111.もうひとりのアリシア?

 ケビンはバズガとの戦いに付いてを彼女に語って聞かせ、ヴレイズ達の活躍を誇らしげに語った。彼らの働きは国や、ひいては魔王軍の野望のひとつを潰す勢いだと口にし、腕を組んで唸る。

「す、凄いねぇ!! ヴレイズ……うん、凄いなぁ……」アリシアは目に涙を溜めてケビンの話をじっと聞く。

「強いだけじゃない。魔法医としての腕も特別なモノがあるな。なにせ、吸血鬼の呪いを打ち消す事が出来たんだからな! あれは本当に驚いた」

「燃やす物を選ぶ炎?」

「そうそう、あの都合のいい炎な!」と、2人はヴレイズについて語り合う。

「で、フレインって……誰?」アリシアは訝し気に問うた。ケビンの話を聞くと、戦う事ばかりを考えている、暴れん坊のように聞こえた。

「なんでも、炎の賢者の娘だそうだが……そんな肩書を鬱陶しそうに思っていたな。暴れるのが好きってより、純粋に強者と戦って、強くなることを生きがいにしているって感じだな」と、彼女の事を思い出す。

「ふぅん……変わった娘だね。で、ヴレイズは何でその娘と一緒なのかな?」

「やきもち焼いてるンだろ?」ケビンが意地悪い口調で問いかける。

「そんなんじゃないよ! ただ……! うん、ひとりで旅するよりはいいよね……でも、2人きりだからつまり、その……うぅあぁあ!!」頭を押さえ、顔を赤くするアリシア。頭頂から湯気が出ると、ケビンが歯を見せながらニヤリと笑った。

「大丈夫だと思うぞ? あいつぁ酒が入ると、アリシアさんの事しか話さないからな」

 ケビンのセリフにアリシアは更に赤くなり、彼から顔を背けた。



 彼女の部屋を出たケビンは、真っ直ぐにシルベウスの元へ向かった。彼は真っ白なタイルの壁とステンレスの流し、ガスコンロと冷蔵庫まで完備されているキッチンにいた。これらのモノは下界には存在しない代物であった。

「相変わらず変わった台所だ。未来的と言うか、何と言うか……」と、捩じるとガスと共に着火するコンロを弄り、口笛を吹く。

「ひとつ前の世界の代物だ。もっと便利な物もあったが、必要以上の性能で、持て余してしまうからな」冷蔵庫を掻きまわしながらシルベウスが口にする。

「酒は無いのか?」

「図々しい奴め。吸血鬼ならそれらしく生血でも飲んでろ」

「……酷い嫌味だな。たまに飲みたくなるが……ここ100年以上口にしていない。で、そんなアイデンティティーもクソも無い吸血鬼に振る舞う酒は無いのか?」

「ノイン(大海の監視者)が愚痴りに来た時に出す用のがあったが、それで良ければ」と、食品庫から埃被ったボトルを取り出す。

「で、訊きたい事があるんだが」ボトルを受け取りながら椅子に座り、遠慮なく詮を抜くケビン。

「なんだ?」グラスをひとつ彼の目の前に置く。


「アリシアさんに何をした? 以前の彼女じゃないだろう?」


 ケビンがトーンを低くしながら問うと、シルベウスはもうひとつグラスを取り出し、自分の杯に注ぐ様に促した。

 ケビンは互いのグラスに注ぎ、彼の返答をじっと待った。

 シルベウスは黙ってそれを飲み下し、熱い息を吐き出す。

「知りたいのか?」ケビンの目をじっと見つめる。

「話した感じだと、以前の彼女のままだったが……匂いでわかる。以前の彼女じゃない」と、酒を飲まずにグラスをギュッと強く握る。

 アリシアはケビンの目には別人に映って見えていた。顔つきと体つきは全く変わってはいなかったが、まず髪型が変わっていた。以前は濃い栗色のショートだったが、今は金髪のロングをポニーテールにしていた。

彼女の放つ微かな臭いや放つ雰囲気は以前のモノではない為、彼は少々気になっていた。

「ついてこい」グラスを空にし、立ち上がるシルベウス。

 ケビンはグラスを置き、彼の後に付いていった。



 シルベウスの案内する先には、等身大のカプセルが置かれていた。無機質で滑らかなそれは、部屋の隅にポツンと置かれていた。

「これは?」

「ま、秘密でも何でもないし……彼女自身にも半年前に見せたものだ」シルベウスはカプセルの脇にあるボタンを押す。すると、蒸気と共に扉の様なハッチが開く。

 その中には、ボロボロのアリシアが収められていた。目を半開きに、力なく項垂れていた。

「な、なんだこれは……」今迄ケビンは様々な信じられない者を目撃してきたが、今回のは驚きを隠せないほどのモノであった。

「ここに運び込まれた時の彼女だ。肉体は極限まで酷使され、生命力も枯渇し、この俺でも助けられない程になり果てていた。ただ死ぬよりも、酷い状態だった」と、まるで数分前の事を語るような滑らかさでシルベウスは口にした。

