2.光の茶と策と酔っ払い
アリシアが得物の手入れを終え、一息つきながら茶の準備をしていると、鈍いノックの音が響く。彼女が透き通った声で返事をすると、扉が半分開き、宿主が顔を覗かせる。
「申し訳ありませんが、相部屋をお願いできませんか?」と、頭を擦りながら眉をハの字に下げる。
「いいですよ。この宿は毎日、こんなに繁盛しているんですか?」アリシアは荷物を壁際に寄せながら問う。
「一週間後に、この国の王様の戴冠式で、国外から続々と一目見ようと観光客がいらっしゃっているんです」
「この国の王……バグジーくんか」懐かしむ様に口にし、頬を緩ませる。
「? 誰ですって?」と、首を傾げながら受付カウンターへと戻り、続けてアリシアの部屋へスワート達が遠慮なく入室する。
「相部屋かぁ……ったく」隠す気もなく、不満そうな態度を垂れ流すスワート。
「まぁまぁ。あ、どうもお邪魔します! ひと晩だけの付き合いですが、よろしくお願いします」トレイは得意の愛想笑いをアリシアの瞳に映した。
「よろしく。どこから来たの? 貴方たちも戴冠式を見に?」お茶を3人分用意しながら問うアリシア。
「……?」スワートは訝しげな表情で彼女の表情を伺い、首を傾げた。
「いえ、俺たちは別の目的があって……でも、そうか……戴冠式ねぇ~ 見に行ってみるか?」トレイは荷物を降ろし、遠慮なくソファーに座った。
「興味ねぇよ」スワートは相部屋が気に入らないのか、面白くなさそうにその場に寝転がった。
アリシアは丁寧に茶を淹れ、2人に振る舞った。自慢の薬膳茶に光の雫をブレンドした新作だった。
「ありがとうございます!」
「……どうも」
2人は湯気立つカップを目の前にし、香りを楽しんだのちに口にする。
「うまっ! なんだコレ!!」トレイは茶がエラく気に入ったのか、熱さも忘れて一気に飲み下し、お替りを催促した。
「ぐあ! いい匂いだと思ったらなんだコレ!!」スワートは喉を押さえ、苦そうに表情を歪める。
「お名前は? あたしはアリアン・ホーリーベルト」アリシアはしばらく偽名を使って旅をしていた。
「俺っちはトレイ・ボーンハンドです。んで、こいつは……」
「勝手に紹介するな! 俺は、スワート……です」苗字を濁し、何故か再び茶を啜る。口が受け付けない程の苦味であったが、何故か彼はその味が気に入っている様に少しずつ飲んでいた。
その頃、ケビンは村の酒場へ顔を出し、カウンター席に座っていた。
「プラウドソウルは置いてあるかな?」グレイスタンを代表する酒だった。それはグラスに注ぐと真っ白な蒸気を上げた。それを一気に飲み下し、お替りを注文する。
背後の円卓テーブルでは、ちょっとしたお祭りが始まっていた。
この国で流行っている『クリムゾンポーン』というボードゲームの早指し勝負を酒片手に行っていた。1ターンごとに注がれた酒を一気に飲み、駒を取ったら1杯飲み、取られたら2杯飲むという、酒飲み特有のルールで行っていた。ゲームが終わるか、どちらかが潰れるかまで行われ、決まって勝負が付く前に片方が盤面をひっくり返す勢いで倒れていた。
「あの女、どうなっているんだ?」ギャラリーのひとりが顔を青くしながら口にする。
「これで4人抜きだ……ふつう、どんなに強くとも3人目で試合を降りるのに……」
「注ぎ手が先にギブアップしそうだな」
その4人抜きしているプレイヤーはローズであった。彼女は酒場に来ると、必ずその酒場特有のルール、飲み方に従いながら毎晩楽しんでいた。
挑戦者を待つそのテーブルにケビンが何も言わずに座る。
「俺と勝負してくれるかい? お嬢さん」と、指の体操をする様に伸びをする。
「……貴方、ただ者じゃない、でしょ?」ローズは彼が吸血鬼である事を一発で見抜いたように、意味深な言葉を口にする。
「わかる? 俺も貴女と同じ……」と、注ぎ手から酒瓶を奪い取り、それを一気飲みに飲み下す。「ザルなんですよ」
「……ふぅん~ ハンデ無しってやつ? ま、アタシはそれ以上に飲んでいるんだけどね。で? 何を賭けるの?」この勝負は当然ながら、何かしらを賭けて勝負していた。周りのギャラリーも勿論、ギャンブル目的で観戦していた。
「そうだなぁ~ じゃあ、こいつを賭けよう」と、背負った大剣を掴む。「バハムント家に伝わる濃ゆい呪術の込められた魔剣だ」
「……へぇ~ いい土産になりそうね。因みにアタシのは、コレ」と、己の義眼をくり抜き、テーブルに置く。「魔王軍兵器開発部門の試作品よ。魔力を込めれば、多目的レーダーとして使えるし、魔力増幅にも使えるすぐれ物よ。その道の人に売れば、それなりの金になるわ」と、自慢げに口にし、義眼を左眼窩へ戻す。
