26.ロザリアVSベルバーン 中編
ロザリアは瞳に稲妻を蓄え、ベルバーンの攻撃を全て見切り、的確にカウンターを加えていた。彼女はすっかり自分のペースを取り戻し、涼し気な表情で相手の豪打を受け流し、懐に潜り込んで鋭い一撃を入れる。
ベルバーンは怯みこそすれど、いつまでも倒れることなく、眼前のロザリアに憎しみを募らせていた。胸の魔力循環装置のダイヤルを壊す勢いで捻って叩き、機械を限界まで酷使する。
そのせいか、彼の両腕両足の筋肉は皮膚が裂けんばかりに膨れ上がり、大地魔法独特の琥珀色の魔光がうねる。
「きさまぁぁぁぁぁぁっぁぁ!」ベルバーンの声は魔獣が如き、聞き取りにくく歪み、獣気が漂う。彼の体系は徐々に肉食動物の様に前傾姿勢に変わっていき、骨格も人間のモノとは思えない代物へと変貌していた。
「……妙だな」ロザリアはベルバーンの身体の謎を解くべく観察し、胸の装置に答えがあると導き出す。
ベルバーンは大地を引き裂き、木々を一気に数本倒す勢いで薙ぎ払い、岩を斬り裂く天然の真空波まで生み出す。
だが、彼の攻撃は全てフェイントの無い単純な物であるため、ロザリアには一発も当たらなかった。
「やはりここを砕くしかないか」ロザリアは冷静に彼の間合いの内へ足を滑らかに運び、ベルバーンの胸に刺さる魔力循環装置をガシリと掴み、勢いよく引く。
すると、その機械は彼の大胸筋の一部ごと引き剥がれ、胸骨がむき出しになる。熱い血が噴水の様に吹き上がり、ロザリアの顔面に降り注ぐ。
「ぐぅおぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!」ベルバーンは胸を掻き毟りながら倒れ、もがき苦しむ。
「……これで終わりか?」掴んだ機械を取り落とし、ここでやっと息を荒げる。彼女の身体のダメージもかなり蓄積しており、堪らず膝を付く程に疲労していた。
「少し、休まなければな……」
ラスティーは早速ベルバーンの住まう屋敷へと向かい、そこの書斎を漁っていた。ベルバーンは見た目『踏ん反り返った筋肉系ボス』に見えたが、実際の所は情報通の頭脳はでもあった。現にエディの策を、マーゴットを介して見破っており、それを逆手に取って国盗りを企んでいた。
「ここら一体の武器、麻薬の流通ルートに反乱軍潜伏場所、魔王軍の武器商人との通信手段、合言葉に……うほっ、涎が止まらん!」ラスティーは玩具を目の前にした子供の様にはしゃぎながら書類束や手紙を読み漁る。
その頃、エディは自分の言った言葉通りに、監禁されたウォルターを迎えに向かっていた。一抹の不安と共に重たい扉を開いた瞬間、その不安が吹き飛ぶ。
「遅かったな」
縛られ宙吊りにされたはずのウォルターは既に拘束を解き、椅子に腰掛けながら足を組み、酒を啜っていた。
「……余裕そうだな」呆れ顔で頭を掻くエディ。
「ここの警備は甘く、疾風団の襲撃により、さらに快適になり……お前への苛立ちも我慢の限界がきて、つい……な」と、グラスに注がれた酒を一気に呷る。
「俺への?」
「そうだ」と、すくっと立ち上がり、彼の鼻先まで詰め寄る。
「な、なんだよ……」
「お前はラスティーさんの足元にも及ばない! それなのに『手の上で躍らせる』だの偉そうな事ばかりほざきやがって! 恥を知れ!!」
「お前、目が座ってるぞ……」苦笑いを浮かべながら宥めるエディ。
するとそこへ、疾風団のひとりが気配もなく現れる。彼の存在にエディは背筋を撫でられて跳び上がり、不整脈を起こす。
「なんだよ!」
「ラスティー司令がお呼びだ」
言われるがままエディはラスティーの待つベルバーンの家の書斎へと向かい、ドアの前でノックする。彼の返事と共に入室し、会釈だけ済ませる。
「で、何用で?」
「いや、もうすぐ半月だが……1000万の方はどうだ? 用意できそうか?」ラスティーはボスの椅子に深々と腰掛け、紫煙を燻らせていた。
「国王軍と反乱軍の激突に強盗団の王都襲撃作戦! これらの最中に1000万の話か?」
「そうだ。用意できるのか?」ラスティーは本気のトーンで頷く。
「……その話は置いておいて、コイツを見て欲しい」エディは懐からある書類を取り出す。それはラスティーが貨物船から失敬した書類束の内の一枚であった。
その内容は、ベルバーンが胸に付けた装置の詳細なデータが記されていた。