「間違いない……俺が会ったアリシアだ……」ケビンは目を泳がせながら動揺し、シルベウスを睨む。

「希望の龍の像の力を使い、肉体の複製を作りだし、それに彼女の魂を入れたんだ。それが、今の彼女だ」

「……ちょっと待て。それを彼女に受け入れさせたのか!!」ケビンは声を荒げた。

「受け入れさせた、と言うか……彼女自身も疑問に思ったみたいでね。で、今のお前みたいに案内してな。だが、二度三度と確かめたんだぞ? 『本当にいいのか?』『かなりキツイぞ?』ってな。結果は、割とあっさりしていた」

「そうか……でも、な」と、カプセルの中の抜け殻を目にし、複雑なため息を漏らす。抜け殻の彼女はとても痛々しく、このままにしているシルベウスの神経が理解できなかった。

「言っておくが、そのままにしてあるのは彼女の意志だ」ケビンの考えを悟ったのか、先回りする様に口にする。

「彼女の意志?」

「俺は葬るかどうか聞いたんだが、今のアリシアがな……そのままに出来るならそうしてくれって」

「……彼女なりの考えがあるのかな……?」



 その後、ケビンはしばらくひとりで酒を飲んではため息を吐いていた。

「……ヴレイズから聞いて疑問には思っていたが、ここまでキツイもんだったとは……いや、俺の考えすぎなのか?」と、うす暗い色の液体を流し込む。

 そこへ、冷静な表情を取り戻したミランダが現れる。

「それは大事な客人用の貴重な物ですよ?」

「俺も客人なんだがな」と、言う間にミランダは風魔法でボトルを手に吸い寄せ、取り上げた。「あっ! この!」

「貴方が飲むなら、私も飲みます。貴方も相手がいなきゃ、面白くないでしょ?」と、正面に座り、グラスを風で手繰り寄せ、慣れた手つき注ぐ。

 ひと口飲むと、目を血走らせて口を押え、涙目で咳き込む。

「は、初めて飲みましたけど、何ですかこれは!?!」忌々しそうにボトルを睨み付ける。

「100年前に初めてやった時の俺も、そんな感じだった。慣れれば、美味いもんだ」と、自分のグラスに注ぎ、一気に呷る。「あんた、アリシアの教師なんだって?」

「教師だったのさ最初の3か月ぐらいでしたね。それ以降は、自分で光魔法の事や呪術、解呪法を学び、今では教える事は殆どなくなりましたね」と、一口飲み下す。「ま、私の専門は風ですので」

「じゃあ、もう十分じゃないのか? 下界に降りてもいいんじゃないか?」

「……シルベウス様が言うには、まだその時ではない、と。不用意に彼女が生きている事、力を付けている事を魔王に知られる訳にはいかないそうです。私も、同意見です」

「でも、ここにずっといるのは……」と、ミランダのぶすっとした表情を伺う。

「何です? 私はここに80年以上いるんですが……?」

「よくそんな長い間、同じ場所にいられるな」理解できない者を見る様な目で口にする。

「……私には私の都合があるんです……」と、鼻息を鳴らす。

「あんたはそれでいいかもしれないが、アリシアは違うだろ。あの子はどう見ても、外で生き生きするタイプだ」

「そうですね……いつも『狩りに行きたい』ってうるさいですね。それ以上に、仲間に会いたいんでしょうが……」

「だろうさ」ケビンは何かを決心した様に最後の一口を飲み下し、立ち上がった。



 アリシアは宮殿の外で魔力を練り、光を放っていた。光球から光線、暖かい光から鋭い光まで使い分けていた。指先から漏れる光を消し、体内の魔力循環に集中する。彼女はまだクラス3だった。

 ミランダが言う通り、光に関する魔法や応用呪術、属性の愛称を自ら研究し、下界には並ぶ者のいない程の光使いになっていた。

 しかし、彼女自身はまだ実力はまだ不十分だと感じていた。同時に自分の限界を確かめたくもあり、外で自分の技術を試したがっていた。

 そこへケビンが現れる。

「よ! 会った頃と比べると、まるで別人だな」

「ケビンは光とか平気なんだっけ?」

「俺は普通の吸血鬼じゃないからな。問題ないぜ。逆に、呪いを解いて欲しいくらいだ」彼は完全に転化してしまった吸血鬼の呪いを解くのを目標に活動していた。

「じゃあ、あとで調べさせてね」

「大歓迎だ! 身体の隅々まで調べていいぜ!」と、コートを脱ぐ仕草をして見せる。アリシアはそんな彼の両頬を抓った。

「そー言う冗談、キライなんだけど」

「ふぇい……」

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