99.フレインの策

 その日の正午、反乱軍キャンプ地がざわついていた。イングロスが号令をかけ、集合させたのである。その数、ざっと300弱。その殆どは衰弱しており、とても戦える状態ではなかった。

 司令官イングロスは、声高らかに「夕刻、アヴェン砦へ最後の突撃を仕掛ける!」と、口にし、テントへと戻って行った。当然、士気の殆どない兵たちからは、亡霊の様なため息が駆け抜ける。

 イングロスは兵たちのまばらな絶望の声を感じ取り、頭を抱える。

 彼は今となってはチョスコの為ではなく、ボディヴァ家の意地のために戦っていた。名家の誇りの為、その名を永遠のものとするため、最後の爪痕を残そうとしていた。

 そこへ、ビリアルドが現れる。

「父上……」

「お前とスカーレットは港からニック殿の船で逃げろ」

「それでは、士気が……」

「もうこの軍に士気なんかない……正直、この戦いは私が華々しく散れればそれでいいのだ」

「…………は……」ビリアルドは何も言えず、ただ敬礼だけしてテントを後にした。



「で、親父さんは死ぬ気なわけだな。残りの兵たちを道連れに」ニックはいつになく真剣な顔でビリアルドの重々しい話に耳を傾ける。

「……もう我々には、それぐらいしか出来ない」ビリアルドはいつもの胸を張った態度は何処へやら、髪も背筋も萎れ、表情からは嫌味臭さすら抜けていた。

「他に道はないのか?」ニックが問うと、ビリアルドが静かに首を振る。「そうか……だ、そうだ」

 ニックが合図をすると、茂みの奥で静かに聞いていたヴレイズとフレインがにゅっと現れる。

「迷惑な話だねぇ。巻き添えを食う兵たちが可哀想」フレインは呆れ顔で失笑し、腕を組む。

 いつものビリアルドなら数倍にして言い返すところではあったが、今はそんな気力もなく、項垂れるだけだった。

「この際、戦うより投降した方がいいんじゃないか?」ヴレイズが口にすると、ビリアルドが彼の胸倉を勢いよく掴んで唸ったが、そのまま何もせず離す。

「戦うも投降するも、結果は同じだ。連中は、静かに反乱軍を皆殺しにするだろう。連中のやり方は知っている。俺の国がそうだったからな」ニックは昔を思い出す様な口調で語り、ビリアルドの目を見た。

「……僕はどうすれば……父上が言う通り、逃げるべきか……それとも……」

「共に死ぬべきか? それこそ無駄死にだろ。それより、もっといい逃げ道をみつけようぜ」ニックは不敵な笑みを覗かせ、ヴレイズを見る。

「そうだなぁ……多分、こっちが夕方に攻め入るって話は筒抜けだろう。向こうはそれに備えて、迎撃準備を済ませている筈だろ」淡々と口にすると、ビリアルドが目を鋭くさせた。

「何故そんな事が解る!」

「情報戦は基本だろ。このキャンプを見る限りでは、情報はダダ漏れだろうな」と、ラスティーの口調を真似し、受け売りを口にする。

「じゃあどうすればいいんだ!」ビリアルドは我慢できずに声を上げる。

「ん~~~~~ん? フレイン?」いつの間にか彼女は隣からいなくなっていた。



「……何しに来た」未だ包帯の取れていないスカーレットは、煙たそうにフレインを睨んだ。

「ご機嫌斜めだね」キャンプの雰囲気は最悪であったが、彼女はそれに毒されていなかった。

「機嫌とかの問題ではない。父が死のうとしている……共に戦ってきた者達と共に、私たちだけを残して……私は、どうすればいい? このまま言われた通りに逃げればいいのか?」スカーレットは頭を押さえ、涙を必死で堪える。「こんな時に母がいれば……」

