11.みっつの選択肢

 ラスティー達は1か月前にこの南大陸に上陸した。

 最初に行ったことは、当然情報収集であった。軍を3つに分け、ガローダ地方の村々を訪れては、この国の事を聞いて回っていた。

 ラスティーは収集した国の事情を纏め上げ、軍全体に情報を共有させ、今後の方針を定めた。土地を手に入れ、傭兵たちの暮す町を作る。商売と傭兵ビジネスを始め、資金調達を安定化させる。

 彼の今の所の目標は、このグレーボン国に多大なる影響を与える存在となり、現在の国内で起きている内乱を収める事であった。

 そして現在、このガローダ地方で幅を利かせる傭兵団、強盗団の情報を集めながら、過去に1000万ゼルもの大金を持ち逃げした傭兵団を捜索していたのだった。



「返せって言われても……」エディは弱った様な声色を出したが、ラスティーから目を逸らさなかった。

「まぁ、あの時の金が全額そっくり残っている訳がないなぁ。で? いくら残っているんだ?」答えを知っているかのような口調をしてみせるラスティー。事実、彼は残った金額を知っていた。

「……くっ」ポケットから財布を取り出し、20ゼル紙幣と小銭を取り出す。

「ゼロ、ではないのか」

「本当は500万ゼルはあるんだが、それは強盗団から奇襲を受けて……」

「タイフーン強盗団だろ? この地方最大の連中だな」

「……詳しいな……てぇことだ。俺を逆さに振っても、腹を掻っ捌いても、これ以上の金は出てこないってな」と、握りしめた20数ゼルを机に叩き付ける。

 その金を見て、ラスティーは煙を軽く吹いた。

「そうだな。お前に残された選択肢は、3つだ。

 ひとつ、俺の元で新兵として一から働く。これがお勧めだ。ウチの連中は気のいい奴らだし、過去の罪に対してとやかくいう奴は……まぁ冗談交じりに口にはするだろうな。その代りに、脱走したら容赦なく処刑する。

 ふたつ、一ヵ月時間をやるから、その間に1000万ゼル、耳を揃えて返済する。それができれば、お前は自由の身だ。それが出来なきゃ、わかるな?

 みっつ、最初のふたつの条件を蹴ったら、俺も司令官として、お前をタダ済ますわけにはいかない。見せ占めになる程度には酷い死に方をしてもらう

さぁ、選べ」ラスティーは言い終えると重たそうに煙を吐き、エディの顔を睨んだ。

「……なぜ、即処刑しないんだ? それが一番簡単だろ?」捕まってからエディは覚悟を決めていた。心の中で祈りを済ませ、思い残す事を振りほどき、ラスティーの前に立ったのだった。

「おいおい、1000万(大体10億円)だぜ? 盗むには多すぎる金額だろう? 傭兵団を抱えていても、1年は遊んで暮らせる額だ。そんな大金を盗んだヤツを殺しても、何も残らない。だったら、せめてそれだけの働きをするか、そっくり返して貰いたいってぇのが俺の本音だ。最低でも、こんな窃盗事件を俺の軍から2度と出さない為にも、お前からは、何かしらの償いが欲しいんだよ。わかるな?」

「あんたの軍も、火の車かい」

「生憎、今の所は潤沢だ。で、答えはでたか? 出来れば、この場で答えを聞きたいんだが?」と、短くなった煙草を灰皿に押し付ける。

 エディはしばらく沈黙し、ラスティーの目を睨み返す。答えが出たのか、机を両手で思い切り叩く。

「あんたの軍で下っ端から働くなんて、まっぴらごめんだ! いいだろう。そんなはした金、ひと月で用意してやる!」

「言ったな? よし、じゃあそう言う事だ。よろしく」と、ラスティーが合図する様に手を叩くと、エディの背後からスーツを着た青年がヌッと現れる。

「うわぁ! いつの間に!!」と、背後に立つ蛇目の青年に向かって身構える。

「ウォルター、ひと月の間、そいつが逃げない様に見張っておいてくれ。もしこの地方を離れようとしたら、容赦なくへし折れ」

「はっ」ウォルターはラスティーに対して素早く礼をとる。

「へし折るってどこを?」エディは冷や汗を拭いながら問う。

「そりゃもちろん……なぁ?」ラスティーはウォルターに目くばせし、彼は静かに頷く。

「だからどこをへし折るんだよ!」



 その後、エディは部下と合流しようと仮設診療所へと向かった。彼はラスティーから部下を連れて行く許可を得ていた。

 彼は部下と共に作戦を立て、グレーボン首都の博物館から金品を盗んで闇に流せば、1000万ゼルは直ぐに集められると考えていた。

 早速、治療を受ける部下の元へと急ぎ、自分の置かれている境遇を話し、共に来るように説いた。が……。

「嫌に決まってんだろ、バ~カ」22名の僅かに残った部下たちは、一斉に否定的な返事の大合唱をして顔を背けた。

「な、何故だ!!」

「俺たちは、ラスティーさんの軍に迎え入れられたんだ。あの人は、昨日、ここをまで足を運び、俺達ひとりひとりの話を聞いてくれたんだ。それに比べてお前はどうだ? 部隊を一塊に考え、ロクに俺達の言葉を聞かないお前に付いていこうなんて、誰が思う?」と、ひとりひとりがエディを睨み、縁を切る様に鼻息を鳴らす。

