4.真昼の決闘 前篇

「ここだと村に迷惑をかけるからさ、遠くでやらない?」アリシアは遠くの荒野を指さし、小首を傾げた。

 ローズはフンと鼻息を鳴らし、稲光を沈めて彼女の後に続いた。

 アリシアはこの先のオルサク荒野へと歩を進める。ここには草木一本生えておらず、岩肌剥き出しの殺風景な場所であった。

 ローズは彼女の背中を眺めながら感心するように唸り、正面へと回り込む。

「最後に会った時とは別人みたいだね」

 以前のアリシアは、10年も生きられない程に衰弱しており、身体も力を失い、風のひと吹きで飛んでいくように見えていた。そこまで追い詰めた張本人がローズであった。

 しかし、今のアリシアはまるで違った。髪と肌は艶やかで健康的であり、背も真っ直ぐに伸び、一見細そうな手足には機能的な筋肉が詰まっていた。おまけに魔力も漲っており、まさに脂の乗った属性使いであった。

「色々あってね」意味ありげに笑うが、何かを思い出したかの様に表情を顰め、ローズを睨み付ける。

「何か言いたげね?」

「あの後、あたしの仲間にちょっかい出してないでしょうね?」

「ふぅん……気になる? ねぇ、気になる?」ローズは意地悪気な声を出しながら楽しそうに、沸々と煮えたぎるアリシアの顔を眺めた。

「ねぇ、どうなの?!」腹の底から声を出し、漲った魔力が周囲の空気を震わせる。

「……ラスティーって奴には会ったよ。元気そうだった。おしまい」と、彼女から顔を背け、足早に荒野へと向かう。

「それだけ?」

「それだけだよ……」ローズは調子を崩さず、歩を進める。

 すると、急にアリシアが彼女の眼前に仁王立ちした。

「な、なに?」

「負けたんでしょ?」アリシアはにんまりと笑い、ローズの心中を伺った。

「はぁ?! なんでいきなりそう言う話になるのよ!! なんであたしがあんな坊やと戦わなきゃ……それに、アタシがっ」と、言う間に自分が慌てている事に気付き、赤面する。

「負けたんだ。流石ラスティー!」

「んぐっ……今からアタシがあんたを倒すんだから、覚悟しておけよ!!」ローズは地面にめり込む程に脚を踏み鳴らしながらズンズンと荒野へと進んだ。

 そんな彼女の後姿を眺め、アリシアは楽しそうにクスクスと笑っていた。



 その頃、目を回していたスワートが奥歯の鈍さと共に目を覚まし、口の中に手を突っ込む。鉛の味と共に奥歯の欠片が吐き出され、それを睨み付ける。

「くっそ、あのババァ! 邪魔しやがってぇ!!」と、立ち上がろうとした瞬間、奥歯の鋭痛が脳天を貫き、腰を落とす。「んぅぅぅぅぅぅ! いでぃ!」

「口と同時に手も出る短気な人だからなぁ……今回は手じゃなくて、膝だったがな」トレイは慣れた様にヒールウォーターを手から絞り出し、それをスワートに飲ませる。それが痛みを緩和させ、歯を徐々に再構築させる。

