24.ベルバーンの切り札

 エディはベルバーンに気配を悟られぬよう、慎重に息を殺しながら尾行していた。貨物船へ入るのを確認すると、鍵縄を使って船尾から潜入し、木箱の影へと身を隠す。

「さぁて、情報通りなら……」と、見張りの視線を確認し、ベルバーンの向かった船底倉庫へと遠回りで向かう。

 彼の予想では、この貨物船にはベルバーンの切り札が積まれていた。それはとあるツテで魔王軍より譲り受けた代物であった。

 それは戦局を一変しうる兵器であり、ベルバーンにとって国王軍と反乱軍の戦いは眼中になかった。故に彼は常に余裕な態度を崩さなかったのであった。

 エディはベルバーンシティに来た時にこっそりと情報を収集し、この貨物船に関する情報を掴んでいた。が、その兵器の正体までは掴めていなかった。

 ベルバーンは部下を引き連れて最深部まで辿り着く。そこには大小の木箱が置かれていた。彼はまず大きい方をバールも使わずに素手で開く。

 そこには、魔王軍製、携帯出来る新型の大砲と砲弾が2つ入っていた。

「それが切り札ですかい?」手下のひとりが首を伸ばして箱の中身を覗く。

「そうだ。国一つをひっくり返す事の出来るとんでもない代物だ……その名も、無属性爆弾だ」と、砲弾のひとつを大きな掌で掴み取る。

「無属性爆弾って、塵も残さず消し飛ばすってあの?」

「そうだ。しかし、威力は……大型都市を消し飛ばす程の攻撃範囲だ」と、己の手の中にある絶対的火力を誇らしげな表情で眺める。

「都市丸ごと?! そいつぁすげぇ!」もうひとりが携帯大砲にべたべたと触り始める。そんな彼にベルバーンは思い切り裏拳を見舞った。

「下手に触るんじゃねぇ!! ……全て計画通りだ。バカげた戦争をやっている間に、俺は安全圏からコイツを首都目掛けてぶっぱなし、あの忌々しい城を消し飛ばす! そして混乱に乗じて、このベルバーン様がこの国を奪ってやるのよ! こいつぁ最高のタタキ(強盗)だ!」

「で、こいつぁ?」と、小さな木箱を指さす。

「こいつはなぁ……」箱を開けると、そこには小さなブローチの様な形をした機械部品が入っていた。

 ベルバーンはそれを徐に胸に付け、スイッチを入れる。

 すると、ブローチから蜘蛛の脚の様な棘が6本飛び出て、彼の胸に突き刺さる。ベルバーンは痛がる様子は見せず、額に血管を浮き上がらせながらブローチを弄る。宝石部分は赤々と光り、それにつれて彼の筋肉が徐々に盛り上がり、船全体が揺れる。

「な、な、なぁ?! こいつは一体!!」手下が慌ててボスの様子を伺う。

「これは、魔力循環装置だ。クラス4の使い手は、常に魔力を身体に循環させ、練り上げ、貧弱な肉体を超人化させる。こいつぁ、それを全自動でやってくれる便利な代物よ。俺は魔法の学は一切ないが、こいつがあれば、クラス4のインファイターレベルまでのし上がる事が出来るんだ」

「成る程ぉ……」

「更に、俺は腕っぷしでここまで上がってきたベルバーン様だ! そんな俺の肉体に魔力が巡るとどうなると思う?」と、拳を握りしめる。周囲の空間が歪み、空気が震える。

「流石ボス! これで俺たちの天下っすね!!」

「その通りだ! さぁ、最高の大仕事をやりに行こうか!!」

「えぇ! その前に!」と、手下のひとりが何かに気付いたのか、腕に風魔法を纏い、カマイタチを発生させて遠く背後の木箱を真っ二つにする。

 そこには丸くなったエディが隠れていた。

「……お?」急な展開に目を丸くし、首を傾げるエディ。

 そんな彼の眼前に瞬時で跳躍し、地響きと共に降り立つベルバーン。

「よぉ、エディ……」

「よ、よぉ……」



 国王軍と反乱軍の戦いが始まって1時間。押せず押されずの硬直状態に陥っていた。何故なら反乱軍側はベルバーンが不在であり、国王軍側はラスティーが不在であった。その為、互いに士気が思うように上がらず、軍団長代理は疑問に思いながら煮え切らない思いで戦いを指揮していた。

「なぁんか面白くない戦いだなぁ~」馬上で欠伸をするキャメロン。ラスティーの軍はあくまで助っ人の為、最前線には出ていなかった。彼女は向こう側の戦いを背伸びしてノゾキ、ため息を吐く。

「何が不満なんだ? 戦いの序盤なんて、こんなもんだろ?」ライリーは敵が後方に回っていないか探りながら応える。

「うぅん……ロザリアは本部(潜伏先の村)の守備に回ってるし、あたしらはこんな配置だし、副指令はあのザマだし……」と、後方で馬に跨るレイに目を向ける。

 レイは病み上がりであり、未だに顔色は悪く、目は虚ろでコンディションは最悪であった。

「仕方ないっすよ。あの人は毎日が激務で、身体はボロボロですから……あの人の後でトイレに入ったら、血便が残ってましたもん……」同乗の眼差しをレイへと向けるローレンス。

