7.消えたスワート

「あれ? あいつどこいった?」トレイがスワートの待つ酒場の裏手へついた頃、彼の姿はどこにも無かった。トレイは慌てずに魔力を集中させ、行方を探る。スワートの服にはトレイの魔力の籠った水の雫が付着しており、そこから放たれる信号を頼りに探知しようと集中する。

 しかし、その雫の反応がなく、徐々に焦りを募らせるトレイ。

「どうした?」ケビンが尋ねるも、トレイは若者特有のだんまりを見せ、何も言わなかった。彼自身、まだケビンの事を100パーセント信用している訳ではなかった。逆に、ケビンがスワートを攫う手助けをしたのではないか、という疑問すら覚えていた。

 そこへ、アリシアとローズが姿を見せる。

「あ、ケビン。その子と一緒だったの?」

「おぅ。泣き言に付き合ってやったところだ」

「誰が泣き言だ!」苛立ち混じりに歯を剥きだし、唸るトレイ。

「ん? あの坊やはどうした? 便所かな?」義眼の代わりに眼帯を付けたローズが小首を傾げる。

「ならいいんすけど、それだけで俺の水滴を外すとは思えない……」と、今度はアリシアを睨み付ける。

「ん? なに?」トレイから殺気を感じ取り、目を丸くする。

 トレイは凄む様に魔力を帯び、アリシアの鼻先まで近づき、瞳を覗き込んだ。

「はっきり訊くぞ。お前らなのか?」

「……なるほど。スワート君がいなくなったわけね」アリシアはトレイには目を貸さず、スワートが最後に立っていた場所へと向かい、腰を下ろす。

「いなくなったぁ? また探さなきゃいけないのぉ? ったく、ちゃんと見張ってろよなぁ! あ! お前!! 丁度良かった、その剣を寄越せよなぁ!!」と、世話しなく相手を変えながら捲し立てるローズ。ケビンに歩み寄り、胸倉を掴む。「ん、あんた血生臭いよ? 風呂に入れ!」

「騒がしいお嬢さんだなぁ……」久々にこういったタイプにお目にかかったのか、ケビンは呆れた様にため息を吐いた。

 そんなやり取りには見向きもせず、アリシアはスワートが居たと思しき場所を調べながら納得した様な声を漏らす。

「トレイくん。彼は誰かに狙われていたのかな? 心当たりはある?」

「魔王の息子だと知れば、誰でも目の色を変えるモノだろ?」

「真面目に答えて」アリシアは鋭く言い放ち、トレイの顔へ目を向けた。

「……! 『世界の影』って知ってる?」

「魔王の、いえ、覇王の時代以前から存在する闇の一族の末裔たちとその崇拝者。数千年前の魔王の復活を信じる、ある意味魔王よりも厄介な組織だね」何故かアリシアは滑らかに口にした。

「驚いたな、俺っちよりも詳しそうだ」トレイは感心した様にため息を吐き、一歩前に出る。

 そんな彼らを尻目にケビンとローズは大剣について問答を繰り返していた。



 その頃、スワートを拉致した『世界の影』の3人は人里離れた森の中の潜伏場所へ辿り着き、一本の木に彼を縛り付けていた。スワートに使われた薬はただの睡眠薬ではなく、3日は何をしても起きる事が出来なくなる劇薬であった。

「念願の闇属性使いだ。これで、我が組織も変わる」

「しかし、この坊主が我々の言う通りに動くと思うか?」

「いいや、その為にコレを持ってきた」と、懐から小瓶を取り出す。その中で一匹の寄生虫がうねっていた。これは対象の耳に入れ、脳に寄生させることで自我を奪い取る代物だった。そこから調教し、意のままに操る事が出来た。

「その前にこいつから情報を絞り出しておかないか? あわよくば城の警備情報を聞きだし、コイツの姉も……」

「どちらにしろ、この虫を入れればいくらでも情報は絞り出せる。しかし、魔王のテリトリー内での行動は危険だ。コイツの姉がバルバロンを出るのを待たねば」

「どちらにしろ、我々は全ての闇を手に入れる。それが、封印されし我らが魔王様を復活させるために必要なのだ」3人はそれぞれが口にしながらも、戸惑い無く寄生虫の入った瓶の蓋を開け、スワートの耳へと傾けた。



「……相手は手練れだね。足跡ひとつ残さずにこの場を去っている」アリシアはスワートのモノと思われる最後の足跡に触れながら口にした。鼻をヒクヒクと動かし、風向きを確認しながら西方面へと顔を向ける。「あっちか」

「何故わかるんすか?」トレイは真面目な顔つきで問うた。

「匂いだよ。多分、この匂いはエッポヒトスだね。大型の猛獣に使う昏睡薬を人間用に調合したヤツだね。危険な事をするなぁ」憤る様な表情で立ち上がり、腕を組む。

「危ないんすか?」

「うん。少し量を間違えば脳死する代物だよ。手段を択ばないって感じだね」と、自分の装備を確認し、身体に魔力を巡らせる。「匂いを辿れば見つけられるかもね」

「じゃあ早く行きましょう!!」トレイはいつになく真面目な口調でアリシアの顔を見た。

「ケビンはどうする?」

「俺は、うぅん……あんたはこいつ等のお守じゃないのかよ!!」ケビンは鬱陶しく絡んでくるローズをうんざりした様に睨みながら困ったように声を荒げた。

「アタシの目の届くところに気配があれば問題ない! おら、その前に早く落とし前つけるんだよ! 大剣を寄越すか、アタシの奴隷になるか選べ!!」と、腕に稲光を蓄えながら詰め寄る。