 すると、そこへケビンがやってくる。彼は先ほどの一連の流れを目撃し、彼らがローズのツレだと悟った。

「あんな騒がしいお嬢さんと旅するのも、面白そうだよなぁ~ 大丈夫か、青年」

「なんだよアンタ、随分馴れ馴れしいな」不機嫌な顔でスワートが上目で睨む。

「……貴女はアリアンさんのツレですね? 何のごよ……ん?」トレイは何かを知っているような目でケビンの顔をマジマジと眺める。

「なんだ? 俺を知っているのかな?」その視線に不気味さを覚え、一歩後退るケビン。

「……ちょっと、村の裏手の森に来て下さい。少し、話したい事があります。スワートは歯の治療に専念してくれ。20分は安静にしていろ」

「なんだよ、俺だけ1人にするのかよ! いっで!」立ち上がった瞬間、再び歯の激痛が顎を殴りつける。

「歯の怪我を馬鹿にすると、あとで後悔するぞ? 顎が歪み、まともに飯が食えなくなり、更に……」

「るせぇぞ! この医者の息子が! とっとと用を済ませて帰って来い!」と、スワートは不貞腐れた様にそっぽを向き、いじけた様な声を漏らした。

「へぇ~ 医者の息子ねぇ」興味ありげにケビンが頷く。

 トレイはそんな彼の顔を鋭く睨み返し、付いて来るように手招きした。

「何なんだ? この青年は……ま、暇つぶしにはなりそうだな」ケビンは彼から漏れる僅かな殺気を嗅ぎ取り、それに対する好奇心から素直についていった。



 オルサク荒野に到着すると、ローズはアリシアから遠く離れた場所へと飛び、向かい合うように立った。胸を張って腕を組み、不敵に微笑む。

「確かに、ここなら思う存分戦えそうね」

「ここには動植物も近寄らない不毛の大地だからね。2年前、グレイスタンとマーナミーナが激突したのがここで……ブリザルドが死者ごと風魔法で消し飛ばし、こんな荒野になったらしいね」

「詳しいね。その戦いを近くで監視していたわ」

「予習復習はきちんと済ませる質なものでね」アリシアは準備運動する様に腕を伸ばし、得物であるナイフと弓を近場の岩山に大切に置いた。

「そんな激戦地で、アタシとあんたの2人きりで……楽しみだわ」

「その前に聞かせてくれる? なんであたしと戦いたいの?」

「知れた事よ。最後に言ったわね? このアタシの手で、あんたを殺すってさ。アタシはあんたを許さないよ。何故だかわかる?」魔力を漲らせ、稲光を全身に纏い始める。

「目を奪ったから?」

「いいえ。この目は治せたけど、あんたへの憎しみを忘れないためよ」

「じゃあ、なんであたしを許せないの? 一方的に酷い事をされたのはむしろあたしの方でしょ?」アリシアは数日にわたりローズから執拗な拷問を受け、死の淵に立たされた。更に半死半生の最悪のコンディションで彼女と交戦し、辛くも勝利したのだった。その戦いでアリシアの中では満足しており、拷問の事は根に持っていなかった。

「あんたはアタシの拷問を耐え切り、意地を貫いた……更に明らかな実力差とハンデの中でアタシに勝った。あんたは、アタシの生き方の全てを否定したんだよ! 絶対に許さない……」

「へぇ…………へ? どういう意味?」アリシアはピンと来ないのか、小首を傾げた。

 


 ローズは元々、ジェシー・プラチナハートという名で魔王討伐軍のサブリーダーを務めていた。が、黒勇隊に敗北して捕えられ、下請けの傭兵部隊から地獄の様な拷問を受け、自尊心も肉体もズタボロにされた。

 結果、己を見失い、仲間の情報を吐き、そのまま傭兵の慰みモノとなっていた。

そんな地獄から黒勇隊1番隊副隊長のゼルヴァルト(現在は総隊長)に助けられ、入隊する。

 それから彼女はゼルヴァルトに心酔し、1番隊副隊長へと昇格し、現在では黒勇隊情報部エージェントとして活躍している。その為、魔王軍の中枢には知り合いも多く、他の黒勇隊隊員よりも顔が広かった。更にナイアやワルベルトとも知り合いであった。

 今回もスワートのお目付け役として魔王から直々に命令を受けていた。



「つまり、あんたは……あ゛ぁ! もういい! とにかくお前はぶっ殺す!!」ローズは落雷音と共に跳躍し、数瞬でアリシアの眼前へ拳を見舞った。

 アリシアは全身に光を滲ませ、一寸だけ引いてローズの拳を避ける。のたうつ雷が触手の様に伸び、アリシアの鼻先を擽る。

「1年前とは別人みたいね……」左目の義眼を怪しく光らせ、アリシアの肉体に流れる電気信号を読み取る。

「お勉強を重ねたからねぇ……」

「アタシも、1年前とは違うよ!」ローズは足元を蹴り砕き、その勢いで拳を見舞う。無数のフェイントを放ち、アリシアの目を惑わしながら殺気の籠った一撃を腹部目掛けて振り抜く。が、ローズの雷は空を引き裂き、破裂音が虚しく轟いた。「ぬっ!?」

