97.フレインVSスカーレット
収容所から火の手が上がるのを望遠鏡越しに確認し、呆れた様にため息を吐くヴレイズ。それは合図の様な生易しい火では無く、焼き討ちの様な火炎であった。
「こうなるとは思ったけど、早いなぁ……」重い腰を上げ、尻に付いた土埃を払い、ゆっくりと炎の方へと向かう。
キャンプの火災は徐々に強くなり、黒煙がモウモウと上がる。
その先からボロボロの囚人服を着た者達が奔ってくる。ヴレイズと目が合うや、警戒するような体捌きで装備していた槍や木盾を構える。
「何者だ!」疲れを隠すような声を張り上げる。
「収容所の捕虜だな? 俺はニックから言われて助けに来た者だ」
「おぉ、ニック殿の! それはありがたい!」
その後、ヴレイズは彼らと同行するか問うたが、それは断られる。代わりに、収容所にまだ残っている仲間の救助へ向かうように頼まれ、快く引き受ける。ヴレイズはお手製の回復剤と栄養剤、そして炎の回復魔法を施し、反乱軍キャンプの場所を地図に示した後に彼らと別れた。
「ニックって結構、慕われているんだな……さて、急ぐか!」ヴレイズは捕虜たちの背を見送った後に回れ右をして収容所へと向き直る。
その瞬間、突如として火の手の上がる収容所が大爆発を引き起こし、周囲に衝撃波が広がり木々を揺さぶる。ヴレイズの前髪を激しく揺らし、そよ風となって駆け抜ける。
「フレインの奴、何しているんだ?」彼は彼女に身を案じず、呆れ顔を更に色濃くさせながら足取り重く向かう。
大爆発の5分前。
フレインは討伐軍兵士たちを尻目にスカーレットと真正面から代わりばんこに殴り合っていた。まるで自己紹介でもするかのように拳を固めて容赦なくふるう。それを防ぎも避けもせず、顔面や胸、腹でそれを受け止め、重さを確かめる。
「あんた、相当疲労しているでしょ? 腰が乗ってないし、呼吸も合ってないよ」スカーレットの4発目の拳を頬で受け止め、血唾を吐きながら問うフレイン。
「余計なお世話だ!!」
「ほら!」フレインは懐からヴレイズから持たされたヒールウォーター製の栄養剤を彼女に手渡した。「飲んでみてよ。それで少しはマシになるかも」
「ふん! 敵の施しなんぞ……」
「あたしは敵じゃないんだけどなぁ……」
「……ふん!」背に腹は変えられないのか、スカーレットは悔しさの表情でそれを一気に飲み下す。
すると、彼女の萎み切った筋肉がふっくらと膨らみ、血管が脈打つ。淀んだ瞳が輝きを放ち、全身から湯気が立ち上る。
「効くでしょ?」フレインが口にした瞬間、彼女の頬にスカーレットの鋭い拳が深々と突き刺さる。
「効いたか?」彼女は確かな手応えの残る拳に満足感を覚え、初めて笑みを零す。
「効いた……」奥歯の欠片を吐き出し、鋭くも鈍い感触から顎の骨に皹が入ったと感じる。
そこから徐々に殴り合いは激しさを増し、更に蹴りも加わる。互いに熱を帯び、血と汗が飛び散り、咆哮が轟く。
そんな彼女らの戦いを、討伐軍兵士たちは遠巻きに様子を伺っていた。
「なぁ……あの2人、本当に魔力を封じているんだよな? あの魔封じの首輪は効いているんだよな?」
「当たり前だろ? あれで何人の術者を封殺してきたか……現にスカーレット嬢も……てか、何なんだ? あいつら……」殴り合いが殺し合いに発展する頃、兵たちの眼前まで衝撃波が飛んでくる。
「うわっ! もう限界だ! ここは捨てよう……あんな化け物に付き合ってられるか!」と、兵たちが収容所を捨てて本拠地へ向かう準備を始める。
それと同時に、フレインとスカーレットは鉄錠の付いた魔封じの首輪を素手で引きちぎり、魔力を解放する。
フレインはいつも通り、全身から炎を噴出させ、火の粉が嵐となって飛び回る。吐息には火炎が混じり、瞳が紅く染まる。
スカーレットは全身に稲妻を纏い、周囲に雷球が飛び回る。瞳は蒼く染まり、長髪が逆立ち、バチバチと轟音を鳴らす。
そして2人は示し合わせた様に突撃し、激しくぶつかり合う。
その瞬間、2人を中心に周囲がふわりと浮き上がり、討伐軍兵士を巻き込み大爆発を引き起こす。テントから建物、あらゆる物が焦げて灰となり、弾け飛ぶ。キャンプは跡形もなく消し飛び、黒い焦げ跡と、殴り合う2人のみが残った。
そんな修羅場にヴレイズが到着する。何が遭ったのか理解できぬまま、焦げた大地を踏みしめる。目の前では、炎と雷を纏った鬼が2匹、血煙を上げながら殴り合っていた。
「……フレイン、だよな? もう1人は敵か?」と、目まぐるしく動く2人を観察する。
フレインは痛みも、ここに来た理由も忘れ、怯まずひたすら眼前のスカーレットに拳を振るっていた。
スカーレットは、己を侮辱した憎き女を成敗せんと、稲妻を鳴らしていた。
「あの……フレインさん? 状況を報告してくれないかなぁ?」ヴレイズは恐る恐る彼女らに近づき、機嫌を窺うように問うた。
しかし、フレインは何も応えず、スカーレットの雷撃をその身に受け、肉を焦がし煙を吐きながら炎を放つ。
