101.アヴェン砦の激闘 前篇

 チョスコ上空にて、ヴレイズはクラス4の力を駆使して飛翔していた。両足から火を噴き、全身から湧き出る炎で調整を行う。まるでひとつの火の玉の様に燃え盛りながら、アヴェン砦を目指していた。

「おい! もっとゆっくり低く飛ぶのだよ!!」襟首を掴まれたビリアルドがジタバタしながら喚く。

「時間がないから早く飛べって言ったのはお前だろうが。あまりうるさいと、ここから投げ飛ばすぞ?」砦まであと少しの距離まで来ていた。

「そもそも人間は飛べるようには出来ていないのだよ! 無理をせず、低く飛べ! 敵に見つかったらどうする!!」

「……もしかしてお前、高いところが苦手なのか?」ヴレイズは鼻で笑いながら問いかけ、ワザらしくと揺らす。

「こら! この僕に怖いものなど!! って、揺らすな! 落ちたらどうする気だ!!」と、ヴレイズの手を強く掴み、鼻水を垂らす。

「落ちてもどうにかなるだろ? お前もクラス4だろ? 雷使いも一応、飛べるんだろ?」彼の言う通り、クラス4の高等な使い手は宙に浮く事が可能であった。

「いや、その……当然できるのだが……その」

「じゃあ、問題ないな」アヴェン砦上空まで来て、ヴレイズが片手を離す。

「ちょ、ちょ、ちょっと待つのだよ!! 僕は、その、誰にも言わないと約束してくれ!」

「ちびったのか?」今迄の鬱憤を晴らす様に鼻で笑う。

「違う!! 僕は、その……」

「なら問題ないだろ。お前が言った通り、時間がないんだ」と、ヴレイズは容赦なく手を離す。一応、彼が無事な様に砂地へと落とした。「この様子だと、砦は制圧されているって感じか……流石フレイン、相変わらずの殺気だ。さて、次は港方面か」

 ヴレイズは彼女の活躍を喜びながら、一抹の不安も覚えずにチョスコ港方面へと向かった。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」ビリアルドは稲妻を周囲に飛び散らせながら無様に落下した。彼はクラス4の無限の魔力は使えるが、実際の実力はクラス3初級程度であった。身体に稲妻を纏い、身体強化が可能であり、雷をある程度操れるぐらいしか出来ず、実力だけならスカーレット以下であった。

 そんな彼に応用は効かず、結局砦から少し外れた砂地に尻から落ちた。

「ぐあ! ……あぁ……死ぬかと思った。ヴレイズめ、覚えていろ!」



 砦の中央では、ノーマンが腕を組んで佇んでいた。周囲の惨状を観察し、呆れた様に深い溜息を吐く。地面には討伐兵が無残に転がり、ある者は傷を押さえて呻き、またある者は泣きべそを掻いて蹲っていた。

「やはり、暴れたいだけの連中はダメだな。正規軍はやる気が無いし、魔王軍はこの国の模様替え中……全く、存外手こずるじゃないか」

 そこへ、装備を取り戻したスカーレットが現れる。彼女は両籠手、両脛当てに魔力を込めて増幅させ、稲妻を纏いながら構える。

「ノーマン! 今度こそお前を打倒す!!」

「これはこれはスカーレット嬢……お前まで来ていたのか」彼はこの戦いで、『ボディヴァ家の者は皆殺しにせよ』と部下に命令を下したばかりだった。「いい仕事をしたければ、自分でやれってか」と、指と首の骨を鳴らし、クスクスと笑う。

「舐めるな!!」スカーレットは駆け、一気に間合いを詰めた。

 次の瞬間、彼女は両腕を振り、連続でノーマンの上半身に乱打を浴びせた。鋭い左右の連撃は全て雷光を纏っており、常人の目には止まらない速さであった。

その全てが彼の身体を捕え、全てが着弾した。

 しかし、ノーマンはそれを涼し気な表情で全て受け止めていた。まるで弾力のある鋼を叩くかの様な鈍い音が響く。僅かに血が飛び散っていたが、それはノーマンのではなく、傷ついたスカーレットの籠手からの出血だった。

