112.第二の試練VSアリシア
アリシアの部屋のベッドの上で、ケビンは腰を下ろし、ゆっくりと瞼を閉じた。アリシアはそんな彼の頭に優しく触れ、目を閉じる。
アリシアは彼の身体の中に広がる歪な、茨の様な呪いを目の当たりにし、表情を強張らせる。彼の肉体、魂の全てに呪いと思われる黒紫色の茨が余すところなく絡みついていた。
「凄まじいね……」目を開き、彼の頭をそっと撫でる。
「あぁ。これのせいで俺は死ねない」照れ笑いを浮かべながら頭を掻く。
「それに、外部からの呪いと連結している……これはきっと、」
「俺のオヤジの呪いだ。俺とオヤジの吸血鬼の呪いは繋がっているんだ。俺の調べによれば、どちらかの呪いが解けるか、死ぬかすれば、もう片方の呪いも解ける筈なんだ」
「その呪いを解くために旅を? そう言えば、何であの時、貼り付けになっていたの?」アリシアは彼と初めて会った時の事を思い出した。彼は己の剣に胸を貫かれ、大木に打ち付けられていた。その時の彼は見るも無残な死体であったが、心臓から剣を抜き取られた事によって、蘇ったのであった。流石の彼でも、心臓を強制停止されれば、活動することが出来なかった。
「80年以上前……」ケビンは静かに語り始めた。
彼は当時、マーナミーナのウォーン村で吸血鬼ハンターの武器調達係を務めていたジェーン(レイチェルの大叔母)と恋仲であった。
彼女と共に彼は吸血鬼の病、呪いの解き方を研究していた。どんな書物を読んでも、その答えに成り得る情報は載っておらず、八方ふさがりになっていた。
そんなある日、ケビンは父親であるバハムント王の血液を採取しに亡国エルデンニアへ向かい、対峙した。
しかし、結果は酷いものであり、手も足も出ずに敗北する事となる。己の剣を心臓に突き立てられ、第三者の手によってしか抜けない呪いをかけられ、空の彼方へと投げ飛ばされたのであった。その先であの大木に突き刺さり、80年の時を経てアリシアの手によって復活したのであった。
その後、急いでウォーン村へ戻ったがジェーンは既に亡く、彼女の兄の孫娘であるレイチェルが彼を出迎えたのであった。彼女は死を選ぶ程に吸血鬼が大嫌いであり、打ち解けるには時間がかかった。
「あの時の絵の女性がジェーンだったんだ」アリシアは昨日の様に彼と会った日の事を思い出していた。
「あぁ……あの時、アリシアさんに助けて貰わなかったら……レイチェルに会えなかっただろう……彼女の愛した故郷も滅んでいた……本当に感謝している」ケビンはいつになく真面目な表情で頭を下げた。
「で、村は大丈夫なの? もうケビンの力が無くても大丈夫なの?」
「あぁ。心強い味方を得たし、何よりやはり、ヴレイズとフレインのお陰で危機は脱したよ。それに、レイチェルから『他にやる事があるでしょ?』って言われてな」
「他に?」
「あぁ……魔王討伐だ」久々のこの言葉にアリシアの心臓が大きく鳴る。
「手伝ってくれるの?」
「そのつもりで来たんだ。ヴレイズの紹介でラスティーって仲間の元へ向かっても良かったんだが、そっちは何処にいるのかわからないからな。だから、こっちへ来たんだ。アリシアさんにも会いたかったしな」
「そうだよね……うん!」アリシアは力強く立ち上がった。彼女の目は今迄よりも大きく開かれ、全身には力が漲っていた。「行こう!」
「ダメだ」シルベウスは彼女に背を向けながらそっけなく口にした。
「なんでですか?!」
「説明したが、お前は魔王に目を付けられている。一応、死んだことにはなっているが、次に魔王の目や耳に入る事になったら最期、仲間や母親諸共消されるだろう。 あいつはそれだけ、お前とお前の母親の事を危険視している。今の力不足のお前が下界に降りたら、ただでさえ険しい魔王討伐への道は閉ざされる様なもんだ。あと2年は、ここで修業を重ねるのをお勧めするな」シルベウスは彼女には目を向けぬままメロンパンを齧った。
