110.少し昔の無責任なお話
シルベウスの宮殿にあるベッドルームで、アリシアはひとり座禅を組み、目を瞑っていた。微かに寝息を立ててはいたが、時折表情をクシャらせ、苦しそうに呻く。全身には魔力を帯び、じんわりと光を放っていた。
そこへ、ノックと共にケビンが入室する。彼女の姿を見て微笑みを覗かせ、こっそりと背後へ近づく。彼女は気付いているのかいないのか、眉をピクリと動かしたが、彼に対して反応はしていなかった。
「ア~リシ~アさんっ!」
ケビンが脅かす様に彼女の背中を小突く。すると、アリシアを中心として部屋から宮殿全体に駆けて光が駆け巡り、ゴッドブレスマウンテン山頂が光の大爆発に包まれる。建物が壊れる訳ではなかったが、周囲を飛んでいた鳥たちが一斉に方向を狂わせ、きりもみ回転しながら落下する。
「う゛わ゛っ! ビックリしたぁ……脅かさないでよ!!」相手が誰かもわからずに眉間に皺を寄せ、慌てふためくアリシア。
「……ん……あ……待って……視力がちょっと」目を押さえながら尻餅を付き、乾いたように笑うケビン。
「ん? え? ケビン? 何でここに?」目を丸くしながら彼を引っ張り起こす。
「久々に会いたくてさ。元気そうで安心したよ」
そこへ宮殿の主シルベウスがストロベリーフロートを片手に現れる。純白のローブにはイチゴ色の汚れが付着しており、額に血管が浮き上がっていた。
「ア~リ~シ~ア~! また集中を切らしたな! お陰で見ろ! 洗濯物が増えちまったじゃね~かよ!」と、云いながらストローを咥える。
「よ、シルベウス。相変わらずメロンパン食ってるか?」ケビンが気安く声を掛ける。
「……ここに来るのは100年ぶりか。で? オヤジとの決着はついたのか?」
「わかり切ったことを訊くなよ。意地悪なクソ野郎め」
しばらくすると、ミランダが駆けつけ、シルベウスを質問攻めにした。彼女はケビンの事を知らず、彼に付いてや彼との関係などを問いただした。
「お前はそれをネタに書物か新聞でも書くつもりかよ。喧しいなぁ」溶けかけのアイスを一口掬い、不満そうに唸るシルベウス。
「しかし、私は貴方の一番弟子です! 全てを知っておかねば……」
「誰が一番って訳でもないんだがなぁ……」
「そんな! ここ数十年で一番のショックです! で! あの知ったかぶりの凄まじい青二才は一体何者ですか!?」と、ケビンに向かって指を向ける。
「お前より三百歳ぐらい年上の吸血鬼だ」
「きゅうけつき? 嘘です! ここは太陽に一番近い宮殿! そして聖なる領域です! そこへ汚らわしい吸血鬼が入ってこれるはずが!!」
「誰が汚らわしいだ!!」さりげなく彼らの会話を耳に入れていたケビンが立ち上がる。
「あいつには色々と複雑な事情があるんだよ」シルベウスは懐からメロンパンを取り出し、一口齧った。
「他人事みたいに言うんじゃねぇよ!! 全部お前のせいだろうがぁ!!!」今度はケビンが頭を赤くして表情を険しくさせ、怒鳴る。
「俺のせいじゃねぇよ! 弟子が勝手にやった事だ! 俺の非は2割以下だ!」
「弟子が勝手にって、私は何もやっていませんよ?!」ミランダが声を荒げる。
「お前じゃねぇよ! お前のみっつ前にいた弟子だ! そいつが勝手に……」すると、ケビンがシルベウスのメロンパンを奪い取る。
「そいつが勝手に、じゃないだろ! 弟子の不手際はお前の責任だろ! てか、全部お前のせいだぁぁぁぁ!! このメロンパン野郎!!!!」
「メロンパンは悪くないだろ! 返せ!! 俺のおやつ!!」
「……冷静に話して下さいよ……」やり取りを冷静に観察していたアリシアがため息を吐きながら問いかける。
300年以上昔の話であった。
東大陸南方にはバハムント・シャルベルナーという王が統治する国、エルデンニアがあった。この王は戦が上手く、三方向からの包囲戦となっても一網打尽出来る程の知略と武力を持ち合わせていた。更に仁君として、王は常に民と家族の事を思いやっていた。
そんなある日の事。王は裏切者の大臣と他国スパイの策略により、遠征中に国を乗っ取られてしまう。その際、美しい王妃を失ってしまう。
急いで戻り、息子と共に国を取り戻す事に成功するが、国民たちの落胆は大きく、一気に名声を失ってしまう。
そこからエルデンニアはガタガタと崩れていき、国土を徐々に周辺諸国に切り取られていくのであった。
王は絶望し、日々酒を呷りながら嘆き過ごした。
その嘆きの声は余りに大きく、その声は天空のシルベウスまで口喧しく届いた。
