18.エディの野望

 次の日、エディ達はベルバーンのアジトから南へ遠く離れた集落を訪れていた。ここは多くある反乱軍の隠れ家であった。

 しかし、ここに潜伏する者達は皆、先日ラスティーの元を訪問した参謀の部下であり、現在の反乱軍リーダーのやり方に反対意見を持つ者達であった。参謀は現在、ラスティーの元で相談し、内部で分裂し、ラスティーを介して国王軍の穏健派にコンタクトを取ろうと試みていた。

「何を企んでいる」怪しい者を見る様な目付きでエディを睨み付けるウォルター。

「忠告しに来たんだよ。ベルバーンがラスティーさんを潰そうとしているってな」エディが口にした瞬間、ウォルターが彼に掴みかかって組み敷く。

「貴様、何故その場で言わなかった!」

「言ったらお前、その場でベルバーンに喧嘩を売る勢いだろ? そんな事をしたら、戦争が起こっちまうぞ? ラスティーさんは計算外の争いを好まないだろ? え?」エディは全く怯まずにウォルターに言い放つ。

「……」ウォルターは黙ってエディから手を離し、腑に落ちない様な表情を覗かせる。

 エディはスクッと起き上り、服に付いた汚れを払い落としながら彼の浮かない顔を覗く。

「お前は賭け事や喧嘩は強いだろうが、計算が苦手みたいだな。いいか? 黙って持ち味を生かせばいいんだよ、お前はよ」

「……すまない」

 エディはそのまま集落の奥へと何食わぬ顔で進んでいき、見張りに止められる。『自分は先の戦いで反乱軍に参加して戦った傭兵だ』と、説明して返答を待つ。数十分待たされ、見張りのひとりが帳簿片手に戻って来て、名前と所属を問い、どこの戦地でどのポジションにいたかを問いかけ、エディは淡々と答える。

 そこでやっと見張りは納得したのか、エディとウォルターを迎え入れて参謀のいるテントへと案内する。

 エディはテントへと遠慮なく入り、顔見知りの参謀に馴れ馴れしく近づく。

「お久しぶりだな。俺の事、覚えていますか?」

「……聖域の戦士たちのリーダー、エディ・スモーキンマンか。なんだ? 報酬の話なら、もう終わったはずだぞ」と、煙たそうに表情を濁し、地図へ目を戻す。現在、彼は反乱軍リーダーに反旗を翻す為の策を練っていた。

「あぁ、あの話は終わったな。だが、まだあんた達の預かりだってのは変わっていない筈だぜ?」

「ラスティー殿の話では、お前の傭兵団は壊滅し、吸収されたと聞いたが……それでお前らとの契約は切れた」

「冷たい話だなぁ~ まだ俺が生きているって言うのに……ま、それでいいや。俺をラスティーさんの使いだと思ってこの話を聞いてくれ」エディは近場の椅子に座り、勝手にポットの中身を湯のみに注ぐ。

「何だ? くだらない話ではないだろうな?」

「いいや。お前らのリーダーと仲良しこよしのベルバーンがラスティーの軍を潰そうと企んでいる」

「なに? それは本当か?!」参謀は興味あり気に聞き耳を立て、眉間に皺を寄せる。彼はラスティーの事を大層気に入っており、頼りにしていた。

「あぁ。首都のブラックマーケットで仕入れた確かな情報だ。つまり、あいつはラスティーさんを危険視しているし、あんたがラスティーさんと接触した事も知っているだろう。コレは、激突するのも時間の問題だな」

「しかし、まだ彼との約束の武器が到着していない! 戦いはそれからだと言うのに!」彼はワルベルト経由でラスティーに武器の調達を依頼していた。西大陸大戦の時に余った新型のクリスタル武器であり、コレがあれば少なくとも反乱軍の内乱は制することができた。

「そこは、俺に任せてくれ。このエディ・スモーキンマンにな」と、彼は歯を輝かせながら胸を張った。

「……どこからそんな自信が湧いて来るんだ?」ウォルターは小声で呟きながら小首を傾げた。



 その頃、ラスティーは村長の家の書斎でこの国で得た情報の整理をしていた。傍らには副指令であるレイがおり、情報の仕分けを手伝っていた。

「で、ベルバーンの所にはいつ挨拶に行くんだ?」レイは束ねた書類をファイルし、箱に詰めていく。彼の整理した情報は既に膨大な量になっており、書斎を占領しつつあった。

「明日にでも向かうつもりだ。護衛にキャメロンとローレンス、保険にロザリアも連れて行こうと思う」

「随分と手練れを多く連れて行くんだな。この村の守りが手薄になるな」

「お前とキーラたちがいるだろ?」

「それに、キャメロン達はどちらかと言えば、攻めの時の主力だろ? 護衛ならブリーダーでもあるライリーの方が適任だと思うが?」レイは今や、軍全体を把握しており、的確な人員配置が出来る様になっていた。

