103.アヴェン砦の激闘 後編

 フレインは暴れ狂う本能と炎のままに襲い掛かり、ノーマンの上半身を滅多打ちにした。殺意の籠ったその拳は、彼の鋼が如き肉体をベコベコに凹ませる。

 ノーマンは逃げる様に背後へ飛びのきながら、初めて防御態勢をとる。

 フレインは逃がすまい、と後退する彼に合わせて前方へ跳び、炎を纏った拳を見舞う。

 彼はそれを鉄筋の様な両腕で防ぎ、反撃のチャンスを伺う。

 だが、フレインの『禁じ手・暴龍宿し』は数分間の無呼吸運動と、限界まで練り上げられた魔力、そして内なる火炎の力で突き進む事すら知らず、反撃の機など無いに等しかった。

 彼女の視界は真っ赤に染まり、全てが燃えて見えていた。

「くっ!」流石のノーマンもこの連撃には参ったのか、彼女の乱打を防ぎ続ける。その衝撃がやがて足腰に響いていき、膝を折る。「馬鹿な!」

 その瞬間、ほんの一呼吸だけ乱撃が止まる。

 ホッとして汗だくになった顔を覗かせるノーマン。

 そんな彼の眼前には、一歩だけ背後へ飛びのき、口を発光させているフレインの姿が目に入ってくる。

「ウソだろ!」瞬時に電磁魔障壁を展開し、彼女が吐き出す熱線を防ぐ。灼熱の火花が弾丸の様に周囲に飛び散り、テントや物品などに着火し、燃やし尽くす。一気に火の手が広がり、再び砦はフレインのステージに変わっていた。

 吐き終わった彼女は煙を天高く吹き、隙を見せることなく再びノーマンへ飛びかかる。


「いい加減にしろ!!」


 すると、ノーマンは気合を入れる様に腕を腰で構え、電磁魔障壁を衝撃波にして吹き飛ばす。

 が、フレインはその衝撃を殴りつけて通り抜け、彼の顔面を殴り抜いた。

「ぐべぇあ!!!」ノーマンはついに仰向けに倒れ、前歯が2本ともへし折れる。歯は彼女の拳に突き刺さっていた。

 その一撃で満足はせず、彼女は倒れたノーマンに対して追撃をする様に跳びかかる。

「ぐ……あぁ!!」彼は再び稲妻の衝撃波を放ち、強引に彼女を遠くへ吹き飛ばす。フレインは稲妻に噛みつかれながら後方の壁に激突するも、それと同時に壁を蹴り、またノーマンに襲い掛かる。

「そうか……貴様も化け物に魂を売ったのか……なら、俺も本気でやらせて貰うぞ!!」と、彼は体全身に血管を浮き上がらせ、天高く稲妻を放出した。



 その頃、ニックは反乱軍キャンプ地で司令官に説得を試みていた。衰弱した反乱軍は、最後の死に花を咲かせようと疲弊した身体に鞭を打ち、アヴェン砦へ突撃する一歩手前の状態にあった。

「もうアヴェン砦は、フレインとスカーレット嬢の活躍で崩壊した! もうこれ以上戦う事は無いんだ!! これで一先ず良しとして、一時撤退するんだ! 逃走先は俺らでなんとかする! 船はもう用意してあるんだ!」

「敵に背を見せる事などできん! 砦が崩れたのなら好都合だ! 一気に王都を攻め、憎きノーマンを討ち取るのだ! それで初めて、我々は勝ったと言えるのだ!」イングロスは顔を赤くして怒鳴り、踵を返して反乱軍へ号令を出そうと構える。

 ニックはそれを飛びつくように止める。

「貴様!」

「例え、万が一ノーマンを倒せても、後続部隊が押し寄せるのは明白だ!! 今度はこの地方を収めるパトリック・ドラグーンとその軍団が押し寄せるぞ! そして、この国は取り潰され、跡形もなくなる!!」ニックは珍しく熱くなり、負けじと司令官に対して怒鳴る。

