100.2人で大暴れ

 アヴェン砦の襲撃を始め、瞬く間に砦内兵力が半分以下に落ちる。それもその筈、殆どのモノがフレインとは戦おうとはせず、武器を捨て、逃げていたのであった。残った者は手にした武器を構えた。

 しかし、彼らの持つ武器の殆どは遠距離用サンダーライフルだった。インファイトを仕掛けるフレインとは相性が悪く、撃とうにも動き回る彼女を狙うのは容易ではなかった。

 その中で兵長が何とか掛け声を上げ、フレインへ向けて一斉射撃を仕掛ける。

 そんな彼女を援護する様にスカーレットが背後に立ち、雷障壁を張り射撃を防ぐ。

「サンキュ~」

「不用心すぎる!」と、スカーレットは雷電脚で周囲の兵たちを薙ぎ払う。

 この調子で、砦の兵は約1500程であったが、瞬く間に300程まで落ちる。皆、意気消沈し、脚が震えはじめる。

「ねぇ、スカーレット」フレインは尻尾を巻く兵を呆れ顔で見ながら口にする。

「なにか?」

「こいつら、弱すぎない?」

「当たり前だ。こいつらはチョスコの正規兵でも魔王軍でもない! ただ、我々反乱軍を甚振りたいだけで集まったボンクラ共だ!」と、忌々しそうに兵の尻を蹴り上げる。

 討伐軍の殆どは、ただ暴れたいという口実で集まった者達であった。反乱軍の人数や士気が低いと聞くや否や、魔王軍の新兵器欲しさにこの砦に集まったのであった。

 彼らの持つ新兵器は砦の迎撃兵器と合わせて使えば、圧倒的な性能を誇る高性能ライフルであった。もし、正面からぶつかれば、一網打尽視されるのは反乱軍の方であった。

「つまり、あたしの判断は正解だったわけかぁ~」フレインはしたり顔を浮かべ、スカーレットに詰め寄る。

「うるさい! 運よく上手く行っただけだ!」

「でも、上手く行ったのは事実でしょ~」と、更に詰め寄る。

「喧しい! まだ終わっていないんだ! 気を抜くな!」スカーレットは鋭い瞳に雷光を蓄え、尻尾を巻く兵を追撃する。

 その中の1人である兵士長の胸倉を掴む。

「な、なんだ!」

「私の装備は何処だ!」

「アレは、ノーマン様が破壊し……」

「籠手と脛当ては無事だろう! どこだ!」

「アレは武器庫に仕舞った……」と、言う間にスカーレットは兵士長を殴り飛ばし、武器庫へと走って行った。

「それにしても、歯ごたえが無いなぁ~」フレインは文句を垂れる様に炎を巻き、拳を大地に叩きつけて揺らす。



 地響きの鳴る砦内。兵士のひとりが焦げた尻に付いた火を叩きながら司令官室へ駆けこむ。

「ノーマン様!」余りの慌てぶりに声が上ずる。

「ん……」ノーマンは司令官室のソファーで仮眠を取り、今の今迄、昼寝をしていた。不機嫌そうに目を開き、汗だく顔の兵を睨み付ける。

「大変です! 襲撃です!」

「音を聞けばわかる。相手はどうせ反乱軍だろう? 自分たちで何とかしろ」軍議の時の覇気や言動は何処へやら、やる気ゼロの声でそっぽを向く。

「相手は2人なんです!」

「はぁ? だったら、尚更自分らで対処しろ」

「しかし、相手はあのスカーレット・ボディヴァと……60000ゼルの賞金首であるフレイン・ボルコンなんです! 我々では、手も足も出ないのです!」

「……情けない奴らだなぁ……」ノーマンはむくれ顔で巨体を起こし、頭をボリボリと掻く。「切り替えるのが苦手なんだよ、俺」と、司令官室の窓から砦中央広場を眺める。そこは炎と稲妻の地獄絵図となっており、その中央ではフレインが腕を組んで仁王立ちしていた。

「ほぉ~う。噂よりも面白そうなヤツだなぁ……」瞳の中に炎を映し出し、鼓動と共に萎んでいた二の腕が三回りも太く膨張する。着ていた軍服の胸元が破れ、鋼鉄の様な大胸筋が覗く。

「やる気になってくれました?」窺うように兵が尋ねると、ノーマンは彼の胸倉をむんずと掴み、そのまま勢いよくフレインに向かって投げつけた。

 フレインは投げつけられた兵を蹴り飛ばし、軌道の先を睨む。

「凄い殺気……い?!」次の瞬間、既にフレインの眼前に巨大な拳が迫っていた。それを両腕で防ぎ、衝撃で後ろへと吹き飛ぶ。「くあぁ!!」腕の骨に皹が入り、稲妻がのたくっていた。

