28.エディの挑戦状

 反乱軍との戦いの3日後、ラスティー達は拠点をベルバーンシティへ完全移行し、自分たちの色に染めていた。娯楽施設の半分は宿舎や食堂、医療施設に訓練所などにリフォームした。更に周囲の木々を伐採し、土地を広げて施設を拡大する。

 それから、元からそこで働いていた者たちを雇い入れる。ベルバーン体制の頃はほぼ無賃労働であったが、ラスティー体制に変わってからは衣食住、安全の保障に給料などが約束されたため、皆、喜んで契約した。

 娼婦館の娼婦たちの半分はタイフーン強盗団の残党を探して逃げて行ったが、もう半分はラスティーの判断により、上品に建て替えた娯楽施設にてバニーガールとして働く事になった。

 元からあった武器庫や密輸品を隠す倉庫などは再利用し、少しずつラスティー達の町へと変わりつつあった。

「あとどれ程かかる?」書類を片手にレイが目を鋭く光らせる。彼はリフォームの総監督として大工たちを管理していた。ラスティーからは「費用は気にせずやれ」と、言われており、その金額に見合った働きをしているか監視していた。

「急げばあと2週間だが?」大工の親方が図面片手に口にする。

「では、3週間かけて丁寧に頼む。費用はボーナス込みだ。しっかり頼むぞ」

「なんだと! よぉし! お前らキリキリ働け!!」賞与を耳にし、がぜんやる気を出す大工たち。

「……こんなにガンガン使っていいのか?」軍備費用管理も任されているレイは不安そうに首を傾げ、ため息を吐く。

 


 ラスティーは作戦司令室の椅子に座り、本日収集された情報に目を通していた。その正面にはエディがもの言いたげに立っていた。彼はあれからラスティーと行動を共にし、彼の行動をずっと観察していた。

「で、1000万はどうする気だ?」書類から目を離さずに口にする。

「……またそれか……マーゴットはどこだ?」

「彼女は首都でひと働きして貰っている所だ」

「何をやっているんだ?」

「カジノマネージャーだ。いずれ、あのカジノは俺達が経営する事になる」オスカーを警備責任者に置いたのも、その先駆けであった。

「あいつらしい……」呆れた様に苦笑する。

「……で、お前はこれからどうする?」書類を置き、彼の目を見る。

「……1000万をかき集める……と、大人しく言うつもりはない。今回の作戦で大なり小なり、俺の活躍のお陰で成功した、よな?」テーブルに両手を置き、前のめりになる。

「あぁ、まぁ……そうだな」ラスティーは腕を組み、小さく頷く。

「じゃあ、俺の頼みをひとつ聞いてくれないか? それぐらいいいだろ?」

「1000万をチャラにしてくれ、ってか?」

「そんなに軟弱じゃない。俺の頼み、それは……」エディは更に前のめりになり、ラスティーの顔を睨んだ。


「俺と勝負しろ! 勝ったら、あんたの軍団は俺が貰う。負けたら、あと半月以内に1000万を返す! どうだ?」


「俺の仲間たちをたった1000万ぽっちで買うつもりか?」

「そうなるか? いや、あんたの器はよくわかった。だが、俺はあんたを認めたくない。俺にだって軍団を指揮していた頃があるし、まだあんたに負けたとは思っていない。いいか? 3日後だ! 明日、招待状を送ってやる! 楽しみにしておけ!」と、人差指を向ける。

「……なんだか、勝手に言ってるが……ま、いいだろ。その挑戦受けてやるよ」と、ラスティーが卓上のベルを鳴らす。それを合図にウォルターがノックと共に現れる。

「今回はお前の力は借りない!」エディはウォルターをひと睨みする。

「気付いていたか……」ラスティーは楽し気な声を漏らしながら微笑む。

彼は最初からウォルターを監視兼、エディの手助けをさせるつもりで付けたのであった。彼がウォルターをどう利用するのかを伺い、彼がどのように立ち回るのかを予想して今回の作戦を遂行したのであった。因みにラスティーはエディについてワルベルトから生い立ちから戦果、性格など事細かに聞かされていた。

故に彼はエディをあえて泳がせたのであった。

 そして、ラスティーはエディが自分に挑戦状を叩きつけてくる事も予想していた。

「いいんですか?」ウォルターはエディの背を見送りながら口にした。

「あいつは逃げない。それに、今回はあいつ自身の実力もみたいしな」と、書類に目を戻しながら煙草を咥えた。



 その頃、ラスティー達が世話になった村には、まだエレンとリンを含んだ傭兵たちが残っていた。まだロザリアの治療は続いており、完治には3か月ほどかかる予定であった。

 彼女は未だに絶対安静状態であり、ヒールウォーター・バスに浸かっていた。定期的に回復水から上げ、エレンの手から直接、回復魔法を流し込む。ロザリアの肉体は未だに激しい裂傷、打撲、刺し傷が残っていた。

