25.ロザリアVSベルバーン 前篇

「……あぁ?」ベルバーンは間の抜けた声を漏らし、大砲の先を凝視する。砲撃の先にある首都は健在であった。紫光はあっという間に納まり、平穏な陽光が戻る。

「どういう事だ?」ベルバーンは苛立ちながら大砲の具合を確かめ、次弾である無属性爆弾を検める。彼の目ではそれが本物か偽物かわからず、もう一度装填して撃ってみる。

 やはりそれも物々しい轟音を立てたが、ただそれだけであった。

「こ、こりゃあ……偽物だ!!」やっと気が付いたのか、ベルバーンは大砲を地面に叩き付け、大熊の様に唸った。

「偽物ってことは……魔王軍が俺らを担いだんですかい?」部下のひとりが不安げに口にする。

「いや、連中が俺らを担ぐメリットはない。それも、この武器はほぼ無償、条件は『国をひっくり返す事』だった。すり替えたのは恐らく……」



「すり替えたのか? あれを?」港から出たエディは驚いたように声を上げる。

「俺の軍には疾風団っていう諜報班を抱えていてな。3日前、彼らに命じた。本物は仮設本部に保管されている」ラスティーは自慢する様子もなく答え、素早く馬に乗り、煙草を咥える。


「で、お前はどうする?」


 ラスティーはエディを見下ろし、彼の返答を待った。

「俺の策は少し躓いたが、まだまだこれからだ! まず、手薄になったベルバーンシティへ向かってウォルターを助ける。で、……でぇ……」彼の策では、油断をぶっこいたベルバーンが町に留まり、それをウォルターと共に叩くと言うモノであった。

 だが、ベルバーンは大砲を担いで行方が知れず、殆ど策は頓挫した様なモノであった。

「くっそぉ」頭を掻きながら地団駄を踏む。

「お前の策は、机上、頭の中で組み立てた血の通っていない代物だ。確かに、戦況を見れば口先だけで軍を動かすのは容易かもな。だが、軍それぞれの心情まで汲み取らなきゃ、真の策士とは言えないぜ?」と、後ろへ乗る様に催促しながら手を差し出す。


「相手の立場になって考えろ。そうすれば、2手先まで組み立てる事が出来る」


「なんだよ、ついてこいってか? 偉そうに」

「ウォルターは俺の仲間だ。一緒に助けに向かうぞ!」

「ベルバーンはどうするんだよ! あいつは何処にいるのか分かってるのかよ!」エディはラスティーを責める様に声を荒げた。

「当たり前だろ? あいつの次の行動は……」



 ベルバーンは胸に取りつけた魔力循環装置のダイヤルをマックスに捻り、筋肉を膨れ上がらせる。彼の身体に宿る属性は大地であり、属性攻撃は全く期待できないが、魔力循環によって得られる身体能力の向上は全属性中最高であった。