「良い反応だ……流石は、炎の賢者の娘だ!」ノーマンは上体から蒸気を上げ、髪を逆立てながら鬼面を覗かせた。

「もうそれは聞き飽きたんだよ!!」



「で、どうする? 加勢に行くのか?」ニックはいつでも出る準備を整える。

「でも、アヴェン砦はここから遠いだろ? 間に合うのか?」ヴレイズは悩む様に唸る。

「だったら急ぐぞ! たった2人で砦へ殴り込みなんて、自殺行為だ! 僕は行くぞ!」と、ビリアルドは砦方面へ指を向ける。

「だが、退路の確保も肝心だろ? 俺は港で船を調達しておく。いや、頂戴かな?」ニックは港の地図を広げ、楽し気に唸る。

「港へ行くにしろ、砦へ行くにしろ、一片には行けないだろ? どっちも早く行かなきゃ……」

 悩むヴレイズを尻目に、ニックが余裕の声で彼の肩を叩く。

「その心配はないだろ? 何せ、お前は飛べるんだからよ」


「え?」


 ヴレイズは身に覚えが無いような声で首を傾げる。

「なに? お前は飛べるのか?! そう言う事は早く言いたまえよ!」イラついたようにビリアルドが声を荒げる。

「え? え? 俺、飛べるの? いつ飛んだっけ?」本当に身に覚えがないのか、腕を組んで深く唸る。

「余裕で飛んでいたぞ? ウルスラとやり合った時にさぁ……」サバティッシュの時を思い出す。その時、ヴレイズは確かに空を舞い、ウルスラと互角以上の戦いを繰り広げていた。

「あの時は無我夢中だったからなぁ……どうやったっけぇ……」

「おい、飛べるなら急いでくれ! こら!!」ビリアルドはヴレイズの胸倉を掴み、勢いよく前後へと揺さぶった。

「わかった、多分飛べるからちょっと、慌てさせないでくれ!」その後、ヴレイズは脚に火炎を纏って不器用に空を飛びはじめ、勘を取り戻したのかものの数分で大空を優雅に舞った。

「本当だ! 俺、飛べる!!」

「なんかムカつくな、この野郎」



 スカーレットは武器庫の扉を蹴り破り、乱雑に置かれた武器や鎧を掻き分けて、己の装備である籠手と脛当てを探した。彼女の装備は、ただの防具ではなく、雷魔法を増幅させる機能を持った、立派な武器であった。

「どこだ! くそぅ! 武器はちゃんと丁寧に並べ、常に磨いておくのが常識だろうに!」埃被った槍や剣を見ては腹を立て、苛立ちで地団太を踏む。

 しばらくしてやっと見つけ出し、装着する。ついでに間に合わせの防具を捨て、武器庫で一番マシな、自分のサイズにあった胸当てを装備し、雷を纏わせる。

「よし、これでやっと私らしく戦える」と、蹴りを虚空に放つ。すると、先程の戦いで見せた攻撃の数倍強力な稲光が上がり、武器庫の壁が吹き飛ぶ。「散らかしてしまった……」



 その頃、フレインはノーマンの放つ殺気に気圧されながらジリジリと後退していた。彼女が今、対峙している者は今迄戦ってきたどんな使い手よりも禍々しいものであった。

 明らかにウルスラよりも魔力が低く、ボレガーノよりも体格の小さい相手であった。

 だが、フレインの目にはそんな彼らよりも何故か、大きく映っていた。

「こいつ、強い……」フレインは冷や汗を垂らしながらまた一歩引く。

 それを見てノーマンは嘲笑うように笑い、腕を組んだ。

「俺はパトリック様の右腕であり、魔王に使える戦士だ。そりゃあ、それなりに強いつもりだ」と、一歩踏み込む。

 その一瞬で彼はフレインの間合いに入り込み、拳を振りかぶる。その構えは誰から見ても隙だらけであった。

「ぐ……」いつものフレインならその隙に飛びついたが、何か恐怖を感じ取り、ノーマンの攻撃範囲から急いで退く。

 それを見て、ノーマンはまたにんまりと笑った。

「その判断は、正しい……いや、見誤ったか」と、拳を振るう。

 すると、彼の眼前の空間が歪み、小規模な雷嵐が起こる。その衝撃波がフレインに襲い掛かり、また彼女を遠くへ吹き飛ばした。壁に叩き付けられ、全身に衝撃が走る。

「かはっ!!」全身に奔る稲妻が彼女の筋肉を焼き、ところどころを麻痺させる。片耳の鼓膜が破れ、地面が傾くような感覚を覚え、目まいに襲われる。

 その間に、ノーマンは瞬時に彼女の眼前に立ち、また拳を振るった。その一撃は彼女の下腹部を抉り、背後の壁ごと打ち砕く。フレインは砦の外壁ごと吹き飛ばされ、稲妻を纏いながら遠くの森へと落下する。

「……そういえば、あの女は生け捕りにするんだったな。もし生きていたら、次は加減するか……」ノーマンは稲妻のたうつ拳に息を吹きかけた。

 一方、吹き飛ばされたフレインは、殴られた腹を押さえながら、笑う膝でヨロヨロと立ち上がる。

「んぐっ……またまた高い壁だなぁ……でも、ウルスラの時よりはまだ、希望がある、かな?」と、未だ疼く腹の痛みを堪えながら一歩一歩進んだ。

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