10.軍資金泥棒の災難

 ナンブルグ大陸、北西ガローダ地方ポロップ平原。ここは南大陸の三強国のひとつ『グレーボン』という国が統治する地域であった。この国は他二国と戦争状態であり、さらに反乱軍による内戦を抱えていた。

 そんな国内のポロップ平原で、小さな戦いが繰り広げられていた。地面が激しく揺れ動き、炎の礫が雨の様に降り注ぎ、魔猿が如き咆哮と共に兵たちが突撃する。そんな兵たちの先には、ひたすら引き続けるひとつの傭兵団があった。彼らは『聖域の戦士たち』という名で通っていた。

「おい! 次はどうするんだ!!」右肩を損傷し、盾でなんとか踏ん張る兵が慌てた様に喚く。彼ら傭兵団は巨大な岩の影に隠れ、攻撃をやり過ごしていた。

「くっ! ったく、この大陸に着いてから良い事なんかありゃしねぇ! 前世でなんか悪い事したかなぁ?」この傭兵部隊の隊長、エディ・スモーキンマンが地図を確認しながら唾を吐く。

「1年前だったか? 1000万ゼルを持ち逃げしたじゃないか。きっとそれだ」

「あのまま、あんな大金を腐った連中ん所に置いておいたら、ただの死に金ってもんだ! 俺たちみたいな明日を生きる傭兵団が使ってこそ、生きるってもんだろ?」

「結局、賢い使い方なんて一度も出来てない気がするけどな」

 彼らは1年ほど前まで、バルジャスでラスティー達の到着を待っていた傭兵団のひとつであった。案の定、痺れを切らして戦場へ向かうその軍資金として、レイの元で保管されていた1000万ゼルを盗み、南大陸へ渡ったのであった。

 彼の言う通り、それからのこの傭兵団は運が無く、グレーボン国反乱軍に肩入れしていくつもの戦いに参加したが、突出した戦果は得られず、人数も金も目減りしていき、結局貧乏くさい傭兵団へと逆戻りしていた。

 更に、この地方に潜伏する大強盗団から襲撃を受け、残った500万ゼルの殆どを盗まれ、キャンプ地も焼かれてしまっていた。

 残った少人数となった彼らに追い打ちをかける様に、正体不明の傭兵団から襲撃を受け、窮地に立たされていた。

「反乱軍に援軍要請は送ったのか?」エディがイラついたように口にする。

「送ったが、ここまでくるための街道を塞がれちまっている! くそ! この忌々しい地鳴りをなんとかしてくれ!」定期的に発生する激震に苛立ちながら矢を放つ。一発放つと十数発矢と火礫が襲い掛かり、その度に傭兵団の数が悲鳴と共に減っていく。

「う~~~~! くそぉ!! そうだ! この森へ逃れよう! 連中もおいそれと森を焼く事は出来まい!! お前、先行してくれ!」と、エディが指示する。この森はグレーボン国最大の面積を誇るグレーブルウッドという森だった。

 傭兵は彼の指示通り、森へと数十人の兵を連れて向かったが、そんな彼の眼前に大剣を担いだひとりの女戦士が降り立つ。

「こちらへは行かせない」瞳に雷光を蓄え、殺気を滲ませる。

「相手はひとりだ! 臆するな!!」構わずに突撃した瞬間、彼らの間に大剣の一撃が振り下ろされる。凄まじい雷衝撃波が轟き、近くにいた者の鼓膜を破き、脳を揺さぶった。

 その一撃のみで彼らはあっという間に全滅し、女戦士は大剣を地面に突き刺して腕を組み「この森は誰一人、一歩も通さな」と言わんばかりに仁王立ちした。

「なんだ、あの女……」エディは目を泳がせ、再び地図を睨む。

「そんな地図を睨んだところで、戦況は変わらんだろうが! もう我慢できん! 俺達は逃げるぜ!!」エディの片腕的存在の兵は残った部下を全員引き連れ、岩陰から出る準備をする。