「……ん、ぐっ……」時折、表情を歪めて唸るロザリア。痛みは治っている証拠であり、何故か彼女はこの痛みには慣れていなかった。

「命に関わる傷は殆ど塞ぎました。あとは負担を与えない様にゆっくりと治療しましょう」分厚いカルテを閉じ、額の汗を拭う。

「……いや、もう大丈夫だ……」ロザリアは無理やり立ち上がろうと脚に力を入れたが、思うように動けないのか顔からヒールウォーター・バスに向かってダイブする。

エレンは慌てて彼女を引き起こし、顔を顰めた。

「無理をしないでください!! 傷の治りが遅くなりますし、折角塞いだ傷が開いて、危篤状態に逆戻りしますよ!!」と、ヒールウォーターを操って彼女の両手足を拘束する。彼女の拘束魔法は弱かったが、ロザリアはそれに抗う事が出来ず、弱った表情のまま頷く。

「すまない……」

「貴女は命の恩人です。無事、治療を完了させなければ、魔法医失格です!」

「……私の装備……」ロザリアは傍らに置かれた自分の装備を目にする。鎧、ガントレット、ブーツ、そして大剣。パレリアのロンク村で誂えた思い出の品であったが、それらが全て無残に破壊され、無念に想っていた。

「ワルベルトさんに頼んで、新しく作って貰いましょう! ね?」

「すまないが、刀を取ってくれ……」と、唯一無事の刀を指さす。

 エレンは「派手に動かない事!」と、釘を刺しながらそれを手渡した。

 ロザリアはゆっくりと手に取り、注意深く抜刀する。刀身に淡い蒼雷が奔り、静かな音を鳴らす。

「何故、あの時抜けなかった? そして、何故抜けた?」刀に語り掛け、目を閉じて刀から感じる確かな魔力を腕に伝える。

「……その刀の呪いは解けたのですよね? では、何故?」

「……恐らく、私の問題なのだろう……こちらでの戦いが落ち着いたら……一旦戻ろう」と、素早く納刀して傍らに置く。

「戻る?」

「……故郷へ」



 その日の夜、ラスティーの部屋にレイとキーラがやって来る。彼らは報告書の束と、ひとつの箱をテーブルに置いた。

 ラスティーは煙草を咥えながら書類を読み進め、しばらくして箱を注意深く開ける。その中にはベルバーンが装着した魔力循環装置が入っていた。

「こんな化け物を作りだすとはな……」報告書にはベルバーンの亡骸の解剖結果が記されていた。その内容を要約すると「元が人間とは考えられない」と書かれていた。

「これが魔王軍の呪術兵器のひとつと言う事は確かだ」レイは装置を眺めながら口にする。

「あのロザリアが瀕死の重傷を負って、やっと倒した相手……もし、こんなのが何体も攻めて来たら……」キーラは解剖の立ち合いをしたため、瞼の裏に化け物の姿が焼き付いていた。

「あのロザリアさんが重傷を負う程の相手か……」注意深く装置を手にし、宝石部分を覗き込む。報告書には、この装置は魔力循環をクラス4相当にまで高めるが、同時に呪術を身体へ流し込む、と記されていた。更に生命の危機に陥ると魔力暴走を誘発させ、それを合図に呪術が発動して進化の強制促進が行われ、結果、化け物へ変貌するのであった。

 今回は元から化け物染みた怪力の持ち主であるベルバーンであったため、余計に凶悪な化け物へと変わり果てたのであった。

「こう見ると、哀れな奴だ……ワルベルトさんからコレについて更に情報を送る様に言おう。で、アレはどこに保管した?」

「アレ、ですか?」キーラがレイの方へ首を向ける。

「アレ、は……我々の手に余る為、港沿いの海底に沈めておいた」

「それが正解だな、今の所は……」彼らの言うアレとは、ベルバーンの切り札であった無属性爆弾であった。それは首都ひとつを壊滅させる破壊力を持つため、3人の判断で封印したのであった。

「で、コレはどうしましょうか?」と、キーラが報告書の頁を捲って指さす。

「あぁ、コレか」レイが眉を上げて難しそうに唸る。

「コレかぁ……」ラスティーは悩ましそうな声を漏らし、頭を抱えた。

 そこにはこの町の裏手に広がる麻薬畑、および隠し倉庫に備蓄された違法薬物の処遇について書かれていた。

 コレについてラスティー達はどう扱いうか決めかねており、頭を悩ませていた。

「今夜中に決めなきゃダメか?」

「ダメです。隊の中でコレの存在に気付き、既に善からぬ事をする者もいます」キーラは更に報告書を捲り、とんとんと指さす。そこには麻薬に手を出し、休憩中に紙を巻いて吸っていた者の名が記されていた。

「だよなぁ……最初から手を付けないのが吉なんだが……うぅん……」と、ラスティーは深い溜息を吐き、頭を抱えた。

 普通なら『そんなもの燃やしてしまえ』など道徳的な事を言う者が殆どであるが、ラスティー達の立場になる話が違うのであった。

「「「……うぅ~~~~~ん」」」3人そろって腕を組み、唸り声を上げる。

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