22.ダンスのお相手は?

「でしょうねぇ~ だって、とっても楽しそうですもの」マーゴットは胸の谷間を強調するような動きを覗かせながらベッドに腰掛けながら命令書を傍らに置く。

「よく顔を出せたもんだな、マーゴット」エディは彼女の得意げな表情を憎たらしそうに睨みながら口にする。

「裏切り者って言うなら、貴方も人の事は言えないでしょ? だって、1000万ゼルを最初に奪ったのは貴方でしょ? あたしは500万ゼルを奪うように手引きしただけよ~」悪びれる様子もなく、そのまま寝転がり、挑発するような悩まし気な声を漏らす。

「ま、確かに……隙を見せた俺が悪かったな」

「そういうクールなところもあの頃に戻っているわね。素敵よ。やはり、多すぎる兵力は貴方にとって贅肉だったわね」身体を起こし、美しい素脚を組む。

「で、お前が来たって事は、ウォルターは……?」

「彼は人質よ。貴方にとっても、ラスティーにとっても、ね」

「あいつが大人しく捕まったか……? いや、お前のおっぱいに目を取られたな……」

「可愛い童貞君だったわ。で、あたしがここにわざわざ来たのは……」と、立ち上がり馴れ馴れしく歩み寄り、身体を密着させる。


「貴方の用意した舞台で、一緒に踊りに来たのよ」


 マーゴットは彼の耳に声を吹きかける。

「何を言ってやがる……俺の舞台を自分色に染めに来たんだろ?」と、彼女の手から命令書を取り上げ、中身を検める。その内容に細工や書き加えられた文章は無かった。

「あら鋭い。でも、今のあたしは貴方の敵ではないわ」



 ウォルターはベルバーンシティの地下牢で監禁されていた。両手を縛られ、吊り下げられていた。彼を2人の男が棍棒を片手に睨みを利かせていた。

たった今、ふざけ半分の拷問の真っ最中であった。

しかし、傷だらけなのは棍棒を持った男たちの方であった。

ウォルターは眼術を使って相手の視線を操作し、同士討ちをさせていた。どんなに真剣に狙ったとしても、それほどに操られて互いの顔面を打ち、部屋に血飛沫が上がる。

「ち、ちひしょぉ~ どぉなってるんだぁ?」

「よく狙えよほぉ~ おれじゃねぇ~」2人の鼻と頬は陥没し、両目玉は明後日の方向を向いていた。

 ウォルターは無傷、無表情で2人を見据え、次の攻撃に備えていた。

 すると、そこへベルバーンが降りてくる。この有様を見て、拳一閃で2人を同時に殴り倒し、壁に叩き付ける。

「眼術使いか……厄介だな」ウォルターを睨み付け、様子を伺う。

 ウォルターは身構え、隙を伺いながらも殺気を放つ。

「どうやら、催眠までは使えない様子だな。下手に間合いに入らなければ、ただの人質だな」と、ベルバーンは近くの椅子にドカリと腰を下ろす。「エディの策は見破った。あいつは俺の軍と反乱軍を分断し、反乱軍穏健派と国王軍、そしてラスティーの軍を激突させ、おいしいトコロだけを頂くつもりだったんだろう?」と、得意げな顔を見せる。

 ウォルターは表情を変えず、ベルバーンの目の奥を覗き込む。

「そうはさせない。すでに伝令を送り、反乱軍リーダーをこちらに向かわせている。一手先を行かせて貰ったぞ。更に、俺には奥の手がある」

「奥の手?」

「それはなぁ……」



 ラスティーは診療所へ急ぎ、レイの様子を伺った。彼は顔色を灰色にさせながらベッドに横たわっていた。ラスティーの気配に気づくと、彼は直ぐに立ち上がろうとヨロヨロと上体を起こす。

「おいおい、大人しく寝ていろ!」

「そんな時間はない……今が俺達の大事な時なんだ……」

「大事な時だからこそ、そんなボロボロな状態じゃ話にならないだろうが……」ラスティーはあえて厳しい言葉を浴びせず、彼を優しく寝かせる。抵抗するレイであったが、身体に力が入らずにそのままベッドに体重を預ける。

