96.フレインの突撃作戦!

 次の日の朝方、ヴレイズとフレインは討伐軍の仮設収容所へと向かっていた。その場所は反乱軍が潜むキャンプ地から東へ10キロほど行った近場に設けられていた。

「なんで付いて来るの? あたし一人でやるって言ったじゃん」ムスッとした顔でフレインが零す。彼女は何の下調べも用意もせず、ほぼ手ぶらだった。

「じゃあ、なんで準備しないんだよ……」変わってヴレイズは昨夜から寝ておらず、近場の村まで出向き、不十分ながらも情報をある程度は入手していた。

 フレインは急にヴレイズの正面に立ち、腰に手を置く。

「小細工無しでやるのが、あたしのやり方なの! だから、ヴレイズの手も策もいらない!」

「いや、フレインがそれで良くても、救助される方はたまったもんじゃないぞ?」

「それもそうか……じゃあ、ヴレイズはバックアップをお願いね」と、フレインは腕の筋肉をほぐす様に動かしながら鼻歌を歌う。

「バックアップって簡単に言うけど、せめて合図の打ち合わせぐらいさぁ……」

「なんか分かり易いのを送るから、ね」

 ヴレイズは自信満々な彼女の背を眺めながら、重たいため息を吐く。

「先が思いやられる……」



 ニックとビリアルドの出会いは、かなり奇妙なモノであった。

とあるギャングの武器の運送をしていたニックの船を、港でビリアルドが単身ジャックしたのであった。彼の目的はニックの貨物と船であり、ほぼ強盗の様なモノであった。

 ニックはこの仕事自体、乗り気ではなく、酔っていた為、ビリアルドの言う事を素直に聞いて海に出た。更に、腹を空かしていたビリアルドに飯と酒を奢り、彼の話を一晩中聞いた。

 彼の話を最初は馬鹿にするつもりで聞いたが、彼がどれだけ本気か試すため「俺の依頼主のギャングを潰せば、もっと物資が手に入るぞ? どうだ?」と、持ちかけた。

 それにビリアルドは乗り、2人でギャングの根城に殴り込みをかけ、壊滅させたのであった。

 その後、ビリアルドはギャングの物資を全て手に入れ、ニックは依頼の武器を取り合えず送り届け、信頼だけは裏切ることなく済ませた。

 それ以降、2人は何度か共闘して討伐軍を襲撃し、戦果を挙げた。

 だが、それだけではこの戦いに終わりは見えないと感じたニックは、応援を呼ぶとチョスコを離れたのであった。



「で、あの2人は何処へ行ったのかな?」ビリアルドは食後の紅茶の湯気を楽しみながら問うた。このキャンプの飯は貧しかったが、彼と彼の父は紅茶だけは欠かさず飲んでいた。

「あぁ、あいつらなら、スカーレットを助けに向かったぜ」

「そうか、それは……って、なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」折角の紅茶を吹き、稲光を上げるビリアルド。

