94.3人合わせて96000
サバティッシュを発ってから2日、ニックの予想よりも早く、昼間の内にチョスコの港町へ辿り着いていた。ジェットボートを岸へ泊め、港を管理する責任者の小間使いに金を払う。
「無事、着いたね。バルバロン領海で襲われるかと思ったのに」フレインが安心した様に口にし、港町の様子を伺う。この町は3日前、沿岸で行われた賢者と六魔道団の戦いの余波に巻き込まれ、未だにその傷跡を残していた。
「監視の目が付いたみたいだけどな」ヴレイズは港町に着いた瞬間から感じる視線の先を睨みながら口にした。
「ま、ま、ま、兎に角……」と、いつもの調子で酒場の方へ足を向けるニック。
そんな彼の耳をむんずと掴み、引き摺るヴレイズ。
「早く反乱軍の元へ案内してくれ。あちらも早急に応援を必要としているだろ?」慣れた様に冷静な口ぶりをしてみせるヴレイズ。
「その前にさ、わかるだろ? 2日ぶりに飲ませてくれよぉ~」
すると今度はフレインが彼の耳を掴む。
「いでぇ!!」
「昨夜、海上で散々飲んだでしょうが!」そしていつも通り、ヴレイズに酔い覚まし魔法を施して貰ったのは言うまでもない。
「お前も飲んだくせに! ズリぃぞ!!」
「何がズルいだ! 意味わからないぞ!」フレインは火を吐きながら怒鳴る。
そんな彼らの喧嘩の間に困り顔で割って入るヴレイズ。
「おいおい、着いて早々悪目立ちは勘弁してくれよ」と、監視の目に気を配りながら彼らを押さえる。
すると、2人が揃ってヴレイズをギロリと睨み付ける。
「一日中、右腕を真っ赤に燃やしているお前の方が一番目立ってるわぃ!」ニックが声を荒げ、ヴレイズの赤熱右腕を指さした。
「えぇ? だって、片腕だとなんか、気にならない?」
「ヴレイズのその考え、意味わかんない……」フレインが呆れ声を出す。
「わかったよ……」と、ヴレイズは赤熱右腕を鎮火させ、引っ込める。「これだと体幹がなぁ……」
「とりあえず、一杯だけ飲ませてくれ! な? 一杯だけ!」と、ニックは強引に扉を潜った。
「ったく……ま、昼飯もまだだしね」と、ため息交じりにフレインも後へ続く。
「俺は後ろが気になる……」ヴレイズは視線を気にしながら、2人の後へ続いた。
3人は静かに端っこの席に付き、昼食を注文する。先ほどまで「酒、酒」と騒いでいたニックだったが、何故かいつもの調子で注文をせず、2人に合わせて飯を注文していた。
「なんで?」フレインが首を傾げる。
「すきっ腹に酒を流し込むのは危険なんだぜ? 知らないのか?」
「いや……え? そう言う事を言うの初めてじゃない?」
「そうかぁ? あぁ~ 腹減ったぁ~」ニックはテーブルに足をかけ、椅子を後ろに傾ける。
ヴレイズは周囲の視線に気を配り、視線の数が数倍に増えた事を感じ取っていた。
「で? 反乱軍は何処に潜伏しているんだ?」ヴレイズが問うと、ニックは惚けた様な声を上げた。
「えぇっと~ 北か西かな? どうだったっけなぁ~」
「西に行ったらそこは海だろうが……」
「二か月も前だから覚えてないなぁ~ ってぇか、同じ場所にずっといるわけがないだろ?」
「確かに……じゃあ、どうやって合流するんだよ?」
「狼煙でも上げるか? お前のご自慢の赤熱拳でな」
「……馬鹿にしているのか?」
すると、ニックの背後に巨漢の男が3人ほど立つ。その者は手配書を片手にニヤついていた。
「お前らか。コレ」
「お? なんだ? 痛い目に遭って1人頭2000は割に合わないだろ?」察した様にニックが笑い、身体を仰け反らせながら逆さまの状態で彼らを眺めた。
「いや、1人頭……」と、手配書をテーブルにドンと乗せる。
「32000ゼルだ」
そこには『フレイン・ボルコン 生け捕りのみ 60000ゼル』『ヴレイズ・ドゥ・サンサ 生死を問わず 30000ゼル』『ニック・グッドスピード 生死を問わず 6000ゼル』と記されていた。フレインとヴレイズは目をひん剥いて狼狽し、ニックは仰け反ったまま床に後頭部を強かに打った。
「いてぇ~」
「な゛! なんであたしが、こんな!!」思わず自分の手配書を掴み取り、まじまじと見つめる。
「随分上がったなぁ……でも、フレインに負けた……」釈然としないヴレイズは複雑な豊穣を浮かべる。
「3人でこんなにスッキリ割り切れる賞金額も珍しい。大人しく俺達に捕まって貰おうか?」巨漢の男は片腕をブンブンと振って首を鳴らしながら回す。
「お前らみたいなオメデタイ頭で割り算が出来るなんて意外だな」床に倒れたままの体勢でニックがバカにしたような声を上げる。
「お前らこそオメデタイな」巨漢のもうひとりが背後に指を向ける。
なんと、酒場全体の客やバーテンダーまでもが目と武器を光らせ、ヴレイズ達の卓に向かって熱い視線を送っていた。
「ここから無事、出られるとでも? 俺達3人に大人しく捕まるなら、こいつらから守ってやってもいいんだぜ?」
「図々しいヤツ……」ニックはため息交じりに首を振った。
そんな中、ヴレイズは視線の中から、港から付けてきている者の気配を探し出し、見つける。その者は明らかに賞金目当ての顔つきをしていなかった。