「こいつを胸に付け、怪力男が更なる化け物になった、と……」ラスティーは大人しくそれに目を落とし、小刻みに頷きながら目を通す。
その書類の最後に記された名前を目にし、疑問の唸り声を上げる。
「この名前……ヴァイリー・スカイクロウだと?」
「そうだ。無属性爆弾に大砲、その他の積み荷は殆どがウィルガルムの工房で作られた兵器だった。だが、こいつだけ、あの呪術兵器開発部門で作られたものだ。これが何を意味するか、あんたにわかるか?」エディは前のめりになって首を傾げる。
「……ワルベルトさん曰く、ヴァイリーは『人類の進化』について研究するマッドサイエンティストだと聞いたが……」
「そうか……あんたはまだあの男の恐ろしさを知らないのか……」
ロザリアは脱ぎ散らかした装備を装着し、木陰に腰掛け、一息ついていた。
すると、ベルバーンの肉体がビクンと蠢く。
彼女は目を剥いて立ち上がり、地面に突き刺さった大剣を手に取って構える。
「なんだ!」大剣を構え、腰を落とす。腹を殴られたダメージはまだ深く、鈍痛が残り、口内に鉄臭い味が漂っていた。
ベルバーンは真っ赤に煮えたぎらせた眼球をゴロゴロと動かし、口をカタカタ動かしながらムクリと起き上る。胸骨の露出した胸は琥珀色に輝き、周囲の筋肉は脈打っていた。両腕は大蛇の様にのたうち回り、肘から鋭い骨が槍の様に飛び出る。両手の指先からも尖った爪が伸びる。
ロザリアと目が合った瞬間、周囲の木々の生い茂る葉を全て落とす勢いで咆哮し、血の混じった唾液の雨を降らせる。
「??? なんだ?!?」急激に変貌したベルバーンを目の前にし、ロザリアは仰天しながら怯え、脚を震わせた。
その瞬間、ベルバーンは彼女の背後へと移動し、音速のビンタを放つ。ロザリアの脇腹に炸裂し、50メートル先まで吹き飛ばされる。
「っっっあ!!」急な衝撃に目を剥き、堪らず吐血するロザリア。だが、大剣だけは手放さず、意識はまだはっきりしていた。
しかし、ベルバーンだった怪物は既に彼女に追いついており、もう一撃殴打する。
今度は防御が間に合ったが、それは殆ど意味を成さず、吹き飛んだ先の大木に激突し、肩甲骨に皹が入る。
「くっ!」視線を落とし、激痛を耐えるロザリア。顔を上げた瞬間、ベルバーンの爪が迫る。避けるには間に合わず、心臓などの致命を避ける様に身体を動かす。爪は容赦なく彼女の身体5カ所を貫通して突き刺さり、そのまま地面に叩き付けられる。
ギリギリで己の命を守るロザリアだったが、次の踏みつけが身体の真芯にクリーンヒットし、全身の骨に皹が入る。身動きできぬまま2回、3回と踏みしだかれる。枝が折れる様な音が物騒に響き渡り、身体から力がふっと抜ける。彼女は白目を剥き、泡を吐き散らす。体内で灼熱が爆ぜ、血が漏れ出る。
「っ……ぐ……ぁ……」堪らず大剣から手を離し、痙攣を繰り返す。
急な台風の様な連続攻撃に見舞われ、ロザリアはあっという間に半死半生状態に陥り、今や命は風前の灯となっていた。
しばらく化け物に成り果てたベルバーンの攻撃に打たれるまま打たれ、ロザリアは己の死を覚悟していた。心中で仲間たちに謝罪しながら走馬灯を眺め、そのまま眠気に襲われる。
ロザリアはボロ雑巾の様に蹴り転がされ、大の字に倒れる。庇い手と軸足はへし折られ、肋骨が数本飛び出て、頭蓋骨は陥没し、目や耳から流血していた。
そのまま死にゆくように瞼を閉じかけるが、そこであるものを目にする。
ベルバーンの頭がロザリアではなく、仲間たちのいる村の方を向いていたのである。その方向へ首を捻り、鼻をヒクヒクさせながら涎を垂らして唸る。
それを見て、彼女の止まりかけの心臓は力強く動き出し、身体全身に稲妻が駆け巡る。傷口がみるみる締まって止血され、折れた骨が筋肉で接がれ、ついには立ち上がる。
「そうは……させない……」
血をゴボゴボと吐きながらも口にし、再び大剣を構える。装備した籠手はポロポロと砕け、鎖帷子は破け、身体には風穴がいくつも空いていたが、彼女は何の弱みも見せずにベルバーンの眼前に立ちはだかった。
「私が皆を守る!!」
彼女の力強き声に応える様にベルバーンは再び咆哮し、両腕を広げて襲い掛かった。
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