93.いざ魔王の地へ

 早朝、ヴレイズ達は早速、ニックのジェットボートに乗る。ニックが言った通り、ギオスの町人たちが準備を済ませており、直ぐにでも出せる状態であった。

「てぇか、荷が凄いな」ヴレイズが後部の格納庫を覗き、口笛を吹く。そこにはしばらく漂流しても困らないほどの物資や水が積まれていた。

「英雄の船だからな。問題は、スピードとバランスが微妙になるってとこか。そういや、この先で昨夜、すんげぇ戦いがあったらしいぞ? 嵐を呼ぶ程の使い手同士の戦いだったみたいだ」ニックが操縦席に座り、器材を軽快に操作する。彼は起床早々にヴレイズの炎魔法で体内を浄化してもらい、爽快で万全な体調だった。

「さ、早く行こう! 目指すはチョスコの港町!」フレインは船首に立ち、元気よく吠える。そんな彼女を見て、2人は顔を見合わせて首を傾げる。

「……ヴレイズ……彼女にも酔い覚ましの魔法を?」

「いいや……どうなっているんだ? あいつ」

 彼女は昨晩、『ビーストブラッド』という国一番のアルコール度を誇る酒を2樽も飲み干し、天高く吠えていた。そんな彼女を見て、町中の酒飲みは震えあがり、バーテンダーは悲鳴を上げた。流石のフレインも昨晩は酔い潰れ、宿のロビーにあるソファーで爆睡した。

「まぁ、バースマウンテンの酒を軽く呷っていたからなぁ……」ヴレイズはボルコニアでの酒宴を思い出し、表情を青くさせた。この国には酒豪が多く、その為、殺人的に強い酒も多かった。その中でも一番強い酒をフレインは平気で飲み、軽く頬を赤く染める程度だった。因みにヴレイズはそれを舌で一触れしただけで口を抑えて唸った。

 ヴレイズは魔動装置に直結した水晶玉に手を置き、魔力を注ぎ込む。ジェットボートの後部から景気よく炎が吹き上がり、あっという間に沖まで飛んでいく。

「ダンガ達はいいのか? 目的地が合えば、乗せてやっても良かったんだが?」ニックは自然と酒瓶に手を伸ばそうとするが、その手をフレインに踏みつけられる。「いでぇ!」

「あいつらはしばらく、この国に留まって復興の手伝いをするってさ」

「いてててて……そうか……で、これからの事なんだが……俺のプランを聞いてくれるか?」ニックは何か企むような笑顔を覗かせながら口にした。

「その前に、これについて訊きたいんだが」ヴレイズは懐からあるチラシを一枚取り出し、彼の前に出した。

 それはニックの手配書であった。賞金は生死を問わず6000ゼル。罪状には『魔王軍士官を騙っての詐欺、食い逃げ、器物破損』と書かれていた。

「あぁ、それね」顔色一つ変えず、地平線の向こう側を眺めるニック。

「へぇ~ 安いねぇ~」興味津々の眼差しで手配書を見るフレイン。

「一昨日の朝、町のギルドに張り出されていたんだ。一番に俺が発見して、剥がしてきたんだ。6000か……負けた」ヴレイズの賞金額は5000ゼルだった。

「気が利くねぇ~ っても、ハンターに追われる様な苦労は一度も無いけどな。そんな額じゃな」と、手配書を指で弾く。

「……5000でも追われて苦労したなぁ……あ、あの時は8000のアリシアと一緒だったんだ」昔を懐かしむ様に口にし、微笑む。それを面白くなさそうにフレインが彼の頬を抓った。「いででででぇ!」

「で、俺のプランを聞いて欲しいんだが……嫌とは言わせないぞ?」ニックは歯を覗かせて笑いながら、操縦桿の舵をきった。



 彼らが向かうチョスコという国では、現在、小さな反乱が起きていた。この戦いを始めたのは、国王軍に仕える騎士団長であった。彼らはチョスコ各地へ散らばり、ゲリラ戦を仕掛けていた。

 魔王軍へ編入されたチョスコ軍が反乱軍の鎮圧に当たっていた為、反乱は現在もだらだらと続いており、チョスコを任されるノーマン・キッドロゥをイラつかせていた。

 そんな反乱軍を支援しているのがニックであった。彼は騎士団長の息子と知り合い、ある切っ掛けで共に戦うようになる。

 この戦いに勝ち目を呼ぶため、ニックは応援を呼んでくると約束し、魔王軍の追っ手を振り切ってマーナミーナまで逃げたのであった。

 だが、金も無ければ無名であるニックに付いて来る者はおらず、途方に暮れて酒を飲んでいた所でヴレイズ達と出会ったのであった。



「最初からそう言うつもりだったのか……」ヴレイズは腕を組み、何かを考えながら相槌を打つ。

「まぁな。まさか、氷帝を倒すとか言うとは思わなかったし、倒すとも思っていなかったよ……正直、ラッキーを通り越して信じられないし、この反乱に勝ち目が見えてきた気もするよ」ニックは感慨深そうに口にし、口元を緩めた。

「でも、正直、反乱には興味ないんだよね。あたしの目的は、ノーマン・キッドロゥだよ! いい? そいつは絶対に、今度こそあたしが倒すからね! ヴレイズは手を出さないでよ!」フレインはヴレイズに指を向け、鼻息を荒くさせた。彼は「はいはい」と頷き、両手を上げる。