「あと2年……」アリシアは奥歯をギュッと噛みしめ、拳を強く握った。
「俺が用心棒でもダメか?」ケビンが前にずいっと出る。
「逆に目立つだろ」
「でも、あたし……ここでジッとしてられないよ!」
「最初に約束したはずだぞ? 俺の許可が出るまで、十分な実力を付けるまで、ここを離れないと」シルベウスはここでやっと彼女らへ横顔を向けた。
「じゃあ、テストしてよ! それに合格出来たら……」
「試す前にわかる。俺を誰だと思っているんだ?」シルベウスは目を尖らせ、彼女の目の奥を睨み付けた。彼の刺すような眼光は彼女の心を見透かすように不思議な光を帯びていた。
「それでも、試してみなきゃわからないでしょう?」彼女は一歩も退かず、彼の目を睨み返す。
ここでシルベウスは、初めて彼女に試練をした時の事を思い出した。誰も達成できなかった夢の試練を、アリシアが初めてクリアしたのであった。これには彼も我が目を疑い、彼女を本気で鍛える気になったのである。
それだけ、彼はアリシアに本気であり、最低でも3年間は修行を積ませたかった。
「……いいだろう。お前を試してやる」シルベウスは付いて来るように手招きし、ある部屋へと連れて行った。
その部屋は、シルベウスの私室であった。何の特徴もない真っ白な個室であった。その中央にマットが敷かれ、そこに座禅を組む様に指示をする。
「で? あたしはここで何を?」アリシアは首を傾げながらも座禅を組み、一気に魔力を帯びて淡く光りを漏らす。
「構えなくていい。1年前の夢の試練みたいなモノだ。それに、あれよりは簡単だ」と、彼は彼女の額を小突く。すると、アリシアは糸が切れた様に気を失い、首をカクンと項垂れさせる。
「彼女に何をする気だ?」心配になったケビンが問う。
「なぁに。ありがちな試練だよ。突破できれば、好きにさせよう。できなければ、このまま文句を言わせずに修行を積ませるつもりだ」
「どんな試練だ?」
アリシアは目を覚まし、周囲の状況を一瞬で判断しながらゆっくりと立ち上がる。目覚めた場所は春風漂う草原であった。柔らかに草木を揺らし、暖かな光が降り注いでいた。
「ここは?」彼女は以前の試練の様に記憶はしっかりしており、どんな試練が待っているのか身構えていた。
「ここがお前の死に場所だ」アリシアの背後から声が響く。声の主は、彼女の影からにょきりと生えてきていた。
「な!!」アリシアは反射的に跳躍し、腕に光を纏っていた。
その者は真っ黒な背広に身を包み、憎たらしい笑顔を張り付けた男であった。
「何者だ!!」
「俺様が噂の、魔王様だ」魔王と名乗るその者は腕に闇色の炎を纏っていた。
「そう、あんたが……」アリシアは直ぐにシルベウスが作り出した魔王の分身であると見抜き、身体の芯に気合を入れた。
「こんな所で生きていたとは、意外だったが……やっと見つけたぞ」魔王は彼女の手の届く範囲の外側をゆっくりと歩き始めた。
「っていう筋書き? はやく始めようよ」
「くく、そうやって軽んじていると、命を落とすぞ?」魔王と名乗る者は邪悪な笑みと共に跳ぶ。
アリシアはその影に向かって光弾を飛ばし、炸裂させる。
基本的に光魔法は、光るだけで役に立たない技術だと言われていた。使えても農作業の時ぐらいであり、その仕事も大体は大地使いの方が向いていると言われていた。ただ、古の昔に闇の一族を封印したのが光の勇者だと言われ、教会やククリスでは敬われていた。