「このまま逃げて生きながらえるくらいなら……」

「死んだら最後だ。たとえどんなに立派で高潔な死に様すら、後で勝者に書き換えられるんだ……死んだ敗者は戦えもしないし、何も言い返せないんだ!」

「ぐっ……」

「あんたは華々しく死ねれば、それで本望なんだろうがな、道ずれにされる他の兵たちはどうなる? 死ねば最期、永遠に名前にクソを投げつけられ続けるだけだ!!」

「……」

「頼む……船に乗って逃げてくれ……乗ってくれれば、後は俺に任せてくれれば……」ニックは司令官の両肩に手を置き、大声で歯の間から絞り出した。

「何故そうまでして……」

「俺の国にも、あんたらみたいな騎士がいたんだ……最後まで抵抗した。だが、殲滅されたら最期。賊だの負け犬だのと罵られ、仕舞には誰も思い出す者がいなくなったんだ……あんたらにはそうなって欲しくないんだ!」

 しばらく、イングロスは兵たちの前で黙り、空を見上げて目を細めた。胸の底から深い溜息を吐き、目を瞑る。

「…………わかった」イングロスは重々しく口にし、反乱軍兵たちに港への撤退命令を下した。



 トコロ変わって、チョスコより東の内陸部に位置する国、ボロネリア。この国には、ここら一体を任される六魔道団のひとり、パトリック・ドラグーンの居城が建っていた。

 その城下町にあるカフェで、パトリックは優雅に紅茶を飲みながら読書をしていた。どこぞの有名な炎使いを真似てか、彼の拘りか、どこへ行くにも誂えた高級スーツを身に纏っていた。

 そこへ、彼の部下が余裕の足取りで現れる。

「失礼します」

「……失礼だと思っているなら、後にしてくれないかな?」本から目を離さぬまま紅茶を一口啜る。

 部下は彼の性格を知っているのか、軽く受け流し、淡々と報告を始める。内容は、 チョスコの砦、アヴェン砦がフレイン・ボルコンとスカーレット・ボディヴァにより壊滅状態にある、というものであった。

「……で、ノーマンは? あの国はあいつの預かりだろう?」少々イラつく様に口にし、本の頁を捲る。

「現在、交戦中とのこと……このまま反乱軍が王都へ進行すれば、少々面倒な事態が予想されます。しかも、フレインと共に、ヴレイズ・ドゥ・サンサがチョスコに入っております。あの、ウルスラを退けた炎使いです」

「……ふぅむ」興味なさげな声を漏らし、ため息と共に本を閉じる。


「で? 私に何をしろと?」


「……いえ、我々に命令を下してください。ご指示通りに事を運びます」彼の部下は自信満々に胸を叩く。

「失礼だが、君らには無理だろう。どんなに兵を注いでも、クラス4の実力者には勝てんよ。ノーマンもクラス4だが、あいつはスケールの小さい格闘家タイプだ。今回の相手は手に余るだろうな」と、椅子から立ち上がり、ランチ代をテーブルに置く。

「では!」

「しょうがないから、私が行くよ。部下の命令とあらば、喜んで向かおうではないか」と、ワザとらしくお辞儀をして見せるパトリック。

「そんな嫌味はやめてくださいよ……我々も頑張っているのですから……」



 嵐も吹き飛ぶような咆哮、荒れ狂う炎と稲妻。ぶつかり合う衝撃波と殺気、吹き荒れる砂塵。フレインとノーマンのぶつかり合いにより、アヴェン砦は瓦礫の山の様に荒れ果て、中央では凄まじいぶつかり合いが繰り広げられていた。

 フレインは未だに瞳を燃え上がらせ、歯を食いしばりながら火炎拳を繰り出していた。

 ノーマンは彼女の拳を正面から受けながらも強烈な一撃を繰り出し、彼女の顔面に叩き込む。

 フレインの身体は魔力と炎により、身体はしなやかな鋼の様になっており、衝撃を半分ほど受け流し、殆ど怯む事は無かった。鬼面のまま火炎熱線を吐き散らし、彼の身体を焼き尽くす。

 ノーマンも負けじと稲妻の電磁砲を放ち、彼女の身体を打ち側から焼き尽くす。

 フレインは余裕の攻勢を展開している様に見えてはいるが、実際はもう限界に近付いていた。皮膚は避け、炎が傷口から噴き出ており、意識も半分飛んでいた。

「がぁぁぁぁぁっ!!!」ノーマンも興奮の向こう側へ頭が飛びかけており、彼も半ば暴走状態にあった。

 その時、フレインの動きが鈍くなり、全身から煙が噴き出る。

 彼の渾身の巨大な拳が皹だらけの彼女の上半身に炸裂し、胸骨が粉砕する。

「ぐばぁ!!」その瞬間、ダメージが身体の限界点に到達し、一気に身体から魔力が抜けていく。そこでやっと彼女は攻撃を止め、勢いよく吐血する。膝がカクカクと震え、黒い煙が頭上に燻る。