事情を知った彼は、それでも同情する事は出来ず『我関せず』を信条にしていた為、時に何も行動は起こさなかった。
しかし、絶望と怨嗟の声は日々大きさを増し、ついにシルベウスは我慢の限界に達する。
当時の弟子であった呪術師に命令を下し、エルデンニア王を黙らせるように命じた。
この呪術師は後に下界へと降り、神についての書物をいくつも書き記した。その書物は現在、ククリスの大書庫に収められていた。
呪術師はバハムントに、シルベウスの元で練り上げた最上級の呪いを『これでもか』と言わんばかりにかけた。その呪術こそが吸血鬼の祖となる最初の呪いであった。
更に、呪術師はバハムント王を更に苦しめる為、その息子にも不死の呪いをかけた。
王の呪いは『どんな手を使っても死ねない。同族の血でしか己の欲求を満たす事が出来ない。生まれた地から一歩も出られない、などなど』
対してその息子の呪いは軽く、不老不死で血の欲求はあるが、そこまで重度の中毒症状は出ない程度であった。これは身近な者を羨ませることにより、己を更に惨めな存在に思わせると言う意図が込められていた。
この呪い以降、バハムントの怨嗟の声は止んだが、それ以降、エルデンニアは誰も足を踏み入れない呪われた国へと成り果てた。
これを知ったシルベウスは、呪術師の弟子に「ちょっと、やり過ぎじゃないか?」と、たしなめた。
それからおよそ100年後、名を隠したバハムントの息子、ケビンが彼の前に現れたのであった。
「本当、こいつぁクソ野郎だよ」奪い取ったメロンパンを一口で食べながらケビンがシルベウスを睨み付ける。
「だぁかぁら、ごめんって言ってるじゃないか~!」と、懐からもうひとつメロンパンを出して齧りつく。
「悪いと思ってるならこの呪い、今すぐ解けよ!」
「だぁかぁら! 200年前に言っただろぉ? 当時の弟子にしか解けないって! 希望の龍の像の力を使っても無理だってよぉ!」シルベウスはため息を吐きながら怒鳴り、鼻息を荒げた。
因みにこの呪いは伝染するモノではなかったが、何故かエルデンニアを中心に広がり、世界中に点々と吸血鬼が生まれた。その呪われし者達は一般の利点と弱点を持った個体であった。
「ったく、こんな役立たずな神様は見た事ねぇや! なんでこんなヤツの下で修業なんかしてるんだ?」と、不意にミランダを憐れみの瞳で見る。
「わ、私に話を振るな!! って、シルベウス様を役立たず扱いするな貴様!! このお方を誰とあらせられる!! 人呼んで天空の監視者であらせられるぞ!!」
「そうだ!! 我、天空の監視者ぞ! 頭が高い、ズが!!」メロンパン片手に胸を張り、もう一方の手を神々しく掲げるシルベウス。
「……そう呼ぶなってシツコク言ったのは自分じゃねぇかよ……」呆れた様に肩を落とし、アリシアの方を見る。彼女は馴れた様に彼らの話に耳を傾けながらも、両手の中で光球をいくつも転がしていた。「で、アリシアさんはどうなの? 光魔法は上達したのかな?」
「うぅん、コツとか魔力の練り方の基礎ぐらいはモノにしたつもりだけど、まだまだかな……」
「しかし、ここで学べる光魔法は殆ど頭に入れたでしょう? あとはそれを外でどう応用すべきか、ですね」ミランダが教師の様に指を立てる。
「じゃあ、もうここを出て行っていいの?」アリシアが問うと、今度はシルベウスが指を立てる。
「いいや、仲間と合流するのも、魔王と戦うのもまだまだだ。お前はまだまだ未熟じゃて」と、急に顔の下半分を髭で覆い、仙人の様な姿に変わる。
「たまにこーいう風になるような、このオッサン」呆れた様に失笑するケビン。
「誰がオッサンだ! そう言うお前も300歳以上の糞爺じゃないか!!」
「まぁな」
「お前はそーいうの素直に認めるのな」
その後、アリシアは自分の部屋へ戻り、瞑想へ戻る。彼女は表情にどこか寂しさを浮かばせていた。
「ヴレイズは元気にしていたぜ」ケビンは彼女の心情を察し、正面に座った。
アリシアは花が咲いた様に微笑み、瞑想をやめてケビンの鼻先まで詰め寄った。
「ラスティーとエレンには会った?! どう? うまくやってるのかなぁ!!」
「わ、悪い……その2人とはまだ面識すらないんだわ……ヴレイズとフレインの事なら、いくらでも話してやれるぜ!」
「うん! お願い聞かせて!! ……フレインって誰?」
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