3.光VS闇、からの……
ふんわりとした香ばしい匂いがケビンの鼻をくすぐる。彼が目を覚ますと、鍋を目の前にしたアリシアが椀にシチューを盛っていた。彼女は外の食堂で調理を済ませ、この宿まで持ってきたのであった。
「ご飯にする?」起床に気付いた彼女は、彼の目の前に持っていく。
「本当に、ここ百数十年ぶりの贅沢な旅だ」遠慮なく椀を取り、シチューを啜る。カラカラに乾いた消化器に暖かな栄養が浸透していく。「あ゛ぁ~ 沁みる!」
そこで、昨晩寝ていた2人がいなくなっている事に気付くケビン。
「あの2人は?」
「朝早くに出て行ったよ。グレイスタンの首都へ向かうってさ」
「ふ~ん」興味なさげに返事をしながらシチューに集中する。食べ終わり一息つくと、ソファーの隣に己の大剣が置かれている事に気付き「お帰り」と一言。
「あたし達は何処へ向かおうか?」彼女は今朝、狩りで獲物を捕らえ、綺麗に売り払い、すでに旅の資金を調達し終えていた。
「そうだなぁ……北へは向かえないから……東かな?」
「ってぇことは……船に乗るの? 嫌だなぁ……」
「船に何か嫌な思い出が?」
「あたし、めっちゃ酔うんだよね……うわ、思い出しちゃった……」アリシアはもう顔を青ざめさせ、口を押えた。
その頃、村の出入り口でスワートとトレイが呆れ顔でローズを眺めていた。彼女はそこら中を見回り、昨晩手に入れた戦利品を探し回っていた。
「ちょっと、ローズさん! 早くしてくださいよ」ため息交じりに口にし、呆れ顔のまましゃがむトレイ。
「お前ら先に行ってな! いや、やっぱり待て! またお前らを探すのは面倒だ! てぇかあんなデカい大剣が何処に行ったんだよ! あの野郎、まさか取り返しに来たのか?!」ローズは頭を掻き、獣の様に唸りながら義眼を稲光らせる。
「あの人って剣士だったっけ?」頬杖を付きながら一言漏らすスワート。
「いや、剣は昨晩の戦利品だってさ」
「剣士でもないクセに、何でそんな物を取ったんだ?」
「さぁ? その場のノリだろ」
「お前らも探せ! あれが見つからない限り、ここで足止めだ!!」ローズは興奮した様に静電気交じりの吐息を吐き、2人に探す様に強要する。
「ったくぅ……これだからおb」と、言いかけた瞬間、スワートの鼻が潰れ、噴水の様に鼻血が天高く飛び散る。「っっっっぎゃぁ!!!」
「誰がおばはんだってぇ? アタシはまだ27歳のお姉さんだ!!」
「今年で28だろ」トレイがポツリと口にした瞬間、ローズは腕に電流を纏わせ、彼をじっと睨みつけた。「すんません」
「いでぇ~~~~~~~!」スワートの鼻は陥没し、呼吸器に血の塊が詰まる。顔面は血と涙でぐしょぐしょになり、彼は激痛に悶えていた。
「……ま、気長に待とうぜ」懐からヒールウォーターの瓶を取り出し、静かに彼の顔に纏わせた。
「あれ? まだここにいたんだぁ!」村の出入り口でスワート達を見つけ、手を振るアリシア。
「あ、昨晩はお世話になりました!」反射的にトレイが丁寧にお辞儀する。
「アリアンさんか。あのババァと取り換えて欲しいな」回復したばかりの鼻を大事そうに摩り、鈍そうに口にするスワート。
「あの人、地獄耳だから、またどこから拳が飛んで来るかわからないぞ?」
「あの暴力ババァ」懲りずにスワートは口周りを濁しながらも、アリシアに向かって丁寧にお辞儀をする。
「首都に向かうって言ってたけど、やっぱり戴冠式に興味があるの?」
「それはついでで、俺達の目的は……ゴッドブレスマウンテンです」スワートは告白でもする様な口当たりで応える。
「あの山に? もしかして、願いでも叶えに行くの?」
「えぇ……まぁ」スワートは重々しい表情で口にし、ため息を鼻から吐き出す。
「そう……どんな願いを叶えに行くのかはわからないけど……うん、どんな願いなの?」その願いを叶えるのは厳しい、と忠告する前に問う。
「あんたには関係ないでしょう?」トレイが前に出る。彼は指先に魔力を纏い、淡く威嚇した。
「魔王を消してくれって、願うつもりです」
スワートはアリシアの目を見て答えた。彼は昨晩アリシアと共にし、少なくともローズよりは彼女の事を信用していた。更に言うと、彼は彼女の中に暖かい何かを感じ、ちょっとした安心感を覚えていた。
「おい!」トレイは慌てた様に彼に一瞥をくれた。
「別にいいだろ。彼女には話してよ」
「その願いは叶わないよ」
アリシアはさらりと答え、腕を組んだ。
「何故わかるんだ!?」スワートは噛みつく様に口にした。
「あたしも願ったから……今迄あたし、あの山にいたんだよね」