 それでも彼女は乱打を止めず、最後に膝蹴りを放つ。その一撃でノーマンは若干後退ったが、効いている様子は無かった。嫌味っぽく埃を払う様な仕草だけ見せ、ニヤリと笑う。

「まぁ、短期間で強くなれるわけがないわな」

「ぐ……」彼女は数日前の交戦した時も、彼には傷ひとつ付けられずに敗れた。

「さ、とっとと殺して仕事を終えるか。これでも、俺はこの国を預かっているのでね。多忙なんだよ」と、拳を思い切り引く。

 スカーレットはこの技を喰らい、動けなくなった所を敗れたのだった。

 彼女は十分に間合いを取り、更にいつでも避けられるように腰を落として構えた。

 ノーマンが拳を振るった瞬間、スカーレットは瞬時に横へ跳び、槍の様に彼の脇腹を狙って蹴りを放つ。

 しかし、ノーマンはそれを見切ったように彼女の蹴り足を掴んだ。

「な!!」

「この技はただ雷嵐を飛ばすだけの技じゃない。俺の隙へと誘い込むための釣り技なんだよ」と、ノーマンは彼女をおもちゃの様に振り回し、地面へ叩き付けた。

「がはっ!!」全身に衝撃が奔り、肩甲骨に皹が入る。

 更にもう一発地面へめり込ませ、ダメ押しに踏みつける。

「がぁぁぁぁぁっ!!」腰骨に踵がめり込み、鋭い痛みが全身に奔る。

「さて、仕舞に頭蓋を踏み砕いて、仕舞にするか」と、脚を上げて後頭部へ狙いを定める。

 しかし、このまま潰されるスカーレットではなかった。転がりながら間合いを取り、痺れる脚を無理やり動かして立ち上がる。腰骨は折れていなかったが、ダメージは重かった。

「簡単にはやらせてくれないか」

「当たり前だ! この魔王の手先が!!」スカーレットはノーマンの動きを見ながらも構え、身体能力を活性化させる電流を流す。

「互いに雷使いだから、手の内が読めるな。だが、同属性使い手の戦いは、純粋な実力で勝敗が決まるのだ。そして、お前は明らかに俺より下。勝てる見込みは、かなり低いぞ」

「それでも……戦わなければ……この国が……」

「この国は満足しているんだよ。魔王様の支配をな。貴様ら貴族、王族の統治よりも、魔王様の支配を国民が選んだんだ。いい加減に駄々を捏ねるのはやめろ」

「お前らがただ押し付けているだけじゃないか!!!」

「ま、そうやって言い合うだけでは何も進まない。いい加減、終わらせようじゃないか」と、ノーマンが間合いを詰める様にズンズンと脚を進めて拳を振り上げる。「いいか? この世は力を持つ者が全てを決めるのだ!!」

