23.舞台の主役たち

 ラスティーは近場の椅子を拘束されたウォルターの前に置き、そこに腰掛ける。

「何故、ここに?」信じられない者を見る様に目をパチクりさせるウォルター。彼は誰かが助けに来るとは微塵も期待してはおらず、ましてやラスティー自身が助けに来るとは夢にも思ってはいなかった。

「答え合わせ」と、余裕な表情で懐から煙草を取り出し、咥えて火を点ける。

「こたえあわせ?」と、更に首を傾げる。

「いや、こっちの話だ。報告を聞こう」ラスティーは煙を吐き出しながら耳を傾けた。

 ウォルターは呆気にとられながらも頷き、ここ数日のエディの活動報告を始めた。

 ラスティーは灰を落としながら静かに頷き、納得する様に唸る。時折、外の様子を風魔法で窺うも、警戒されていない事を確認し、再び報告に集中する、

 煙草が3本目に差し掛かる頃、彼の報告が終わる。ラスティーは軽く伸びをし、天井に煙を噴きかけた。

「うっし、ご苦労さん。中々に優秀なヤツだ、エディは」

「……私にはあいつが何をしようとしているのかサッパリで……指令にはヤツの意図が?」

「まぁな。だから答え合わせって言ったんだ。ま、8割ほど正解だったかな」

「???」ウォルターは更に理解できない様に表情を強張らせる。

「ま、心配するな。今回の作戦はお前のお陰で順調だ。さぁて」と、ラスティーは立ち上がり、煙草を握り潰してポケットに仕舞う。


「どうする? ウォルター」


 ラスティーは彼に近づき、目を細めた。

「どうする、とは?」

「このまま俺と帰還するか? それとも、エディを信じてここで待つか? お前が決m」


「ここに残ります」


 ウォルターが即答すると、ラスティーは意味ありげな笑みを覗かせた。

「信頼できるのか、あいつが」

「信頼と言うより、これもあいつの計画の一部と考えると余計な行動は避けるべきかと」と、ウォルターは拘束された手をするりと抜き『自分はいつでも逃げられる』ことをアピールして見せる。

「流石ウォルターだ。良い目をしている」



 同時刻、グレーボン首都。ここは眠らない街と呼ばれており、カジノを中心に建物の明かりは煌々と光り、観光客で賑わっていた。

 その雑多の仲、怪しげな気配を醸した者達がカジノへと向かう。その者達は瞳に勝負の色を灯していたが、賭け事は眼中になかった。皆、頭の中で本日の計画を復唱し、観光客を装いながら各々の決められたポジションへ付く。

 彼らの計画は、一カ所でハプニングを装い、その隙に3人が裏方へ回り、潜入させたもうひとりの手引きで金庫室へ向かう、というモノであった。

 警備やその他監視の目、配置人数、その者達の性格などまで徹底的にリサーチしてあり、その点では抜かりなかった。

 それらの情報の殆どはエディが用意したモノであった。

 だが、彼らにはひとつの誤算があった。

 それは……。


「いらっしゃいませ! 当カジノの新警備責任者であるオスカーでございます!」


 オスカーは警備責任者と自称はしていたが、まるでオーナーの様に立ち振る舞い、オーラを放つ客ひとりひとりに挨拶して回っていた。

 彼はコルミ共にラスティーから『カジノの警備は任せた』と指名されており、いつも以上に張り切っていた。

 そんなオスカーの目は長年の傭兵生活で自然と鍛えられており、客と仕事人のオーラは一発で見分けが付いていた。

 早速彼はそれとなくコルミに伝達し、カジノを包囲させ、警備の円をじわじわと狭めさせる。

 その間にオスカーはいつもの笑顔で窃盗団のひとりに接近し、挨拶をする。

「いらっしゃいませ! 当店のサービスはお受けいただけましたかな?」

「あぁ」表情を変えずにポツリとだけ返す。この男が窃盗団のリーダーであり、エディと情報を直接交渉したブルーゾーであった。

「勝負は時の運であり、それを見極めるタイミングが重要です! 見逃さない様にしてくださいね~」

「喧しい。あっちへいってくれ」と、煙たがるように手を動かす。店内の仲間の合図を今か今かと待ち望みながらも視線を自然に動かす。

 しかし、いつまで経っても合図は送られてこず、冷や汗を垂らす。

それどころか、店内の異変にやっと気が付き、逃走経路の計算を始める。

「気付いたか? 警備は数日前、俺が入ってからガラリと模様替えしたんだよ。それに、近日お前みたいなアホが来店するって情報まで掴んでいて警戒はしていたんだよ。残念だったな」オスカーは笑顔のまま目の色だけを変え、窃盗団リーダーを睨む。

