6.アリシアは2度死ぬ

 裏手の森にて、トレイは魔力の矛を収め、木にもたれ掛っていた。その隣でケビンは腕を組んで静かに彼の話を聞いていた。

 彼は上位の水使いの家系であり、医者である父親が魔王の義理の兄だった。物心つく前からスワートと共に過ごしてきたのだった。10歳の誕生日に父親から『お前の使命は魔王の息子を守る事だ』と告げられ、それから彼はスワートの為に己の魔法、呪術技術を磨き続けてきた。

 ある日、事件が起こる。

 父親の妹、つまり魔王の妻が重い病で死去したのである。この出来事でファースト・シティ全体が悲しみ、バルバロン中にこの訃報が流れた。

 しかし、スワートは悲しみを超えた怒りを腹の中に抑え、ついにはトレイに胸の内を吐き出したのであった。


「母さんを殺したのは親父だ」


 彼自身、何故母親が父親に殺されたのか、動機も証拠もなかったが、断言した。彼曰く、直感と今迄の言動で察したのだと言った。

 トレイは友として、興奮する彼を「滅多な事はいうモノではない」と宥めた。

 そうは言ったが、実際にトレイ自身にも魔王に対する不審な事があった。笑顔を絶やさず、支配下に置いた国を厚遇し、税を安くし、村々の発展に勤めていた。国民の目には仁君にも見える魔王ではあったが、その裏をトレイは何度も目撃していた。

 魔王はヴァイリー博士に人体実験の許可を与え、非人道的な研究を日々繰り返し、更に動物に人口エレメンタルクリスタルを融合させて化け物を作りだしていた。

 欲しい国土は、工作員を使って反乱を呷り、それを口実に王族を正面から叩き潰し、欲しいモノは是が非でも奪っていた。

 そしてある日、トレイは決定的なモノを目撃し、スワートに報告したのであった。



「で、それは何なんだ?」ケビンが催促する様に口にする。

「……調子に乗ってここまで話したけど、もういいかな。なんで話したんだろう」後悔するようなセリフを吐くが反面、少しスッキリした様な肌色をしていた。

「気になるところで止めるなよ! まぁ、魔王自身もクソ野郎だって事は十分わかったが、お前らが旅に出た動機はまだ……」

「しつこいなぁ! 魔王がクソ野郎だから旅出たんだよ! これでおしまい!」と、尻に付いた土埃を払い、立ち上がる。「スワートの奴、大人しく待ってるかなぁ……」

「しかし、最近の15歳は大人びているなぁ……」

「いろんなものを見てきたからね……魔王の地で」



 その頃……。

「ぬがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「どぅりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 アリシアとローズは互いに吠え、雷と光を交差させ、荒野に轟音を響かせていた。2人がぶつかる度に雷球が撥ね、地面に大皹が入る。そして光の大爆発と共に2人は間合いを離す様に跳び、息を荒げて着地する。

「あの頃よりはやるじゃん」血唾を吐き、ニヤリと笑うローズ。

「くぅぅ……やっぱ格好をつけずにズルく戦うべきだったか……」黒々と焦げた血を吐き出し、脇腹の傷を押さえるアリシア。全身に青白い稲妻が噛みつき、肌が焼け焦げていた。グレイスタンで戦った頃よりは互角に近かったが、頭2つ程、ローズの方が格闘センスが上だった。

「さて、覚悟して貰うよ」ローズの右目が光った瞬間、距離が潰れ、アリシアの眼前に現れる。アリシアはその速さに反応することは出来たが、すでに身体はボロボロで、素早く防御態勢をとる事ができなかった。

 ローズの稲妻正拳突きが彼女の胸に炸裂し、胸骨が砕けて衝撃が心臓に突き刺さる。アリシアは血を吐き散らしながら吹き跳び、荒野に転がった。

「がはっ!!」胸を掻き毟り、白目を剥き、激痛に喘ぐアリシア。

 無様に転がる彼女の元へローズは歩み寄り、アリシアの小首を掴んで持ち上げる。

「……接待しているつもり?」気に入らないのか、怒り顔で尋ねる。

「さぁ……どうだか……」半死半生であるにも拘らず、アリシアは未だ余裕な表情を浮かべていた。

「アタシを舐めてるの?」ローズは更に魔力を練り上げ、拳を固く握り込む。


「あんたってさ、やらかさないと分からないタイプでしょ?」


 アリシアは自分なりにローズを観察し、分析した結果を口にした。

「どういう意味……?」ローズの内心で言い知れぬ怒りが溢れ、右腕に稲妻の槍が形作られる。

「それは、この戦いが終わったらわかるよ」と、アリシアはゆっくりと瞼を閉じ、身体から力を抜いた。戦意が無いのか、諦めたのか、彼女は全身脱力し、ローズの一撃を待った。

「何がわかるって言うの? アタシはお前を殺したいんだよ! 殺して、アタシは……アタシはぁ!!!」と、稲妻槍をアリシアの腹に突き刺す。その一撃は彼女の腸を焼き尽くし、全身に灼熱の棘で広げ、筋肉を焼き尽くす。その一撃は以前にも彼女に喰らわせた技だったが、その時よりも数倍の威力を秘めていた。アリシアは呻きもせず、黒い煙を吐き出し、そのまま地面へ倒れ伏した。心臓はピクリとも動かず、瞳孔は開ききっていた。

