109.強引なる乾杯

 意気消沈のままジェットボートに揺られるヴレイズ一行。

 彼らはここ数日、互いに言葉も交わさず、ただ波と地平線の向こう側を眺めていた。皆が皆、胸の中には重たい敗北感が深く刻まれていた。

 ニックは常に片手に酒瓶を握り、何度か口を付けようとした。その度に忌々しそうに酒瓶を睨み、飲むのを止めていた。

 スカーレットに至っては、チョスコから出てから何も食べておらず、フレインが缶詰を差し出しても蹲って壁の方を向くだけだった。

「……で、さ」船内の空気に溺れかけながらもフレインがなんとか口を開く。

「…………なんだ?」覇気のない返事をするヴレイズ。

「どこに向かっているの?」

「……さぁ? ニック……どこへ向かっているんだ?」

「……さぁな。バルバロンから離れているのは確かだ」と、コンパスをチェックする。

「そっか……」フレインは少し安心する様にため息を吐き、力を抜くように腰を下ろす。

 そこからまた気まずい沈黙が流る。真昼間だったが、船内はジメジメした夜の様な雰囲気が漂っていた。

そんな中、スカーレットから腹の虫が騒ぐ鳴き声が響く。

「食べる?」フレインが缶詰を差し出すが、スカーレットは首を振った。

 だが、次第に腹の虫の音が大きく響き、更にはフレインの腹からも釣られて鳴り響く。

 すると、フレインは火が点いたように笑い始める。その声はだんだんと大きくなる。


「何が可笑しい!!」


 スカーレットは目を濡らしながら怒鳴ったが、また腹が間抜けな音を鳴らし、フレインがまた大声で笑う。

 そんな彼女らを見て、ニックとヴレイズも笑い始める。

「うじうじしていても始まらないな! 食べようぜ!」ニックは席を立ち、貨物を漁り、ありったけの食料を引っ張り出す。

 ヴレイズはそれらを鍋に入れ、温め、即席のシチューを作る。湯気が船内に充満し、スカーレットの鼻と腹を擽る。

更にその中へニックが酒を投入し、匂いが色濃くなる。

「あれからロクなモノを食べてないからな! 今日は豪勢にやろう!」と、ニックは普段は開けないワインを取り出し、慣れた手つきで詮を引き抜く。

「何だかわからない魚が獲れた!」いつの間にか船外へ飛び出ていたフレインが膨らんだ網を片手に戻ってくる。

「よし、それを俺が……」と、ヴレイズがナイフ片手に魚を捌き、適当な更に盛り付ける。

 瞬く間に船内には豪勢な食事が並び、グラスが人数分用意され、酒が並々と注がれる。

「じゃあ、乾杯! って感じじゃないな……どうしようか」と、グラス片手に首を傾げるニック。

「スカーレットもさ、ほら!」と、フレインが彼女にグラスを進める。彼女は目も顔も向けずに壁に向かってジッとしていた。ただ、腹はまるでイビキの様になり続けていた。

「乾杯じゃないよな……でも、『いただきます』じゃ締まらないし……うぅん」ヴレイズも悩む様に唸る。

 すると、スカーレットは我慢が解けた様に立ち上がり、グラスを掲げる。


「戦死した同士、そして我が家族の為に! そして次の戦いの為に! 乾杯!!」


 スカーレットは叫ぶように口にすると、グラスの中身を一気に飲み干し、飢えた獣の様に食べ始める。

「だな、乾杯」皆も続いて杯を傾け、萎んだ胃袋をゆっくりと満たしていった。



 その日の夜、久々にニックは「いつものニック」に戻っていた。酒瓶に直接口を付け、赤ら顔で薄笑いを浮かべながらケタケタと笑っていた。

「正直、今回は2人がいなかったら、もっと悲惨な事になっていたと思うんよ、俺。だってさ、あのまま突撃していたら、みんな戦死してたんだぜ? でも、2人のお陰で、一矢報いただけじゃない……そう、ある意味これは勝利なんだよ」と、ニックは涙を浮かべながら口にし、また酒瓶を傾ける。

「そうは思えないな。でも、生きているって事は重要だな」ヴレイズもニックの酒に付き合い、顔を赤く染めていた。

「あたしは結局、何もしてないって感じ……頭打って記憶が飛んじゃったみたいでさぁ」ノーマンとの戦いを殆ど覚えていないフレインは釈然としない様な表情で頭を摩った。

 すると、顔を真っ赤にしたスカーレットが突然立ち上がる。

「私はぁ!! 感謝してもし足りない程に感謝している!! あの憎きノーマンに一矢報いる事が出来た!! あのパトリックを相手に……無事、国を抜けられた! 尊い犠牲の上に我々の命がある! 彼らの為に、父上や兄上の為にも、私は戦わなくてはならない!!」と、ふらりと壁に寄りかかる。首を振りながらもニックから酒瓶を奪い取り、ラッパ飲みをする。

