108.パトリックの誤算

「ぐっ……くそぉ……」瓦礫の中で頭を押さえ、鈍い痛みを堪えるヴレイズ。痛みの中で、己の無力さを再認識し、自身の情けなさに悶絶していた。

 仲間と別れて旅を始めてからもうすぐ一年が経とうとしていた。

 あれから己の技や身体的強さは上がっていると実感していたが、肝心の『精神の強さ』は成長していないと感じていた。

「何も変わっていないのか……俺は……」そんな彼の眼前に、パトリックが降り立つ。

「そう言えば、君は30000ゼルの賞金首だったな。立場上、放ってはおけないな」と、ヴレイズの眼前に火球を作りだし、一瞬で爆裂させる。力なく吹き飛ばされ、また建物へ突っ込む。

「アリシア……ラスティー……エレン……」

 パトリックはそこへ無数の弾丸の様な火球を飛ばし、次々に連鎖爆発を起こす。建物は一気に崩れ落ち、ヴレイズを押し潰す。

 さらにそこへダメ押しに噴火の様な大爆発を引き起こさせ、瓦礫を跡形もなく消し飛ばす。お陰でチョスコの港町の一角には大穴がぽっかりと空いてしまった。

「……復興はノーマンに任せるとして……って、あいつは何をやっているんだ? まったく……」


「いや……逆に考えてみよう……」


 空いた穴からヴレイズが何事もなく現れる。衣服こそボロボロになっていたが、傷は大して負っていなかった。

「そうだ……俺はぶっちゃけ、馬鹿だ。よく慎重に考えて行動しているつもりだが、結局単純にしか動けていない……やっぱり、仲間が……みんながいなきゃダメなんだ……でも! だからこそ!」と、勢いよく飛び、パトリックの方へと詰め寄る。一瞬で赤熱拳を赤々と燃やし、拳を握り込む。

「?」ヴレイズから殺気を感じ取り、防御態勢を取りながら魔障壁を展開する。


「俺は俺でいい!」


 ヴレイズの赤熱拳はパトリックの魔障壁を貫き、顔面にめり込む。彼の顔面の骨は粉砕し、右の目玉が飛んで破裂する。

 それでも彼は死なず、気絶もせず、顔を押さえながら距離を離して飛ぶ。

「油断したか……」と、ポケットに手を突っ込み、錠剤を口へ入れる。みるみるうちに止血され、傷が塞がる。「流石に目は無理か」と、無くなった目の代わりに炎を灯す。

「流石、六魔道団だな。簡単にはいかないか」

「簡単にいかない、はこっちのセリフだ」



 ニックは振り返ることなくジェットボートを奔らせていた。とにかく沖へ出て、チョスコ港が見えなくなるほどに遠くまで何も考えずに飛ばし、やがてボートに蓄えられていた魔力が切れる。

「……っくそ……」

 そこへ、ボートの外でしがみついている事しか出来なかったフレインが慌てた表情で現れる。

「ちょっと、急になにやってるの! あの馬鹿兄貴が飛び出していっちゃったけど?! 戻ってよ!」

「戻ってどうするんだよ! お前が戦うのか?」

「そうだよ! あいつだけじゃ、あの男には勝てないでしょ! それに、飛び出していった理由もわかる! スカーレットと3人で戦えば勝てる! だから!」

「ビリアルドの勇気と決断を無駄にする気か? そんなのは俺が許さねぇぞ!!」珍しくニックは我を忘れて怒鳴り、フレインの胸倉を掴んだ。

 彼女は食いしばった歯の間から声を絞り出し、地団太を踏んだ。

 その声と音に反応し、スカーレットが目を覚ます。チリチリと痛む首筋を押さえ、辺りを見回す。

「どうしたのですか? 皆は……父上は?」

 彼女の問いに、ニックが重々しく応えようとした瞬間、遠くから凄まじい爆発音と衝撃波が飛んで来る。あまりの凄まじさにジェットボートが激しく揺さぶられる。

「何が起きた?!」



 ヴレイズとパトリックはチョスコ港上空で激しく炎を散らしていた。衝突の度に衝撃波が炸裂し、港町を揺さぶる。波が荒れ、嵐が如く紅い熱風が吹き荒れ、彼らの周囲は地獄の様な光景が広がっていた。

「全く、ここまで手こずるとはな!」着弾と同時に爆発する拳や蹴りを見舞いながら忌々しそうに口を歪めるパトリック。

「こっちはやっと温まってきたってトコロだよ!」

「私は汗を掻くつもりでここに来たわけではないのだがな!」ヴレイズから距離を取り、汗を拭う。片目の炎は赤々と更に燃え上がらせ、ヴレイズをゆっくりと眺める。

「なんだ?」彼の不思議な視線に気付き、不気味な気配を感じ取る。

「いいや、どうやらお前はまだここまでは対策出来ていないらしい」と、パトリックは腕を組み、堂々と胸を張る。

「?」

「……これ以上、お前を相手に汗を掻きたくないからな……私らしくない」背広に付いた汚れを払い、ネクタイを締め直す。

 ヴレイズは再び拳を振るおうとしたが、思ったように肉体が動かず、違和感を覚える。

「これは?」

「緊縛呪術を火の粉に練り込んだ。それがお前の体内に入り込み、自由を奪ったのだ。さて、とっととトドメを刺すか。と、その前に……賞金60000ゼルのフレイン・ボルコンは何処かな? ついでに彼女も生け捕っておきたいのだが?」