「じゃあ、いきましょうか?」盤の駒を高速で並べ直し、ベルを鳴らす。
「ふぅ~ん、それで?」アリシアは2人に手料理を振るまいながら、話を聞いていた。彼女特製のミートスープパスタと骨付き肉を蒸焼きに一品だった。
「俺は、親父が許せなくて、それで……」口を閉ざしていたスワートは、何故かトレイを指し置いてペラペラと話していた。内容自体は詳細な情報は話さず、布に包んだような内容だった。そんな彼を訝し気な表情で眺めるトレイ。
「聞いていると、ロクでもないお父さんなんだね。でも、親を悪く言っちゃいけないよ?」
「貴女に何が解るんです? あれは親じゃない! 化け物だ!! 闇が形を変えた化け物だ!!」スワートは涙を浮かべながら叫ぶように口にし、立ち上がる。
すると、トレイが咄嗟に彼の後頭部に触れる。スワートは糸を切られた様にがくりとしゃがみ、そのまま眠ってしまう。
「あんた、アリシア・エヴァーブルーだろ」
トレイは鋭い眼差しで彼女を睨み付け、腕に水の魔力を纏った。
「……惚けても無駄って感じだね。何で知ってるの?」アリシアは取り乱さぬままにスープパスタを食べ始める。
「手配書を見た事があるんだ。髪型は一致しないけど、顔の感じがね……死んだって聞いたけど……ある人が絶対生きているって言っててさ。まさか、ここで会うなんて……」
「できれば内緒にしていて欲しいなぁ……彼に何をしたの?」眠るスワートを目にしながら問う。
「俺っちは水のクラス4でね。ちょいと眠って貰っただけさ」
「なんでワザワザ眠らせたの?」
「訳アリでね。あんたこそ、お茶に何を入れた?」と、カップを指さす。
「あ、気付いてた? リラックスして話したい事を心のままに語らせるのを促す効果のある光魔法をブレンドしたんだよ。心配しないで、自白剤の類とは違うからさ」
「柔らかそうで狡猾だな……あの人が目の敵にする理由が分かった気がするよ」トレイは大きく鼻息を鳴らし、その場に座り込む。
「あの人って、やっぱり……」
「そう、魔王のオッサンだよ。このスワート・ワーグダウナーは魔王の息子だ」
トレイは彼を指さし、ふぅとため息を吐く。が、次の瞬間、自分にもアリシアの光魔法が効いている事に気付き、「しまった」と言いたげに顔を覆う。
「大丈夫、最初から知っていて部屋に招待したワケだし」と、構わず食事を続ける。
「魔王はあんたの仇なんだろ? スワートになんかするつもりか?」
「子に罪はない、でしょ」
「……そう言う考えは、魔王にはないみたいだったな……」
「そうみたいだね。出来れば、あたしが生きてる事は黙っていてほしいんだけど?」
「その為に、スワートを眠らせたんだ」
「……成る程。じゃあ、ご飯を食べさせたいし、起こしてあげてくれる?」
「この飯にも一服盛ってるんじゃないよな?」
「そんな事はないよ~」アリシアは悪戯気な表情を浮かべ、食事を温め直した。
明け方近くになると、ふらふらとした足取りでケビンが宿に戻ってくる。大剣は何処へやら、背中が寂しさを物語っていた。
部屋へ入ると、そこには見覚えのない少年が2人、爆睡していた。アリシアはすっかり起床し、すでに旅の準備を終えていた。
「……ただいま」と、鈍痛響く頭を押さえる。彼は酒場に存在する殆どの酒を『半分』飲み尽くしたのであった。
「おかえり~ どうする? 出発はお昼にする?」
「その方がありがたいかな……あの化け物……俺以上とは恐れ入った……」と、ソファーに倒れ、熱い溜息を吐く。
「……? あの剣はどうしたの?」
「女に取られた……大丈夫。すぐ戻ってくるから。で? こいつらは?」
「相部屋を頼まれてさ。お茶飲む?」丁度淹れていた朝茶をスッと差し出す。
「やはりアリシアさんは素晴らしい……まるで聖母だ……」と、カップを手に取りながら涙ぐんだ。
同じ頃、酒場は夜明けと共に閉まり、中から酔っ払い共がぞろぞろと這い出てくる。そんな中には、身体に見合わない大剣を肩に担いだローズが満足そうに高笑いしていた。
「あっはっはっはっはぁ!! でっかい剣、討ち取ったりぃ!!」ローズは大剣を片手で高らかに掲げ、朝日に照らす。
「流石は姐さん! あんたは偉い!」
「あの早指しゲームを3時間以上も続けるなんて、2人とも化け物だろ!」
「あの兄さんの寂しい背中!! あれは忘れられないなぁ!!」
「さ! 酒瓶を用意しろ!! これから祝杯だぁ!!」彼女のこの言葉に、周囲の酔っ払いは流石に顔を青くし、首を勢いよく横へ振った。
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