5.真昼の決闘 後半

 ローズは額の血管が千切れんばかりにピクつかせながら眼前のアリシアに殴りかかっていた。熟練の動体視力でも見切る事は不可能なほどの雷連撃を繰り出していたが、アリシアは涼し気な顔でそれをひょいひょいと躱していた。ローズは更に義眼の回転率を上げ、魔力を増幅させる。

 それでも彼女の攻撃はアリシアを捕える事は出来なかった。精神的疲労で汗を掻き、後方へ飛んで間合いを開ける。

 そんな彼女の隙を見ても、アリシアは前に出ることなく、彼女を眺めていた。

 そんなアリシアを見て、ローズは拳を震わせ、歯茎を剥きだす。

「真面目にやれ!!」と、アリシアの額目掛けて、足元の石を蹴飛ばす。すると、石は彼女の額をすり抜けて遥か彼方へと飛んでいく。

「あ、バレた?」と、同時にローズの眼前の彼女は陽炎の様に消え、そこから少し離れた岩の上に実態が現れる。

「卑怯な小細工を!」ローズは髪を逆立て、稲光を両手に集中し、アリシアに向かって解き放つ。

 その雷球はアリシアの座っていた岩を消し飛ばし、礫の雨を降らせた。そんな中、彼女は優雅に空中へ飛びのき、着地する。

「あんたに言われたくないね! その義眼に頼っている間は、あたしぁ自分のペースでやらせてもらうよ!」説教する様な口調をしてみせた後、光の陽炎に包まれて消える。

「なに? ただ逃げるだけがお前のペース?! 相変わらず弱っちいね!」ローズは義眼のレーダーで彼女を探し始める。

「狩りってどうやるか知ってる? 獲物に気付かれない様に罠を仕掛け、それにかかるまで根気よく待つ。でも、今のあたしなら色々と応用して……」と、アリシアはあらゆる方角から声を反射させてローズの聴覚を混乱させる。

「くっ! 狩人って言うよりは幻術使いね!」と、脚を踏み出した瞬間、足首が取られ、バランスを崩す。「ぬ?」穴に嵌った足は粘度の高いドロに捕まっており、引き抜くのは困難だった。

 ローズは勢いよく足を引き抜いたが、その反動で後ろへろ跳び、着地する。するとそこで、煙が炸裂し、視界が遮られる。

「くっ! 小細工ばかり!! 卑怯者!!」

「狩人だも~ん」

「このぉ!!」気合と共に煙を噴き飛ばす。

 すると、いつの間にか周囲には木々が生い茂り、茂みと草花に覆われていた。ローズはいつの間にか密林のど真ん中に立っていた。

「な……? また幻術か?!」と、木を蹴飛ばす。すると、そこには確かな手応えと音が響く。「う……そ……」鼻と耳で森の確かな気配を感じ取り、背筋を冷たくさせる。

「その義眼の力に頼る獣でいるなら、あたしは光の狩人として、あんたを狩るよ?」アリシアは荒野で右往左往するローズを眺めながら、鼻歌混じりに口にした。



 村の裏手の森で、トレイはケビン目掛けて水矢を無数に放っていた。まるで雨の様に降り注ぎ、大木を貫通し、地面を穴だらけにしたが、ケビンには一発も当たらなかった。

 ケビンは大剣を小枝かバトンの様に振り回し、最低限の水矢を斬り飛ばしながらトレイの周囲を奔り回っていた。

「ったく、とっととやられてくれませんかぁ? 俺っちはクラス4なんで、あんたが動かなくなるまで続けられますよ~」と、容赦なく激流砲を繰り出し、木々をなぎ倒す。

「しつこい青年だなぁ……ぶっちゃけ、ガキは斬りたくないんだよなぁ」迫りくる激流砲目掛けて跳び、吹き飛んできた木片に乗って鉄砲水の表面を滑る。そのまま一気にトレイの間合いへと入り込み、乗っていた木片を蹴って彼の顔面にぶつける。

