105.ボディヴァ兄妹VSノーマン
その頃、チョスコ港では激しい戦いが始まっていた。ノーマンの幹部であるジョゼル率いるイナズマ部隊が港に入ったのである。
彼らが得意とするのは雷魔法を纏った礫飛ばしの援護と、ジョゼルの近接戦闘であった。数十人の手から連続で放たれる稲妻礫は、建物の壁を軽く貫通する。その間を縫うようにジョゼルが高速移動し、雷光を纏った拳で襲い掛かる。
皆が皆、雷魔法使いと言うだけあって見た目が派手であり、普通に相手をすれば、手に負えない様にも見えた。
だが、今のヴレイズの敵ではなかった。
彼は自由に上空を舞い、着地の瞬間に港中を揺るがす程の衝撃波を放ち、イナズマ部隊の半数を壊滅させる。残りは火炎の薙ぎ払いで軽く捻る。
あっという間に孤立したジョゼルは、実力の差を思い知ったのか、怖気顔を隠しながら脚に雷光を纏って逃げ始める。
ヴレイズはそんな彼女を先回りし、軽く気絶させる。
「応援を呼ばれたら面倒だからな」と、余裕の表情を覗かせながらニック達反乱軍の到着を待った。
しかし、彼は知らなかった。このイナズマ部隊は追撃部隊ではなく、時間稼ぎに過ぎなかった事を。
「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「おあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
アヴェン砦から少し外れた森の中で、2人の咆哮が轟く。
スカーレットは己の魔力を振り絞った最後の攻撃に出ていた。防御も回避も考えず、憎きノーマンの顔面を狙う。籠手を雷光色に染め、凄まじい破裂音と共に相手の顔面を殴り抜く。
ノーマンはフレインとの戦いで片腕片足を破壊されており、更に脇腹の肋骨を抜かれていた。無くなった片足はサンダーレッグとして補っていた。とても戦える状況ではなかったが、それでも彼は正面からスカーレットを揉み潰すだけの力は残っていた為、全力で迎え撃った。衝撃が走るたびに傷が破裂した様に痛み、脂汗を流す。
ノーマンの攻撃は腰も力も入っておらず、彼女の顔面にクリーンヒットしても致命打にはならなかった。更に、魔力を身体に巡らせての防御法も殆ど機能していない為、彼女の攻撃は芯まで響いていた。
それを援護する様にビリアルドが背後からノーマンの目を狙って激しい雷光を照らし、注意を逸らす。
「ぐ……この負け犬共がぁ!!」クラス4の、己が扱える限界近くの魔力を纏い、落ちた体力をカバーする。が、それが仇になったか、力んだせいで傷口から血が噴き出る。「ぬがぁっ!」
「勝機!」彼女はタイミングと呼吸を合わせて前に出て、彼の脇腹に空いた傷口に拳をめり込ませる。
「貴様ぁ!!!」痛みよりも怒りが頭を貫き、ノーマンは渾身の力を込めて彼女の横面を殴り抜く。
「うぁ!!」地面に叩き伏せられ、纏っていた雷光が消える。彼女も体力限界まで戦っていたのだった。コメカミに皹が入り、耳から血が流れる。あまりのショックに痙攣を繰り返しながら倒れ伏す。
「スカーレット!」背後で援護していたビリアルドが前に出る。
「雑魚は引っ込んでいろ!」ノーマンはタイミングよく踏み込み、彼の胸板を拳で打ち抜く。胸骨が砕け、心臓が激しく揺さぶられる。
「ぐばぁ!!」激しく吐血し、妹の隣に転がる。
「兄妹揃って……手間取らせやがって……いや、ここまで手間取ったのは……」と、気絶するフレインを睨み付ける。彼の傷の殆どは彼女との戦いによるものであった。
「……まずはお前からトドメを刺してやる」
彼女を生け捕りで突き出せば、今の地位よりも上に行ける事は確実であった。
しかし、今の彼は冷静ではなく、この場にいる者を皆殺しにしなくては気が済まなかった。
ノーマンはゆっくりと不器用な足取りで、気絶するフレインに近づいていく。
それに気付いてか、ビリアルドはゆっくりと目を開け、痙攣を繰り返すスカーレットの手を握る。
