89.二日酔いと無茶ぶり、そして賢者
朝日が昇り、サバティッシュ国に陽が降り注ぐ。当たり前の光景ではあったが、数日前まで万年雪景色状態だったため、国民たちは光をありがたく浴び、復興作業を始める。
ギオスの町でも同様に一般的な日常が戻りつつあった。数日前までは飲んだくれと怠け者しかいなかったが、今では皆が皆、愚痴ひとつ零さずに笑い合いながら働いていた。
そんな中、ヴレイズは診療所でフレインの看病を続けていた。彼女の傷は多く、更に治りも遅かった。全身の骨には余すところなく皹が入り、内臓の一部は破裂し、心音も安定していなかった。
フレイン自身は平気そうに振る舞ってはいたが、診療所の魔法医曰く『絶対安静』であった。
「退屈だなぁ~ 寝たきりは性に合わないんだよねぇ~」と、膨れ面を作る。態度こそはいつもの彼女ではあったが、どことなく寂しげな表情を一瞬だけ浮かべた。
「ま、急ぐ旅じゃないんだ。たまにはゆっくりしよう。寝たきりの役割を後退したって感じだな」ヴレイズは彼女の腹の医療布を新しく変える。彼女の腹部の傷は特に酷かった。
「でも、このままじゃ鈍っちゃうな……」と、軽く右腕で空打ちをする。痛みが酷いのか、腕を押さえ、小さく唸る。
「無理するな……俺も、もう少し回復魔法を勉強しなきゃな」
「……ゴメン」フレインは表情を暗くさせ、呟いた。
「え?」
「あたし、いつも足引っ張ってばっかだよね……本当にゴメン……なさい」
「何言ってるんだよ」と、ヴレイズは赤熱の右腕を彼女の腹の上に置き、炎の回復魔法をゆっくりと注ぐ。「フレインのお陰で俺は復活できたし、こんなにも強くなれた。フレインがここに来ようと言わなきゃ、俺はあのままだっただろうし……フレインが氷帝と戦ってくれなきゃ……俺は死んでいた。きっとな」
「そうかな……?」
「全部フレインのお陰だ。だから、謝らないでくれ。ありがとう」
その後、ヴレイズは復興の手伝いをしようと外出し、助けを求める住民を探した。
しかし、誰一人ヴレイズの手を借りる気はなく、むしろ『あんたは恩人なんだから、ゆっくりしてくれ』と、言われ、彼は頭を掻いた。
「……そういえば、あいつはどこにいるんだ?」と、その男がいそうなある場所へ真っ直ぐ向かう。
現在、酒場は閉まっており、店主も復興の為に働いていた。そんな酒場の裏手で、その者は空瓶を片手にフラフラとした頭で歌を口ずさんでいた。
「おいニック……いつまで寝てるんだよ」と、躊躇なく水桶を持ち、中身を彼にぶっかける。
「ぶへぁ!! ここは海の上かぁ? ん? 水がしょっぱくねぇぞ? ……そんな事より、もう一杯飲まなきゃな!」と、空瓶の口を咥える。
「いい加減にしろよ……他の飲んだくれだった人は髭を剃って、汗水たらして朝から働いてるってのに、お前はなんだ?」呆れた様にため息を深く吐く。
「母ちゃんはいつもそうだよな? 金を持ってこい、嫁を連れてこい、孫の顔を見せろ! 俺はもっとスケールのデカい事を成し遂げるんだよ! ほっとけ!!」
「誰と話しているんだよ?」
「お前だよ、スティーブ! よくもあん時は俺を島に置き去りにしやがったな!!」と、ヴレイズの胸倉を弱々しく掴み、そのままぶら下がって寝息を立てる。
「……このまま死んでくれないかな」と、ヴレイズは彼の頭をむんずと掴み、彼の体内のアルコールを焼いて蒸発させ、更に軽い解毒魔法で二日酔いまで落ち着かせる。「起きろ」
「ん……ん? おぉ、ヴレイズ。もう朝か?」何事もなく目を覚まし、欠伸と共に伸びをする。
「昼だ。で、話があるんだが、いいか?」
「なんだ? それより、酒はないか? なんか、身体がさみしいんだが」
「……お前、普段は本当にアル中なんだな」ヴレイズは目を丸くさせ、呆れた様に冷笑する。数日前の頼りになる彼は何処へやら、今のニックはただの酔っ払い以下の酒呑み猿だった。
「中毒とは失礼だな。俺にだって自制心はあるぞ? で、話ってなによ」
「これから、お前はどうするんだ?」
ニックは昨日、酒場で酔った勢いかその場のノリか『俺は魔王を倒す!』と、叫び散らしていた。それがヴレイズの頭の中で引っかかり、気になっていた。
もし、彼が本気なら、ラスティー達を紹介しようかと考えていた。
「決まってるだろ? 昨日言った通りだ。魔王をぶっ倒すんだよ」
ニックは滑らかに口にしながらも空の酒瓶の中の雫を手に垂らす。
「本気なのか?」
「あぁ。お前はあの氷帝を倒しただろ? 正直、倒せるなんて万分の一の可能性しかないと思っていた。だが、倒した。それを見て、俺にだって出来るんじゃないか? って思ってな。希望っていうのか? 正直、昔、捨てたんだがな……あぁも見事に魅せられたら、俺も黙ってはいられないな」
「そうか……じゃあ、」と、ヴレイズが言い出そうとすると、ニックが鼻先まで詰め寄る。
