27.ロザリアVSベルバーン 後編

 ラスティーはベルバーンシティの見取り図を片手に歩いていた。徐々に彼の仲間が荷馬車に乗って現れ、ラスティーの本拠地へと作り替える準備を始める。現地に残った僅かなベルバーンの部下たちは捕まり、残りは逃走した。

 ラスティーは捕縛されたベルバーンの部下たちの前に立ち、腕を組んで見下ろす。この者達は最後までベルバーンの為に尽くそうとした真面な部下たちであった。

「どうだ? 俺達と共に来ないか?」と、勧誘して説得する。結果、彼らは静かに頷き、この街にある地下道や秘密の格納庫などの案内を始める。

 そんな彼の後ろに付き、何か言いたげな表情で俯くエディ。

「なぁ、まだ戦いは続いているんだよな?」彼は国王軍と反乱軍の戦いの事を言っていた。

「あぁ、続いている」ラスティーは表情を変えずに口にする。

「何でそんなに平気でいられるんだよ! それに、ベルバーンはあんたらが世話になってる村を襲いに向かったんだろうが! 何故そんなに!」


「俺は仲間を信じているからな」


「はぁ? 全部部下に丸投げってことか?」

「そこが、お前と俺の差、その2だな。相手の立場に立てず、仲間との信頼もなく、その結果が今のお前だ」ラスティーは何のためらいもなく口にすると、エディは彼の胸倉を掴んだ。

「この野郎ぅ……」殺気の滲んだ目で彼を睨み付け、歯を剥きだす。

「あぁそうだ。ここまでお前の、そして俺の策が上手く行ったのはある者のお陰なんだ。ま、ワルベルトさんの紹介なんだが……お前の良く知っている人物だ」

「……まさか」

「マーゴットだ。あいつが裏で暗躍し、舞台裏を整えてくれたおかげで全て上手く事が運んだ。いや、助かったよ」

「……いつからアイツは……」

「1年前からだ」その頃はエディが1千万を持ち逃げした時期であった。その頃からマーゴットはワルベルトとコンタクトし、彼を介してラスティーにエディたちや南大陸での情報を流していたのであった。

「クソがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」エディは頭を抱え、弱々しく蹲った。

「さて、俺はそろそろ行こうかな」指笛を鳴らし、愛馬を呼び寄せて颯爽と跨る。

「どこへ行くつもりだ!!」噛みつく様にエディが吠える。

「戦いを終わらせに行く。お前も来るか?」と、背後に丸めた旗を備え付けながら言う。



 ロザリアは大剣を盾にし、ベルバーンだった怪物の猛攻を受け流していた。流す度に周囲の木々がなぎ倒され、大地が抉れる。

「くっ……」ロザリアは村の危機を感じ取り、本能的な雷の回復魔法で立ち上がったが、未だに瀕死に変わりなかった。次に怪物の一撃がクリーンヒットしたら、間違いなく彼女が絶命するのは明白であった。それどころか、受け流した時の衝撃で傷口から血が噴き出た。

 怪物は頬を裂きながら大口を開き、牙を尖らせて彼女の脳天を齧り取ろうと歯を鳴らす。彼女は相手の顎が開いた瞬間に肘打ちを入れて怯ませ、そのまま大剣を振り抜く。頭から顎が切り取られ、地面にベチャリと落ち、長い舌が荒ぶる。

 化け物は喉の奥から咆哮し、彼女から距離をとる。

「好機っ!」と、彼女は化け物の脚に狙いを定め、膝の裏を狙う。この化け物は逞しい上半身とは裏腹に下半身は進化せず、人間の頃そのままであった。

 横一文字に振り抜き、両膝を斬り裂き、脚が落ちて上半身が崩れ落ちる。が、ベルバーンは逞しい両腕を振り回しながらロザリアから距離を取る。

「くっ……簡単にはいかないか……」残りわずかな体力と大剣の重みに耐えかねてバランスを崩し、片膝をつく。

 そこを狙ってか、怪物はUターンし、凄まじい勢いで突撃する。右肩、腕がムクりと大きく膨張し、大剣の様になった爪が彼女を襲う。

 彼女は受け流す事が出来ず、その攻撃を正面から受けてしまい、盾たる大剣がついに砕ける。破片が飛び散り、柄を残してロザリアは吹き飛ばされる。地面に転がり、受け身を取れずに木に激突し、目がでんぐり返る。

「あ……あっ……」膝を震わせながら立ち上がり、虚ろになった目で化け物の方を見る。

 化け物は両腕を地面に叩き付けて這いつくばり、少しずつロザリアの方へと向かっていた。もはや人であった頃の面影はなく、また動物にも見えず、まさに地獄から這い上がってきた化け物であった。

