104.黒炎のフレイン

 ヴレイズはチョスコ上空をアヴェン砦方面へ向かって急行していた。額に汗を滲ませ、焦った表情で全身から炎を噴きあがらせ、一個の火の玉となって高速で飛ぶ。

彼は集中すれば、魔力を国全土へカバー出来る為、それでフレインに注目していた。

 そんな彼女が追い詰められつつあると感じ取り、彼は急いでいた。

「くっ! 港に気を張っていなければならないんだが……フレイン! 無事でいてくれよ!」と、細くなっていく炎を感じ取り、更に炎を噴射させる。

 急ぐ彼の想いとは裏腹に、フレインの細くなった炎が途切れ、弾け飛ぶのを感じ取り、ヴレイズの身体から力が抜ける。心中が混乱し、頭を押さえて呼吸を乱し、ふらふらと高度を下げる。

「そんな……くそ……くそぉ!! なんかの間違いだよなぁ!!」と、彼はフレインの魔力を再び探り、自分の誤りである事を願う。

 すると、急にフレインの元気な魔力が姿を現し、ヴレイズは狼狽した。

「え? あれ? さっきまであんなに弱っていたのに……なんだよ、ピンチでも何でもないのか? ……あれぇ? クソ……俺のこの技が未熟ってだけだったのか?」彼の魔力探知技は編み出したばかりで、まだ使いこなせていなかった。

そのせいで彼女が死んだと勘違いしたのだと、自分に言い聞かせ、彼は港へと引き返した。港方面では、魔力を持った気配をいくつか感じ取り、再び冷や汗を垂らす。

「港は大丈夫だよな? あっちはあっちで重要なんだよ!」



 アヴェン砦が瓦礫に変わる数分前、ボディヴァ兄妹はフレインの戦いの邪魔にならない様にと、外へと避難していた。ビリアルドの腹の怪我は深く、診療所のヒールウォーターでは完治させるのは難しかった。彼は魔力で身体を防ぐ術が未熟であるが為、この様な重傷を負ってしまったのであった。

「ぐっ……この僕が足手まといになるなんてな……」腹に巻かれた包帯は血が滲んでおり、ちゃんとした魔法医に診せなくては危ない状態であった。

「そんな……足手纏いは……私です」スカーレットは目を伏せながら彼に肩を貸し、しばらく森の中を歩いた。

 ビリアルドを木に持たれかけさせ、弱った顔を医療布で拭う。持ってきたヒールウォーターを飲ませる。

「いつものスカーレットらしくないじゃないか……普段なら、僕を放っておいてアイツへ向かって駆け出している」

「兄上の怪我を放ってはおけないので……いや、これはタダの言い訳……」と、目を閉じて前髪で表情を隠す。

「言い訳?」

「私は、臆病で卑怯です。勝てないと知れば命が惜しくなり、物陰に隠れる……騎士を名乗る事は許されない、卑怯者です!」スカーレットは拳を震わせ、涙しながら口にした。

 そんな彼女を見たビリアルドは、何故か表情を柔らかくさせ、彼女の涙を拭った。

「そんな事を言えば、僕は何も成し遂げる事の出来ない臆病者だな。賢者になると意気込んで旅に出たが……結局、情けない……ボディヴァ家の名を汚すような事ばかりして、何にも成れずに帰ってきた。結果がこれだ。我が国の盾にもなれず、魔王にやられたい放題……そして、この様だ」

「……何が言いたいのです?」

「それでも、戦えるって事だ。自分で自分を罵るのは簡単だが、それを理由に行動しないのは愚かだ。僕は、どんなに罵られようとも、自分を罵ろうとも、家名を汚さぬ働きをしてから死ぬつもりだ!」と、力強く拳を握り直す。

 すると、砦方面で凄まじい稲光と破裂音が轟き、衝撃波が森を揺らす。

「……ヤツの目的は僕らのだ。退くのに僕は足手まといだ。スカーレットは逃げろ!」ビリアルドは無理やり立ち上がり、身体に雷を纏う。

「そんな身体で戦えるわけがない! 無茶です!!」

「例え敵わなくても、時間稼ぎにはなる……急ぎ、父上と合流し、この国を出るんだ! そして、力を蓄え、次こそボディヴァ家の手でこの国を!」と、彼はヨロヨロと爆音のする方へと向かっていく。

 スカーレットは震える足を無理やり止め、彼の肩を力強く掴んだ。

「ボディヴァ家の人間は背を向けない……これ以上、家名を汚すわけにはいかない!」彼女は瞳を雷光色に染め、両腕両足の装具に魔力を纏った。



 ノーマンはフレインにしこたま殴られた場所を摩りながら、ボディヴァ兄妹のいるであろう森の中を探っていた。彼も身体から噴き出る魔力を周囲に展開し、あらゆる気配を探っていた。

 北に強い魔力をふたつ感じ取り、得意げな顔を覗かせる。

「存外手こずったな……しかし、あの賢者の娘……評判以上だっt……」と、口にした瞬間、背後に凄まじい殺意の魔力を感じ取り、素早く振り向く。彼には珍しく、まるで草食動物の様な警戒の仕方だった。

