17.ベルバーンのアジトにて

 日が暮れ、エディたちの周りが闇に包まれる。しばらくの間、焚き火を囲んで夕食を摂り、寝袋に包まって眠る。

 その様子を伺っていたブラックマーケットからの追跡者が茂みから姿を現し、2人に歩み寄り、薬品の染み込んだ布を取り出す。

「寝ている奴に睡眠薬って、くどくないか?」そんな彼の背後からエディがポツリと囁く。

「……気付いていたか」フォルスウッドの部下のひとりであった。この男は昼にエディが売り渡した情報内容を盗み聞きしていた。

「当たり前だろ? で、何の用かな?」エディは全て織り込み済みなのか、余裕を崩さぬ微笑みを蓄えていた。

「あんな情報をどこで仕入れた? カジノのVIPルームへ入った程度では得る事は出来ないはずだろ?」

「鋭いねぇ……実はな」と、懐から一枚の紙を取り出す。そこにはカジノの見取り図と警備状況、金庫室へ続くトラップなどが書かれていた。「先の小さな小競り合いで、コイツの写しを手に入れたんだ。これを持っていた奴がどうやらカジノ警備を任されていた傭兵でな。大方、俺みたいに誰かに売り渡そうとしていたんだろうよ。今朝、カジノでVIPルームへ行ったのは、この見取り図通りか裏を取りに行ったのよ」

「……で、何故自分でカジノ強盗をやらない? 複数人でも、それなりの稼ぎにはなるはずだ」

「成功したらその分、目立つモノをしょい込む事になるからな。嵩張る大金と、カジノ強盗犯という汚名。俺はもう少し上品に稼ぎたいのよ」

「中々賢いな」男はふっと笑いながらエディの目を覗き込む。

「で、お前は何しに来た? 俺らを拉致しに来たのか?」

「大人しく話を聞けなければ、アジトへ引き摺っていこうと思ったが、意外と素直で助かった……そして、お前の選択は正しかった。あのカジノ強盗は失敗する」

「ほぉ、それは何故?」

「俺達が警備にチクるからだ。あのカジノはベルバーン様の預かりだからな。強盗犯は皆、葬られるだろう」

「そりゃお気の毒」エディは少々ワザとらしく首を振りながら笑う。

「で、お前も葬られる事になる」と、得意げに指を鳴らす。が、その音は宵闇の中で響くだけだった。「ん?」

「どうした? 俺が鳴らそうか?」と、エディが指を鳴らす。

 すると、茂みから手や足を折られた4人の男が次々に現れ、地面に倒れ伏す。最後にウォルターが現れ、胸を張りながら腕を組む。

「なに?」

「お話だけをしにくるわけがないよなぁ? だって、俺はベルバーンのカジノに手を出そうとしたんだもんなぁ? だが、残念だがあのカジノはもう、ベルバーンのモノではないんだな~」

「なに?」形勢が逆転し、表情を険しくさせる。

「あのカジノは今日から、ラスティーさんの預かりになった。いや、あいつはその内、ベルバーンを潰すだろうぜ。楽しみにしているんだな~」

「それはあり得ない! 今のベルバーン様は反乱軍と手を組み、この国を転覆させる大物に……」

「状況は常に変わるもんさ。さて、ウォルター。ぶち折ってやれ」と、手を上げる。

 が、ウォルターは微動だにせず、鼻息をフンと鳴らした。

「……ったくぅ!」と、エディは男の顔面を殴り抜き、無理やり気絶させる。

「私はお前の部下ではない」ウォルターはサングラス越しに彼を睨み付ける。

「わかってるよ、お目付け役だろ。さて、こいつらを片付けて、明日に備えるぞ」

「明日はどうするんだ? ベルバーンに目を付けられ、動きにくくなったじゃないか」ウォルターは今後の展開を予想し、面倒くさそうにため息を吐いた。

 どんな形であろうと、エディはベルバーンに喧嘩を売ってしまったのであった。強盗団のボスは、自分の顔にどんな大きさの糞を投げつけられても許さないものであった。

「いいや、変わらないさ。何せ、明日はベルバーンに直接挨拶しに行くんだからな」

「……そりゃ……ん? お前、死にたいのか?」

「なぁに、ベルバーンとは顔見知りだ。何せ、あいつが俺の500万ゼルを奪ったんだからなぁ」と、口にするとウォルターが彼の胸倉を掴む。

「元々はラスティーさんの金だろうが」

「知ってるよ。それを取り返しに行くんだよ!」

「私は助けないぞ」

「そんなこと言うなよぉ~」と、エディは彼に微笑みかけたが、ウォルターは顔を背けた。



 それから翌朝、エディとウォルターは駅馬車に乗って北西を目指した。このガローダ地方の南の森の奥にベルバーンの強盗団が潜伏していた。森の中央は立派な街になっていた。酒場や賭場などがある他、武具や兵器が格納されている倉庫がいくつも建っており、更に農園には麻薬の調合に使われる草が栽培されていた。

 エディたちは夕暮れに辿り着き、森の見張りに金を渡し、街へと難なく入る。

「悪党の街、ベルバーンシティだ。ここには金の匂いがプンプンしてるぜ」

「金は稼がないんじゃなかったか?」ウォルターは未だにエディの真意が理解できず、半信半疑であった。

「もちろん稼ぐさ。1000万だろ? 稼げなきゃぶち折られるんだろ? わかってるわかってる」と、両手を擦り合わせながらベルバーンのいる大酒場へと向かう。そこは幹部クラスしか入れなかった。エディはその酒場の前に堂々と立つ。