「なんでそんな選択肢が増えてるんだよ!」

「あんたの往生際が悪いからでしょうが!」

「だぁかぁら、この剣は俺から離れないんだよ!」

「じゃあ、奴隷になるしかないね!」

「だからなんでそんな選択肢が?!」

 2人のやり取りを眺め、アリシアは踵を返した。

「楽しそうだから放っておこう」

「そうっすね」



 スワートの脳の小脳へ寄生虫が入り込む。そこから根が伸びる様に触手が脳を侵食し、絡みつきながら電気信号を歪めていく。それに合わせて彼の表情がぎこちなく跳ね、苦悶の声が漏れる。

「順調だな」

「中々あっさりと事が運んでいるが、これは我々の組織が生まれて数千年ぶりの快挙だ。やっと、闇の一部を取り戻せるのだからな」

「それよりも次だ。コイツの調教は別働隊に任せ、我々は次の作戦に……」

 すると、スワートの閉じられた瞼から闇が籠れる。口からも煙の様に立ち上り、やがて顔を覆い尽くす。

「なんだ?」ひとりが異変に気付き、スワートの正面に立つ。


「……愚息の危機だと思ったら、お前らか」


 煙の様な闇が晴れた瞬間、そこにはスワートの顔は無く、代わりに魔王の不機嫌そうな表情が現れる。彼の拘束はロープが樹木ごと枯れて解かれる。

「んな!!」仰天した瞬間、彼の腹部に魔王の腕がぬるりと入り込む。その瞬間、彼の体内を暗黒が侵食し、グズグズに身体が崩れる。

「コレが欲しかったのだろう?」と、ゴミを払うように手を叩き、残った2人へ目を向ける。

「な、なぜ貴様が!!」と、ひとりが口を開けた瞬間に喉からヘドロの様な黒い塊がこみ上げ、地面に吐瀉する。腹の底からこみ上げたそれをひたすら吐き出し、ついには寿命の尽きた虫の様に転がり、動かなくなる。

「答えは簡単。クラス5の闇の支配者だからだ」と、己の頭に闇溜まりを作りだし、手を突っ込み、中から成長した寄生虫を引っ張り出す。「と、言っても俺様はただの息子を守るための思念体であり、本体とは繋がっていないがな。いわゆるドッペルゲンガーだ」

「ぐ、ぎ、貴様……」残された1人は後退りしながらも備えていた封魔のナイフを握り込み、殺気を漏らした。

「あ、っと。お前も知っているだろ? 闇に封魔の類は効かない」

「知っているとも……だが、貴様を殺す事は……」

「いいのか? これは貴重な闇属性使いだぞ?」

「利用方法は他にもある」と、目をギラつかせる。

「くくく、そんなだからお前らはいつまでも決定的な力を得る事が出来ないのだ」と、魔王は手にした寄生虫を最後のひとりの頭の中へとぶち込む。寄生虫は脳内で荒ぶり、顔の穴と言う穴から触手を振り乱した。手足をバタバタとさせながら転がり、やがて動かなくなる。

「……ふぅむ。しかし妙だな……不思議な違和感に押されて、昨晩から思うように出る事が出来なかった……」と、指を鳴らすと、3体の骸の周りに闇溜まりが広がり、あっという間に飲み込んでしまう。

 すると、この森に近づく気配に気付き、表情を顰める。

「……何かが近づいてくる……昨晩の違和感と同じ物だ……ぐっ!」と、急に顔を押さえて身体を丸め、唸る。表情から闇が吹き上がり、再びスワートの顔に戻り、パタリと倒れた。

 それと同時にアリシアとトレイが辿り着き、倒れた彼に気が付く。

「おい! 大丈夫かよ!!」トレイは焦りを隠さずに倒れた彼に近づき、抱き寄せた。水魔法で身体を検査し、体内にヒールウォーターを流し込み、血中に溶けたエッポヒトスの成分を捕まえ、体外へ放出させる。残った毒素を中和させ、回復魔法で脳を保護する。

「……ここ、さっきまで……」アリシアは表情を曇らせ、周囲を警戒した。天高く光りの球を投げ、太陽光の様に炸裂させる。その光は森の闇を照らし、やさしく包み込んだ。

「どうしたんすか?」トレイが尋ねると、アリシアは顔を強張らせながら眠るスワートを見た。

「さっきまで、森が闇に包まれて動物たちが怯えていたみたい……安心させる為、そして結界の為に光を降らせたんだけど」と、スワートの額に手を当て、そっと目を閉じる。

 彼の中にある魔力を読み取り、中から溢れるどす黒い闇を感じ取り、重たい溜息を吐く。

「……彼の中に闇を感じる」

「そりゃあ闇使いっすからね」

「そうじゃない。彼の中に別の闇が寄生しているの。この闇は……」

「……流石、アリシ、アリアンさんすね」急に彼女の偽名に言い換え、警戒する様にスワートを見た。「スワートの中には、魔王が潜んでいるんすよ……」

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