「ぐぬっ! く、このぉ!!」鼻血を拭いながらもケビンを捕え、水の触手で絡め取ろうと地面から無数に生やす。更に彼の眼球を操り、また無理やり隙をこじ開けようとする。

「俺に同じ手がかかると思うなよ?」ケビンは眼球の不自然な動きに合わせて身体をきりもみ回転させ、迫りくる水触手を全て斬り飛ばす。

「ちっ……流石、数百年生きる吸血鬼だな……」眼前へ優雅に着地するケビンを忌々しそうに睨み付ける。

「長生きしなくても、このぐらいできるだろ? そうだなぁ、数百年長生きして得たスキルを少し見せてやろうか?」

「?」

「俺、占いが出来るんだよね~」

「ふざけてんのか? この野郎!!」トレイは歯を剥きだして4頭のアクアドラゴンヘッドを作りだし、ハイドロブラストを放ち、薙ぎ払う。

 ケビンは涼し気にそれらを避けながら話し始めた。

「君は、昔……動物を飼っていましたね?」

「はぁ?」耳を疑うように呆れた声を漏らす。

「飼ってたよね? キャットモンキー(猫猿)とかか? 手乗り鷲とか? あ、オタマジャクシか!?」と、木々を飛び移りながら激流砲をひょいひょいと躱す。

「んなもん飼ったことねぇよ!!」目を血走らせ、ムキになったように矢継ぎ早に激流砲を放つ。周囲の木々は次々と薙ぎ倒され、彼らが戦う森の半分が平地となる。

「おっかしいなぁ……本に書いてあるのと違うぞぉ?」と、懐から占い入門の本を取り出す。「げ、俺の血で張り付いて開けねぇ!!」

「ふざけてんのかテメェ!!」トレイは更に苛立ちを露わにし、天から水矢を降らせる。

「お、イライラしてるねぇ~ 悩みとかあるだろ? 主に人間関係かな?」

「誰だって悩みくらいあるだろう! そんな低レベルな占いは誰でもできる!!」

「魔王軍所属の若きエリート属性使いか……悩みの種は……共に行動しているあいつだろ?」と、トレイの目を見透かすような声で語り掛ける。

「黙れオッサン!!」大地を水棘と水刃で覆い尽くし、その全てがケビンに襲い掛かる。

 彼は大剣を地面に突き刺し、掛け声と共に切り上げ、トレイの攻撃を吹き飛ばす。

「根暗そうなお供だったなぁ~ 代わりにお前は薄っぺらい微笑を常に浮かべてやがる。が、目は笑っていない。そうやって、自分の感情を押し殺しながらも、お前はあいつの旅を補助し、そして上からの命令に忠実に従っている。だろ?」ケビンはいつの間にかトレイの鼻先まで近づき、にやりと笑って見せる。

「な、くっ! これ以上喋るな!!」ケビンの首を斬り飛ばす勢いで水刃を投げる。が、それらは全て問題なくケビンに受け流される。

「ムキになったな。苦悩している証拠だ。そして迷っているな? このまま旅を続けるべきなのか、それとも……」

「黙れぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」ケビンの足首を水触手で固定し、四方八方から水矢を放つ。

「さて、面倒だから少し本気を出すぞ」と、ケビンは大剣を背に仕舞い、トレイの瞳を睨んだ。彼は今迄押さえていた殺気を解放し、その全てを彼に叩き付ける。

「ひっ!」トレイの全身に鳥肌が立ち、冷たい汗が一気に噴き出て視界の邪魔をする。眼前のケビンは彼の目には悪魔か獣に移り、その爪が喉を撫でる感触を覚え、腰がガクンと抜ける。ケビンを取り囲んだ水矢は力なく地に落ちる。

「実戦経験不足の青年には、コレが一番効くな」と、ゆっくりと尻餅をついたトレイの前まで近づき、手を差し伸べる。「お前の悩み、聞いてやろうか?」



 ローズは何かを決心したのか、義眼を取り出して握りつぶした。潰されたそれは淡く稲妻を発し、グズグズと崩れた。

「お?!」そんな彼女を見て、アリシアは前のめりになって驚く。

「確かに、こんなモンに頼ってあんたに勝っても、意味が無いね……それに、アタシの身体に合ってないのか、動きと間合いが合わなくてさ……やり難かった」と、仕切り直すかのように指の骨を鳴らす。


「さぁ! 互いに小細工無しでやろうか?!」


 ローズの気合の入った掛け声と同時に、アリシアは指を鳴らし、彼女の右目にかかった光の幻術を解除する。ローズの周辺に広がっていた森は姿を消し、再び荒野が広がり、眼前にアリシアが現れる。

「正直、あんたとは正面から戦いたくないんだよね……あたしより強いからさ」アリシアはその場で軽く跳び、身体の調子を整える。

「……これが殺し合いなら、既に決着が付いていただろうけどね」

「あたしは、あんたを殺したくないんだよね」アリシアはローズに訴えかける様に口にした。が、相手の確かな殺気を感じ取り、ため息を吐く。

「そう……アタシはあんたを殺したいの……そう、あんたを殺して、アタシの生き方は間違っていないと証明するの……」

「それ、どういう意味なのかサッパリなんだけど?」

「うるさい! いくぞ!!」ローズの瞳がパチンと弾けた瞬間、互いの間合いが一気に縮まり、身体がぶつかり合う。ローズの拳はアリシアの頬を掠めた。

「相変わらず怖い人だなぁ~」アリシアは瞳を発光させ、全身に光を纏う。

 彼女は1年間、光魔法について勉強と実践を繰り返して磨きをかけていた。回復や幻術、その他応用魔法は得意であったが、肉弾戦に関しては光魔法は向いていなかった。魔力循環による多少の肉体強化程度しか出来なかった。

 変わってローズは近接戦闘に特化した雷ファイターだった。1年前よりも力も俊敏さも増している為、小細工を弄さなければ勝てる相手ではなかった。

「ふん!」ローズは得意の稲妻5連撃を放つ。下腹部、鳩尾、胸部、喉、鼻柱を高速で抉る瞬殺技であった。

 アリシアはそれを全て受け流し、後方へと飛ぶ。防ぎ手が稲妻に噛みつかれ、激痛を押さえながら手を振る。

「いちちちち……ぃ」

「逃がすか!」と、大木を斬り倒す程の勢いのある回し蹴りで距離を詰める。

 アリシアはあえて彼女の間合いへと入り込み、肘内で脇腹を穿った。光を纏った鋭い一撃はローズの目を眩ませ、クリーンヒットする。

「ぐぉっ! 汚いぞ!」

「お相子でしょ? だったら魔法無しの純粋な殴り合いでもする?」

「いや、これでいい!」と、ローズは吠えながら再びアリシアの間合いへと入り込み、稲妻を翼の様に広げながら襲い掛かる。拳は爪で引き裂くような形をし、体勢を丸め、その姿は雷光を纏った獣だった。

「怖いなぁ……」アリシアは言葉の割に、ワクワクした表情を浮かべていた。

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