「エディ・スモーキンマンだ。入れてくれ」

「……ほぅ、自分から来るとはいい度胸だ」見張りの男はエディに道を譲り、扉を開く。

「どうも」エディは遠慮なく酒場へと入って行く。ウォルターもそれに続こうとしたが、見張りに止められる。

「お前はダメだ」

「なに?」ウォルターは見張りの男を打倒そうと身構えたが、エディがそれを阻む。

「大人しくここで待っていてくれ! 俺なら大丈夫だから」

「お前の心配はしていない! お前を見張るのが私の役目だ!」

「逃げやしねぇよ! いいからここで待ってろ!」



 エディは案内人に言われるがままに奥の部屋へと向かい、大部屋へ入る。そこには大柄の男が酒瓶片手にドカリと座っていた。周りには半裸の娼婦が何人も屯し、彼の上半身を撫でまわしていた。

この男がこの国最大の強盗団のボス、ベルバーンであった。

「羨ましい光景だな」

「きたか、エディ。おい」と、合図すると娼婦たちは尻をくねらせながら退室する。「後で可愛がってやるよ」

「別に追い出さなくてもいいんだけど?」

「女がいると集中できないからな。で、お前は俺に、何をしたのか分かっているのか?」と、丸太の様に太い腕を組む。

「お前こそ、俺の500万を奪ってくれたよな?」

「奪うのが強盗団の仕事だ。それに、お前の傭兵団が隙だらけだったからな。そういえば、今やお前はひとりだったな。傭兵団のリーダーではなく、ただのエディだな。え?」

「肩書きにはこだわらない主義でね」と、部屋中を見回す。

「あの500万は有意義に使わせて貰ったぞ。金は使わなきゃ入ってこないからな。お陰で数千万に増やす事が出来たし、反乱軍と組み、今や国の支配者となれる日も目前だ」と、葉巻を咥え、オイルライターで着火し、煙を天井に向かって得意げに吐く。

「それを脅かす連中が現れたとしたら?」エディは近場の椅子に得意げに座り、テーブルに置かれたブランデーセットに手を掛ける。

「あのラスティー傭兵団か。気にするほどの規模でも戦力でもないだろ。問題ない」

「だが、早速連中はオタクのカジノを奪ったぞ?」

「奪い返すのは容易だ。直ちに叩き潰したいところだが、ちまちまやるよりは一気にやるのが性に合っている。ま、問題ない。で、お前だ」

「俺?」ブランデーをグラスに注ぎ、遠慮なく呷る。

「お前は俺のカジノを襲うように仕向けただろ? それだけで殺す理由になるんだが、殺しちゃいけない理由はあるかな? 俺は紳士的でね。まずは会話からだ」と、巨体を前のめりに動かし、指を組む。

「強盗団のボスにしては理性的で助かるよ。俺は今、ラスティーの所で働いているんだ。だが、ただ使われているだけじゃない。連中の内情を知り、一気に転覆させる計画があるんだ。どうだ? 力を貸してくれれば、汗ひとつ掻くことなく、ラスティー傭兵団を叩き潰せるぞ?」

「ふぅむ……」ベルバーンは手首を回して話を続ける様に促す。

「連中はまだ、地に根を張っていない。それに、数はたった3000前後。俺の仕入れた情報では、小粒ぞろいだが、まだ実戦経験は浅い。内部から崩せば、脆く自壊するだろうぜ。だが、それじゃあ勿体ない」と、エディはベルバーンの前にグラスを置き、酒を注ぐ。

「勿体ない?」

「だから、俺の策が上手く行った暁には、残った連中を俺にくれ。で、あんたの傘下に加えてくれ。どうだ?」

「……お前ひとりで崩せるのか?」

「あぁ。俺は連中の弱みを握っている。だから、少しばかり力を貸してくれ」

「……ふぅむ」と、注がれた酒を呷り、顎髭を撫でる。「1週間くれてやる。お前の言う通り、ラスティー傭兵団を崩してみせろ。そうしたら、考えてやる」

「任せておけ。で、必要な物なんだが……」



 大酒場から出ると、エディはウォルターと合流し、足早に街を出た。森に入った時、見張りがベッタリと張り付いていたが、今はその気配は無かった。

「……どんな話をしたんだ?」ウォルターが小声で尋ねる。

「ま、これで俺を殺そうって刺客は現れないだろう」

「それだけじゃないだろ?」

「まぁな」

「話せ」ウォルターは彼の正面へ向き直り、サングラスを光らせる。

「……俺を信じるか?」エディはいつになく真剣な表情で口にした。

「いいや」冷たく言い放つ。

「なら、話せないな」と、顔を背ける。

「ぶち折るぞ」ウォルターは彼の腕に己の腕を絡め、肘をへし折るような構えを取る。

「ぶち折るのは今じゃないだろ? 1カ月後、俺が1000万をラスティーに払えなかった時、だろ?」

「……わかった」と、構えを解くが、ウォルターは彼の胸倉を強く掴む。「だが、ラスティーさんに仇なす様な事をしたら、ぶち折るだけでは済まないぞ!」

「わかってるよ」エディは呆れた様に笑い、肩を揺らした。

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