「くっ!」スカーレットもそれに応える様に拳を構え、迎え撃とうと瞳に雷光を蓄える。

 しかし、使い手としての実力だけでなく、体格やパワーなども負けている為、彼女がこの打ち合いで勝てるチャンスは万に一つもなかった。

 ノーマン御容赦の無い巨石の様な拳は彼女の顔面を捕え、背後の宿舎へとすっ飛び、壁を破壊して砂塵を巻き上げた。

「勝ち目がなくとも戦うか。ボディヴァ家とは誇り高き、ただの馬鹿の様だな」



 勝ち誇るノーマンの正面から巨大な火の玉が飛来し、直撃する。

「ぬっ?!」不意の一撃に怯み、笑みを歪める。腹部にはフレインの拳が当たっていた。

「固いなぁ~」咄嗟に飛びのき、両手に炎を纏うフレイン。

「ほぉ……手応えからして気絶したままだと思ったが、復帰が早いな」

「あんたみたいな相手は馴れているのよ。あんまり嬉しくない馴れだけど、お陰でもう万全!」と、一歩踏み出すが、腹部の鈍さに躊躇する。「でもないか……」

「そうか。なら、もう少し強めに叩いても問題ないわけだな」ノーマンは嬉しそうに笑い、フレインに歩み寄る。

「ま、戦いに遠慮は無用だよ!!」フレインは炎と共に吠え、怖気ることなくノーマンの間合いの中へ踏み込んだ。



 宿舎の崩れたベッドでスカーレットが目覚める。灼熱の鉛で溺れる様な感覚と、目玉が飛び出る様な圧迫感を覚え、顔面を押さえる。

 ノーマンは余りにも大きく、強く、とても敵わない相手だった。2度目の戦いで、相手の手の内はわかっているつもりではあったが、そこまで浅くなく、更にもっと深い何かを感じ取った。

その為、彼女の心中には絶望的な何かに蝕まれ、意気消沈していた。

「もう、無理なのか……」もし、ここでノーマンを止められなければ、反乱軍は一網打尽にされることは必至であった。

 そこへ、慌てた顔でビリアルドが現れる。彼の目には妹の顔面が潰れて見えた為、相当な驚き様であった。実際は鼻が少し曲っていただけであった。

 彼は持参していた虎の子のヒールウォーターを急いで彼女に飲ませ、鼻を洗う。

「大丈夫か!」

「兄上……我々は勝てないのでしょうか……このまま……」

「何を言っている!! お前は、我々は生きているではないか! 生ある限り、負けはしない!」

「本当にそうでしょうか……」気の抜けた声を出し、そっぽを向くスカーレット。普段の気に満ちた彼女はどこへやら、今は魔力も魂も失せていた。

「どういう意味だ?」

「結局、強い者が上に立ち、支配する……国民の心は強き者の方へ傾く。正しくあろうとしても、結局、力を持たぬ者は……」

「しっかりしろ! お前が折れたのでは僕が困るのだよ! しばらくここで休んでいろ!!」ビリアルドは彼女の頭の下に枕を敷き、爆裂音の轟く砦中央へと向かった。

「……私はもう諦めました……」



 フレインは先ほどの威勢は何処へやら、必死になって逃げ回っていた。攻勢に回ったノーマンは手が付けられず、更に纏った電流がところかまわずに噛みつき、近づけずにいた。圧倒的暴力と魔力、そして知恵を持った大型の獣の様でもあった。

「くそ!! 電流が邪魔で近づけない!!」彼女の炎では雷を弾く事は出来ず、皮膚を焦がされる。

「ふん! 魔障壁すら張れないとは、話にならないな! ま、俺のサンダースピアはそれを貫くがな」と、雷槍を何本も練り上げ、逃げる彼女に投げつける。

「く! ずるいぞ!! 手加減してよ!!!」

「さっきの威勢は何処へ行った? 遠慮は無用ではなかったか?」クラス4である彼は無限に雷を絞り出し、あらゆる方法で電流を飛ばし続けながら距離を詰めた。

「間合いの内でも地獄、外でも地獄か! こう言う時は……」と、フレインは炎を纏い、突撃する。


「開き直る!!!」


「そう言うのをな、やけくそって言うんだ!!」ノーマンは両腕に電流を集中させ、彼女の炎目掛けて振り下ろす。

 彼女の炎はクシャリと呆気なく潰れ、眼前から姿を消す。

 そんな彼の脇腹を、フレインは渾身の膝蹴りをめり込ませる。金属を叩く音が響き、手応えが鈍い痛みとなって返ってくる。

「……うそぉ……」

「言っただろ?」ノーマンは彼女の頭をむんずと掴み、ひょいと持ち上げた。「所詮、焼けたクソだってな」と、拳を容赦なく振るった。

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