「もう、お前しかいないのだよ……頼む……弱い僕の代わりに動いてくれ……」不安定な鼓動を感じながら彼は、最後の力を振り絞り、彼女に自分の魔力を出来る限り流し込む。
そんな彼らを尻目に、ノーマンはフレインの小首をむんずと掴み上げ、枝を折る様に力を込める。
すると、彼の背が激しく爆ぜ、稲光が轟いた。
「なんだ?!」ノーマンはフレインを地に捨て、振り返る。
「ボディヴァ家を舐めるな!」
力強く立ち上がったスカーレットは、再び雷光を全身に纏い、ゆっくりと拳を握り込んだ。
反乱軍が港に入り、逃走用の貨物船に乗り込む。出向前、彼らは詰れた物資の中身を急いで明け、数日振りのまともな食事にあり付く。
「こんな事をしている時間は無いんだが……今の内に補給しておかなきゃ、後でダウンしそうだな」呆れた様に口にしながら、ニックも肉の缶詰をつまむ。
「で、ビリアルドとスカーレットは! 残して出港はできんぞ!」イングロスは甲板上からチョスコ港を見下ろし、口にする。
「彼らは、俺の船に乗ってもらい、後でこの船に乗せるつもりだ。安心しろ、無事送り届けるからさ」ニックは約束する様に彼の手を強く握る。
「わかった……この恩は忘れん……」
「なぁに。取りあえず安全な場所まで行けたら、ひとまず酒を酌み交わしましょう。これまでの戦いに、そしてこれからの戦いに、ってね」
その後、出港の準備を手早く済ませ、碇を上げる。
そこへ、港周辺を見回っていたヴレイズがニックの元へ飛んで来る。
「おい、急いだ方がいいぞ。なんか、ヤバそうな使い手が近づいてきてる」
チョスコ港から5キロほど離れた場所に、既にパトリックが足を踏み入れていた。ゆっくりとした足取りではあったが、一呼吸置くごとに一足飛びで500メートルほど進んでいた。
「アヴェン砦に寄るか? いや、既に港では逃走準備を着々と進めているな……ったく、役立たずの脳筋(ノーマン)め……」と、砦を素通りして港方面へ向かうパトリック。
スカーレットの最後の突撃は、明らかにノーマンを押していた。彼の反撃を許さず、連続で拳を叩き込み、ダメ押しで顎を蹴り砕く。彼の残った歯が宙を舞って飛び散り、白目を剥く。身体から力が抜け落ち、音を立てて膝から崩れる。
彼の中で決定的な何かが折れ、意識は飛びかけていた。
「地獄に落ちろぉ!!」と、彼女の渾身の右拳がノーマンの鳩尾を貫く。体内から柔らかな感触を感じ取り、そこに電撃を放つ。
「ぐべぇあっ!!!」ノーマンはそこで激しく吐血し、前のめりになって倒れ込む。スカーレットはゆっくりと血塗れの右腕を引き抜き、激しくのたうつ雷光を収める。
彼はそのまま動かなくなり、身体から魔力も力も全て抜け落ちる。
「はぁ……はぁっ! 勝っ、勝った……ぁ……」
その後、スカーレットはアヴェン砦跡地からありったけのヒールウォーターや医療器具をかき集め、自分の傷の事を忘れてビリアルドとフレインの治療を行った。
ビリアルドの傷は酷く、瀕死の重傷を負っていたが、砦のヒールウォーターはホワイティ・バールマンという巧妙な魔法医によるモノであったため、問題なくその傷を癒す事が出来た。
不思議なのは、フレインの方であった。
彼女は殆ど傷を負っていなかった。強いて言うなら、気絶させられた時に負った打撲くらいであった。
その傷を医療布で拭っていると、その冷たさを感じ取り、フレインはゆっくりと目を開き、目を擦った。
「フレイン……貴女のお陰で……勝てました」スカーレットは涙ながらお辞儀する。
「………………ん?」フレインは夢見心地な頭であったためか、まだ何が起きているのかさっぱりわからず、首を傾げた。戦いの前後で起きた事が頭から抜け落ちていた。
「ありがとうございます……貴女の尽力のお陰で、私たちはあの憎きノーマンを……」
「……えぇ?! ノーマン倒しちゃったのぉ! あたしが倒そうと思ったのに!!」
「え?」
「え?」2人は互いに顔を合わせ、同時に首を傾げた。
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