12.1000万ゼルへの道

 エディはその日の夜、ラスティー達の駐屯する村より東側に位置する森の中で野宿していた。焚き火に小枝を放り投げ、面白くなさそうに唸る。

 彼は現在、ロクな資金を所持しておらず、装備も貧弱であった。晩御飯も川で獲れた魚を一匹焼くだけであった。今にも消えそうな焚き火が、現在の彼の将来を案じしている様に見えた。

 向かい側には蛇目を鋭くさせたウォルターが、彼を見張る様に睨み付け続けていた。

「……なんだよ」視線に耐え兼ね、問うエディ。

「ラスティー司令から見張る様に命じられている」と、表情を変えずに口にする。

「下手な真似をしたら、その……ブチ折るためか?」

「そうだ」

「ふぅん……下手なマネって、具体的にはどんな事だ?」エディは焼き上がった川魚の枝串を掴み、湯気を上げながら齧る。

「この地方からの逃亡」

「それだけか?」

「それだけだ」ウォルターは無表情のまま答え、エディが齧る魚を睨み付ける。

「…………? 腹減ったのか? え? ひと口欲しいか?」何とか無表情の蛇目男の隙を伺おうとしながら、腹の辺りが抉れた焼き魚を見せびらかす。

「……」ウォルターは礫を拾い、遠くの木の上へと投げる。すると、そこで隙を晒して眠っていたロールバード(丸々鳥)がボトリと落ちてくる。彼はそれを拾い、慣れた様に首を千切って血を抜き、羽を毟って、腸を抜く。

 しばらくすると、豪快な丸々鳥のローストが出来上がる。彼は得意な顔を一切見せずにそれに齧りついた。香ばしい匂いが広がり、腹を少々満たした筈のエディの胃袋が情けなく鳴く。

「……それ、少しくれないか?」

「断る」ピシャリと言い放ち、彼はものの数分でそれを完食した。

「……けち」



 ラスティー達が駐屯する村に朝日が降り注ぐ。本日、ラスティーはキーラ、オスカー、ダニエルを連れてグレーボン首都のグレーフル城へと馬を奔らせており、兵たちは副指令のレイが扱っていた。

 彼は司令本部である村長の家の書斎を借り、多量の書類とにらめっこしながら頭を掻いていた。彼は軍資金と帳簿、集まった情報の管理を任されていた。

 そんな彼の元へ、キャメロンがノックもせずに現れる。もちろん彼女の目的は、彼をからかう事にあった。

「よ、副指令! ねぇねぇ~ なんでウチのボスはあたしじゃなくて、あのハゲ(ダニエル)とほら吹きオヤジ(オスカー)を連れて行ったのかなぁ? キーラはともかくさぁ」

「あの3人は傭兵団の頭だからな。聞いただろ? これからあの2人が軍団を率いる事になるからな」

 ラスティー達の討魔団は1年前までは、風が吹くだくで跳びそうな程に貧弱な集団であり、兵数も500人前後しかいなかった。

 しかし、西大陸の5大大国の大同盟の立役者であるという噂が広がり、兵の加入が増えていった。ガムガン砦で共に戦った兵の半数以上もラスティー達の団に加わっており、現在の兵数は5000程に増えていた。

 その人数をラスティーの見立てで3つに分割し、キーラ、ダニエル、オスカーに預けていた。この3つの兵団はこの村の外側で三角になる様にキャンプを張っていた。

「ダニエルも出世したなぁ~ 今や1600の兵を纏める隊長だからねぇ~ で、あんたはいま、何をしてるのかなぁ~」と、レイが睨む書類を奪い取り、逆さまのままのそれを凝視する。