 ロザリアは足元の木の枝を拾い上げ、最後の抵抗を試みた。そんな彼女の傍らにはいつの間にか、己の刀が地面に刺さっていた。

「……頼む」と、柄を握って抜き取り、腰に備える。

 この魔刀蒼電は先ほど彼女を裏切り、抜刀を許さなかった。が、今はもうこの刀に頼るしかなく、ロザリアは祈る様に抜刀の構えを見せる。

「頼む……」目を閉じ、息を深く吐く。

 化け物は腹の底から咆哮し、両腕を振り回して這い、彼女に向かって先ほどの猛進を見せる。その勢いで大地は連続的に鳴り響き、周囲の木々の葉が衝撃で舞い散った。

 葉が舞い散り、大地が激震する中、ロザリアは己の間合いにのみ集中する。ただ己の刀を信じ、襲い来る殺気に向かって躊躇なく振り抜く。

 その刹那、空間を引き裂くような落雷の音が鳴り響き、彼女の正面から爆ぜ飛ぶ音が響く。彼女の頭上から生暖かな雨が降り注ぎ、周囲に異臭が立ち込める。

 何が起こったのか理解せぬまま、ロザリアは返り血を振って散らし、静かに納刀し、己の期待に応えてくれたことに対し、静かに礼を言った。

 ゆっくりと瞼を開けると、眼前には血の海が広がり、左右には心臓から真っ二つになったベルバーンだった化け物が転がっていた。切り口は綺麗な断面を描いていたが、左右の両腕は爆裂し、真っ黒に焦げていた。死体は未だに燻り、雷電が蛇の様にのたくっていた。

「……ふぅ……」力なく歩き、血の海で汚れていない地面まで歩き、葉の絨毯が広がる場で膝を付き、頭から倒れる。そのまま彼女は目を閉じ、静かな寝息を立てて眠りについた。



 その頃、国王軍と反乱軍の戦いは平行線のままダラダラと続いていた。互いに戦いの主役たる指揮官は不在で、まごまごとしながら戦っている為、全く進展していなかった。真に力を持つ者達は一歩引いた場所で傍観し、退屈そうにため息を吐いていた。

「……行っていい?」退屈を通り過ぎて眠りそうになったキャメロンがポツリと口にする。

「戦うのか?」ダニエルが首を傾げる。

「いや、帰っていいかって意味。まだ村でカードゲームしていた方がマシだわ」と、数十回目のため息を吐く。

「副指揮官のレイに訊いてみたらどうだ?」と、背後に親指を向ける。

 そこには馬上で書類を眺めるレイの姿があった。たまに双眼鏡で戦況を確認し、首を振って書類へ目を戻す。

「……本当にグダグダだなぁ……ボスがいないとダメじゃん?」

「いや、ボスが居てもこの戦いはグダグダのままじゃないか? こんな戦い、どうしようもない。どうする? 俺らだけでも突撃して終わらせるか?」と、ダニエルは槍を握り直し、眼前に広がるグダグダの戦場の隙を伺う。

「でも、副指揮官の言葉は確か……『勝手に動くな』だったよなぁ~」周囲を調教した動物で探らせるライリーが煙草片手に口にする。

「……キーラの隊はお行儀よくスタンバってるんだよなぁ……勝手に動けば後で何を言われるか……」ダニエルはレイの顔色を伺い、うんざりした表情で天を仰ぐ。

 すると、戦場の西方向から一騎の馬が颯爽とかけ、丘を駆け上る。それに跨ったラスティーが手綱を引くと、前脚を上げて嘶く。


「タイフーン強盗団の本拠地は堕ち、大将のベルバーンは討ち取られた! 反乱軍には降伏することを勧める!」


 ラスティーは大声を出し、更にそれを風魔法に乗せて戦場全体に響かせた。

 反乱軍は動揺して騒めき、ぽつりぽつりと弱音が響く。

 そんな中で気焔を上げる反乱軍リーダー。それに応えようと軍の半分が声を上げて士気を高めた。

 だが、残りの半分であるタイフーン強盗団は士気がどん底まで落ち、撤退の準備を進めていた。

 国王軍と反乱軍穏健派はラスティーの掛け声に感動し、士気を更に上げて掛け声を上げ、武器を掲げて気合の入った突撃を見せた。

 自分の影響で動いた戦場を確認し、ラスティーは準備していた大旗を掲げる。そこには打倒魔王を意味する額に剣の刺さった髑髏マークが描かれていた。

 それを双眼鏡で確認したレイは、ここでやっと突撃命令を下し、ついに討魔軍が掛け声と共に駆け出す。熱気を上げて戦場に加勢する形で突入し、敵の陣形が崩れる。

 更に、国王軍の援軍が横から入り、更に反乱軍は乱れる。

 あれよあれよと言う間に戦いは、反乱軍リーダーは捕縛されて幕を閉じる。

「……流石はボス、だね」キャメロンは背中に生やした炎の翼を消し、丘の上のラスティーに向けて笑顔を覗かせた。



 村に残ったラスティーの部下たちは騒ぎを聞き付け、森の中で眠るロザリアを発見し、急いで診療所へと運んだ。

 エレンは本日の診断を予約分すべてキャンセルして手術室にリンと共に籠る。急いで血に塗れた装備と服を剥ぎ取り、ヒールウォーターの中へと沈める。

「一体どうしてこんな……さっきの地響きは?」と、ロザリアの水分を読み取り、何が起きたのかを悟る。「ありがとうございます……」

「で、私はどうしましょう?」リンは手術の準備を手早く進め、両手に魔力を蓄えていた。

「今夜は徹夜で手術に取り掛かります! 彼女は生死を彷徨う重症です! まず、ベプレポル300ミリ、ラウレスの葉、コージュの実、そしてコーヒーありったけ!」

「かしこまりました!」リンは素早く敬礼し、手懐けた兵に頼んで手分けして手術に必要な道具をかき集め始めた。

「絶対死なせませんからね!!」エレンはヒールウォーターの色を濃くさせて魔力を注ぎ込み、ロザリアの骨を接ぎ始める。

「てか、寝息立てる程には余裕なんですね、彼女」リンはヒールウォーター越しに見えるロザリアの満足そうな寝顔を見て、安堵した。

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