「言っただろ? 挨拶に行くってな。それに、相手の出方によっては……だろ?」

「ラスティー……あんたは立派な司令官なんだぜ? あまり命を投げ出す様な事はしないでくれよ?」レイは釘を刺す様に強めに口調を強めた。

「わかっているよ。お前も、副指令なんだからさ、」と、レイの肩を軽く叩く。すると、彼はグラリと傾き、椅子から落ちそうになる。

「おっと……」

「健康には気を使ってくれよ? エレンの所に行けば、いいヒールウォーターを用意してくれるぞ。それに、良いハナシ相手にもなってくれる」

「だって彼女はあんたの……」

「彼女は優秀な精神科医だ。この軍のな。俺が独り占めしていいわけがないだろ? だから、遠慮するな」

「……じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうよ。その前に、この膨大な情報をさっさと整理してしまおう」と、彼は己を奮起させる様に気合を入れ、書類を次々に目を通しては仕分けをする。

 ラスティーはそんな彼を微笑ましく思いながら、ゆっくりと煙草を咥えた。



「ねぇ、ロザリアはどこなのぉ?」キャメロンは村中を歩きながら暇つぶし相手を探していた。いつも賑わう診療所へと向かい、エレン目的のにやけた傭兵たちを掻き分けて進み、エレンを訪ねる。

「あらキャメロンさん。今は忙しくて少々お待ちください」と、擦り傷を負っただけの傭兵にヒールウォーターの雫を垂らして完治した傷痕を優しく叩く。「おしまい! 次!」

「ロザリア知らない? どーせ村の警備中なんだろうけど、どこにもいないんだよね~ 久々に手合わせ願いたいんだけど~?」と、魔力を漲らせて不敵な笑みを覗かせる。

「あら? 彼女ならラスティーさんの護衛の為の準備中ですけど? それに、貴女も行くんじゃなかったですか?」

「…………あ゛、そうだった!」と、思い出したのか、一瞬慌て顔を作るが、直ぐにいつもの顔に戻る。「ま、いいか。どーせ強盗団のボスのとこに乗り込むんでしょ? 大した仕事じゃないよ」と、余裕の口笛を吹く。

「挨拶ではなかったですか?」

「そそそ、挨拶よ挨拶~」

「……大丈夫でしょうか……?」



 その日の夜、エディは焚き火に当たりながらひとりでほくそ笑んでいた。

 その笑みを不気味がりながらウォルターは表情を強張らせながらも夕食の角猪肉に齧りついていた。

「何がそんなに可笑しいんだ?」

「いやぁ……傭兵団のリーダーをやっていた時より身軽で、昔の様に思うように動けて楽しいんだよなぁ~ やっぱ、有象無象を多く囲い過ぎると色々と鈍くなってダメだな」と、手を擦り合わせながら口にする。彼は1年前までは3500の兵を従えるリーダーであった。

「お前みたいな奴がどうやって?」

「最初は4人で始めて、戦争に参加しては上手くすり抜けて戦果を上げ、グレイスタンとマーナミーナの攻防戦で風の賢者の攻撃を潜り抜けたって功績が一人歩きしていつの間にか1000人に……で、『聖域の戦士たち』なぁんて臭い軍団名をつけたら、暴れたい盛りのバカが大勢集まって……ワルベルトからの紹介を受けて……1000万を盗んで……で、このザマさ……あの時の3人も2人は戦死し、もうひとりに裏切られ……はぁ……」

 エディは鞄から安酒を取り出し、ラベルを睨んでウォルターに投げて渡した。

「どういうつもりだ?」

「……飲みたい気分だが、今は飲む訳にはいかないんでな。代わりに飲んでくれ」

「私に睡眠薬は効かないぞ」

「一服盛るつもりはないし、疑うなら飲まなきゃいい。だが、俺の代わりに飲んでくれれば幸いだ」と、エディは水筒を取り出してグラスに水を満たす。

 ウォルターは酒をグラスに注ぎ、匂いを確かめる。

「お前の為に飲めと言ったが……どういう意味だ?」ウォルターはグラスを手に持ったまま問うた。

「……裏切り者の事さ……あいつぁ、俺の一番の理解者だった。だが……500万と一緒にベルバーンの所へ行っちまった……そいつを見つけ出して、今の俺みたいな惨めな目に遭わせてやるっていう、誓いの酒かな?」

「そうか」と、ウォルターは酒を一気に飲み下し、グラスを空にする。「傍で見ていてやる」

「そりゃどうも。さて、寝るか! 明日も忙しくなるぞ!」と、焚き火に土をかけ、寝袋に潜り込む。

「明日は何処へ行くんだ?」

「グレーボン首都の軍事基地。そこの兵士長に色々とチクリに行くんだよ」エディは楽しそうに肩を揺らし、寝転がる。

「……本当にお前、何がしたいんだ?」

「国を手の上で転がしたいんだよ。あのラスティーすらも、な」と、口にした瞬間、サングラスを外したウォルターが殺気を込めて彼を睨み付けた。

「100年早い」

「相変わらず怖ぇ目だこと……」

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