「なんだ?」今迄、感じたことの無い黒い気配に心臓を掴まれるような感触を覚え、吐き気を覚える。冷えた汗が視界を妨げる様に流れ、表情が強張る。

 そんな彼の眼前には、先程死んだはずのフレインが立っていた。髪と陰で表情を隠し、全身から黒い炎を纏っていた。脚は動いていなかったが、少しずつ彼との間合いが縮まっていく。

「なんなんだ、お前……殺した筈だぞ!」と、ノーマンは拳を構え、彼女の顔面に向かって振りかぶる。

 しかし、何か危険な気配を感じ取り、ネコ科の動物が間合いを取る様にぴょんと後方へ飛びのく。

彼は滝の様な汗を掻き、得体の知れない者を睨み付け、歯を剥き出して唸っていた。

 次の瞬間、フレインは彼の身体に密着する程に近づき、フッと腕を動かす。彼の丸太の様な左腕上腕に手を置いた瞬間、彼の力こぶを、まるで綿を千切る様に軽々と毟り取った。

「ぐぉわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」突然の爆ぜた様な激痛に目を白黒させながら彼女から距離を取る。数瞬してからやっと、自分の上腕の肉を毟られたのだと気付き、奥歯をカタカタと鳴らした。

「何なんだ! お前は!!」と、これでもかと電撃を纏い、彼女が近づけない様に雷嵐を吹き荒れさせる。

 そんな攻撃を、彼女は雨の中を歩くように進み、再び彼の間合いに入り込む。

 ノーマンが高速で飛び退こうとした瞬間、今度は脇腹が爆ぜる。熱い血が勢いよく噴き出て、一気に腰から力が抜ける。

「あ……な……」右わき腹を押さえ、血に塗れたフレインの手を見る。

 その手には、骨が一本握られていた。それはノーマンの肋骨であった。

「貴様は……貴様は一体何者だ!!」苦し紛れに電磁砲を放つ。それはフレインの眼前まで勢いよく飛んだが、黒炎に触れた瞬間、力なく消えてなくなる。

 彼の眼前にいるフレインは、明らかに先ほど戦った彼女とは別人であった。

「まさか……闇魔法か? いや、しかし……扱えるのは魔王様とその子供たちだけ……隠し子か? いや、彼女は炎の賢者の娘の筈っ!」解けぬ謎に頭を悩ませながらも、距離を取ろうと後退する。

 すると、フレインは頭を少し上げ、口元を覗かせる。ぐにゃりと崩れた口元は、まるで彼を甚振るのを楽しんでいる様に見えた。

 ノーマンが怯える様に後退ると、また顔を上げるフレイン。

 前髪の間からギラリとした瞳を覗かせ、顔全体の砕けた微笑みを見せつける。

「お前は一体……誰だ!!」ノーマンが吠えた瞬間、今度は右太ももに黒い炎が着火する。燃え広がず、まるで肉を食い尽くす様に黒炎が侵食していき、煙が上がる。

 彼は堪らず悲鳴を上げ、地面に転がって火を消そうとする。が、黒炎は消えることなく、彼の太腿を炭化させる。

 やがて、右脚は崩れ落ち、彼は立ち上がる事が出来ず、不器用に呼吸しながらフレインから遠ざかろうと這いつくばった。

 フレインは肩を揺らしながら彼に歩み寄り、ノーマンの恐怖に歪んだ顔を覗き込む。

 すると突然、彼女は頭を押さえて苦しむ様に唸りだし、その場でしゃがみ込む。全ての魔力が噴き出る勢いで黒炎が立ち上る。

 彼女から魔力が全て抜け出ると、フレインは頭を押さえながら顔を上げた。

 まるで正気に戻ったようなキョトンとした表情を上げ、周囲を確認しようと見回す。目が霞んでいるのか瞳を細め、首を傾げる。

 そんな彼女には先ほどの禍々しい殺気は無く、更に魔力の欠片も微塵に感じなかった。

 それを見て、ノーマンは片足で立ち上がり、彼女の顔面を拳で打ち抜く。

「んぎゃ!!」魔力でガードも出来ず、彼女は背後へスっ飛ばされ、大木に激突して目を回しながら気絶する。

「一体、何なんだ?」近場の枝を杖にして器用に立ち上がるノーマン。彼は半死半生の状態ではあったが、危機を脱した為、緊張を緩めた。傷を稲妻で焼いて止血し、肋骨を抜かれた脇腹を痛々しく押さえる。

 そして彼は、気絶したフレインにトドメを刺すか否か思案した。

 魔王の血族以外で闇魔法じみた術を使えるものは殆どおらず、ある意味フレインは貴重な存在であった。そんな彼女を捕獲し、実験台を欲しがるヴァイリー・スカイクロウに引き渡せば、今の地位よりも上に行けるのは確実であった。

 しかし、生かしておけばそれだけ、危険であることに変わりは無かった。

「さて、どうするか……」と、迷っていると今度は背後からふたつの殺気が現れる。

 覚悟を決めたボディヴァ兄妹であった。

「あのノーマンがこんなにボロボロに……これはフレインが我々に託したチャンスだ!」スカーレットは戦闘態勢に移り、目を鋭くさせた。

「…………勘弁してくれ」流石にもう戦えるコンディションではないノーマンは、つい弱音とため息を漏らした。

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