19.ラスティーのご挨拶

 次の日、ラスティー達は馬に乗り、ベルバーンのアジトである森の中にあるベルバーンシティへ向かっていた。ラスティーは護衛にキャメロン、ローレンス、そしてロザリアの3人だけを連れて向かっていた。

「ねぇボスぅ。なんであたしら3人だけなの? 他の仲間は連れて来ない訳は?」キャメロンが彼の隣に馬を寄せながら問う。

「あまり多く連れて行ったら、威嚇する様じゃないか。今回は挨拶だけだ」

「って言っておいて、本当はどうなの? ボスはいつも裏があるじゃない?」と、キャメロンはラスティーに擦り寄る様に問いかけ、顔色を窺う。

「本当に挨拶だけだよ。ま、それだけで済まなかったら、アドリブで踊る事になるかな~」

「アドリブぅ? 本当は何か考えてあるんでしょぉ? ボスぅ?」

「しつこいなぁ……」

 ラスティーは出発前、3人にベルバーンについて調べ上げた情報を共有させた。ここ数年で勢力を拡大させ、ビジネスを手広くおこない、今やベルバーン率いるタイフーン強盗団は強盗団と呼ぶには大きすぎる程に、この国での影響力を手に入れていた。ベルバーンの側近も実力者であり、一筋縄ではいかない事は明白であった。更に、この大強盗団の兵数は大体1万程であり、5000程の兵数しか持たないラスティー達の勝ち目は薄かった。

「相手の出方による。ベルバーンは腕っぷしも頭脳も侮れない相手だ。恐らく、挨拶と言う名の腹の内の探り合いだけで済むだろう。皆、何を言われても平常心だけは忘れないでくれ。それだけだ」と、ラスティーは背後で馬に乗るローレンスとロザリアにも語り掛け、笑顔を覗かせる。

「万が一、それで済まなかったら?」キャメロンはしつこく問い、彼の表情を伺う。

「3人を信じるよ」

「そりゃ嬉しいね」キャメロンは納得したのか、陽気に鼻歌を歌いながら馬を先に進ませる。

「ま、暴れすぎないでくれよ。それからロザリアさん」ラスティーは彼女へ視線を映し、少々心配そうな顔色を浮かばせる。

「なんだ?」

「殺気を飛ばす際には慎重に頼むぞ。貴女の殺気は強烈だからな」

「了解だ」ロザリアはラスティーに敬礼しながらも大剣の調子を確認し、軽く振って真空波を作りだし、大地に一本線を描く。

「……まだ彼女について知らない事が多いからな……エレンも連れてくるべきだったか?」ロザリアの実戦を口頭でしか伝え聞いていないラスティーは、彼女の事だけ心配していた。

「エレンさんは診療所で忙しくしていますから」不意にローレンスが彼の背後から声を掛ける。

「そうだな……結局、休めずにここまで来ちゃったもんなぁ……」



 エディは持っていた金で身なりを整え、グレーボン首都の軍事基地へ向かっていた。ウォルターはいちいち咎めようとするが、エディは『ラスティーさんの使い』と名乗り、堂々と正面フェンスンを潜り、案内されるままに兵士長の元へ向かった。

 ここの兵士長は騎士団長に忠実で実直な男であり、そして何より愛国者で、仁君である王の為なら命を投げ出す事もいとわない兵士であった。

「ラスティー殿の使いだと? 何用だ?」兵士長は忙しいのか、煙たそうな表情を隠しながら口にした。彼はラスティーたちをあまり信用してはいなかった。

 エディはお構いなしに兵士長のいる軍議室へ入室し、椅子に座る。

「貴方は現在、反乱軍に頭を悩ませていますね。その者らがタイフーン強盗団こと、ベルバーンと手を組んだことは知っておりますか?」昨日までの彼とは違い、紳士な態度を見せるエディ。その情報を裏付ける様に、自分で用意した書類を取り出して卓に置く。

「古い情報だ。それを言いにきただけなら、お引き取りを」と、冷たく言い放つ。

「いえ、これはタダの確認です。お話はこれからで」と、用意した書類を開き、兵士長の前まで滑らせる。

「……これは?」

「これから我々はベルバーン率いる強盗団と激突し、相手を完膚なきまでに潰します。しかし、それは我々だけで反乱軍の相手もしなければならない、という事になります。その為、この戦いの際、是非あなた方の軍のご助力を願いたいのです」

「……我々の使命は王と国民を守る事にある。不用意に戦争をすれば、国民や国土を傷つける事になり、我らが王を悲しませることとなる。それは出来ん」兵士長はエディから顔を背け、腕を組む。「それに、ラスティー殿は自分の軍だけでベルバーンを倒すと約束した。それなのに、我らに助力を求めるのは違うのではないか?」

「確かに。だが、この戦いは反乱軍も巻き込んでの戦いとなる。あぁ、これは知っているかな? 反乱軍は現在、内部から二分されているのです。ベルバーンと組んで力の増大を企む一派と、国王軍穏健派との交渉を望む一派と……つまり、反乱軍を相手にするだけなら、戦力半減している軍を叩く簡単な戦いとなるでしょう。ベルバーンの軍と足並みが揃う前に叩けば、問題を半分の労力で片づける事ができます。ベルバーンは我々に任せて下さい」エディは顔色一つ変えずに口にし、微笑みを覗かせる。

