り、最後に作戦司令本部にいるラスティーに挨拶する。

「よく来たな。道中、問題はなかったか?」読んでいた書類を置き、立ち上がるラスティー。

「えぇ。森に囲まれた隠れ家の様な町ですね。皆さん仕事が忙しそうですが、イキイキとしていて何よりです」

「あぁ。これからもっと忙しくなるぞ。村への傭兵派遣に騎士団長への挨拶、ワルベルトさんと共に商いも始める。で、相談なんだが」と、ひとつの書類束を彼女へ渡す。

 そこにはベルバーンの行っていた麻薬の商いについて記されていた。

「意見を聞かせてくれ」

「……ここに記されている薬物は全て、医療目的で使う分には問題の無いものです。が、悪用すれば……いえ、回復魔法やヒールウォーターがあれば無用……ただの麻薬として流通するのが殆どですね」と、冷静に口にする。

「だが、魔法医のいない村や国、土壌の問題でヒールウォーターの作れない地域もある。そこに回すのはどうだろう?」

「……それでも悪用する者は現れます。ばれない分量だけ抜いて個人的に楽しむものもいれば、書類上は出鱈目を書いて法外な値段で麻薬として売り捌く者も出てくるでしょうね。それだけ、この薬は難しい代物です」と、書類を机に置き、手を前で組む。

「そうなんだよなぁ……だからと言って、ここにある物を全て破棄するのは……うぅん……何か上手く有効利用できないモノか……」

 すると、レイが書類を片手に現れる。

「それに、ここで麻薬の流通を引き継がずにストップすると、周辺のギャングや強盗団の全てに喧嘩を売る形になる」レイが淡々と口にすると、エレンが険しい表情を作る。

「じゃあ、大人しく我々が麻薬の売買をするのですか?!」

「そんな事はしないさ。だが、この麻薬問題は必ずファミリーやその周辺を抉れさせる。俺の経験上な。麻薬を転がそうとも、それを拒もうとも、必ずどこかで問題が起きる」ラスティーはうんざりする様にため息を吐き、椅子に深々と腰を下ろす。

「……実は、既にこの問題に対する書状がいくつも来ている」と、レイはどこからか封筒の束を取り出し、机にドンと置く。

 その封筒の殆どはこの国だけでなく、他国のギャングたちからの麻薬売買に関する手紙であった。

「……これは……」血の気が引き、表情を強張らせるエレン。

「いい町を丸々手に入れたが、その代償がコレって事だな……さ、どうするか」



 その2日後。

 ラスティーはひとりで装備を整え、馬に乗りエディが指示した決闘場へと向かった。そこはグレーブルウッドの森の奥であった。

「随分、危険な場所を指定するんだな」昼過ぎに到着し、下馬して日光降り注ぐ広場へ向かう。この森もギャングや強盗団が隠れ家や武器の隠し場所として使っていた。どこに潜んでいるかわからず、この森には憲兵隊や村の狩人は下手に近づかなかった。

「時間通りだな」木陰からエディが現れる。彼も装備を整えており、ナイフやボウガンなどを装備していた。

「で? 決闘状通りにやるのか? 一対一、正々堂々とやるのか?」ラスティーは煙草を咥え、火を点ける。

「こんな所で煙草を吸うのは危険だぞ?」と、周囲を指さす。

「一服ぐらいさせろ。で? 何でお前は俺と勝負したいんだ? なんか拘ってるだろ?」


「……あんたは、本当に魔王討伐を目指しているのか?」


「あぁ。かなり本気だ。だから討魔団を自称しているんだ。そう言うお前の目標はなんだ?」

「俺も魔王討伐を目指している。だから、どっちが討魔団を率いるに相応しいか、決めたいんだ」エディはにやりと笑い、徐々に間合いを詰める。

「あ、待った……」ラスティーは手を突き出し、指を振る。

「? なんだ?」

「お前は決闘状を俺に突き出し、場所を指定した。ここなら俺に勝てるって自信と策があるって事だよな? それは俺には振り過ぎる条件だ。だから、決闘のルールは俺が決めていいよな?」と、紫煙越しに彼を見据える。

「……いいだろう。フェアに戦おうじゃないか」エディは一歩引き、彼の言葉に耳を傾ける。

 その瞬間、周囲から何者かの気配が取り囲み、一斉に武器を構える様な音が鳴る。

「おい、まだ早いぞ!!」エディが咄嗟に口にした瞬間、彼の鼻先にボウガンの矢が掠める。「はれ?」

「ここは俺らの縄張りだぞ!! っとぉ? 誰かと思えばお前は最近ここらで幅を利かせているラスティー・シャークアイズじゃねぇか!! こいつぁいい拾いもんだぜ!!」彼らはラスティーの煙草の煙を嗅ぎつけた、森を根城にするギャングだった。

「あ~あ……」ラスティーは煙草を吐き捨て、装備を捨てて大人しく手を上げた。

「あ~あ、ってあんた!!」

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