「さぁな……」

「そうか。なら、これで終わりだ」と、指を鳴らす。

 しかし、ヴレイズは彼の思う通りにはならなかった。彼を蝕んでいた火の粉は既に浄化されていた。

 お返しと言わんばかりに爆炎を彼の眼前で炸裂させ、ヴレイズは一瞬でチョスコ上空から遥か彼方の沖へと飛んでいく。

「逃がすか! ……っと言いたいところだが……正直、もう働きたくない。疲れたし、休憩中に部下から呼び出された身だし……って、考えると段々腹が立ってきたな。あぁ、もうやめだやめだ! 後片付けはノーマンに任せて帰ろう」パトリックはうんざりした様は表情で踵を返す。

 一方、逃げる選択を決断したヴレイズは冷や汗を掻きながら猛スピードで飛んでいた。

「あれ以上続けていたら……もっと強く、いや……呪術の勉強をしなきゃな」緊縛呪術については少し勉強していた為、解く事が出来た。これ以上の上級呪術を使われていたらと思うと、ヴレイズは背筋を冷たくさせていた。



 しばらくしてヴレイズはジェットボートに追いつき、ニック達と合流する。父の訃報と兄の決断をニックの口から聞き、スカーレットはふさぎ込んでいた。

「で、これからどうするんだ?」ニックは身体の力を抜いて操縦席に座っていた。酒瓶を片手に持ってはいたが、一口も飲んではいなかった。

「……少し考えさせてくれ……」今迄、何度も敗北を味わってきたヴレイズだったが、今回のが一番後味悪く頭に残っていた。開き直っては見たものの、結局は何もできなかった、守れなかったという罪悪感がへばり付き、意気消沈していた。

「フレインはどうだ?」

「……ん? うん……あたしも少し、気分が悪い……」と、頭を押さえ、ため息と共に目を瞑る。

「……しばらく休憩した方がいいな、俺達……」



 その頃、パトリックはアヴェン砦跡地へと向かい、大の字で寝転がるノーマンを蹴り起こしていた。

「で? この惨状はなんだ? 酷い事になっているとは聞いていたが、まさかここまでとは……」呆れながら頭を押さえる。

「パトリック様……も、申し訳ありません……逃げられました」

「……あー……詳しく話してくれないか? 逃げた者と仕留めた者、そして私が仕留めた者を照らし合わせたい」

 ノーマンは身体をゆっくりと起こし、ここで起きた戦いの事を簡潔かつ詳しく説明した。ところどころに謝罪を挟んだが、パトリックは耳障りそうに聞き流した。

「……つまり、お前はたった3人に砦を墜とされた……と。ん? 待てよ、スカーレットは殺したのだろう? ん?」

「いえ、その……」そのスカーレットに倒されたのであった。

「……ふむ……そうか。つまり、私はあの長男にまんまと騙されたわけか……お前を信じたばっかりに……」苛立ちの表情を深くさせながら、ノーマンの胸を踏みつける。

「ぐぉう! も、もう一度チャンスを! 次こそはっ!」砕けた骨が内臓に食い込み、咳に血が混じる。

「……お前を信じた私が悪かったのか……うむ、全面的に私が悪いな……ただの右腕だったお前を信頼し、一国を預けた私の不徳だ……魔王様になんとお詫びをすればいいのやら……」と、力強く踏みつける。

「ぐぁ! がぁ! どうかお許しを!」

「お前に関しては許す許さないではない。覚えておく、と言うのが正しいか。お前みたいな脳筋は、大人しく右腕をやらせておけばいいのだと。信頼を預けてはいけないのだと……」と、脚を退け、手を差し伸べる。

「き、期待には必ず応えます……」と、パトリックの手を力強く掴むノーマン。

「期待? 何の話だ? 勝手に勘違いで口を訊くな」と、彼は掴んだ手から呪術の練られた魔力を送り込み、ノーマンの魔力と反応させる。

 次の瞬間、ノーマンは一瞬で火花となって消え去った。

「こんな呪術にも対処できないとは、今考えれば右腕にも使えなかったか……忠実な番犬として使うのがよかったか。あのヴレイズという者の方が数段上だな」と、パトリックは手をパンパンとゴミでも払い落す様に叩く。

「あ……この国の雑事だけやらせて始末すればよかったか……しまったなぁ面倒くさい」

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