 そんな彼女にはお構いなしに、ノーマンは巨拳による連撃を浴びせ、トドメに腹部へめり込ませる。既に意識を失っていたフレインは、地獄へ突き落されるような痛みと共に地面へ転がり、声にならない断末魔を上げる。

「……? なんだ? 魔力切れか?」そこでやっと気づいたのか、ノーマンは我へ返り、口血を拭いながら転がる彼女へ歩み寄る。

「っく……あ……あ……っ」フレインは禁じ手の反動で身じろぐ事も出来ず、体全身に奔る今迄の激痛を一身に受けていた。

「手こずらせやがって……だが、久々だったよ。こんな戦いは……流石は賢者の娘だ。そんなお前に情けをくれてやる」と、ノーマンは彼女の頭をむんずと掴み、同じ目線まで持ち上げる。「潔くトドメを刺してやろう。このまま生け捕りにすれば、お前は生き恥を晒す事になるからな……戦士なら、そんなのは死んでも嫌だろう?」

「う……あ……」何も言い返せず、ただ彼を睨み返すフレイン。

「では、さらばだ。フレイン・ボルコンよ」と、ノーマンは掴んだ手に魔力を一点集中させ、落雷が如き稲妻を彼女の身体へ流し込む。脳天から尻まで衝撃が突き抜け、五臓六腑が燃え上がる。股から湯気が立ち上り、ちょろちょろと音を立て、足元を濡らす。

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」悲鳴と共に白目を剥き、激しく痙攣するフレイン。

 それを見たノーマンはダメ押しに放電させ、砦中央で大爆発を起こし、周囲の瓦礫が跡形もなく消し飛ぶ。アヴェン砦はすっかり更地と化していた。

 彼が手を離すと、フレインは人形の様に崩れ落ち、そのまま動かなくなる。ノーマンは確かめる様に彼女の首に指を置き、鼻息を鳴らした。

「流石に死んだか……さて、ボディヴァ兄妹は何処かな? あいつらこそ、トドメを刺さねばな」ノーマンは何かを嗅ぎ取る様に鼻を動かし、彼女らの隠れた場所へとゆっくり歩を進めた。



 真っ暗闇に包まれるフレイン。彼女は鼓動の止まった身体から抜け出て、ショックを受けたが、何者かに捕まれ、どこかへと引き摺り込まれていた。

「あたし、死んだのかな……?」ぼんやりと呟くフレイン。やれるだけやって死んだのだからと無理やり納得しようとはしていたが、残した者達の事を思い出し、何もやり遂げられていないと思い、泣きそうになっていた。

「死にたくない、よね?」彼女の正面から何者かが歩み寄る。その者はフレインの様に肌の浅黒い女性だった。妖艶な笑みを零しながら鼻先に立つ。

「そりゃあ……死にたくないよ……」

「じゃあ、手を貸してあげようかしら? 大丈夫、怖くないわよ」その者は闇色に満ちた手を差し伸べる。

「……生き返れるの?」

「えぇ。またお父さんや里の仲間。それにヴレイズにも会えるわよ」

「じゃあ、お願い!」フレインは迷わずに闇色の手を取る。その瞬間、彼女の手に闇が侵食していき、体全身を蝕み始める「?!!」

「よかった。安心したわ」闇色の者は、ぐにゃりとした笑みをフレインの瞳に映した。



 次の瞬間、命の灯の消えたフレインの肉体から黒い炎が立ち上る。激しく燃え盛り、闇が地面を侵食する様に広がる。

 彼女の身体はふわりと浮き上がり、足先が地面に着く。崩壊した肉体の傷が急速に塞がり、焦げた内臓もみるみると回復する。

 そして、目をパッチリと開いた瞬間、闇の者が壊れた笑顔を零し、指先を蜘蛛の様にコキコキと動かしながらノーマンの向かった先へと首を不自然に曲げた。

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