「荷が重いんじゃない? 副指令の座ってさ……てぇかボスはどこ? ラスティーがいないと始まんないじゃん!!」キャメロンは炎の翼を勢いよく生やし、歯を剥きだして唸る。

「向こうさんも戦局の要たるボスがいなくて、足並みが揃ってない感じだな」双眼鏡片手にライリーがため息を吐く。

「向こうのボスって反乱軍の?」

「いや、あちらさんが組んでいる強盗団のボス」

「あ、ベルバーンね。ったくぅ! 詰まらない戦いだなぁ!! もう!」



 ところ戻って貨物船、船底倉庫。そこではエディが縛られ、転がされていた。

「エディ……お前は確か、ラスティーの軍をどうにかしてくれるんじゃなかったか? その為に俺はお前に貴重な兵力を貸したんだよな?」

「たった20人で偉そうに言うな!!」彼に貸された兵力は、ロクな装備を揃えていない口だけ立派な食い詰め傭兵20名であった。彼は彼らに適当な命令を下し、ほっぽりだしてここまで来たのであった。

 そもそもエディはベルバーンから貸される兵力に微塵も期待していなかったため、予想通りではあった。

「人手は人手だろう? それより、ここに来て、どうするつもりだった?」と、巨大な手に魔力を滲ませてエディの頭をむんずと掴む。「ん?」

「いや、少しお前の切り札に興味があって……」

「……ま、お前如きが来ても意味はないがな」と、頭を離す代わりに腹を蹴飛ばす。

「ぐぶぅ!!」

「お前が踊ってくれたお陰で邪魔な国王軍と反乱軍が一カ所に集まってくれた。無防備になった首都を、今から消し炭に変えてくる。お前は海底の魚たちと語り合うといい」と、船底に素手で穴を開ける。海水が勢いよく噴き出て、あっという間に水浸しになる。

「俺一人を殺すために船を沈めるのかよ!」

「証拠隠滅のついで、だ。じゃあな、負け犬」と、ベルバーンは大砲片手に高笑いしながら船底から出て行く。そのまま彼は下船し、振り返ることなく港から馬車を出した。

 エディは面白くなさそうな表情でため息を吐き、拘束を解こうと身じろぐ。

 すると、眼前から余裕な足取りでラスティーが紫煙と共に現れる。

「よぉ、エディ」煙を吐き出し、眼前でしゃがみ込む。

「……ラスティー……」

「ここまでは順調だったか?」

「あぁ……ここまではな」と、縄を解いて立ち上がり、蹴られた腹を摩る。「蹴られたのは計算外だ」

「そうか」と、紙束を取り出してヒラヒラさせる。「計算外その2、かな?」

「……くっそ……」

 ラスティーが手に持っていたのはこの貨物船の航海士が付けた航海記録、積み荷の内容、出荷先についての情報の全てであった。

「敗因は寄り道だな。あんな兵器、これを見れば一目瞭然だ。それに、相手方に風使いがいる事を予想して対策をしなかったのも失敗だな」ラスティーは教師の様な口ぶりでエディのミスを指摘する。

「書類でみるより、現物を見た方が早いだろ」

「俺の場合、そうでもないかな」と、得意げに煙を吐き、書類をエディに手渡す。

「何のつもりだ?」

「で、お前のここからのプランは?」

「あいつの切り札を逆手に取って一発逆転。ベルバーンを討ち取り、あんたから借りたウォルターを救出し、1000万を手に入れ……って、何であんたがここにいるんだ!! あんたは司令官だろうが!! なんで戦争に参加していないんだ!!」と、一番のツッコミどころに気が付き、思い切り人差し指を向ける。

「だってあの戦いは全部、お前が御膳立てした戦いだろ? そんな物に参加しても詰まらないだろ?」

「詰まらないだろってあんた……」

「それに、お前のプランは穴だらけだしな。そのまま乗っても、この船みたいに沈むかもしれない。だから、俺なりに台本を書き返させて貰った」

「何だと?」

「さて、書き換えられた舞台で最後まで楽しく踊るのは誰かな?」ラスティーは得意げな笑顔を覗かせながら、沈みゆく貨物船内をエディと共に駆け出す。



 ベルバーンは首都を見下ろせる小高い丘の上に馬車を止め、携帯大砲を肩に担いでいた。砲弾を装填し、照準を城へ向ける。

「さぁ、この国の歴史は今より変わるぞ……これからこの国は仁君の国ではなく、強盗団の支配する、犯罪国家へと姿を変えるのだ!!」

 ベルバーンは舌なめずりしながら武者震いする指でトリガーに触れ、容赦なく引く。

 大砲の発射口から眩い紫色の閃光を放ち、轟音が鳴り響く。

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