113.だいたいコイツのせい
「最近ど~なの? アリシアぁ?」娘に揶揄う様な口調で絡むナイア。
そんな彼女の前にアリシアは、ピピス村特有の薬膳茶を出し、正面に座る。うんざりした様な表情を浮かべながら、意地悪そうな顔をする母の顔を睨む。
「帰って来て直ぐそう言う事訊く?」額の血管をピクつかせながら口にする。誰にでも柔らかく接する彼女は唯一、母親にだけは厳しかった。
「なによ。帰ってすぐ訊く事と言えば、娘の近況でしょう? 何かおかしい?」
その問いに対してアリシアは母親の顔に人差指を向ける。
「その表情! なんか悪意を感じるんだけど?! 普通の近況を訊いてるわけじゃないでしょ?!」母親の誘導尋問には慣れていたが、アリシアはその流れに行く前に断ち切りたかった。
「あんた、もう16歳でしょ? もうやる事はヤってるんじゃないかな~ と、思ってさ」
「母親がそう言う事を言うな!」アリシアは机をバンと叩き、激しく母親を睨む。
「村長の息子さんの、名前なんだっけ? 結構いい関係みたいじゃない? どうなの? え?」前のめりになって娘の怒顔を楽しむ様に眺める。
「う、うううううるさい!!! そんなに知りたければ、しばらく村に留まればいいじゃない!!」苛立ち混じりに本音を零し、顔を背ける。
「……ごめんね。今夜にはもう、戻らなきゃいけないんだよね。今日はちょっと、あんたの無事を確認しに来ただけだからさ」と、自嘲気味に笑いながら茶を啜る。「相変わらず苦っ」っと、舌をペロッと出す。
「そっか……ねぇ……母さんの仕事って、いつ終わるの?」アリシアは母の顔を覗き込む。
「いつって……考えた事がないなぁ~ 出来れば私の代で終わらせたいけど……」
「そんな……あたしは別に、お金とかそういうのどうでもいいんだよ! 母さんといっしょに、この村で暮らしていたいよ!」アリシアはこの頃、少し広い自宅にひとりで住んでいた為、寂しい思いをしていた。育ての親であるおじさんことハーヴェイは行く先を告げずに旅立ち、ナイアはこの通り、一年に一度帰ってくるだけであった。
アリシアにとって、ピピス村の皆は家族も同然であったが、肉親と呼べる者が傍にいなければ、やはり寂しさは日々募っていった。
そんな彼女の落ち込んだ顔を見て、ナイアは複雑そうに頭を掻いた。
「そういう仕事じゃないんだなぁ~ なんて言えばいいんだろう……」と、ナイアは軽く唸り、椅子から立ち上がるとアリシアの横に跪く。
「?」
「……私は、お金とか名声の為に仕事をしているわけじゃないの……アリシアやこの村、世界の為に奔り回っているの。ちょっと大げさに言っているかも知れないけど、これだけは覚えていて。どこにいても、アリシアの事だけを考えているから……」と、ナイアはアリシアの頭を自分の胸に抱き寄せる。
「うっぷ! わかった、わかったよ! 母さんの愛情は十分伝わったよ!」恥ずかしさを隠せず、頬を赤くしながら顔を引きはがす。
「わかればよろしい! で、訊きたいことがあるんだけど……」
「なに?」
「村長んトコの息子さんとはもう、ヤったの? ねぇ? ど~なの?」
「ちょっと!!!」アリシアはナイアから間合いを取り、表情を一気に歪めた。
「あの子と結ばれれば、あんたは次期村長の嫁じゃん? 上手く尻に敷けば、あんたがこの村をさぁ~」
「母さんのそういう所、大っっっっっ嫌い!!!!!」怒髪天にきたアリシアは顔を真っ赤にしてナイアに殺気をぶつける。
そんな娘を見て、ナイアはこっそり涙を拭きながら笑った。
ところ戻ってシルベウスの宮殿。アリシアは試練に敗れ、ぐったりと気絶し、自室のベッドで眠っていた。その隣で、ケビンは彼女の手を強く握っていた。
「様子はどうだ?」シルベウスがヌッと現れる。
「どんな試練だか知れないが、相当な無茶をさせただろ? 血涙が流れていた」と、彼女の血を拭った布を見せる。
「アリシアには、16年前、ランペリア国を滅亡させた時の実力を持った魔王のビジョンを見せた。あの時点で既にクラス5だった……」
「クラス5? 前例がない故に伝説にすらなっていないあの? 本当にあったのか……」ケビンは目を丸くし、驚く。彼は数百年以上世界を歩き、あらゆる文献を読んでは鼻で笑っていた。クラス5に関しては頭の片隅に残っている程度であった。
「魔王は、文献を読むだけでなく、ある術を使い、人の一生分の経験を盗むことに成功していた」シルベウスは魔王の事を知っているような口ぶりをして見せた。
「その術って、まさか!」ケビンは思い当たる節があるのか、勢いよく立ち上がった。
「そう、お前のオヤジが得意とする『血読術』を吸血鬼でもないクセに使いこなしたんだ。しかも、本家よりも上手く応用してな」
血読術とは、読んで字の如く『対象の血を吸い、そこから肉体や魂の情報を読み取る』という高級技であった。バハムントは血を吸う事で、自分の出向けない範囲の情報を得る為に使っていた。現在では、人の歩んできた人生を楽しむ、という趣味の範囲で使用していた。
「そうやって、人の数十、数百倍の経験を疑似的に体験し、己の魔力の練り方を研究し、あっという間にクラス4へ覚醒、そして……クラス5へと目覚めたんだ」