「……しかし……」

「過労はヒールウォーターや魔法では万全になり辛い。ゆっくりと休むんだ」

「……我儘な頼みかも知れないが、聞いてくれるか?」レイはラスティーの目を真面目に見据える。

「何だ?」


「副指令は他の人間に頼んでくれ。俺には無理だ」


「何を言ってるんだ?」ラスティーは耳を疑う。彼にとって副指令はレイしかおらず、他の者には務まらなかった。キーラやダニエル、ましてやオスカーには任せられなかった。ディメンズが軍に残ってくれれば頼れたが、彼は現在、ワルベルトに同行しており、不在だった。

 故に、副指令として頼れるのはレイだけであった。

 しかし、彼は現在、情報収集部隊の指揮官も担っており、更にラスティーの右腕として更に磨きをかける為に勉強も続けていた。その為、彼に休む時間は殆どなく、その結果がこれであった。

「だったら、情報収集は……」

「いや、そっちの方が俺に向いている気がするんだ。副指令は……向いていない。1年前、ラスティー司令の到着を待っている時から、それは気付いていた。俺は副司令の器じゃない……」

「そんな事……」

「だが、情報収集、整理の方は俺に任せてくれ」

「……あぁ、わかったよ。これからも頼むぞ。今日は……いや、万全になるまで休んでいてくれ」と、ラスティーはため息交じりに診療所から出る。

 彼は頭を抱え、悩ましそうに唸る。彼の中では折角、軍が形に成りかけていたが、また少し崩れ、隙が生まれそうになっているのが我慢ならなかった。心中、レイには副指令の仕事一本に絞らせ、頑張って貰いたかったが、それも敵わず、またため息が漏れる。

 そこへまた諜報班伝令兵が現れる。

ラスティーは嫌な予感に背筋を撫でられ、身震いした。

「こういう事は重なるって言うからなぁ……」と、ラスティーは覚悟を決める様に己の頬を叩いた。


「ウォルターさんがベルバーンに捕まりました!!」


 この報を聞き、ラスティーは安堵のため息を吐いた。

「ふぅ~ やっとまともな報告が聞けた」と、計算通りなのか、胸を撫で下ろす。

「……え? あのウォルターさんが捕まったのですけど?」普段、ウォルターは兵の白兵戦訓練も行っていた為、彼がどれだけの実力かは有名であった。その彼が捕まったと言う情報はこの兵にとってもショックなモノであった。

「ん? あぁ、心配するな。俺もウォルターの事は信頼しているし、きっと大丈夫だ。さて、俺も動かなきゃな」と、ラスティーはウキウキとした足取りで司令本部へと向かった。

「指令の考えている事がわからない……」



「とっとと帰れ。俺は忙しいんだ」エディはマーゴットの胸を突き飛ばす。

「あら、乱暴ね」

「お前の企みはお見通しだ。とっととベルバーンの元へ帰れ」

「あら冷たい。彼、『あの時』は乱暴なのよね~」

「あの時?」エディはそっけない表情のまま耳を大きくさせる。

「貴方は優しいじゃない? ほら、覚えてる? あたしの身体にハチミツを塗ってさぁ~」と、胸元を更に強調させながら近づく。

「う、うるさい! お前はいつもそうやって自分のペースを掴もうと!」

「ふふ~ん」と、見えてはいけない部分を見せようと、更に挑発的なポーズをとる。

「目障りだ! 帰れ! 帰れ! 帰れったら帰れぇ!!」と、エディは無理やりマーゴットの背中を突き飛ばし、部屋から追い出す。息を荒くさせ、頭を押さえる。「ったく、あの女ぁ……」

 


 その日の真夜中。煌々と光るベルバーンシティでは毎日の様に宴会が開かれ、賊たちは皆、酒と女に酔っていた。

 そこに一つの影が現れる。周囲の視線や気配に気を配り、町中の風邪を読み取りながら影の中を走る。誰一人に接触する事無くスルスルとウォルターの監禁されている地下牢へと降りる。

 あっという間に鍵をピッキングし、重たいドアを音を殺して開く。

「……? あ、」その侵入者の姿を見て、思わず声を漏らすウォルター。

「よ、順調そうだな」その者は、久々の単独行動を楽しむラスティーであった。

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