「「なに?!」」2人は仰天した様に声を上げ、互いの顔を見合わせた。
その頃、ローズは酒場から村民の溜り場まであらゆる場所で昨晩の獲得品を探し回っていた。彼女はどんなに酔っても記憶だけは自信があった。
ここまで探し「眠っている間にあの男に取り返された」と、結論が出る。
早速、昨晩の吸血鬼男を探そうと肩を怒らせると……。
「よ! 昨晩のお嬢さん!」ケビンがにこやかに現れる。そんな彼の表情ではらわたが煮えくり返るローズは、拳に雷を纏わせた。
「うぉい!! 昨晩の剣! それよそれ! アタシが取った物だよねぇ?! 返せよ!!」
「……別にいいけど……無駄だと思うぞ?」ケビンは大剣を片手でヒョイと持ち上げ、彼女に持ち手を向ける。
「それはどういう意味?」
「これ、中々に濃ゆい呪術がかかっていてね。その中に、『持ち主からは決して離れない』ってのがあるんだ。だから、例え世界の反対へ持って行っても、翌日には俺の隣にあるんだ」
「だったら、その呪術を解いてからアタシに渡しなさい! いや、解いたら価値が薄くなうか……うぅん」ローズはケビンの大剣を眺め、悩ましそうに唸る。
「観念してくれた?」
「だったら、アンタもおまけに連れて行けば問題ないって事じゃない? ねぇ?」ローズはぐにゃりと口角を上げ、クスクスと笑いながら彼の顔を見た。
「なかなか我儘なお嬢さんだねぇ……」
「この業界、我儘じゃないと生き残れないのよ~」と、一歩間合いを詰める様に進める。
すると、ローズの後ろ髪がふわりと浮き上がり、義眼が蒼電色に光る。彼女は顔色を変え、村の出入り口方面へ向き直り、稲光と共に姿を消す。ケビンの大剣は投げ捨てられて宙を舞っていた。それを彼は枝でも取る様に慣れた手つきで取り、背中へと戻す。
「……急にどうしたんだ? まるで獲物でも変えた様に……」
「あの山にいた? 山で何をしていたんだ?」スワートの中に疑問が沸々と湧き出てくる。
「少しばかり修行をしていたの。因みに、そこであたしは希望の龍の像を色々試させてもらったわ。色々願ってはみたけど、叶えてくれたのはごく少数程度で、大それたのはほぼ無理だよ」
「なんだって……」スワートはガクリと膝を付き、表情を暗くさせた。
「……そうか」トレイも残念そうに目を瞑り、彼の肩を優しく叩いた。
「……ま、気を落とさずに、ね?」アリシアは優しく笑いかけ、踵を返した。
そんな彼女の背を見て、スワートがゆっくりと顔を上げる。
「そういえば、あんた……光使いだろ?」
「? そうだけど?」
「あんたみたいな人、見た事がないんだよなぁ……大抵、光使いは使い手とは呼べない程に魔力が弱く、光ることしか出来ない。だが、あんたは違う。昨晩も光を応用して色々な技を見せてくれたよな」と、目つきを尖らせ、一歩一歩近づく。
「あ、わかっていたの?」驚き、感心するアリシア。
「……で、そんな俺は闇使いなんだ」と、手に暗黒色を纏わせる。身体に魔力を漲らせ、少しばかり殺気も滲ませる。
「……まさか」
「手合わせしてみないか? あなたと俺、闇と光……こんな機会は中々ないからな」スワートは期待の眼差しで彼女を眺め、指の骨を鳴らす。
「そんなつもりはなかったんだけど……あたしもすこぉし興味あるかな?」
アリシアは荷物を降ろし、背負った弓と狩り道具が仕舞われたベルトを外す。一瞬で全身に魔力を漲らせ、腕に光を纏わせる。
2人の間の空間がガラスに映ったように歪みはじめ、空気が震える。
「さぁ! はじめようkgあbぁ!!!」
勇ましく脚を踏み出したスワートだったが、そんな彼の顔面にローズの蹴りがめり込む。
「アリシアァァァァァァァァァァァァァ!!!!!」
血走った片目から殺気を噴き出させ、容赦なく雷光を纏った拳でアリシアの顔面向かって振り抜く。
それを両腕で防ぎ、土埃を上げながら後退るアリシア。庇い手に電流が噛みつき、表情を歪める。
「急になに? って、お前は!!」アリシアは相手が誰だか気付いたのか、スワートと対峙した時以上の魔力を纏う。
「髪型や雰囲気を変えても、アタシの目は誤魔化されないよぉ! やっぱり生きていたな! 生きていやがったな! この死にぞこないがぁ!!!」ローズは周囲に落雷を唸らせ、邪悪な笑みを覗かせた。
「俺は相性が悪いんで、離れてま~す」トレイは目を回したスワートを引き摺って遠くへと避難する。
「さぁ! はじめようかぁ!!!」
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