 更に彼はここまで魔力に頼らずに腕っぷしのみで成りあがってきた筋肉男であるため、筋力の上がる振れ幅は恐ろしい事となった。


「ラスティーのやつめぇぇぇ!!」


 天に向かって獣の様に吠え、一足飛びで遥か彼方まで跳躍する。丘はスプーンで掬ったように抉れ、土砂と部下たちは悲鳴と共に空へ舞い上がった。

 ベルバーンは跳躍一回に付き数十メートル先まで飛び、また地面を蹴って跳びを繰り返し、ラスティーの仮設本部のある村へと、目を血走らせながら向かった。



「それじゃあヤバいじゃないか! あんたは本部へ戻った方がいいんじゃないか?」エディはラスティーの背で疑問をぶつけた。

「いいや、お前と共にベルバーンシティへ向かうのが俺の策だ」

「だが、本部は最低限の人員しか残っていないんだろ? 今、叩かれたらたまったもんじゃない筈!」

「確かに、本部を壊滅されたらヤバいな。今のベルバーンは怒れる化け物だからな」と、躊躇なく馬を加速させる。

「じゃあ何故、そんな余裕でいられるんだ?」

「何故なら、本部を守るのがロザリアさんだからだ」ラスティーは自慢げに答え、根元まで短くなった煙草を吐き捨てる。

「てぇか、魔力循環装置も偽物とすり替えればよかったじゃないか……」エディが口を尖らせると、ラスティーは苦笑しながら頭を掻いた。

「そこが俺の誤算、かな?」



 ベルバーンは数十分でラスティーの仮設本部へ到着し、真上へ限界まで跳躍し、そのまま村の中央の家に向かって襲い掛かる。

「ここの何もかもを奪ってやるぅぅぅ!!!」巨大な拳を握り込み、巨石の様に落下する。

 すると、それを迎撃する様に紅の一閃が巨石に向かって飛び、激突する。衝撃波と共に凄まじい衝突音が鳴り響く。


「指令の言う通りだったな……」


 ロザリアは片腕でベルバーンの巨拳を受け止め、そのまま押し返し、村の外まで吹き飛ばす。彼女は一瞬で全身に稲妻を纏い、戦闘態勢をとっていた。

「何者だぁ?」イラつくように額に血管を浮き上がらせ、腕をブンブン回す。

「この村の守りを任されたモノだ。大人しく引き返すなら良し。返さないなら……」と、背に備え付けた大剣の柄を握る。「覚悟する事だ」

「生意気な小娘だ……鎧ごと揉み潰してやる」と、装置のダイヤルを回し、スイッチを叩く。更に魔力循環が高速化し、地が揺れ動いて皹が入る。

 その瞬間、ベルバーンは彼女の間合いに入り込んで両拳を突き出していた。

 ロザリアは大剣を小枝の様に振り回し、彼の背後へと通り抜ける。彼の丸太の様な腕に小さな切り傷が入り、血が滲み出た。

「……頑丈な腕だな」彼女自身、彼の腕を斬り飛ばす勢いで剣を振ったが、鈍い手応えと共に弾かれていた。

「そもそも大剣は鈍器のようなモノだからな。俺の腕に通るわけが無い!」と、振り向きざまに拳を振るう。

 ロザリアはそれを大剣の側面で防ぎ、数メートル背後まで吹き飛ばされる。なんとか踏ん張るが、ベルバーンの容赦ない追撃が数発ほど見舞われる。

「くっ、でかい割に素早い……」ロザリアは相手の脚運びの癖を見抜き、間合いに入り込み、数発牽制打を放ってから距離を取って呼吸を整える。

 彼女の打撃は粘り気のある金属を感じ取り、己の大剣は彼の腹筋にすら通らないと判断した。

ロザリアは腰に備えた魔刀蒼電を握って居合の構えを見せる。

 ベルバーンの大ぶりの攻撃を見切り、カウンターで振り抜けば致命の一撃を入れる事が出来ると判断し、静かに機を待つ。

 ベルバーンは方向と共に駆け出し、拳を振り上げる。

 彼女の間合いに入った瞬間、拳を振り抜くが、彼の巨拳は地面を穿っていた。

 その間に、ロザリアは刀を振り抜こうと足腰を駆動させ、瞬間移動したが異変を感じ取る。

 なんと、刀は抜けなかったのである。

「なに?」半年ほど前、エレンの活躍によりこの妖刀の呪いは解け、魔刀という真の姿が露わになった筈であったが、また抜けなくなったのであった。日常的に手入れする時は抜けた筈だったが、何故かこの瞬間、抜けなかったのである。

「何か誤算か?」ベルバーンはその隙を突き、彼女の頭を掴み、瞬時に腹に5発ほどの豪打を見舞う。2発で紅鎧は砕け、3発は彼女の腹にクリーンヒットし、何かが砕ける音が響く。

「ごぷぁっ!!」ロザリアは破裂した内臓からの血を勢いよく吐き出し、膝から崩れ落ちる。が、更にベルバーンは容赦なく彼女の顔面に拳を入れ、天高く吹き飛ばす。周囲に血飛沫が散り、数瞬で力の抜けたロザリアが落ちてくる。

「よく見ればいい女だが……御淑やかなのが好みでな」ベルバーンは脚を上げ、彼女の頭目掛けて踏みつける。

 が、ロザリアは瞬時に起き上り、距離を取る。ひとしきり咳き込みながら吐血し、呼吸を無理やり整える。

「……中々いいパンチだった。そうか、お前は馬鹿力が自慢か」ロザリアは大剣と刀を地面に突き刺し、砕けた鎧片を払い落とす。籠手とブーツ、さらには帷子も脱ぎ捨て、下着姿になり、その場で軽く飛ぶ。

「何のつもりだ? 『私を好きにしていいから村だけは』ってか?」

「そんな条件を出しても、お前みたいな輩は、約束を守らない事は知っている」と、両拳に稲妻を練り上げて纏う。構えた瞬間、周囲の空気が帯電し、紅色の殺気が吹き上がる。

「お前みたいな小娘が、俺と殴り合う気か?」

「皆を守る為だ……いくぞ!!」ロザリアは瞬時にベルバーンの懐に潜り込み、鋭い一撃で腹筋を貫く。

「ごぼぁ!!!」不意の一撃に目を剥き、怯む。その隙に乗じて彼女は左右の肋骨をへし折る様に拳を乱打し、更に正中線を狙って拳を入れる。

彼女の正確無比な攻撃はベルバーンを徐々に追い詰め、体力を奪っていった。

「なんだとぉ!! こんな小娘に!!」と、大振りの攻撃を繰り出すが、ロザリアはそれを潜り抜けて弱った上半身を狙って打ち抜く。

「ぐぉあ!!」

「お前みたいな筋肉男は相場が決まっている……相手を甚振る事しか考えていない!」



 その頃、ベルバーンシティへ急行したラスティーとエディは下馬し、門を潜る。街の守りは手薄であり、更に既に潜入させてあった疾風団の手によってこの町は陥落寸前であった。

「俺の目的が見えてきたか?」ラスティーは堂々と通りを歩きながら大酒場へと向かっていた。

「……まさか、あんた……」

「そ、この強盗団の町を俺達のものにすんのヨ」ラスティーは自慢げに煙草を咥え、火を点けた。

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