「ねぇ、ズルはいけないよ?」彼女の背後でアリシアが余裕の声でローズの耳を撫でる。

「それはどういう意味かしら?」

「その義眼、あたしの身体を探って予備動作と筋肉の動きを覗き見しているんでしょ? だめだよ~ そんな物に頼っちゃ」と、指を振る。

「くっ! こいつはそれだけじゃないんだよ!」と、更に魔力を漲らせ、義眼の魔力増幅器をフル回転させる。

「ま、試してみればいいよ」と、アリシアはスッとローズの間合いへと気安く入り込み、胸を聳やかした。

「後悔しな!!」ローズは怒髪天で高速で殴りかかり、アリシアの顔面手前まで拳が飛ぶ。

 それでも彼女は微笑を絶やさず、怪しく光る瞳でローズの右目を見つめ続けた。



「ここならいいかな……」村の裏手の森の中でトレイはパーカーのフードを取った。

「で? 話があるって、俺に何の用かな? 殺気を漏らしながら話って、穏やかじゃないぞ~」と、彼に背を向けながら欠伸をする。

 次の瞬間、ケビンの足元から太い水槍が無数に襲い掛かった。更に、トレイの背後から水龍の大頭が3つ現れ、ハイドロブラスト(激流砲)が放たれる。

「スイマセン、嘘つきました。あんたの身柄を拘束させて頂きま~す」トレイは冷静に言い放ち、水槍を触手の様にくねらせ、その場から消えたケビンの気配を探る。

「誰の命令だ? 魔王軍か? オヤジか?」余裕を絶やさない声色を出すケビン。彼は気配を消し、頭上10メートルほど高い大木の枝に乗っていた。

「オヤジ? いえ、まぁ魔王軍みたいなもんです。あなたは指名手配されているので」トレイはヴァイリー・スカイクロウ博士の命令で数人の実験台になりうる人物の捕獲命令をうけていた。この任務はスワートの警護のついでにと頼まれていた。因みに、捕獲命令はケビンだけに限ったものではなかった。

「運が良かったな。俺みたいな色男に会えるなんてよ」

「気配を消して得意げになっている所を申し訳ないんですが、バレバレっすよ」と、ケビンの上下左右に用意したアクアドラゴンヘッドから激流砲を放つ。彼が飛んだ瞬間、無数に水槍を地面から伸ばして襲い掛かる。

「若いわりに、中々やるねぇ~」大剣を抜刀し、避け切れない水槍だけ斬り落しながらきりもみ回転で落下する。地面に恰好を付けながら着地した瞬間、また激流砲が襲い掛かる。

「吸血鬼って言うよりはバッタか何かだね、ケビンさん。ですが、これはどうかな?」と、指先をくいっと動かす。

 すると、ケビンの眼球がぐるりとでんぐり返り、その影響で脚がもつれる。その隙を突き、水槍が4本彼の手足に突き刺さって貫通し、拘束する様に木に打ち付けられる。

「なんだ? 急に……」大剣を取り落とし、手足の水槍を忌々しそうに睨み付ける。

「あんた程の強者の身体の水分を操るのは骨が折れるけど、目玉だけなら簡単に操れる。で、人間は眼球に従って動くモノだからね。数ミリの隙ぐらいなら、簡単に作れるし、突ける!」と、容赦なく無数の水槍をケビンの身体に突き刺す。裂けた傷口から血が噴き上がり、雨の様に降り注ぐ。

 流石のケビンも膝を折り、激しく吐血した。

 それを見て水槍を引き抜き、仕事を終わらせたように満足げに近寄るトレイ。

「大したことなかったな」と、口にし終わった瞬間、彼の眼前には血だまりのみが広がっていた。「ん?」

「吸血鬼を相手に、安易に武器を引き抜くもんじゃないよ? 青年」背後に立ったケビンは、彼の肩を叩きながらニッコリとほほ笑んだ。

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