「それで十分だ。チョスコを仕切るそいつを潰し、城と国民と舵を取り戻すのが目的だからな」


「そんな事、無理だって、気付いているんだろ?」


 ヴレイズは冷静に口にし、ニックの反応を待つ。

「あぁ……ノーマンを倒せても、その上に六魔道団のパトリックが……そいつを倒してもまだまだ強者が押し寄せてくるのは目に見えている。それに、チョスコは戦わずして降伏した国だ。このまま反乱を続ければ、属国としての立ち位置が悪くなる」

「じゃあ何故、手伝うんだ?」

「……勝ち目が無くても足掻く馬鹿を死なせたくないんだ……それに、俺の国はまさに、チョスコの様に滅んだんだ……そんな国を目の前にして、何もしないって訳にはいかないんだ……ま、たったひとりが足掻いても無駄だとはわかっているんだが……」寂しそうな瞳を海へ向け、ため息を吐く。

「……無駄とわかって、死にに行くのか?」

「いや、死ぬのは御免だね。だが、魔王の頭に叩き込みたいんだよ。お前の思い通りにさせない奴がいるんだぞ、ってな」

「ふふ……そうか」ヴレイズは意味ありげに笑い、彼の隣に座る。

「なんだ?」

「お前みたいな奴に丁度いい仲間を紹介したいんだ……」



 フレインは外の船首側に座り込み、潮風を感じていた。体内の魔力の流れをコントロールし、ウルスラとの戦いを思い出しながら、魔力を高めていく。

 そんな彼女の背後にヴレイズが立ち、肩を叩く。

「大丈夫か?」何気なく声を掛けると、フレインは不意を突かれた猫の様に跳び上がり、海へ落下する。「う゛わっ!」

 フレインは彼の手を借りるまでもなくジェットボートの速さに追いついて海から上がり、炎を纏って濡れた身体を乾かす。

「い、いきなり声かけないでよぉ!! 集中していたんだからさぁ!!」鼻水を啜り、火を吐くように怒る。

「ご、ごめん……」

「……ヴレイズ……」すると、フレインは急に火が消えた様に大人しくなり、彼の胸に頭をうずめた。

「なに?」


「あたし、弱いなぁ……」


「何で急に……」ヴレイズは彼女に応える様に肩を抱いた。

「……今回もあたし、禁じ手を使ったにも拘わらず、手も足も出ずに負けたし……あの時、無茶したせいで以前よりも魔力コントロールが上手くいかないし……昨日なんてお酒で現実逃避したしさ……もうダメかも……」先ほどの彼女は何処へやら、弱々しい本音を吐き、身体から力が抜けていく。

「……そうやって話すのが重要だって、仲間が言っていたな。自分の弱さを認め、それでも進もうとする意志。それがあるだけでも、まだまだ強くなれる可能性がある、と俺は思うぞ」ヴレイズは彼女を元気づける様に笑いかけ、強く肩を握る。

「そうかな……」

「そうだな……今回はいつもの様に『強敵と戦う』事を意識せずに、『ニックと共に戦う』事を意識してみると、違うかもしれないぞ?」

「……考えてみる」フレインは小さく頷き、船の向かう先を眺めながら座り込んだ。「……うん、ヴレイズみたいに戦ってみるよ。前の戦いで少し、わかりかけてきたし」フレインは納得した様に頷き、余裕を取り戻した様に微笑んだ。

 ヴレイズも彼女の真っ直ぐになった背を見て安堵し、船室へと戻った。

「エレンの苦労と重要性が分かった気がする……てぇか俺、このままじゃヒーラーになっちまうんじゃないか?」



 その日の夕刻、3人は簡単な食事を摂りながらチョスコについて話し合っていた。

「で、その男爵がさぁ、堅物で面白味が無いんだが、放っておけないヤツでさ……」肉野菜炒めを食べながら酒を呷るニック。

「男爵ねぇ……俺もそんな爵位を持った奴にあった事があるが、嫌な奴だったなぁ」1年以上前に出会ったビリアルドの事を思い出し、苦み走った表情を作るヴレイズ。

「それより、チョスコを支配する連中ってどんな奴ら?」ノーマンだけに固執する事を取り合えずやめたフレインが問う。

 彼女の問いに、ニックは喉を鳴らして指を立てる。

「国を管理するのは元のチョスコの王族連中だ。そいつらの頭になっているのがノーマンと数十人の強者たち。そいつらは黒勇隊にも匹敵する程の集団で、王族たちは逆らえないそうだ。そして、そのノーマンの上に立つのがバルバロン西側を預かる六魔道団のひとり、パトリック・ドラグーンだ」

「爆炎術使いのパトリックか……」フレインは知っているかのように口にする。

 爆炎術とは、炎魔法とは少し違う分野の魔法であった。水使いにとっての氷結魔法の様なものであった。爆炎術とはいわば、燃やすための術ではなく、爆破し、破壊する為の攻撃特化魔法であった。フレインもヴレイズも一応、この爆炎魔法は使えたが、このパトリックの様に使いこなす事は出来ず、爆炎術は氷結魔法同様、奥深い魔法であった。

「俺たちはまず、その反乱軍と合流しなきゃな。で、彼らの作戦を聞き、俺たちは遊撃隊として動く事になるだろう。で、あとはヴレイズとフレインの好きなように強者と戦って……」と、ニックが言うと、ヴレイズが口を挟んだ。

「そう簡単には上手くいかないと思うぞ? 俺の経験上、卓上でしか考えられていない作戦なんてなんの役にも立たない」ヴレイズはラスティーの口ぶりを真似し、どや顔で肉を口へ運んだ。

 そんな彼が気に入らないのか、ニックとフレインは彼の頬を両側から思い切り抓った。

「いででででぇ!!!」

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