「そういえば、闇属性は封印されていたんだよな? それはどうしたんだ? 俺が生まれた頃から闇属性使いなんてひとりも見た事が無かった……憧れる連中はいたが」
この質問に、シルベウスは珍しく口を塞ぎ、項垂れた。
「……だから、再び闇を封印する為に彼女を鍛えているんだ……」
「……? ……! お前のせいなのか?」勘付いたのか、ケビンは彼に詰め寄る。シルベウスは彼の殺気の籠った眼差しに負けたのか、静かに頷いた。「マジか」
「魔王は、元は属性に愛されない体質を持った非力な男だった。当時、この山の絶壁の麓に置いてあった希望の龍の像の前に現れ、そして願ったんだ」
「おいおい! あの像は私利私欲の願いは叶えないんじゃなかったのか?!」
「私欲の願いではなかったのだろう……故に像は叶えたのだろう。あの男に闇を与えてしまったんだ……こうなるなら、あんな像は置くんじゃなかったよ」シルベウスはため息と共に唸り、椅子にドカリと座る。
「折角、光の一族が苦労して封印したんだろうに……」ケビンもつられてため息を吐いたが、そこでシルベウスが彼の背を小突く。
「おいおい、闇を封印したのは連中じゃなくて、俺だぞ?」
「……はぁ?」
「光の一族は確かに苦労して闇の一族と戦ったが、封印したのはこの俺だ。あの時、戦いが泥沼状態で、見るに堪えなかったからな」
「封印したのも解いたのも、お前かぃ」ケビンは呆れた様に彼の表情を見て、複雑そうに顔を押さえた。が、そこで顔を上げる。
「またお前が封印すればいいじゃないか!!」
「……………………む」シルベウスは下唇を出し、そっぽを向いた。
「聞いてんのか、おい」
「ふんっ!」
「おい!!!!」
「はい、そうですよ、出来ませんよ!! あん時の闇の一族はクラス4までが限界だったんだよ! クラス5はまさに神聖存在の域で、封印は不可能なんだよ! てか、クラス5なんて今迄の世界で前例が無かったんだもん!! 仕方ないだろ!!」シルベウスは髪をグチャグチャにしながら唸り散らし、泣きそうな表情を作る。
「お前らしくないな」
「ノイン(大海の監視者)とヘリウス(冥界の監視者)からも『全部お前が悪い』って言われているんだよ! しかも、あの魔王は次元に穴を開けようとしてやがるんだ! そうなると、次元の狭間にいる破壊神が容赦なくこの世界を消し飛ばす事になるんだよ!!」
「なんでそんな事に?!」
「この世界を作る上での取決めがあってな……『他の世界に干渉してはならない。すれば、干渉した世界と作り手は破壊神の手によって消される』ってな! てぇか、そういう責任は監視者である俺達には無いんだよ! もともとこういう苦悩は神が背負うモノだろう?! えぇ!!?」と、荒ぶるシルベウス。
「その神はいま、どこにいるんだよ……」
「簡単に言えば冥界の底で謹慎中……この世界が滅ぶまで、出てくる事は無いだろうよ……ったくぅ……何で俺だけこんな苦労を……」
「ぜぇんぶ、自業自得だろ」
「うるせぇ!!!! ミランダぁ!! 甘いもの頂戴!!!」と、シルベウスは勢いよく部屋を出て、台所へと駆け込み、しばらくメロンパンと2人きりで静かに語り合った。
「あのメロンパン狂いめ……」
その騒ぎの後、ゆっくりと目を覚ますアリシア。頭の中で鈍痛を感じ取り、苦しそうに頭を押さえる。
「大丈夫か?」ケビンはミランダ特製のヒールウォーターの入ったグラスを差し出した。
「ありがとう」アリシアはゆっくりとそれを飲み下し、何かを考える様に項垂れた。
「……アレはあの馬鹿(シルベウス)の意地悪みたいなもんだろ。気を落とさずにさ……な? 明日、気分転換に宮殿の外側を散歩しないか?」ケビンは彼女の背を優しく摩り、元気づけようと言葉を選びながら口にした。
「……ごめん、ちょっとひとりにしてくれるかな?」彼の気遣いを受け止めながらも、彼女は首を振りながら本音を口にする。今の彼女は、誰とも口を効く元気は無かった。
「そっか……わかった」ケビンは何も言い残さず、静かに彼女の部屋を後にする。
アリシアはしばらくグラスの底を眺めながら、ブツブツと何かを唱えていた。
台所でメロンパンをやけ食いし続けるシルベウス。8個目をたいらげ、やっと落ち着いたのかゲップの後に満足げな息を吐く。
「……何か遭ったんですか?」何も言わずに彼のやけ食いを眺めていたミランダは、イチゴジュースを差し出しながら問う。
シルベウスは口に付いたパンカスと生クリームを上品に拭い、ジュースを一口飲む。
「ケビンに色々と、弄られてな」
「あの男はこの宮殿から追放しましょう! 吸血鬼なんて不浄な存在は、ここには似合いません!」
「まぁまぁ……あいつは数少ない、俺の理解者でもあるんだ。いたいだけ居させてやるつもりだ」
「!! その数少ない、に私も含まれますか?」
「んぅ?」
「ふ・く・ま・れ・ま・す・か?!?!」ミランダは前のめりになって彼の瞳の奥に念を送りつける勢いで睨み付ける。
「も、モチロンダヨォ~!」と、彼女の勢いに完敗し、たどたどしく答える。
「……で? 彼女は合格できなかった様子ですが、これからどうするおつもりで?」
「まだ試練は終わってないぞ~」シルベウスは滑らかに答えながら、イチゴジュースを飲み干した。
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