87.炎VS氷 後編

 眼前の戦いを、ただ口をポカンと開けて眺めるニック。彼は、死の覚悟と生の安堵の間で振り回され、疲れ果てていた。

 ウルスラが、氷地獄王が如き一撃を放つと、ヴレイズがそれを暖かな炎で霧散させる。先ほどからそれを繰り返しており、ニックは生きた心地がしていなかった。

 彼自身、クラス3の中級風使いであった。真空波や空気爆弾、風で諜報などの応用が出来る程度ではあったが、一人前の使い手には程遠かった。彼自身、船を操舵する上において、便利に風を使っているだけに過ぎなかった。

「もう酒止めようかな……ははっ」頼れる男が一変し、べそを掻く子供の様な声を出す。

 そんな彼の脚元に転がるフレイン。

 彼女の心境はいつもと違い、誇らしげであった。いつもの彼女なら「また実力を離された!」と、歯噛みした。

 しかし、今の彼女は微笑を浮かべ、いつもより大きくなったヴレイズの背を安心して眺めた。彼の滲みだす炎は普段のよりも優し気で暖かかった。

「なぁフレイン……」ニックは冷や汗を拭いながら問うた。

「なに?」

「ヴレイズって、何者なんだ? あんなに逆境に強いヤツぁ初めてだ……」

「ヴレイズが言うには……それも仲間から教わったって。ピンチにこそ、チャンスがあるって」

「その言葉、酔っ払いと弱者の戯言だと思っていたぜ」

「あたしもそう思っていたけど……彼と旅をしていると……そういう返しをする人間こそが弱者だと思う。足掻くのを諦め、折れて不貞腐れているだけの負け犬……そんな人に奇跡なんて起きない。あたしは、そう思うよ」心から流れ出るままに口にし、気が付いたように顔を赤らめるフレイン。「何言わせんだよ」

「……奇跡、か……」ニックはその場に座り込み、考え込む様に口を結ぶ。



「お前だけは絶対に殺す!!!!」両瞳を青く燃やし、全身から青い魔力を吹き上がらせるウルスラ。彼女の足元から結晶の刃が広がっていく。

 すると、彼女の纏う氷鎧の色が徐々に変色し、透き通った水色から蒼紫色へと変わっていく。先ほどまで溶けかけのシャーベット状態だったが、形が整い、堅牢な装甲へと変わる。

「さぁ! 溶かしてみろぉ!!」ウルスラは一足飛びにヴレイズの間合いまで飛び、氷棘拳を首に向かて見舞った。

 ヴレイズは眉を顰め、すぐに数歩引いて攻撃を避ける。

「呪術の角度を変え、重ね掛けをしたか……」ウルスラの自信にあふれた表情と躊躇の無い急所への攻撃で全てを悟る。彼は冷静にウルスラの次の氷柱攻撃を見て、無駄のない脚運びでそれを次々に避ける。

「対処できないみたいね……それなら!」ウルスラは冷静さと余裕の笑みを取り戻す。

 彼女は棘氷塊を作り出し、ヴレイズへ向かって落とした。

 それは余裕を持って一瞬にして砕かれる。

 すると、その向こう側からウルスラが突撃する。彼女の氷籠手には禍々しい刃が生えており、それでヴレイズの首を狙う。

「戦い方に余裕が無いな」ヴレイズは右腕の赤熱拳に魔力を注いで伸ばし、ウルスラの攻撃を間合いの外で阻む。

「くっ……ぁあ゛ぁ!!」ウルスラは再び表情を歪め、赤熱の腕を氷刃で斬り落し、拘束から逃れる。

 彼女は氷鎧を更に禍々しく変貌させ、化け物が如き爪、牙を生やした。それはもはや鎧ではなく、化け物を纏った様な姿だった。

 ふた回りほど大きく姿を変え、アイスブレスを吐き散らす。ブレスには鋭利な結晶が含まれており、直撃すれば一瞬で細切れのシャーベットになった。

 ヴレイズそれを見て、気合を入れる様に息を吐き、体全身に炎を纏い、瞬間的にウルスラの間合いに入り込む。

 彼女は巨大な腕を振るい、氷の断頭台の刃の様な爪を、殺気を込めて振るう。

「大型の狩り方は心得ている」ヴレイズは間合いに己の炎分身を作りだし、自分は間合いの内側の死角へと入り込み、脇腹に炎拳を打ち込んだ。

 そこから一発で皹が入り、炎が入り込んで氷鎧の胴部分がバラバラに弾け飛ぶ。

 だが、飛び散った先から氷結晶が戻っていき、一瞬で氷鎧が無傷に戻る。

「流石、氷帝だな。簡単にはいかないか」

 


 ウルスラは更に魔力を溜め、氷鎧を大きくさせた。更に、次々と巨大な剣、槍、斧を作りだし、ヴレイズに向かって投げつける。ダメ押しに口からアイスブレスを吐き散らす。直撃した壁から氷棘が伸び、ヴレイズの逃げ場を奪っていく。

 すると、調子よく攻めるウルスラの氷に異変が現れる。

 水滴が垂れたのである。

「なに?」

「よし、角度は分かった」ヴレイズが口にした瞬間、ウルスラの氷鎧がドロリと形が崩れ、大腕がボタリと落ちる。

「く、ぁぁぁぁぁぁああああああ!!!!!」ウルスラが気合を入れる様に咆哮を上げると、また氷の色味が変わる。蒼紫から濃い紅紫へ、そして暗い紫色へと変貌する。

「成る程……層によって呪術の角度を変えたのか……すげぇ……」ヴレイズは感服した様にため息を吐き、首を振った。


「お前如きが、私に勝てるわけがないんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 ウルスラは氷鎧の内側で鼻血を噴きながら喚き散らし、突撃する。