「ん……」フレインは珍しく察し、言葉を飲み込み静かに頷く。「で、あんたはどうしたいの?」


「私は戦いたい! 父や兄と共に、燃え尽きるまで! ボディヴァ家の意地を見せつけてやりたい!!」


「じゃあ戦おう! でも、燃え尽きるんじゃなくてさ……いいアイデアがあるんだけど」と、フレインは彼女の両肩に手をかけ、ニヤリと笑った。



 その頃、ヴレイズは唸りながら頭を抱えていた。

「分かったことを言って、結局何の策も無いんじゃないか!」ビリアルドはヴレイズの胸倉を掴み、前後に揺すっていた。

「だって、アヴェン砦の情報とかさぁ……」ヴレイズは無い頭を絞って考えようとしていたが、余りにも情報が無く困っていた。

「それを掴む諜報員や人員が無いんだ! いや、それをやりにスカーレットが向かい、捕まったんだよ!」

「だからって、何の情報も策もなく突っ込むのはどうかと思うぞ!」

「うるさい! だからもう、我々にはそれしか手段がないんだ! この場所が見つかるのも時間の問題だしな! 貴様に頼ったのがやはり間違いか!」ビリアルドはヴレイズを勢いよく突き飛ばし、稲光を上げる。

「だからって……だからって、無駄死にする事はないだろ!」

「無駄死にって言うなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「まぁまぁまぁ」と、2人の間に割って入るニック。「そう言えば、フレインはどこだ?」



「待て待て待てぇい!!」キャンプ地から離れた場所で、スカーレットが狼狽する。彼女はフレインに連れられ、アヴェン砦への道のりを歩いていた。

「なに?」

「なに? じゃない!! たった2人で砦を攻めるのは無謀を通り越している!!」

 なんと、フレインは涼し気な表情で「2人で砦を潰しに行こう!」と、いい出し、半ば無理やりスカーレットを連れてきていた。

「そう?」

「そうだ! 当たり前だろ!」瞳を血走らせ、両拳をワナワナと震わせる。

「その砦にはどのくらいいるの? そいつら、そんなに強いの?」と、小首を傾げる。

「そりゃあ……」と、考えを巡らせ思い出すスカーレット。偵察した時、砦の警備は厳重であったが、ひとりひとりの強さはそうでもなく、連携も取れていなかった。

「それに、迎撃兵器って砦の外に向かってのモノでしょ? 中に入っちゃえばどうってことないでしょ?」楽天的な事を鼻歌混じりに口にするフレイン。

「……潜入し、内部から一網打尽にするのか……成る程」

「良い作戦でしょ?」フレインは得意げに笑い、拳に火を灯した。

 呆れてため息続きだったスカーレットだったが、次第に笑顔が漏れ出し、フレインの様に身体に魔力を蓄えた。

「どうせ無謀なら、面白い方がいいか」



 太陽が天高く登る頃、フレイン達はアヴェン砦の裏門まで来ていた。見張りはおらず、迎撃兵器の殆どは全て正面へ向いていた。

「迎え撃つ準備万端って感じ?」木の影から顔を出し、双眼鏡で窺うフレイン。

「やはり、そんなに甘くはいかないな」スカーレットは現実に引き戻されたように表情を曇らせた。

「よぉし……んじゃ、早速!」と、フレインは脚に魔力を込め、炎を漏れ出させる。

「……どうする気だ?」曇った表情を強張らせるスカーレット。

「じゃ、よろしくね!」にっと笑った次の瞬間、彼女の脚は火を噴き、天高く舞い上がっていく。両手で方向を修正させ、砦のど真ん中へ狙いを定め、討伐兵たちが固まって整列する場所へと突っ込む。


「あいつ馬鹿かぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」


 火の矢となり、隊列へと突っ込むフレイン。着弾後、大爆発と共に周辺に置かれた火薬樽に引火し、連鎖爆発を引き起こす。

 祭りの前夜祭ムードだった討伐軍は一気に大混乱に陥り、皆が皆、何が起こったのか理解できずに右往左往していた。悲鳴と爆発が轟き、その中央でフレインが炎と共に暴れ狂う。

「そういえば、私を助けに来た時もあんな感じだったな……成る程、あいつはいつもあんな感じか」と、スカーレットは苦笑しながらも砦に近づき、跳躍して壁を登る。壁を登り終え、潜入する頃には、既にフレインのフィールドに成り果てていた。「出遅れたか……」



「嫌な予感がする」ヴレイズが背中をぶるっと震わせた瞬間、ニックが大声を上げる。

「フレインまさか!」それに続くようにビリアルドが声を上げる。

「スカーレットがいない!」

「つまり、そう言う事か……」全てを悟ったのか、ヴレイズは唸るようなため息を吐き、目まいを起こしながら尻餅を付いた。

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