「何か問題でも?」彼のリアクションにはなれているニックは、何も驚かずに首を傾げた。

「賢者の娘はともかく、あの野良犬風情が妹を?! いや、それよりたった2人で?! 事態が悪化したらどうする気だ!!」鬼の様な形相でニックの胸倉を掴み、前後に振る。

「まぁまぁ、落ち着けよ。あの2人は、あの氷帝を打倒した実力者だぜ? 少しは期待してもいいんじゃないか?」

「そ、そうか……そうだな……そうだ、賢者の娘が付いているんだ……」自分を落ち着ける様に唱え、深呼吸を繰り返すビリアルド。

「そうだぞ、大丈夫……安心して、あ……そう言えば、スカーレットって……あぁ……」ニックはスカーレットの事を思い出し、身震いする。

「『あぁ……』ってなんだ?! 不安になるじゃないか! やはりあのヴレイズって奴は信用ならないヤツなのか!!」

「いや、ヴレイズじゃなくて、フレインの方が……な」ニックの不安色がだんだんと色濃くなり、冷や汗が垂れる。

「賢者の娘がどうしたのだ! 詳しく話せ、ニック!」



 討伐軍仮設収容所は、呑気な雰囲気に包まれていた。

 見張りの者は欠伸混じりにおしゃべりし、施設内の兵たちの殆どはのんびりと飯を食べながらだらだらとカードゲームに勤しんでいた。

 そんな収容所内では、反乱軍の兵たちは手かせ足かせを付けたまま転がっていた。皆、痩せ細り、虚ろな目で太陽を眺めていた。

 施設内尋問室では、ボロボロの布を纏った女性が横たわっていた。頭には血にまみれた袋を被り、後ろ手で縛られ、小さく呼吸を繰り返していた。首には魔封じの首輪が取りついており、彼女の魔力の流れを完全に封じていた。

「こいつしぶといな……流石はボディヴァ家の娘だ」尋問官は砂の詰まった袋を振り回し、彼女の腹に振り下ろす。スカーレットは小さく唸り、小刻みに震えながら転がった。

「吐くくらいなら死を選ぶと啖呵を切っていたが、あながち大口でもないみたいだ」と、彼女を仰向けに寝かせ、顔面に水を垂らす。布袋に水が沁み込み、彼女の呼吸器を塞ぐ。

「ま、このまま死んでくれても問題は無い。どのみち、反乱軍は皆殺しだ。遅いか、早いかだけだ」と、また砂袋を打ち付け、追い打ちをする様に踵を脇腹にめり込ませる。

 彼女は血の咳を漏らしながらも、悲鳴を上げず、怒りを噛みしめる様な唸り声を上げた。

「ま、お前に出来る事はそれだけだな」



「さて……どうしようかな……」収容所を目の前にして、フレインは考え込む様に唸った。実際に彼女はこう言った単独の救出作戦(策抜き)は初めてであった。ヴレイズは後方500メートル地点の茂みに伏せて隠れており、彼女の合図を待っていた。

「やっぱ、何か考えておいた方が良かったかな……いいや、あたしらしくない! 堂々と行こう!」フレインは少し緊張した様な足取りで歩き出し、収容所のゲート前にいる警備兵の眼前に立つ。

「……何の用だ?」

「え……っと、反乱軍の者ですが、救出に参りました!」と、フレインは容赦なく拳を振るった。



 フレインは決して考える事が嫌いなバーサーカータイプの戦士では無かった。だが、彼女は『正々堂々と正面から強者を倒す』事によって己を磨く事が出来ると信じていた。故に彼女は癖でこういった強行手段を平気でやらかしてしまうのであった。理由はもうひとつあるが、それはまた別の時に。

「おりゃおりゃおりゃ!! スカーレットってのはどこだぁ!!」フレインは容赦なく全開で炎を纏い、収容所を紅蓮で染め上げる。周囲の兵士たちは何が起こったのか理解できず、武器を捨てて逃げ惑うのが半数近くいた。

 フレインは檻のある方へ奔り、柵を飴の様に溶かして破り、収容されていた捕虜を解放する。兵たちは飢え、気力も無かったが、『救助が来た』という事実だけで最後の力を絞り出し、武器を取って戦い始める。

「スカーレットってのはこの中にいる?」捕虜に問うと、彼らは喜々として尋問室のある建物を指さす。「ありがと!」と、襲い来る討伐軍に殴りかかる。

「しかし、手応えがないなぁ……」と、物足りなげな不満の声を漏らしながらドアを蹴り飛ばす。

 すると、中には彼女の訪問を待っていたかのように兵士たちが6人ほど出迎えた。

 フレインは有無を言わさずに襲い掛かろうと構えたが、兵士たちのひとりが手を掲げる。

「待て。お前はこいつを助けに来たンだろう? 少しでも動いたら、わかるな?」その言葉を合図にもうひとりがナイフをスカーレットの喉元にひたりと当てる。

「……わかった」フレインは内心、鼻で笑いながら両手を上げる。

 怖気腰の兵士たちは一転して滑らかな足取りでフレインの傍に近寄り、ボディチェックを始める。触れられた瞬間、フレインが威嚇する様に唸ると、兵士は「ひっ」と声を上げた。

