95.相変わらずの男爵

 反乱軍の兵士に案内され、彼らが潜むキャンプへとたどり着く。灯りは点いておらず、皆は疲弊している様にぐったりと疲れ切っていた。数あるテントの中で一つだけぼんやりと明かりがついており、ヴレイズ達はその中へ案内された。

「騎士長様! ニックさんが到着しました!」

「おぉ、あの騒ぎはやはり貴方だったか! さぁ、こちらへ」騎士長と呼ばれた髭の立派な男が笑顔を覗かせる。

 この騎士長こそ、この反乱の首謀者である『イングロス・ボディヴァ伯爵』であった。現在、爵位ははく奪され、国家反逆の賊軍として追われていた。

「もう限界って感じか……」キャンプの様子を見たニックは、重たそうに口にする。

「あぁ……実は、3日前にスカーレットが捕えられてな。その際、兵力もあの頃の半分以下に……士気も上がらず、次の戦いが最後となるだろう……」一気に髭を萎びさせるイングロス。「で、ニック殿の援軍とは?」

「あぁ! こちらの2人だ!」ニックは背後で控えさせていたヴレイズとフレインを紹介し、彼らの活躍と手配書の金額を彼に伝えた。

「なんと、あの氷帝を打倒したというあの……炎の賢者の娘と名高い!」と、騎士長は彼女の眼前に立ち、両手でフレインの手を取った。

「……あぁ、やっぱりそう言う風に伝わっていたのか……」ヴレイズは複雑そうに表情を崩し、苦笑した。

 実際に魔王はヴレイズがウルスラを倒したことは知っていたが、事細かに彼の事を調べ上げ、30000という賞金額を付けたのであった。

フレインはやはり『炎の賢者ガイゼルの娘』という肩書が大きく、更に彼女の活躍も調べ上げられていた。数々の使い手を打倒してきたという功績もあり、彼女にはヴレイズの倍の金額が付けられたのであった。

そして、この金額のせいで『フレインが氷帝を倒した』ものだと勘違いの方が伝わっていた。

「その炎の賢者って言うの、やめてくれます? あたしはあたしなんで……」フレインは不機嫌そうに口にし、詰まらなそうにそっぽを向いた。

「おい、そういう言い方は失礼だろ? 始めまして、ヴレイズともうしm」

「ニック殿、早速だが今後の作戦について話し合おうじゃないか! さ、ガイゼル殿のご息女も一緒に!」イングロスはヴレイズの自己紹介を聞き流し、椅子に座る様に促した。

「で、あいつはどこですか?」ニックが尋ねると、兵士に連れられてある男が現れる。


「ニック! 戻ってきたか! 相変わらず酒臭い奴なのだよ!」


 騎士長の息子である、この反乱軍の副指令が姿を見せる。その者は……。

「や、やはりお前は……」嫌な予感が的中したのか、ヴレイズは更に表情を濁らせ、重たいため息を飲み込む。

「お前こそ、相変わらずの性格で死に急いでなくて結構だ」と、ニックはにこやかに彼の手を取り、笑顔を見せた。

「ビリアルドよ。こちら、炎の賢者のご息女フレインとその従者だ。彼女が力になってくださる」騎士長が紹介すると、ビリアルドがフレインの前で跪く。

「賢者の血を引く貴女がお力になってくれるとは……これで我々は勝ったも同然です! チョスコはもう直、我らの手に戻りますぞ!」

「……ちょっと失礼」フレインはわざとらしい愛想笑顔を見せながらヴレイズの手を引いてテントを出た。


「何アイツら!! 人を馬鹿にしてさ! もう帰ろうよ!」


 フレインは不満を火炎噴射する様に吐き出し、火の無いキャンプを明るくさせる。

「え、全然そんな事n……」と、ヴレイズが口にした瞬間、フレインが彼の頬を引っ張る。「いででででぇ!」

「あんたがバカにされたんでしょうが! 従者ってなによ! てぇか、何であんたが怒らないの?!」

「空気読めよ……いや、フレインにしては読んだ方か」

「それに、あたしの事をシツコク『賢者の娘』だ『ガイゼルの娘』だとか……人を七光り呼ばわりしてさぁ! あったまきた! もう帰ろう!」

「いや、そういう訳にはいかないだろ?」ヴレイズは機嫌を崩した彼女を宥めようと、眉をハの字に下げて唸る。

 すると、テントの中からビリアルドが腕を組みながら現れる。彼はヴレイズの事を覚えていたのか、早速彼の目を覗き込みながら指を向けた。

「久しぶりだな、三下の炎使い! あの時の愉快な仲間たちはどうした? 喧嘩別れかね? 君の様なヤツが加勢しようがしまいが、正直どーでもいいが……一本だけ釘を刺させて貰おう。余計な真似はするな。精々、僕の言われた通りに動く事だね。分かったかな?」

 ビリアルドはそれだけ言うと鼻で笑い、テントの中へと戻って行った。

 ヴレイズは赤熱右腕をにょきりと生やし、稲妻の様に火花をバチバチと鳴らしながら拳を震わせた。


「帰るか、フレイン」


 ヴレイズはにこやかに口にしながらも、奥歯をゴリゴリと鳴らした。

「帰ろ」

 すると、今度はテントの中からニックが現れる。

「おい、どうした? 2人とも作戦を聞かないのか?」

「なぁニック……ちょっと話を聞いてくれないか?」ヴレイズは彼の首根っこを掴み、キャンプから離れた茂みの影へ移動する。しばらくヴレイズとフレインは、彼に不平不満を10分弱垂れた。