「厄介なのはあいつかもな。さて……飯はまだかな」ヴレイズは周囲の殺気を感じていないのか、余裕の表情を作りながら卓上の手配書を払いのけた。
「……そうだね。この中に、準備運動の相手になる使い手もいないみたいだし」フレインに至っては手配書を焼き捨て、手を払う。
「お? なんだ、その余裕は……!」巨漢が額の血管を躍らせながら歯を剥きだし、ヴレイズ達の卓を叩き割る。「えぇ?」
「お前らこそ、わかってないのか? その金額を見ろよ。6万と3万だぜ? つまり、俺たちはそれだけ危険ってわけだ。勝算がどれだけあるんだ?」と、ヴレイズは赤熱右腕を生やし、燃え盛らせる。
「タゼイニブゼイって言葉、知ってるか?」巨漢は得意げな表情を浮かべ、拳を固める。
「口に合ってないぞ、その言葉……」
すると、酒場全体の人々が一斉に武器を掲げ、魔法を展開させ、ヴレイズ達に向かって殺気を放った。
「仕方ないなぁ……」ヴレイズは店全体に放っていた火の粉に魔力を集中させた。この技は酒場の内装を傷つけることなく、刺客のみを気絶させる高度な技だった。
が、ニックが彼の肩を叩き、顔を近づける。
「なるべく派手に頼むぜ」と、彼はニッと笑い、懐から伸縮自在の棒を伸ばし、風を纏わせ、回転させる。
「……わかった」ヴレイズはため息ひとつで仕込んでいた火の粉を消し、火の玉を作りだし、巨漢男に命中させる。それが店中に跳ね回る。
フレインは襲い来る刺客の攻撃をスルスルと避け、カウンターへと入り込み用意されていた食事をつまむ。
「フレイン、何やってるんだ?」思わずヴレイズがツッコむ。
「……弱い連中は相手したくないんだよね。加減が難しいし。それに、おなか減った」と、遠慮なく湯気立つ肉に齧りつき、酒瓶を呷る。
「おぅ、ズルいぞ、俺にも寄越せ!」と、ニックもカウンターへ飛び込み、飯を頬張る。それを見たバーテンダーがボウガンを向けたが、彼の脳天を棒で一撃する。
「ったく……お前らよぉ……」と、ヴレイズは店中の刺客を手加減しながら相手し、優しく気絶させていった。この戦いは存外に難しく、普段よりも神経を使う為、余計に疲れていた。「勘弁してくれよぉ……」
騒動から2時間後。3人は港町の外れまで来ていた。そこでやっとヴレイズは酒場から持ってきた飯にあり付き、一息ついた。
「で、追手は振り切ったのか?」ニックが棒を引っ込め、上機嫌に問う。
「風魔法で探ってみろよ」
「いや、あの妙な気配の連中だよ。振り切ったのか?」今度は真面目に問う。
「……気付いていたのか。あぁ、酒場で気絶させたし、その後ろで待機していた奴の追跡も振り切った。あいつら、何なんだ?」
「多分、俺が2か月前に振り切った魔王軍の奴らだ。案の定、俺が反乱軍まで案内してくれると思っていたんだろ」彼は酒場から酒瓶を持ってきてはいたが、まだ詮を開けてはいなかった。
「……成る程な」
「それに、アレは良い狼煙になっただろ。きっと、反乱軍の連中が嗅ぎつけて、迎えに来てくれるだろうぜ」
「お前、本当にシラフならまともなんだよなぁ……」
「失礼だぞ、お前」と、ニックは詮を抜き、酒瓶をラッパ飲みしようと傾ける。
「バカ! 飲むな!! お前はまだまともでいろ! ここからが重要なんじゃないか!!」ヴレイズは慌てて彼を押さえつけ、瓶を取り上げた。
「それはないよぉ~! 返せよぉ~!」
その晩、3人はキャンプを張り、焚き火を囲んでいた。酒瓶はヴレイズが管理し、ニックが手を付けない様に見張っていた。
「なぁ、別にいいだろ? お前には酔い覚まし魔法があるんだしさぁ~」と、手を伸ばす。
「甘えるな、気持ち悪いぞ」ヴレイズはギンと睨み付け、手に火の粉を飛ばす。
「で、反乱軍ってさ……大丈夫なの?」フレインが疑問を投げかける。
ニックの話では反乱軍は二か月前の時点で兵力は1000を切ろうとしており、物資も金も底を付きかけていた。そこから二か月も経てば、既に鎮圧されていそうなものである。
「大丈夫だ。あいつならな」自信ありげな表情を浮かべるニック。
「その情報は確かなのか?」ラスティーの口ぶりを真似る様な言い方をして見せるヴレイズ。
「……いや、あれから音沙汰ないけど……あいつなら……」
「どちらにしろと、ノーマンはあたしが倒すもんね」フレインは焚き火の炎を巧みに操りながら、自分の魔力も操り、いつでも万全の動きが出来る様に身体を温める。
すると、茂みの奥からひとりの男が現れる。その者は薄汚れた兵士であった。
「ニックさんですか? はぁ……やっと見つけました」
「お、お前は……男爵さんの使いだろ?」顔見知りなのか、指さしながら喜ぶニック。
「おぉ、ニックさん! 必ず戻ると言う言葉を信じて良かった! さぁ、こちらです!」そんな彼の数倍喜びを見せる兵士は、ニックの手を引きながら茂みの向こうへと向かった。
「男爵ねぇ……まさか、な」ヴレイズは何か嫌な予感を背筋に感じながら彼らの後を追った。
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