実用で使う者は殆どおらず、使えたとしても結局、攻撃は炎や雷魔法の方が優秀であり、回復も水や風魔法の方が頭ひとつ抜けていた。
それほど、光魔法は使い辛かった。光属性に選ばれた者は術者への道を諦めるしかないと言われていた。
そんな光魔法だけが、闇魔法に対抗できる唯一の属性なのであった。
彼女の光弾は魔王の影を跡形もなく消し飛ばす。草原や樹木を焼くことなく、優しく彼女の光が大地に降り注ぐ。
アリシアはそれを見て頬を緩めたが、背後に再び魔王が現れる。
「その程度か? 光使い」と、闇の爪が忍び寄る。
アリシアは飛び退き、再び光の激流を放つ。この技は風使いの突風を起こすような技の光版であった。彼女の光は魔王の身体を簡単に貫き、また消し飛ばす。
しかし、三度魔王は彼女の影から現れ、嘲笑うように肩を揺らした。
「お前はわかっていないな……闇魔法を」と、魔王が手をかざす。
すると、陽の降り注ぐ空が暗雲に覆われ、草原が闇に染まる。あっという間に草木は萎れ、葉が舞い散る。闇の中から次々と魔王の影が生え、アリシアを取り囲む。
「くっ! このぉ!!」アリシアは光の大玉を天へと掲げ、光を炸裂させる。
しかし、その光は虚しく掻き消え、霧散する。
「お前の光など、所詮その程度だ」と、彼女の前後左右から影が忍び寄り、手足にヘドロの様な暗黒が絡みつく。
「ぐっ! きもちわるい!!」アリシアはそれを振りほどこうと光を撒き散らしたが、それは魔王の影に簡単に遮られ、ついには押し倒される。彼女の身体は闇へと沈み込み、顔だけを残して全身が闇に塗れる。
「俺様に勝てると思い上がったか? 光だけが闇に打ち勝てると聞いたのだろうが、ただそれだけだ。今のお前では力不足どころではない。俺様の前では、ただ針を持っただけの小虫に過ぎないのだ」と、魔王は簡単に腕を彼女の体内へ侵入させ、心臓を掴む。
「ぐぇ!!」確かな感触と鋭痛を感じ取り、白目を剥く。
「味わってみるか? 闇というモノを……」と、彼女の体内へ『闇』を注ぎ込む。彼女の内側から真っ黒な何かが広がっていく。
アリシアは体内で確かな死の味を感じ取り、『これは本当に試練なのか?』と疑った。
「言っただろぅ? 軽んじていると命を落とす、と……」
「な、に……?」
「俺様は闇のクラス5……どんな闇にも忍び込む事が出来るのだ。そう、お前の心の闇にもな……この空間に入り込んでくれて実に幸運だった。俺様はずっと、お前を探していたのだ」彼女の頭の中に直接魔王の声が響いた。
「う、うそだ……」何とか闇を振りほどこうと己の魔力循環に集中したが、身体の機能の全てを魔王に支配され、指一本動かす事が出来なかった。呼吸すら魔王の手によるものだと思えるほど、彼女に自由は無かった。
「まぁ、そのオメデタイ頭のまま死んでいく方が幸運だな。お前とナイアさえ消せば、俺様は……あとは、お前の仲間たちを……」
「や、やめて……」アリシアは虫の鳴くようなか細い声で涙ながらに訴えた。彼女の頭には心音と、心臓にへばり付く闇の音が響いていた。
「お前はここで、静かに死ぬのだ……魂も冥界に行けぬよう、このまま消してやろう」
魔王の声が彼女の中に響くと同時に、心中は『無力のまま死ぬ』という恐怖が広がり、意識が消えかけていた。
そして心音が途絶えると同時に、絶望のまま闇の泥濘に身を任せた。
アリシアは目に涙を溜めたまま目を覚まし、何の言葉を発する事無くその場に崩れた。
「おい! アリシアさん! 大丈夫か?!」ケビンは彼女を揺り動かし、必死に訴えた。
「今回はダメだったか……」シルベウスは神殿中に響く程に大きなため息を吐き、部屋を後にした。
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