「わかった……じゃあ、ここからは……」ヴレイズはクラス4の無限の魔力、使えるだけのありったけの魔力を己の身体に循環させ、前の様な高速循環呼吸を行う。

 すると、彼はまるで火山の化身の様な、ガイゼルの様な火炎を全身から吹き上がらせ、フィッシャーフライ城だけではなく、サバティッシュ国全体を揺るがすような激震を起こす。

 氷漬けだった城が溶け始め、一気に瓦礫が落ち始める。

「うわ! あぶねぇ! 逃げるぞ!!」隣に天井の破片が落ちてきて、背筋が伸びるニック。彼は慌ててフレインの抱きかかえ、踵を返した。

「やだよ! あたしは最後まで見届ける!」

「んな事言ってる場合か!!」

「それより、退路が無いんだけど……」と、冷静にフレインが指さす。それと同時に氷で塞がれた扉が溶け、開け放たれる。

「サンキューヴレイズ!」ニックはフレインの意見には耳を貸さず、脱兎のごとく駆け出し、フィッシャーフライ城を後にした。



 しばらくすると、城の頂上が噴火した様に爆ぜ、氷の化け物と化したウルスラとヴレイズが飛ぶ。氷塊と火炎弾がばら撒かれ、大地に皹を入れる程の衝撃波が響く。

 ヴレイズはウルスラの必殺の一撃を全て受け流し、避けてはカウンターを入れ、氷鎧に皹を入れる。が、その皹は直ぐに再生する。

「くたばれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」氷柱を、ヴレイズを囲む様に、逃げ場を奪うように撃ち出す。

それらを全て避け、邪魔な物だけを叩き落とし、更に魔力を高めるヴレイズ。


「そろそろ、終わらせるぞ!」


 ヴレイズは火炎を纏った肘で氷鎧の中央を穿つ。その衝撃が内部まで勢い衰えず響き、ウルスラに直撃する。

「がぁっ!!」不意の衝撃に狼狽し、意識が混濁する。

 そこからヴレイズは容赦なく火炎弾を氷鎧に集中した。再生を許さない程の連射で徐々に鎧はボロボロになっていき、崩れていく。

 鎧とは言えない程に弱ったころ、ヴレイズは更に白熱球を作りだし、それを撃ち込む。

すると、目を潰す程に眩い光が爆ぜ、ついにウルスラを纏う鎧が一片残さずに砕け散る。飛び出た彼女は城の屋根へ叩き付けられるが、また一瞬で氷の鎧を纏う。

「その程度で……負けるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」我を忘れて吠えるウルスラ。

「そうかな? 周りを見てみろ」

「??」周囲には驚くべき事実が広がっていた。

 氷と雪で覆われた大地が、いつの間にか雪の一欠けらも残さずに溶け、緑の草原が広がり、城下町が姿を現していた。

しかも、ただ溶けたわけではなく、溶けて残る筈の水も全て蒸発し、カラッと渇いていた。

「な……な……」ウルスラはここで初めて絶望の表情を作り、心に入った皹が更に深くなる。

「どこまで俺の魔力が届くかやってみたんだ。意外と広範囲で、俺も驚いた」と、纏った炎を鎮火させる。「わかったら、もう諦めろ。大人しく出て行くなら、追わない」

「……やる……」ウルスラの声はか細く、震えていた。

「?」


「殺してやる!!!!!!」


 今までにない程の殺気と共に我を忘れ、ヴレイズの顔面を砕こうと奔る。彼女の魔力は完全に落ちていたが、もはや彼女の怒りは殺さなければ収まる物ではなかった。

「最後までやらなきゃダメみたいだな……」ヴレイズは目を瞑り、再び炎を纏う。

 そこから、彼は容赦なく彼女を火炎で攻めた。

 その攻撃の全てを、ウルスラは防ぐことが出来る筈だったが、彼女はそれをやらなかった。それ程に彼女は自我を失っており、怒りと殺意で頭を支配されていた。

 それ程までに、彼女のプライドはズタボロになっていた。

 火傷を負おうとも、筋肉が千切れようとも彼女は回復すらせず、ヴレイズに向かって攻撃を乱打した。

 その姿はもう、見るに堪えない程に無様なものであった。

「おらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」対してヴレイズも容赦なく迎え撃ち、火炎嵐を荒ぶらせ、ウルスラを炙った。

「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」ついに動けなくなるウルスラ。ただ突っ立ている事しか出来ず、先程のフレインを笑えない程、ボロボロになっていた。

「ころしてやる……ころしてやる……」虚ろな目で一歩一歩進む。今の彼女はもう氷帝の面影はなかった。

 それを目の前にして、ヴレイズは冷静な目付きで再び赤熱拳を赤々と燃え上がらせ、拳を引く。周囲の熱気が右腕に収束していき、魔力が膨張していく。それと共に拳が肥大化していき、やがてウルスラを一飲みにする程の大きさになる。

「これで終わりだ!」跳び上がり、赤熱拳を見舞う。

「あ、あぁぁぁ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」ウルスラは眉をハの字に下げ、悲鳴と共に豪炎に飲み込まれる。

 フィッシャーフライ城の頂上の屋根が吹き飛び、瓦礫が飛び散り、まるで流れ星の様に熱が光った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る