86.炎VS氷 前篇
ギオスの町の酒場では、普段通りの日常が流れていた。ある者は二日酔いのまま迎え酒を楽しみ、またある者はカウンターに突っ伏したまま眠っていた。店の中央ではお決まりの飲み比べが繰り広げられていた。
「15杯目ぇ~ っぷはぁ~ 久々に熱くなってきたぜぇ~」と、汗だくで上着を脱ぐ。
「なんだろぉ~ いつも通りの展開なのに、なんか俺まで熱くなってきたぞぉ? この酒のせいか?」と、毎日飲んでいる銘柄の酒瓶をまじまじと眺める。
「おい見ろよ、久々に雪が止んでるぜぇ~!」
「馬鹿言え!! 相当、酔いが回ってるな……いいか? この雪は一生、止むことはないんだぜぇ?」と、赤ら顔で窓の外へ指を向ける。
すると、周囲の酔っ払いたちが一斉に目を丸くし、酒場のドアを思い切り開いた。
「やめておけ。もう、お前では俺には勝てない」ヴレイズは一歩一歩歩き始め、ウルスラの手が届くほどの眼前に立つ。
「最近、でかい口を叩く奴が多くて困るわ……ここはひとつ、強烈な見せしめにして吊し上げなきゃいけない様ね……」ウルスラは表情のピクつきを押さえながら、穏やかに口にし、抑えきれない殺気をヴレイズに集中させる。その殺気は次第に激しく吹き荒れ、背後にいるニックとフレインまで届く程だった。
彼はそれでも平常心のままの表情でウルスラを見据え続けた。
「この生意気なクラス3がぁ!!!」
ウルスラは爆ぜる勢いで怒鳴り、背後に氷龍を作りだし、そこからアイスブレスを噴射した。ヴレイズの立つ場が氷の地獄で広がる。
しかし、一瞬でそれらが全て蒸発し、氷龍も咆哮と共に溶けて無くなる。
「な!」
「今の俺はクラス4だ」冷ややかな表情でヴレイズが口にし、身体から炎を淡く漏れ出させる。「……成る程、ダンガの言っていた『解放』の意味がわかった気がする……魔石から絞り出すとか、循環させるとか……そういう事じゃないんだな!」と、納得した様に静かに笑み、瞳に焔を灯す。
「くっ……この一瞬でクラス4に覚醒? しかも、私の呪術を解いたですってぇ?! こんな偶然が、奇跡が起こってたまるかぁ!!」ウルスラは今まで以上に表情を崩した。
「言っただろ、これは奇跡でも偶然でもない! そして、俺だけの力じゃない!!」
「スゲェな……こんな戦いに立ち会えるなんて、そうそう無いな……」呆然と座り込むニックが口にし、膝を震わせる。
そんな彼の腕の中でフレインが混濁した意識の中から目を覚ます。
「ヴレイズ……? ヴレイズ? んぅ?」霞む瞳に男性の顔の影が映り、それに向かって声を掛けながら目を凝らすフレイン。
「お? ハッキリとお目覚めか? まだ起きるなよ。傷は塞がっても、それでもまだ絶対安静だ」
「……なぁんだニックか……」残念そうにため息を吐き、うんざりした様な声を出す。
「なんだ、とはなんだ! そんな身体の割には元気そうだな!」と、ニックはフンと鼻息を鳴らし、フレインの上体を起こさせる。
「いでででで! やめてとめて!! バラバラになりそうなぐらい痛いんだから、もっと丁寧に!!」体中の筋肉が引き千切れ、骨も皹だらけの重体であったが、それでも余裕そうな悲鳴を喘げるフレイン。彼女の致命的な傷はヴレイズの回復魔法で塞がり、命は繋がっていた。
「それより前見ろ、前!」と、正面を指さす。その方向には、炎を纏ったヴレイズが立っていた。
「ヴレイズ! え? なんで? 何で復活してんの?」フレインは己の目を疑うようにパチクリさせた。
「いや、お前ならわかると思ったんだけどさ……」
ヴレイズは今まで、己のキャパシティーの中で如何にして魔力を練り上げ、高速で循環させ、一瞬で最大火力を出すか、という事だけを考えて瞑想をしていた。上位のクラス3はこれを極めればクラス4へ覚醒できると信じていた。それに加え、クラス4の者達も、その鍛錬方法で間違いないという者も数多くいた。
何故なら、ダンガが言った『解放』というのはそれだけの難題であった。
魔石とは、そもそも魔力を放出する器官ではなかった。実際は『自然に溶けた魔法を、魔石を中心に集める為』の器官であった。
故にクラス4の『無限に魔力を放出する』というのは、正確には『自然に溶けた魔法を何の負担もなく、自由自在に操る事が出来る』という意味に等しかった。
しかし、クラス3以下の使い手はこれを本能的に認識できず、魔法を一旦、身体に吸収し、その分量だけの魔力を放出する事しか出来なかった。その為、身体に負担がかかるのであった。