「う……そうか……」今迄の行いが呪いとなって返ってきていると感じ、怒る事も出来ずに意気消沈する。

 そんな彼の背に優しく触れ、この診療所の主であるエレンが茶を差し出す。

「貴方も、彼から迎え入れられたんじゃなくて?」

「……下っ端からなんて御免だ」

「じゃあ、頑張るしかないわね!」

「くそぅ……」彼女から茶を受け取り、力なく啜る。ヒールウォーター入りの薬膳茶は彼の身体を潤わせ、心に纏わりついた呪いの塊を薄れさせる。「ありがとう」

 


 エディは診療所を後にし、肩を落とした。最後に残った部下に見捨てられ、彼は久々に独りぼっちになっていた。

 そんな彼の背後にはウォルターがぴったりと張り付いていた。

「お前、四六時中俺に付きまとう気か?」

「それが仕事なもので」

「……変な見張りだなぁ」と、歩くと正面からキャメロンが近づいて来る。彼女はニヤニヤといやらしく笑いながら鼻先まで近づいた。

「よ、借金王」今の彼にお似合いの言葉を吐きかけ、腕を組む。彼女の背後には巨漢のローレンスと出っ歯のライリーが控えていた。

「何の用だよ」

「全部聞いていたぜ? 1000万ぽっち、直ぐに返すって? 何か宛はあるのかよ?」得意の盗み聞きで仲間全体に情報を共有させたライリーがクスクスと笑う。

「お前らには関係ないだろ?」

「いいや、あるね」と、キャメロンは急に目を座らせて彼の胸倉を掴んだ。「お前のせいであたしらは路頭に迷う寸前だったんだよ。傭兵稼業は廃業し、村の用心棒にでもなるか、って考える程に追い詰められていたんだよ」

「お前にはその方がお似合いだぜ」エディが口を尖らせると、ローレンスが手に持った大槌を彼の真横に振り下ろし、耳に掠らせた。「……悪ぃ」

「精々、一ヵ月の間、苦しみな。ウォルター、コイツを逃がしちゃダメだよ」

「わかっています」ウォルターは目を鋭くさせながらエディの背中を殺気で撫でた。

「……もう、行っていいですか?」エディは泣きそうな心を必死で堪えながら、彼らの視線から逃れる様に歩いた。



 エディは収容所内に保管されていた私物を受け取り、村の門まで歩いた。周囲の兵たちの視線は不思議なほど感じなかったが、その代わりに正面から見覚えのある一団が現れる。

 その先頭にいる男は反乱軍の参謀長であった。一瞬、目が合ったがエディの事を覚えていないのか素通りし、村へ入っていく。

「……覚えていなかったか……ま、無理もないか」反乱軍に参加した際、殆ど兵長としか交流はなく、リーダーとは書類上でしか関わっていなかった。参謀長とは、戦闘が始まる前に少し顔合わせした程度であった。

 そんな参謀長は真っ直ぐにラスティーのいる村長の家へと入って行った。

「さて、俺は……行くかな」と、寂しい背を向けて村から出て行った。彼を見送る部下は誰一人おらず、背を見守るのは見張りのウォルターだけであった。

「……今に見てろよ……」



 その頃、ラスティーは村長を交えて参謀長と酒を交わしていた。ラスティーは彼が好む酒と肴を用意し、世間話から始める。

 少しずつ酒が深くなると、参謀長の話を積極的に聞くようにし、更に話を掘り下げていき、仕舞には愚痴の一絞りまで聞き取り、記憶する。

 彼の言い分では、リーダーは半ば暴走状態にあり、国王軍の言い分はともかく、民の声にも耳を傾けず、仕舞には強盗団と手を組んで金儲けに走る一歩手前だと話した。それを止めようにも、リーダーに賛同する意見が多く、彼自身は自分の意見が言えず、ただ頷くことしか出来なかった。

「ラスティー殿、貴方の西大陸での活躍は耳にしております。何卒、ご助力を!」

 ラスティーは彼のグラスに酒を注ぎ、笑みを覗かせた。

「もちろん。俺はその為に、この大陸に来たんだ。信用してくれ」と、彼はグラスを掲げ、参謀長と杯を酌み交わした。



 その夜、ラスティーは村長と傭兵派遣の契約を済ませ、更に助けを求める村の情報を聞き、その村も助けると約束して握手を交わした。

 普通の傭兵団は村に守備隊契約をする時、月に村の儲けの30%から50%と、法外な要求するのが殆どであった。その要求を断ると、傭兵団は強盗団へと転身し、全てを奪い去るのであった。

 しかし、ラスティーの契約は、村と商売する時、2割引で利用させて貰うという、余り欲のないモノであった。村長はこの契約に快く承諾し、契約書に判を押した。

「ふぅ……今日も忙しかったな」ネクタイを緩めながら診療所へと向かう。中では長椅子の隣でエレンが本を片手に待っていた。

「ご苦労様です。さ、今夜も始めましょうか?」

 ラスティーはジャケットを脱いで長椅子に横になり、両手を腹の上に置き、深く深呼吸をした。

「先生……本当にうまくいくかなぁ?」と、週に一回の泣き言が始まった。

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