102.アヴェン砦の激闘 中編

 壁を突き破り、瓦礫に転がる埋もれるフレイン。彼女はあれから2発、3発と剛力で打たれ、肋骨や頭蓋が割れ、内臓が破裂していた。傷を押さえ、濃い色の血を多量に吐き出す。

「……くっそぉ……ん……ぐ……っ」無理やり立ち上がろうとするが、脚は既に動かず、魔力も抜け落ち、ピクリとも動く事が出来なかった。

 そんな彼女が明けた壁の穴をノーマンがゆっくりと通り、瓦礫の中へ腕を突っ込む。中からフレインの脚を玩具でも掴む様に引き上げる。

「まだ生きているな? お前は生け捕りと言われているからな」

「くっ……ぐぅ……」何か言い返したくも、口を開けば鉄臭い液体がドロリとこみ上げ、鼻を詰まらせた。戦うどころか、意識を保つのがやっとであり、死の感触が不気味に絡みついていた。

「まぁ、死んでも問題ないんだがな」と、彼女にトドメを刺すつもりか、空いた右腕に雷光を纏う。

 すると、彼の背中が勢いよく爆ぜ、雷球が飛び跳ねる。

「なんだ?」凄まじい衝撃の光であったが、彼には効いている様子は無く、ただ背中が墨色に汚れただけだった。

「我こそは、ボディヴァ家長男、ビリアルド・ボディヴァである! 覚悟しろ!!」と、彼は勇ましく両手に稲妻を纏い、浴びせかけた。その稲妻は激しく轟音を鳴らし、周囲の壁や書物などを焼焦がし、灰へと変えた。

 だが、彼の蒼電はノーマンの肉体を焦がす事は無く、全て雨粒の様に弾かれてしまう。

「格下の技が、この俺に効くと思っているのか?」と、軽く拳を振るう。その衝撃波でビリアルドは根無し草の様に軽く吹き飛ばされてしまう。

 彼はクラス4ではあるが、実力は並のクラス3程であった。

 それでも彼は雷球を次々と練り上げ、ノーマンへとぶつけた。

「ほぉう……本気で俺とやる気か……よし、お前はここで待っていろ」と、フレインをゴミの様に投げ捨て、外へと飛び出す。

「くっ……少し、休めば……」と、フレインはゆっくりと仰向けに転がり、そのまま気絶した。



 ヴレイズはアヴェン砦上空から、なるべく早くチョスコ港へと向かった。今の彼は無限に魔力を操れるため、速さに耐えられるように身体を魔力で強化し、流れ星の様な速さで飛翔した。

 ニックはそんな彼を首を長くして待ちながら、港で待ち伏せていた数百人の討伐軍に追われていた。

「作戦失敗したぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 彼は港に辿り着くと、討伐軍に抑えられた自分の船を取り返そうと、潜入を試みた。が、索敵していた風使いに見つかり、今度は酔っ払いのふりをして隙を伺った。

 だが、討伐兵たちはニックが指名手配犯であると既に知っており、結果、港中で追いかけっこをする羽目になったのであった。

「ヴレイズぅゥゥゥゥ! 早く来てくれぇ!!!」棒を振り回しながら投擲物を弾き、魔法攻撃を転がりながら回避し、尻を焦がす。

「ヴレイズだと? 賞金3万ゼルの大物じゃないか! こっちも早く来てくれることを願うね!」逃げ惑うニックを嘲笑いながら討伐軍兵は彼を追い立てる。

 すると、港に豪速の火球が飛来する。ニックの背後に着弾した瞬間、遅れて衝撃波が津波の様に押し寄せ、討伐軍を一気に吹き飛ばす。

「待ったか?」得意げな顔を覗かせるヴレイズ。

「はいはい、待っておりましたよ。良かったな、間に合ってよ」面白くないのか、表情を濁しながら口にし、押収されかけた自分の船へと向かう。

「で? これからどうする気だ?」ヴレイズが問うと、ニックはお返しと言わんばかりに得意げな顔を覗かせ、鼻息を鳴らした。

「俺の船は問題ない。それと、討伐軍の貨物船が一隻停まっているから、俺はそれを頂戴する。だが、沿岸に哨戒艇が5隻程うろついているから……」

「遠いなぁ……どっかから大砲でも引っ張って……って、砲撃には自信が無いんだが、お前出来るか?」と、ヴレイズが問うも、ニックは呆れ顔を向けた。

「お前が飛んで沈めてくればいいだろうが!」

「あ、そうか」頭を掻きながらまた得意げに微笑む。

「お前、自慢したいのか? ん? この火吹き蚊蜻蛉が!」



「ん……んぅ……ん?」違和感で目覚めるフレイン。彼女の目の前には、生気の抜けた顔のスカーレットが座っていた。フレインの目立った傷にヒールウォーターの染み込んだ布で手当てを施していた。

「気が付いたのか?」覇気のない表情でスカーレットが口にする。

 フレインが寝ていたのは、砦内の診療所だった。ここには医療器具が充実しており、負った重傷は塞がっており、骨も繋がっていた。

「ありがとう。って、今アイツと戦っているのは誰?!」と、皹の入った窓の外を見る。

 砦中央広場では、ビリアルドが逃げ腰ながらも遠距離攻撃で戦っていた。彼の雷球はノーマンには全く効いていなかったが、時間稼ぎ程度には役に立っていた。ノーマンからすれば、中々捕まえられない羽虫の様だった。

「口だけだと思ったけど、結構やるじゃん」フレインは口笛を吹きながら、未だに鈍い身体の痛みを堪えながら立ち上がる。「行こうか!」

「……」彼女の問いかけにスカーレットは応えず、椅子に腰を下ろしたままであった。

「どうしたの? 戦わないの?」

「……私は、怖い……あんな化け物とは戦いたくない……強者と戦い、死ぬならいい。だが、あんな化け物に成すすべなく殺されるのは……いやだ!」と、悔し気な顔をクシャクシャに歪ませ、下唇を噛む。