「ふむ……」兵士長は口数少ないまま黙り込み、考える様に唸る。

「ここに反乱軍過激派の潜伏する場所を示した地図と、戦力、武器の種類、使い手の人数まで記した書類があります。これがラスティーさんからの贈り物です」この情報は反乱軍穏健派の隠れ家を訪れた時に手に入れ、自分なりに整理した代物であった。

 兵士長は書類を手にし、一枚一枚無言で目を通し、ここでやっとエディに目を向けた。

「……いいだろう。信じよう」

「ありがとうございます。で、貴方たちにやって欲しい事が……」



 その後、エディは基地を後にし、また楽しそうに肩を揺らして笑った。

「やっべ、めっちゃ楽しい」

 そんな彼を見て、ウォルターは自分なりに頭の中で整理しながらまた頭を捻っていた。

「つまり、国王軍に反乱軍の片割れの相手をさせ、その間にタイフーン強盗団と反乱軍の穏健派をぶつけ、更にラスティーさん達に……ん? ベルバーンの所ではどんな話をしたんだ?」

「教えないよぉ~ ただ……皆が皆楽しく踊る事になるだろうぜ」と、クスクスと笑う。

「貴様、そうやって結局、何がしたいんだ?」

「1000万稼ぐんだよ。いや正確には、俺には1000万ゼル以上の価値があると証明するんだよ。ラスティーさんにな」



 ラスティー達は森を潜り抜け、ベルバーンシティの門を潜る。森には数十人の見張りがいたが、皆ラスティー達を迎え入れる様に矛を収めていた。が、後戻りできない様に退路を塞いでいた。

「生かして返す気はない様子だな」殺気にいち早く気づいたロザリアが警告する様にラスティーに囁く。

「ベルバーンがどれだけ寛大か、によるな」

「ま、その時はその時。久々に暴れさせてもらうよ」キャメロンはやる気を出すと同時に魔力を滲ませる。

「とりあえず、挨拶だけだ。抜かりなく頼むぞ」ラスティー達は下馬し、手綱を縛ってベルバーンのいる大酒場へと向かう。ドアを潜ると、そこのカウンター席とテーブル席はベルバーンの手練れの部下たちで満席であった。そして皆、武器を腰や背に備え、殺気を帯びていた。

「本当に挨拶だけ?」キャメロンは確認する様に問うた。

「そうだ」ラスティーは口早に答え、余裕の笑顔を蓄えながらベルバーンのいる奥の部屋へと臆さずに向かう。部下が出迎え、中へと案内する。


「ようこそ、ラスティー・シャークアイズ。良いウィスキーがあるんだ。一杯どうだ?」


 太い腕の巨漢、ベルバーンが笑顔で出迎え、酒瓶片手に挨拶する。

「ん~ 国産か。香ばしく、喉を強く叩くいい酒だな。頂こう」と、ラスティーはグラスを手に取り、ベルバーンから酒を注いで貰う。互いにグラスを傾け、一気に中身を空にする。

「いける口か。久々にこの大陸に帰ってきた感想は?」ベルバーンもラスティーの事は独自の情報で仕入れていた。

「どこもかしこも戦争に内乱……秩序がなくていけないな」

「その通り。そこで、俺がこの国の秩序を守ろうと奔走している訳だ」ベルバーンは自慢げに言い放ち、もう一杯飲み下す。

「貴方が?」

「そうよ。頭の悪い反乱軍を抱き込み、出来の悪い国王軍を倒し、この国を、俺を元に統一するんだ。そうすれば、もう輸入に輸出とやりたい放題よ。そして魔王軍と手を組み、いずれこの大陸をこの俺が支配するのだ」

「それは突飛な話だ」

「突飛でも夢物語でもない。現実的な話だ。俺たちは今、麻薬のルートを確保し、国中に流通させる計画を進行させている。どうだ? お前にも一枚噛ませてやろうか?」

「……良いハナシだが、お断りさせて貰う」と、グラスを置き、席を立つ。「本日は挨拶だけだ。また来る」と、踵を返す。

「いやいやいや……俺はお前に計画の一部を話した。良い返事をしない限りは、無事には帰れないぜ? それに、この酒場には俺の部下が待機している。お前らはたった4人でここに来たな? もっと大勢連れてくるべきだったな」

「ん~ 言っただろ? 挨拶だけだって」ラスティーはドアを開け、キャメロン達の待つフロアまで戻る。

 そこはまるで台風が過ぎ去った後の様に荒れ、ベルバーンの部下たちは情けなく転がっていた。キャメロンはバーテン側のカウンターに陣取り、グラスを傾けていた。

「ねぇボス! ここ、あたし達の貸し切りだってさ!」と、酒瓶をラッパ飲みする。

「キャメロンが暴れた割には、火が大人しいな」ラスティーは周囲を見回し、首を傾げる。

 すると、ローレンスが残念そうにため息を吐きながら首を振った。

「ロザリアさんが室内で大剣を振り回したんです。キャメロンさんが踊る間に、衝撃波で相手は全滅し、この有様で……」と、説明する。

「……済まなかった。こんなに散らかしてしまい……」ロザリアは済まなそうに箒とチリトリを持って、割れた酒瓶やグラスを片付けていた。

「ま、挨拶は終わりだ。帰ろう。ベルバーン! ではまた」ラスティーは顔色一つ変えずに目を丸くするベルバーンに向かってお辞儀した。

「……面白いな……」ベルバーンは不敵に笑いながらも拳をギュッと握りしめ、腕に血管を浮き上がらせていた。



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