「馬鹿野郎! 不用意に出たら敵の思うつぼだろうが!!」ポツンと一人残されたエディは彼らを引き留めようと怒鳴ったが、誰一人耳を傾けなかった。

「いいか、揺れには一定のリズムがある。止まった瞬間、次の揺れまでにあの岩陰まで走るぞ!!」と、揺れと揺れの間にある僅かな隙を狙って駆け出す。

 その瞬間、駆け始めた彼らの上空から炎の翼を纏ったひとりの女性が飛来する。着地と共に爆炎が広がり、轟音と共に傭兵たちは塵尻に吹き飛ぶ。

「狙い通り!」着地した炎使いはにんまりと笑って顔を上げた。

「お、お前はキャメロン!! 何故ここに!!」エディはナイフ片手に構え、目を鋭くさせた。内心では勘弁してくれと唸り散らしていた。

「西での仕事がひと段落したから、こっちに来たんだよ。さて、あんたは生け捕りにしろって言われてるからねぇ~ どうしよっか?」キャメロンはゆっくりと間合いを詰め、指先に灯した炎を吹き消す。

「お前がいるって事は、この揺れはローレンスの仕業か……」

「みぃんなこっちに来てるんだよ? あの時、持ち逃げした奴に借りを返してもらうためにねぇ……」

「ってェ事は、あの噂のラスティーって奴が到着したわけか」

「あんたが持ち逃げした数日後にね」

「……生け捕りと言っても、どうせ公開処刑にでもする気だろ?」

「さぁ? それはウチのボスが決める事だからねェ」キャメロンは分厚い手錠を取り出し、彼の腕を掴む。「で? 大人しく来る?」

「……それしか選択肢はなさそうだな、っとぉ!!」油断させるようにキャメロンにもたれ掛り、手にしたナイフで首を狙う。

「おっと、不意打ちのつもり? だったら、もっと上手くやりな!」キャメロンは華麗にナイフを奪い取り、彼の腹に膝蹴りを当てた。

「がふっ!」その衝撃は腹部から脳天を貫き、悶痛と共に膝が抜け、そのまま地面に倒れ伏す。何かを言い残そうと口をモゴモゴと動かしたが、声にならず、そのまま目の前を真っ暗にさせる。

「諦めの悪いヤツだ」キャメロンは奪ったナイフを地面に刺し、エディに手錠をかける。

 そんな彼女の背後から森を出入り口を守っていた女戦士が歩み寄る。

「上手くいったか?」

「お、ロザリア。ご苦労さん。作戦終了!」



 戦闘が終了すると、黒焦げとなった戦地へレイ副司令官がキーラと共に現れる。レイはメモ帳を片手に状況を確認し、ペンで走り書きをする。

「今回の戦いでの我々の負傷者は?」レイが問うと、現地にいる兵のひとりがその数を詳しく報告する。この戦いでの負傷者はほぼいなかった。

「ほぼ、というのは?」

「転んでひざを擦りむいた間抜けがひとり……」

「……自分で治療させろ。で、『聖域の戦士たち』の死傷者は?」

「死者が36名、負傷者22名。リーダーのエディ・スモーキンマンは降伏し、捕縛されました」

「死者は獣に食い荒らされない内に葬っておけ。負傷者は診療所へ迎え入れろ」と、グレーブルウッドの森まで近づく。

「流石、ラスティーね。ひとりも逃していない」相手の傭兵団の数と死傷者の数を照らし合わせ、感心するキーラ。

「しかし、1年以上前に3500人の傭兵団がここまで目減りしているとは、ここは予想よりも激しい戦地らしい」

「それは張り切らなくちゃね」



 エディが目を覚ますと、そこはラスティーの傭兵団のキャンプ地の収容所だった。このキャンプ地はグレーボン国内の村を数日だけ借りた仮設キャンプ地であった。

彼は既に治療を施され、包帯を巻かれていた。

「おい! 誰かいないか!」苛立ったように声を荒げるエディ。

「うるさいぞ。お、目が覚めたか」見張りが颯爽と現れ、鉄格子越しに睨み付ける。

「俺の部下はどうした! 怪我人がいるだろう!」

「命ある者は診療所で治療を受けているが、そうでない者は手厚く葬らせて貰った」

「そうか……あれから何日経ったんだ?」

「2日だ。お前ら、相当疲弊していたんだな。胃袋は空っぽだし、生傷だらけだった」と、見張りは食事を用意し、牢屋内のエディへ手渡した。「これを食ったら、ウチの司令官に会って貰う」