「あ! 何をする!」

「ぷはッ!! ヴレイズ! どうやら貴方は魔王軍へ一矢報いる反乱軍の同士がいると聞いた……私をそこへ連れて行ってくだひゃい!!」スカーレットはろれつ回らぬままに勢いで口にする。

「あぁ! っと、云いたいんだが……あいつ、今どこにいるんだろうなぁ……」と、腕を組んで唸るヴレイズ。

 今の彼は、ラスティーが何処にいるのか知るすべは無かった。故に手紙で連絡する事も、合流する事も出来ずにいた。

「俺に情報通の知り合いがいるんだ。そいつなら知っているだろうな」ニックはスカーレットから酒瓶を取り返し、傾ける。中身が空とわかり、彼女を恨めしそうに睨む。

「じゃあ、ニックはスカーレットを連れてラスティーの元へ向かってくれ。で、フレインは……」と、横目で彼女を見る。フレインもニックと同量かそれ以上の酒をがぶ飲みしていたが、全くのシラフであった。

「もちろん、強いヤツ巡りは終わらない! 今度は東大陸へ向かうよ! 今度こそあたしが倒すんだから、誰も手を出さないでよ!!」と、フレインはヴレイズとスカーレットを交互に睨み、鼻息をフンと鳴らした。

「わかったわかった……」



 皆が寝静まると、ヴレイズはひとり甲板に出て、見張りをしていた。船影を見かけると睨みを効かせ、望遠鏡で追手かどうかを確認する。今の所、パトリックからの刺客と思しき者は現れなかった。

「……ま、船の空気が入れ替わってよし、だな」と、水筒の水を呷る。

 彼の中で、チョスコでの敗北はまだイマイチ拭えずにいたが、仲間の事を思い出し、両頬を強く叩く。

「もっと強くならなきゃな……いや、『強くなろうとするだけじゃ、強くなれない』、か……」懐かしく耳に残る言葉を思い出し、再びその意味を考える。

 すると、彼の背後からフレインがヌッと現れる。

「意味わかんない事をいってるんじゃないよ~」と、隣に座る。

「……俺の故郷の村長が言った言葉だ。何気なく理解しているつもりだったんだが……」

「ヴレイズは十分強いじゃん。これ以上求めるのは欲深ってもんじゃないの? あたしにも分けてよ!」と、彼の胸を小突く。

「俺とフレインじゃ、強くなる意味が少し違うからなぁ~」

「その言動、ムカつく!!」と、2人はしばらく互いのこれからの旅の事を話し合った。

「はぁ……こうやって旅を始めてもうすぐ1年かぁ~」フレインは甲板に大の字で寝そべり、大きく息を吐く。正確には10カ月弱であった。

「俺は2年だ。まさか、こんな旅になるなんてな」

「不服?」

「いいや。でも、出来るなら……皆に会いたいな」と、アリシアを始めとする仲間たちの顔を思い出す。

「会えばいいじゃん。ニックとそのまま行けば、少なくともラスティーって人とは会えるでしょ」少しいじける様に早口で口にするフレイン。

「いや……俺はもっと、もっと強くなってからだ。そう、俺の今回の旅の目的は『強くなる』ことなんだ」

「…………十分強いじゃん」

「いや、そうじゃなくて……心の強さっていうのかな? いや、頭の強さ? ん? 違うな……とにかく、情けない自分を捨てたいんだ」今回の戦いで十分思い知った為、まだ仲間と再会するわけにはいかないと、心の中で戒めていた。

「わかんないね~ 座禅でも組めば?」興味なさげに冷たく口にするフレイン。

「お前は変わらないんだなぁ~」

「そうかな? あたしは、ヴレイズは十分強いと思うけどな……ま、お互い満足するまで精進しようじゃない?」

「そうだな」と、ヴレイズは安心する様に笑いながら夜風の心地よさを感じながらアリシアの事を思い返した。



 トコロ変わってゴッドブレスマウンテン。この山頂には、天空の監視者と呼ばれる神聖存在、シルベウスが住まう宮殿が建てられていた。

 そんな山頂へ向かて、とある黒コートの男が山頂から垂らされた縄を片手に軽々と岩壁を歩いていた。大剣を背負う青髪の青年は、ケビンであった。

「相変わらずとんでもない所に住んでいるよなぁ~ あいつ……」と、は呆れた様に首を振りながらピョンと軽やかに跳び、あっという間に山頂へ到着する。

 そんな彼の着地した目の前にはミランダが腕を組んで仁王立ちしていた。

「何者です? こんなに軽やかにこの山を、魔法もロクに帯びずに登ってくるなんて、ただ者ではありませんね?」と、刺すように睨み付ける。

「シルベウスの新しい召使いかな?」と、口にした瞬間、突風が彼を殴りつけ、山頂から投げ出されてしまう。咄嗟に大剣を岸壁に突き刺し、ぶら下がる。「性格きついね」

「何者です? ただの人間ではありませんね?」腕を組みながら落ちた先へと見下ろすミランダ。そんな彼女の背後にケビンが立ち、気安く腕を彼女の肩に回す。

「で? アリシアさんはここで間違いないかな?」

「!!? 本当に何者です? 貴方!?」

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