スカーレットは電磁フィールドを展開して炎を弾きながらも、フレインの拳をその腹に受け、吐血しながらも吠えながら蹴りを見舞った。
「お……い、フレインと……どなたか知りませんが……そのぉ……」と、口にした瞬間、フレインが蹴り飛ばされて飛んで来る。ヴレイズは彼女を受け止め、揺り動かした。「フレインさん?」
「んぁ……? ヴレイズ?! 早いよ! まだ合図も送ってないのに! 邪魔しないで!!」殺気を放ち、鬼面で怒鳴るフレイン。
「あの、お相手はどなた?」
「知らないの? あれがスカーレットだよ! あたしの相手! だから邪魔しないで!!」と、ヴレイズを突き飛ばし、炎を纏いながら再び突撃する。
「スカーレットって確か……あぁ、もういいや……終わるのを待った方が安全か」ヴレイズは考えるのを止め、彼女らの攻撃範囲外に腰を下ろし、頬杖を突きながら戦いを眺めた。
しばらくすると、今や収容所跡地と化したこの場所に、応援要請を受けた討伐軍が現れる。数にして凡そ35名が完全武装して到着し、様子を伺うように近づく。
それを見たヴレイズは、彼らの前に立ち、腰に手を置いて笑顔を向けた。
「あんたら、応援の方たちですか? ご苦労さんです」
「……何者だ? まさか、貴様ひとりでコレをやった訳ではあるまいな?」隊長と思しき者が前に出て、腕を組む。
「いいや、これをやったのは後ろの2人だ」と、左手を背後へ向ける。そこでは先ほどよりも更に戦いを激化させた2人が、化け物が如く属性を撒き散らし合っていた。
「ここまで来たあんたらの選択肢は3つだ。ひとつは、このまま何事もなく、回れ右をして帰る。これが一番おすすめだ。誰も怪我をしないで済む。因みに、俺が調べた限りでは、ここには何も残っちゃいないぜ。
ふたつは、あの2人の喧嘩に割り込む。これはあまりお勧めしないな。何人か怪我したり、死んだりして……誰も得しない
みっつめは、これが一番お勧めできないな。俺と戦うことだ。そうなると、誰も無事では帰れないぜ? 何せ、今の俺はとっても……」と、赤熱右腕を勢いよく生やし、拳を握り込む。「不機嫌だからな」
「そうか……我々も手ぶらで帰る訳にはいかないのでな。構えろ!!」隊長が片手を上げると、全員が各々の得物を握り直して構え、隊列を攻撃陣形へと変える。
「後悔するなよ?」
ヴレイズの戦いは数分も持たなかった。彼のクラス4の魔力の練り上げは無駄が無く、戦いも流れる様に進み、あれよあれよと言う間に隊は数を減らし、あっという間に皆が白目を剥いて地に伏した。
「大したことない奴らだった……」と、最後に倒した隊長の上に腰を下ろし、ため息を吐く。そんな彼の眼前では、未だにフレインとスカーレットは戦い続けていた。
「いい加減にしてくれよぉ……」彼女らの戦いは日が没するまで続き、最後は互いの渾身の拳が互いの頬にめり込み、そのまま2人同時に倒れる。
スカーレットは軽く痙攣を繰り返しながらも立ち上がろうとしたが、足腰が言う事を聞かないのか、結局立ち上がる事が出来ず、そのまま気絶する。
フレインは持ち前の胆力でヨロヨロと立ち上がり、天高く吠えた。それを合図にヴレイズが背後から近づき、彼女の肩を叩いた。
「よくやった……君は勝ったんだ、勝ったんだよ」呆れ混じりに彼女の勝利を祝福する。
「ありがとう、ありがとう……」息も絶え絶えに口にし、ヴレイズに体重を預ける様に倒れかかるフレイン。
「でさ、聞いていいかな?」
「な……に?」
「なんで彼女と戦っていたのかな?」
「…………わかんない……」
その後、ヴレイズは凡そ10キロの帰り道を、彼女ら2人を肩に担ぎながら走破した。彼は全く疲れを見せてはいなかったが、代わりに愚痴っぽくなり、ニックに対して不平不満を散々にぶつけた。
「おぉ、スカーレット嬢! こんなに酷く拷問されて……御労しい」反乱軍兵士が涙ながらに彼女の傷を処置し、包帯を巻く。傷の8割は勿論、フレインとの戦いによるものだった。
「炎の賢者の娘がこんなボロボロに! 一体、どんな戦いを……いや、こんなに必死になって我らがスカーレット嬢をお守りくださり……感謝の言葉しかない!!」彼女の身体の傷は勿論言うまでもない。
「それに引き換え、あの付き人は傷はおろか汚れひとつ無く……どんな役に立ったんだか……呆れて者も言えん!」と、反乱軍キャンプはこの様に賑わっていた。
「……ニックよ……あんまりじゃないか? え?」ヴレイズはニックが隠し持っていた酒瓶を横取りし、ラッパ飲みしていた。彼の首に左腕を回し、酒臭い息を吐きかける。
「おい、今も一応厳戒態勢なんだから酒はよせよ……」ニックは初めてヴレイズに絡まれ、今迄の己の素行を反省しながらも口にした。
「うるせぇ! 飲まずにいられるか! 大丈夫、そん時は酔い覚まし魔法でどうとでもなるんじゃい!」
「じゃあ、俺にもくれよ」と、ニックが酒瓶に手を伸ばす。
「やだね!! ふん!!」
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