そう言った考え全てを『解放』する必要があった。これを本能的に理解できなければ、一生クラス3のままであった。
そして、あのままであればヴレイズは一生クラス3.5のままであった。彼が覚醒できたのは、ダンガの助言や今迄の経験、そしてフレインの炎のお陰であった。
「百歩譲ってクラス4に覚醒できたのは良しとして、どうやって私の呪術を解いた!」ウルスラは悔し気に歯の間から絞り出す。
この『炎を無効化する呪術』は彼女が編み出した自信作であった。この呪術を氷の結晶ひとつひとつに書き込み、それを当然の様に放つのは、まさに魔技と呼べる代物であった。
それを格下の使い手に破られたのは、悔しくて仕方が無かった。
「……経験のお陰かな?」変わってヴレイズは、今迄の旅で様々な呪術と出会ってきた。
ヴェリディクトの魔力暴走呪術、グレイスタンの病魔呪術、吸血鬼の感染呪術。これらに触れてきたお陰で、呪術のレベルやタイプを理解し、あらゆる書物を読んだお陰で、ウルスラの呪術を破るのに成功したのであった。決まり手はやはり『お勉強』であった。
「……そう……でも、あなたが格下である事に変わりはない……私に勝てるわけがない!」
「そうだな……俺はあんたよりもまだまだ経験不足だし、実力も下だろう……だが、これだけは言える」ヴレイズは身体から炎を噴き上げさせ、口にした。
「?」
「それでもお前は、俺には勝てない」
「舐めるなこのガキ!!!」
ウルスラは一瞬で数十の氷柱を作りだし、ヴレイズに向けて放った。それは禍々しい殺気を纏い、容赦なく飛来する。
しかし、ヴレイズは一歩も動かず、再構築された赤熱右腕を翳した。
すると、数十の氷柱が先から蒸気と化し、あっという間に消えてなくなる。
「な……っ!」
「氷では炎には勝てない……相性の問題だ」
「貴様ぁァァァァぁァァァぁぁ!!!!」
ウルスラの氷のドレスが霧散し、足先から氷の鎧が装着される。何層にも重なった氷のプレートは鋼鉄の様に頑丈で、帷子の様に柔軟であった。
「殺す!!!」余裕の無い表情がマスクで隠され、ウルスラは瞬きする間にヴレイズの眼前に現れ、氷棘に覆われた拳を振るった。
しかし、その鎧が蒸気で包まれ、一瞬で溶け、下着姿のウルスラが現れる。
「……無駄な事はやめるんだ」ヴレイズは静かに口にする。
「喧しい!!」再び氷鎧を装着し、離れる。彼女は構えながらヴレイズの様子を伺い、作戦を考えた。
「……もうこの国には手を出すな。静かに出て行くなりしてくれ……」ヴレイズは何故か静かな口調のまま崩さなかった。
「そんな事、私が出来るものか! この国は私のものだ!!」ウルスラは巨大な氷塊を作りだし、彼に向かってぶつける。
ヴレイズはため息交じりにそれを一瞬で蒸気に変えた。
その向こう側からウルスラが襲い掛かり、拳を見舞う。氷籠手は溶けたが、そのまま殴りつけるが、ヴレイズはそれを受け止めた。
「まだやる気か?」ウルスラの策を見透かしていたヴレイズは、彼女の手を離し、目を瞑る。
「この……くそっ! くそぉぉぉぉっ!!」拳を引き、氷籠手を再構築しながら跳び上がる。両手を頭の上に翳し、魔力を集中する。頭上に吹雪の塊が作られ、それが膨らんでいく。
「ダイアモンド・エクスプロージョン!!!」
ウルスラが手を降ろすと、ヴレイズ目掛けて吹雪の塊が轟音を立てながら落下していく。これは、彼女のキャパシティー最大まで溜めれば、国ひとつを雪と氷で覆う事の出来る技であった。つまり、このサバティッシュを雪の国に変えた驚異の技でもあった。
それを目の前に、ヴレイズは顔色一つ変えず、ゆっくりと右腕を引く。すると、一気に魔力が高まり、彼を中心に巨大な火柱が勢いよく立ち上る。
これは、クラス4の使い手が簡単にできる技術ではなかった。クラス3.5と言う寄り道をした事によって始めてできる、高度な練魔術であった。
「だぁっ!!!」
ヴレイズが拳を振るった瞬間、眼前の吹雪地獄の塊が煙を立ててジュワッと言う音と共に消し飛ぶ。ウルスラに向かって熱風が吹き上がり、氷鎧がほんのりと溶ける。
「う……うぅ……嘘だ……」ウルスラは声を震わせ、歯をカタカタと鳴らした。
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