「あの野郎……嵌めやがったか?!」

「詳しくは裏で聞こう」と、オスカーは自慢の太腕を伸ばし、彼の頭をむんずと掴んでVIPルームへと引き摺っていった。

 そこにはすでに窃盗仲間の皆が全員集合しており、ひとりが尋問を受けていた。



 その次の日、グレーボン王の元に昨日のカジノでの一件が耳に入る。窃盗を働こうとした者達は国内でも有名な腕利きであった事。中でもブルーゾーは国王軍の事を屁とも思っておらず、憲兵隊は幾度も彼を取り逃がしていた。

そしてそれを捕えたのがラスティーの部下である事が報告される。

「なんと……実に優秀だな」グレーボン王は感服する様にため息を吐き、微笑んだ。

「えぇ。流石ですね。で、ついでにこの様な報告も来ています」と、もうひとつ報告書を手渡す。

 その内容は、国王軍が反乱軍穏健派と手を組み、ベルバーン率いるタイフーン強盗団と一戦交えるというモノだった。

「……ふむ……」眉を顰め、自慢の髭を撫でる。

「如何いたしましょう?」

「ラスティー殿は直ぐに我らの期待に応えた。なら、我らも少しは助力してやらねばな」と、王は増援要請の書状にサインと判を押し、その場にいた兵士長へと手渡した。



 その頃、エディはベルバーンからの命令書を片手に彼の部下の潜伏する集落へ向かっていた。ウォルターは隣にいなかったが、それでも彼は臆することなく強盗団アジトへと入る。

 そこにいる部隊長へ命令書を手渡し、相手の顔色を伺う。

「ボスのお考えはわからんが、了解だ。だが、下手な命令は聞かんからな」と、エディのにやけ面に釘を打ち付ける様に言い放つ。

「別にそれで構わないよ。さ、早速行こうか」と、エディは手を叩き準備を催促する。

「……早速? どこへだ?」

「決戦の地へだ」と、鞄から地図を取り出し、部隊長へ己の策を口にする。

 その内容は、これから起こるベルバーン&反乱軍VS国王軍&反乱軍穏健派の戦いの間へ援軍として参加し、相手陣地を掻きまわす、と口にした。これにより、戦況はベルバーンの方へ傾き、勝利は確実なものとなり、手柄も頂けると言う内容であった。

「悪くないな。しかし、ラスティーの軍が計算に入っていないが?」

「そこは安心してくれ」と、エディは付け加える。

 彼が言うには、ラスティーの軍はエディに合図が無ければ動かず、その為戦いが始まってもラスティー達は待ちぼうけを喰らい、その間に戦いを終わらせるというモノであった。

そして、残った兵力でラスティー達を一網打尽にすると説明した。

「成る程……了解だ」

「よろしい! 各々よろしく!」



 その日の正午、ラスティーは帰陣し、部下の報告を聞いていた。

 その内容は、『オスカーがカジノ強盗を退治した事』『エディから合図が来た』ことだった。

「合図? 合図ねぇ~」ラスティーは全て知っているかのように笑み、全隊へ戦闘態勢を整える様に号令を発した。数日前から既に戦いの準備は進めており、彼の掛け声一発でいつでも出撃できた。

 周囲の村々に詰めていたキーラ、ダニエルの隊にも迅速に連絡が行き渡り、3つの部隊に分かれて進軍が開始される。

 更に、その両サイドからまるで示し合わせた様に国王軍、反乱軍穏健派が集結し、戦力が相手方の2倍に膨れ上がる。

 その全体の指揮を執るのは、何故か病み上がりのレイであった。

「司令官め……何を考えているんだ?」目の下を黒くさせながらぼやくレイ。

 あれよあれよと言う間に両軍が戦闘態勢に入り、国王軍の号令と共に激突が開始される。騎馬が、槍兵が、突撃兵が煮えたぎる闘志と共に駆け出し、攻撃魔法の雨あられと共に大激突する。その様子はまさに、台風の激突であった。



 その頃、ラスティーは単身港へやって来ていた。普段なら部下を引き連れて堂々とやって来ていたが、今回は昨夜の様に潜入するかの様にコソコソと物陰に隠れながら周囲の様子を伺っていた。

「さぁて、この戦いで一番おいしい思いをするのは誰かなぁ?」と、双眼鏡を覗き込む。

 その先には少数の部下を引き連れたベルバーンがやって来ていた。

 更にその向こう側に、ラスティーの様に潜入しているエディの姿が確認される。

「やっぱりなぁ~」ワクワクした声と表情で肩を揺らし、ベルバーンが乗船する貨物船へと向かった。

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