「で、公開処刑にでもするのか?」

「それはどうかな。言えるのは……タダでは殺さないだろうってことだ」見張りは言い終えると、彼に背を向けて収容所を出て行った。

「タダでは? ふん、面白そうじゃないかよ」エディは手渡されたプレートを手に取り、それに乗ったペースト状の何かをスプーンで掬った。それは胃を刺激しない為の医療食品であった。

「マズそうだなぁ」と、恐る恐る口へ運ぶ。「お、美味っ」



 その後、彼は収容所を出され、ラスティーの待つ指令室(と言う名の村長の家)へと連れて行かれた。重い手錠が手首を傷つけ、その痛みで表情を歪める。

「失礼します!」と、兵がノックし、返事と共に扉を開く。室内では、ラスティーとこの村の村長が向かい合ってパスタを食べていた。

「お、なんだ、もう目が覚めたのか」フォーク片手に顔を向けるラスティー。彼はエディの顔を見ると、歯を見せて笑った。

「席を外しましょうか?」気を使った村長が自分の皿を手に取り、椅子を引こうとする。

「いえ、お気遣いなく。そいつはそこのソファに座らせておけ。ご苦労」と、命ずると兵たちはエディを座らせ、敬礼と共に退室した。

 それからしばらく、ラスティーは村長と2人で食事を楽しみながらも世間話を続け、2人ともいい雰囲気で遅めのランチを終える。彼らはこの地域での悩み事や国内の詳しい情勢、傭兵団や強盗団の数、そのパワーバランスなどについて話し合っていた。

「いや、有意義なランチだった。ありがとう」ラスティーは村長と握手を交わす。

「いえ、こちらこそ。貴方たちの様な傭兵団にこの村の守りを任せれば、もう安心でしょう」村長も満足げにその握手に応え、固く握り返した。

「で、2階をお借りしてよろしいかな?」と、村長の承諾を得て、彼はエディを連れて2階へと上がった。そこは村長の書斎であり、そこの椅子にラスティーは深々と座った。エディを正面に立たせ、手錠のカギを渡す。

「どういうつもりだ?」鍵を手にし、睨み返す。

「痛そうだからさ。その手錠、安物でねぇ……壊れにくいが、擦れて痛いんだ」

「……遠慮なく」エディは手錠を外し、手首を摩った。

「でだ……この一年、どうだった? 楽しく過ごせたか?」ラスティーは足を組み、彼の顔色を伺いながら口にした。

「……この大陸は最悪だ。戦争と内乱が絡み合い、更に強盗団と傭兵団がしのぎを削ってやがる。そんな国が3つもあるんだ。この大陸で成り上がるはずだったが、このザマだ」

「……だろうな。お前の顔を見ればわかる」と、煙草を咥えて火を点ける。

「そう言うお前は苦労知らずかな? レイ達ポンコツ共が心待ちにする司令官がどんな奴かと思えば、金髪のお坊ちゃんかよ!」と、目を尖らせる。

 彼の目から見れば、ラスティーは温室育ちのお坊ちゃんだった。事実、ラスティーはフォーマルスーツを着こなし、整った金髪と顔で煙草を燻らせる若造であった。

「見た目は大事だからな。そう言うお前は、泥臭くて貧乏くさくてションベン臭いガキだな」ラスティーは立ち上がり、エディの眼前に立つ。

「なんだとぉ?」

「どうする? 目の前だぜ? 俺を倒せば、もしかしたら、この傭兵団は……」と、言いかけた瞬間、エディの拳が飛んで来る。彼の拳には釘が握られていた。

 ラスティーは咥えた煙草を吐き、エディの目元へぶつける。怯んだ隙に彼の手を受け止め、釘を取り上げて組み敷く。

「実にションベン臭いガキだなぁ~ その喧嘩の仕方、街の裏路地で覚えたか? ストリートのガキ大将相手には通用しただろうが、俺には通じないぞ?」と、拘束を解く。

「くっ……この野郎……」観念したのか、これ以上は暴れず、静かにラスティーを睨み付けた。

「で、本題だ」と、再びラスティーは椅子に座り踏ん反り返る。「1000万ゼル、耳を揃えて返して貰うぞ」

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