「その前にヴレイズ! お前、俺に借りがあるよなぁ?!」
「え? あぁ……でも、それはこの酒場で一週間飲み放題って……」
「いや、それは英雄特権ってやつでほぼタダじゃないか! それじゃあダメだ。俺はこの戦いでかなりお前らの為に頑張ったんだ。だから、今度は俺の為に尽くしてくれ!」と、ヴレイズの胸板を強く小突く。
「で? 俺は何をすればいいんだ?」
「言っただろ? 俺は魔王をぶっ倒すんだって。その手伝いをして貰うぜ! この国から東へ行くと、チョスコっていう国がある。つい最近まで抵抗していたが、ついにバルバロンに降った国だ。そへ殴り込みだ!!」
「……………………え゛ぇ゛」
「嫌とは言わせないぞ? いやっとはっ言わせねぇゾ~~~~~~♪」
その頃、ギオスの町の外に水の賢者リヴァイアが現れる。ゆっくりと門を潜り、復興を始めたばかりの村を興味深そうに眺めながら練り歩く。
「手伝ってもいいんだけど、私の管轄は東大陸全土だし、そっちも忙しいしね」と、悩ましそうなため息を吐く。彼女は現在、数十体のドッペルウォーターを東大陸中にばら撒き、自分の代わりに仕事をさせていた。
彼女は村の中から感じる魔力を辿り、酒場の裏でもみ合うヴレイズ達を見つける。
「……出直してこようかしら……」何かを悟ったように視線を逸らし、一歩後ろへ退く。
「おい! 離れろ! とりあえず後でじっくり話すから離れろ!!」ヴレイズはしがみ付いて話さないニックの顎を掴んで押しやる。
「今言え! 約束するってよぉ!! 借りを返さないと男とは言えないぞ!!」
という問答を数分続け、やっとの事でニックを落ち着かせるヴレイズ。
「ったく、しつこいなぁ……で、何の御用で?」と、リヴァイアを目にするヴレイズ。
彼は一目で、彼女がただ者ではない使い手だと感じ取り、緊張で表情を強張らせた。
「私は水の賢者リヴァイア。貴方があのウルスラを倒した、ヴレイズ君ね。この国でそれだけの魔力を感じるのは貴方だけだし……と、言うか名乗り出ないのかしら? 王都は貴方の噂で持ちきりだったわよ?」
ヴレイズは相手が賢者だと分かり、一瞬狼狽したが、もう慣れたのか取り繕い、咳ばらいで態度を整えた。
「名声が欲しくて戦った訳ではないので……」
「生意気な子ね。ま、それもいいわね。そうそう、聞いた話ではあのブリザルドを倒したのも貴方みたいだけど……本当?」リヴァイアは疑う様な目を彼に向ける。
「あいつは、仲間と団結して、グレイスタンから追っ払っただけです。ひとりで倒した訳じゃありません」
「やっぱりね……彼は腐っても賢者。今の貴方では決して勝てないわ」
「てぇことは、どんだけ勝ち目のない戦いだったんだ、アレ……」ヴレイズは半年以上前のグレイスタンを思い出し、身震いした。
「それに、これから貴方が油断しない様に釘を刺させて貰うけど、ウルスラは凍結魔法に拘ったから貴方に後れを取ったのよ。もし、彼女が真っ直ぐに水属性を使っていれば、貴方に勝ち目はなかったわ。彼女には、それだけの実力がある」リヴァイアは目を鋭く尖らせ、ヴレイズを睨んだ。
「それはわかっています……もし、あの戦いで戦法を変えられていたら……負けていたのは俺だというのはわかっています」
「でも、貴方が勝った。結果は結果よ。それより、ちょっと付き合いなさいな」と、彼に背を向ける。
「?」
「貴方の実力、見せていただける?」
「あぁ……やはり」
フレインは、ぐったりとベッドに寝転がり、窓から外を眺めていた。活気の戻った町、笑顔溢れる町人。
「あぁ~ 退屈だなぁ~ せめて、彼らの手伝いぐらいはリハビリで……」と、腰を上げようとするも、それを魔法医に強引に止められる。
「あと3日は寝ていてください!」
「3日も?! なんでそんなに時間がかかるの?!」
「私の回復魔法は時間を掛けてじっくりと、後遺症なく治すタイプなのです。もし死にたいなら、どうぞ退院なさって結構ですよ」と、強気な態度を見せる女医。
「……はぁい」と、また不貞腐れた表情を膨らませる。
するとそこへ、ニックが酒瓶片手に現れる。
「よぉ、フレイン! 一杯やるか?」
「貰いたいけど……」と、さっきの方を横目で見る。そこには瞳を血走らせた女医が歯を剥きだしていた。
「ま、あと数日の辛抱だろ? でよ、この先の事で話があるんだがな……」
「あたしはもう決まってるよ。ここから東のチョスコって国を締めているノーマン・キッドロゥってヤツを倒しに行く!」その男は六魔道団のひとり、パトリック・ドラグーンの右腕だった。
「ほぉ~う♪」ニックは満面の笑みを浮かべ、酒瓶の中身を一気に飲み干した。
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