 アリシアは何の後悔も無さそうな顔を浮かべ、最後の吐息を漏らす。

 死を確認し、ローズはしばらく荒くなった呼吸を整え、満足した様に笑った。天高く笑い声を轟かせるが、ガクリと膝を付く。頬を涙が伝い、地面に垂れる。震えた手で顔を覆い尽くし、前のめりに倒れると、笑い声が徐々に泣き声へと変わっていく。静かだった啜り泣きがいつしか大きくなり、ついに彼女は大声で泣き喚いていた。

「なんで? これでアタシは満たされると思ったのに! なんで!!」



 ローズの心には穴が開いていた。過去の悲惨な出来事により、一度心が壊れ、それを魔王軍の黒勇隊に入る事で少しずつ修復したのだった。任務だけが彼女の生きがいとなっていた。本来なら魔王を討伐する勇者の仲間という立場として、屈辱ではあったが、仲間を裏切った自分にはお似合いだと、無理やり納得していた。

 しかし、1年程前にアリシアと出会い、心の傷が疼いたのだった。拷問し、散々に痛めつけても何も情報を吐かず、仲間を信じる彼女はかつてのローズに似ていた。心の傷を弄られた気分になり、執拗に痛めつけたが、最終的には何も吐かず、アリシアは仲間の手によって助け出された。

 そんな仲間の潜伏先へ向かい、彼らの策を邪魔しようとしたが、それを阻んだのが何とアリシアだった。拷問の傷と疲労で戦えない筈の彼女がローズに戦いを挑み、しかも勝ったのであった。

この時、ローズの心の傷は大きな穴となり、精神を蝕む事となった。

アリシアの事が憎くて堪らず、絶対に殺してやると心に誓い、今迄生きてきたのであった。

そして、今、ここで実際にアリシアを殺した結果、ローズの心の穴は更に広がったのであった。



「何で! 何でよぉ!!」心中から溢れる何かに締め付けられ、吐き気を催す程に泣き続けるローズ。

 そんな彼女の脚元でピクリとも動かずに転がるアリシア。

 だったが、指先とつま先が動き始め、数秒後にはむくりと何事もなく起き上る。肺の中に詰まった焦げ臭い息を吐き出し、身体の異常を確かめる様に軽く体操を始める。

「………え?」信じられないモノを目の当たりにし、目を剥いて仰天するローズ。

 アリシアは身体に異常が無い事を確認した瞬間、全身に光の繭を纏う。しばらくしてその中から傷、汚れひとつない服装で現れる。

「えぇ?」ローズは右目を擦り、首を傾げる。

「ふぅ……上手くいってよかったぁ……っと、で? ご感想は?」笑顔を浮かべながら問いかけるアリシア。

「え? だって、あんた、さっき……」頭と心中が混乱し、上手く話せないローズ。

「特殊調合したヒールウォーターの雫の入ったカプセルを奥歯に仕込んでおいたんだよね。それと、心肺停止時に発動する光魔法で身体の損なわれた機能を補い……って口にすると長くなるんだけどさ。ま、いわゆる準蘇生魔法みたいな代物よ」と、ローズの横面に優しく手を置き、光魔法で撫でる。

「……何を?」

「これは精神安定魔法って奴? 大切な仲間の技のモノマネみたいなものだよ」

「う……っ」ローズの瞳から別の種類の涙が溢れる。それは心の傷に喘ぐ涙ではなく、安心の涙だった。「……あんた、何者よ……」

「光の狩人」と、得意げに口にし、ローズに手を貸して立たせる。「少し話さない? 抱え込まずに吐き出した方が、心の毒を拭う事が出来ると思うよ?」

「今さっき死んだ奴が、殺した相手によくそんな口が訊けるね……」

「あたし、心広いから。でさ、なんで執拗にあたしを殺そうとするの?」

「……言いたくない」ローズは涙を拭いながらプイっとそっぽを向く。

「えぇ~……」



 奥歯の疼きと共に苛立ちが募っていくスワート。彼は肩を怒らせて立ち上がり、アリシアの向かったオルサク荒野へ向かおうと足を向けた。

 するとそこへ、黒衣を纏った者が3人立ち塞がる。その者達は皆、顔面蒼白だったが目の周りは黒く、欲望色をした瞳がギラギラと輝いていた。

「……俺になんか用か?」苛立ちを押さえながら中央に立つ長身の黒衣男を睨む。

「貴様、スワート・ワーグダウナーだな? 年齢16歳。共にトレイ・ボーンハンドはいないのか? ま、好都合だな」男は後ろ手で組み、胸を張ってスワートを見下ろしていた。

「何の用だって言ってんだよ」眉を逆さ八の字に吊り上げ、苛立ちを露わにする。

「我々と共に来てもらう。我々、世界の影にはお前の力が必要なのだ」

「……世界の影か。聞いたことがあるな。裏から世界を牛耳ろうと企んでいた連中か」

「なんでも、お前は魔王を打倒する為に旅をしていると聞く。我々も目的は同じだ。どうだ? 我々と共に来れば……」と、手を差し伸べる。

 スワートは不貞腐れた様な顔でため息を吐き、頭を掻いた。

「嫌に決まってんだろ。お前らみたいな胡散臭い連中に付いていったが最期ってな。俺は誰の人形になるつもりも無いんだよ!!」と、両手に魔力を纏う。

「そうか。だろうと思ったよ」と、口にした瞬間、スワートの首筋に一本の注射器が刺さる。彼の背後にはいつの間にか、別の黒衣の者が回り込んでいた。

「何だ……て、めぇ……ら」スワートの意識は強制的に白濁し、目玉がでんぐり返る。世界の影と名乗る者達は疾風のように素早く気絶し、倒れるスワートの身体を布で包み、その場から何も残さずに消え去った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る