 フレインはそんな彼女を見て、普段なら怒鳴りつける所ではあったが、優しく彼女の肩に手を置いた。

「そっか……あんたにとって、あいつが初めての絶壁ってわけか……」

「前みたいに『弱い』って言わないの?」

「そんな事は言わないよ。それに、あの時はあんた自身を弱いって言ったわけじゃないから勘違いしないでよ」と、診療所の扉の前に立つ。まだ傷は完治しておらず、ふらついていた。

「貴女はなぜ、あんな奴に立ち向かえるの?」

「……さぁね? ただ……あたしには倒さなきゃいけない奴がいるの。そいつを倒せるようになるため、あんな化け物のひとりやふたり、どうにでも出来なきゃ話にならないし、そこで終わるならそれでよし、と思ってる。でも、恐怖を感じずに戦えるのは……ヴレイズがいるから、かな?」と、笑って見せる。

「あの男は、そんなに強いのか……」

「強いと言うか頼りになるって言うか……信頼って言うのかな? あたしはヴレイズを信頼して、背中を預けて安心して戦えるって事かな? んじゃ、やる気になったらいつでも来てよね!」と、フレインは砦中央広場へ駆けて行った。

「……私は、そこまで強くなれない……」スカーレットは椅子に座ったまま、膝で顔を隠し、呻くように泣いた。



「逃げるだけでは勝てないぞ!」ノーマンは徐々にビリアルドとの間合いを詰めていき、壁へと追い詰める。

「この野獣め! 貴様には品性がないのだよ!!」稲妻の槍を作りだし、投げる。が、それはノーマンの分厚い胸板で弾かれてしまう。

「貴様の稲妻は、見かけは派手だが、雷魔法は派手であればそれだけ威力が霧散するものだ。お前はクラス3初級者程度の使い手だな。クラス4のくせに勿体ない」と、拳からの風圧で彼を怯ませ、そのまま眼前まで一瞬で移動し、腹を蹴り上げる。

「ぐぼぉあ!!!」彼の魔力による身体能力強化は甘く、簡単に防御を貫かれてしまう。

「よくここまで食い下がったと褒めておこう。だが、それだけだ。くだらない」と、彼の脳天に狙いを定め、拳を振り下ろす。

 その瞬間、その間にフレインが割って入り、ビリアルドの襟首を掴んで診療所方面へ投げ飛ばす。

「なぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」窓を突き破り、丁度スカーレットの眼前のベッドに転がる。

「兄上?」

「あの賢者の娘めぇ……」

 フレインはそのままノーマンの額、鼻、両頬へと拳を振るい、トドメにと顎へ炎の拳を入れる。

 だが、全て太い首に衝撃を吸収され、全ての攻撃は無駄に終わった。

「しぶとすぎるぞ、お前」ノーマンは少々苛立ったように口にし、肩を唸らせる。

「あんたは頑丈すぎるよ……」



 チョスコ港沿岸を見回る最後の哨戒艇を沈め、ヴレイズは優雅に貨物船の甲板へ降り立つ。「終わったぞ」

「なんだか、お前の事がだんだん嫌いになってくるよ」クタクタに疲れたニックは貨物に腰を下ろし、深い溜息を吐いた。

「なんで?」

「……いや、ただのヒガミだ。あ~あ、俺も真面目に修行して、いっぱしの風使いにでもなろうかな~」と、膨れ面を作る。

「まずは酒をやめなきゃな」

「じゃあいいや」と、ニックは笑いながら甲板から港を眺める。

 チョスコ港を抑えていた討伐軍はほぼ全滅させ、応援が来なければこのまま安全にこの国を抜ける事が出来た。

「おし、ヴレイズはここを見張っていてくれ。俺は反乱軍キャンプへ引き返し、逃走ルートや逃亡先は確保したって伝える」と、口にするが、しばらく口を結んで黙ってヴレイズを眺めた。

「…………飛んでいった方が早いな」

「あぁそうだな、お願いするよ」ニックはワザとらしくお辞儀し、ヴレイズの手を掴んだ。



「このまま同じことを繰り返す気か?」ノーマンはフレインを地面へ叩き伏せる。

 フレインの火炎攻撃は電磁障壁で弾かれ、拳や蹴りも通用しなかった。このままでは先ほどと同じく、成すすべなくやられるだけだった。

「さるじゃあるまいし……そんなワケないでしょ!」と、持ち前のタフネスで瞬時に起き上り、彼の間合いから遠ざかる。

 彼女はまだ奥の手を持っていたが、それはもう使いたくは無かった。ウルスラとの戦いでそれを使い、彼女は我を失って暴走し、結果、訳も分からずいつの間にかズタボロになり、動けなくなっていた。

 しかし、その技を使わなければ、またいいように蹂躙されるだけであった。

「やってやろうじゃないの!」フレインは腹をくくり、己の中の暴龍を解放する。全身から火山が如き炎が噴出し、周囲の建物が倒壊する。火炎嵐が吹き荒れ、徐々に彼女の肌が真っ赤に燃え盛り、胸が白熱化する。そして、瞳が真っ赤に染まり、口から煙が漏れ出る。

「こりゃあ、面白そうだ。流石、賢者の娘だな」ノーマンのこのセリフを合図に、フレインの頭の中の何かが切れ、流星の様に跳ぶ。

 次の瞬間、彼女の拳がノーマンの腹に突き刺さり、ここで初めて彼の余裕の表情が歪んだ。

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