「言いたい事はわかる。あいつらは確かに、口は悪いし、態度もデカいし、正直、このまま野垂れ死ね、このクソバカ! と、云いたくなる気持ちもわかる」

「お前もそう思ってるんじゃねぇか」ヴレイズが口を尖らせる。

「だが待て。あの一家はな……お前らや他の連中が思っているよりも、凄く熱い人たちなんだよ。あんなにも国を思って戦っている人はいないし、あのまま死なせたくないんだよ」

「……でも、俺……あいつの事、大嫌いなんだよ……」一年程前の胸のムカつく出来事を思い出し、腸を煮えたぎらせる。

 あのビリアルドは、仲間のアリシアを一時的に失明させ、牙カバの赤子を己の野望の為に殺害し、村を意図的に破滅へと追い詰めたのであった。しかも、結局クイーンヒポリトンには歯が立たず、ヴレイズ達の活躍のお陰で命拾いしたのであった。

「ま、雷の賢者になれなかったみたいだし、ざまあみろだ」ヴレイズは本音を吐き出し、鼻息を鳴らす。

「そんな因縁があるとは驚きだが、それは置いておいて、さ?」

「置いてはおけないな。俺にとって、置いておくには大きすぎる」あの時の事を鮮明に思い出しているのか、瞳を血走らせ、赤熱拳に殺気を込める。

「……そうか……だったら無理強いはしないさ……この調子だと、悪い方向へ行きそうだ」ニックは立ち上がり、寂しそうに踵を返してテントへと向かう。

「待てよ」ヴレイズは彼を呼び止め、複雑そうな笑みを見せる。

「俺は連中の命令は聞かない。だが、ニック。シラフのお前の頼みなら聞くぞ。俺らは近くで野宿しているから、お前の口から作戦を聞かせてくれ。フレイン、それでいいか?」

「……あたしは、強いヤツと戦えればそれでいいかな」釈然としないという表情で口にし、そっぽを向く。

「そうか! よかった。んじゃ、向こうには上手く伝えておく」と、ニックは安堵の笑顔を残してテントへ戻って行った。

「……どういう経緯で、あんなやつと仲良くなったんだ? ニックは……」ヴレイズは首を傾げながら、茂みの奥に自分たちの寝袋を広げた。



 その日の真夜中、ヴレイズ達が焚き火を囲んで遅めの夕食を摂っている頃、ニックがやって来る。

「お前らは偵察に向かったって事になっているからな」と、ヴレイズの正面に座る。

 そんな彼の顔を2人が意外そうにマジマジと眺める。

「なんだよ」

「酔ってない……」フレインがポツリと口にし、スプーンを向ける。

「当たり前だろ! あんなお通夜ムードのキャンプで酒なんか飲めるか!」

「んで? どんな話をしてきた?」ヴレイズは食後の茶を啜りながら問うた。

 ニックの話では、反乱軍の要であったスカーレット・ボディヴァが捕えられ、討伐軍の仮設収容所に監禁されているという話だった。

 彼女を救出し、討伐軍を蹴散らし、王都を取り戻すのが反乱軍の目的であったが、現在の兵力では不可能な話であった。

「正直、司令官は『如何に勝つか』ではなく、『如何に娘を救出し、国外へ逃げるか』を考えているよ。だが、その娘を助ける人でもなく……八方塞がりって感じだ」

「なるほど」

「で、困ったことにビリアルドは『逃げずに戦い、真の騎士のあり方を見せるべきだ』とか言うんだ。まぁ、云いたい事はわかるんだが……相変わらずバカって感じだ。だが、そういうバカが今の世界には必要な気がするんだなぁ……」ニックは困ったように口をむず痒くさせる。

「そうかぁ?」ヴレイズはラスティーやグレイスタンの王の事を思い出し、ビリアルドの考えを正面から否定したくなる。

「で、司令官は『せめて娘だけは』ってよ……助けてやれないか?」ニックは彼の表情を覗き込みながら問うた。

「……ムシの良い話だな。散々戦死者を出した司令官が、娘だけは助けてほしいってか……」やる気の完全に抜けているヴレイズは気乗りしないのか、頬杖を付きながら呆れた様な声を漏らす。

「なんだよ、目の前で困っている人間がいるのに助けないのか?」

「いや、そういう意味じゃないんだけどさ……わかったよ。場所さえわかれば俺が……」


「その娘、あたしがひとりで助けるよ」


「「…………え゛ぇ゛?!」」2人が驚きの声を揃える。

「なに? そんなに意外?」フレインは不服そうに目を座らせる。

「いや……いや、意外だ、うん」ヴレイズは混乱しながら答えた。彼女は強者と戦う事しか頭にないと思っていた。

「……船の上で言ったじゃん。『ニックと共に戦う事』を意識してみろってさ。そうすれば、あたしも別の強さが身につくかもってさ……だから、あたしがやるよ」

「わかった。じゃあ、俺と」

「あたしが! ひとりで! やります!」フレインは己の炎を燃えたぎらせながら声を上げた。

「「わ、わかりました……」」


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