「臆病だねぇ」フレインはクスクスと笑いながら舐める様に眼前の兵たちを眺めた。

「そんな口がいつまで叩けるかな?」と、ひとりが彼女の首に首輪を嵌める。それは、スカーレットのものと同じ魔封じの呪術が施されたモノだった。

「これでお前は無力だ! よくも調子に乗って好き放題暴れてくれたな! お前は念入りに痛めつけてやる!」

「ふぅん……魔封じか」体内の魔力の巡りが途切れたのを感じ取り、ため息を吐く。

「さて、お前はどんな声で鳴くのかな?」と、使い慣れた砂袋製のフレイルでフレインを叩く。が、彼女は瞬時に手刀でロープを断ち切り、攻撃を避ける。「てめぇ!」

「はぁん……無力化した兵を、こうやっていたぶるのがご趣味なわけ? 最低だね」

「おい! 抵抗するんじゃねぇよ! 次、妙な真似をしたら、この女を殺すぞ!」と、スカーレットの頭をむんずと掴み上げる。

「その口ぶり、兵士ってより野盗だね。ねぇ……たったひとりの弱いヤツを大人数で痛めつけるのって、そんなに楽しいの?」フレインは上機嫌に鼻歌を歌うように話した。

「なんだと?」兵たちは顔を顰め、フレインの顔を忌々しそうに睨み付ける。同時にスカーレットがピクリと何かに反応する。

「あたしはやっぱ、強いヤツを正面から叩き潰すのが一番スカッとするんだよね~ オタクらみたいな弱者には到底理解できないだろうけどさぁ~ ねぇ、どんな気分なの? よわぁぁぁい者虐めってさ……」と、云い終えた瞬間、瞬時にスカーレットを捕まえている兵士の頭を掴み、ゴキリと物騒な音を立てる。兵士は目から血を流しながら悲鳴を上げ、床をのたうち回った。

「うわ、ちょっと握ってやっただけで……ソルティーアップルよりも柔らかい頭だね」

「何だコイツ! 魔力を封じているというのに! 化け物か!」

「化け物? ちょっとぉ……自分より少し強い奴が現れただけで直ぐにそんな事を言うんだから……弱い者虐めってヤツをやると、そいつ自身が弱くなるみたいね。勉強になるよ」


「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 フレインの足元から奇声が上がり、尋問室に響き渡る。その声は兵士の物では無かった。

「……ん?」フレインは周囲を見回し、小首を傾げる。

「言わせておけば人の事を弱いだ弱者だ! 好き放題言ってくれて! この無礼者め!!」なんと、声の主はスカーレットだった。彼女は力任せに後ろ手で縛られたロープを腕力だけで千切り、頭の布袋を取る。中からは鬼面灼眼の顔がのぞき、フレインに向かって殺気を放った。

「え?」事態が飲み込めないフレインと回りの兵は固まって彼女を見た。

「今まで我慢してきたが、その言葉は聞き捨てならん! 私がここでずっと我慢してきたのは、捕虜である部下が拷問されない為だ!! その為にこんな連中のくだらない遊びに付き合い、辱めを受けてきたのだ! しかし、この兵士たちも私の事を『弱い』だ『軟弱』だとは言わなかった! 『タフなヤツ』『大したもんだ』と、敬意を払ってくれた!」

「いや、それは敬意とかじゃない気が……」

「黙れ! 貴様の言葉をこれ以上受け入れて堪るか!!」と、スカーレットは獣が如くフレインに掴みかかり、渾身の拳を放つ。それは彼女の顔面に炸裂し、血が霧となって飛び散る。

 しかし、フレインはニヤリと毒笑し、楽し気な笑い声を漏らした。

「やっと面白くなってきた!!」


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