「邪魔をしないでくれるか?」レイは書類を勢いよく奪い返したが、顔はにこやかであった。が、背後に禍々しい殺気を滲ませており、鼻息も荒くなっていた。

 彼はラスティーの指摘や今迄の経験から、ちょっとやそっとの事では激怒しなくなっていた。必死の努力の成果か、冷静さを保ったまま笑顔で威嚇する術を身に付けていた。

「……あんた、前よりも怖くなったね……」

「悪いか?」赤子をあやす様な笑顔だったが、滲ませたオーラだけで泣かす程の殺気を放っていた。

「いや、副指令の貫禄は出て来たんじゃない? 頑張って~」と、キャメロンは手を振りながら勢いよく退室する。

「……何しに来たんだ? あいつ」と、レイは何事もなかったように書類に目を戻し、また難しそうに唸った。

 退室したキャメロンは、冷や汗を拭いながら村長の家を出て、仲間が滞在する民家へと戻っていく。

「あたし達、いつまでここで燻っているのかねぇ~」椅子にドカリと座り、眼前に置かれた冷めた茶を啜る。

「ボス曰く、今回の謁見次第で次のステップへ進むらしいなぁ」ライリーが煙草を吹かしながら口にする。

「村の人は『ずっといてくれ』って言ってるいんですけどね」恵比須顔でローレンスが呟く。

 彼らは村の防衛だけでなく、狩りの手伝いや村の発展に力を貸しており、今や村には無くてはならない存在となっていた。

「ひとつの部隊を村に預ける形にするって言ってたな。誰を置くんだろうな」ライリーが口にすると、キャメロンは「う~ん」と唸った。

「なんでも、この地方に幅を利かせて、将来的にこの国を裏から牛耳るってのが目的らしいから……どこまで実現するやら」

「ボスの事だから、それ以上の事をするんだろ、たぶん」



 その頃、診療所ではエレンが休憩札を出しながら村民を追い出していた。彼女は現在、村民の病気やケガ、更には相談事にも乗っており、毎日忙しく過ごしていた。

「この村を去らないでくれって言われてもなぁ……リンを残せば大丈夫かなぁ」リンとは、エレンの元で働く助手であった。魔法医としての腕だけならエレンと同じぐらいの技術力を持っていた。

「エレンさん、差し入れです」裏口からロザリアが現れ、焼きたてのチキンハーブパイを差し出す。

「わぁ! 美味そう! 貴女が作ったの?!」

「いや、私ではなく、村人から……私は料理には向かないので……」

「そうだったわね……」エレンは一度、彼女とキャメロン、キーラを交えて雑談しながら手料理を作り合った事があった。エレンはサラダからデザートまで一通り作り、キャメロンは得意のパスタ、キーラもシチューを煮込み、皆和気あいあいと料理を楽しんだ。

しかし、ロザリアは芋を剥くだけで精一杯であり、唯一出来たのが脂っこく黒焦げたチップスだけであった。

「皆から去らないでくれと懇願され、困っている」

「そうですね……この国の情勢は不安定で、いつ反乱軍と国王軍の戦いに巻き込まれるかわかったものではありませんものね……ま、そこの所はラスティーさんが何とかするでしょう?」と、パイを一切れ器用に切り取り、一口食べて満足そうに唸る。

「出来る事なら、私が残りたいのだが……」ロザリアはエレンを真っ直ぐ見ながら口にする。

「ロザリアさんは確か、ダニエルさんの直属ですよね……ま、私からラスティーさんに言っておきますよ」

「頼む……」

「この村が気に入ったんですか?」

「気に入った、と言うより……脅威から守りたい。それだけだ」

「相変わらずですね。とてもいい意味で」と、エレンは茶を2人分淹れ、笑顔で差し出した。



 グレーボン首都へ向かう途上、ラスティーは3人の部隊長と軽いミーティングをしていた。

「昨晩、レイが用意した資料には目を通してくれたか?」ラスティーが問うと、キーラとダニエルは勿論と言わんばかりに頷いた。が、オスカーは照れ笑いしながら頭を掻いた。

「すいません、分量が多すぎて眠ってしまいました。コルミに読ませたので大丈夫だと思うんですが……」と、同行していたコルミに話を振る様に彼をチラリと見る。

「貴様、隊長としての自覚はあるのか?」キーラは刺す様な口調で睨みを利かせる。

「今回の謁見では、俺達の連携が必要になる部分もあるからな。頼みますよぉ」ダニエルも咎める様に口を尖らせ、彼を肘で小突く。

 しかし、ラスティーは笑顔で頷き、オスカーの肩を叩いた。

「いや、それでいい。皆が皆、口裏を合わせるような話し方をすれば、返って相手は身構える。しかも、相手はグレーボンの王だからな。オスカーさん、自由に発言して結構だ」

「えぇ? そうですか? では、遠慮なくそうさせてもらいます!」と、照れ笑いを浮かべるオスカー。そんな彼をとがめる様に、小柄なコルミが彼の背中を強めに小突く。

「「大丈夫かよ、このオッサン……」」キーラとダニエルは声とため息を揃えて肩を落とした。

「さ、皆、緊張せずに頼むぜ。各々抜かりなく」



 エディはその頃、トボトボと街道を歩きながら手持ちの20ゼル弱をどうやって1000万ゼルにするか策を練っていた。そうそう考え付くはずもなく、ひもじさのサインが腹から漏れる。

「はぁ……人間ってなんで腹が減るんだろうなぁ」と、青空を眺めながら飛ぶ鳥を眺める。昨晩ウォルターが見せた礫捌きを思い出し、試しに石を投げてみるが、当然当たらなかった。彼は属性使いでないため、飛ぶ鳥を落とす術がなかった。

「なぁウォルター。昨日みたいにさ、あの鳥を落とせないか?」

「断る。私の役目は……」

「わかってるよ! 俺が逃げようとしたらぶち折るんだろ? ったく、ヤマビコトカゲみたいな野郎だ……てか、その目付き、眼術使いのマネかよ!」

「……鋭いな」

「え? お前、眼術使いなのか?! そうかそうか! ふぅむ……」エディは何かを企むような表情を浮かべ、面白そうにウォルターの蛇目を覗き込んだ。

「……何を企んでいる?」

「1000万への近道だ」と、エディはにんまりと笑い、グレーボン首都へと向かう道を急いだ。

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