83.フレインVS氷帝ウルスラ

 フレインは両拳を腰の辺りで引き、腹で息を吸い、深く吐く。魔力がいつも以上に練り上がっていき、身体周りに炎が滲みだす。全身に魔力が行き渡り、彼女のしなやかな筋肉が脈動する。

「ボルコニアバースマウンテン、火の一族特有の身体能力増強魔法、かしら?」ウルスラはフレインを分析する様に観察し、冷静に口にする。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」フレインは気合を漲らせ、目を血走らせる。吐く息に火花が混じり、彼女を中心として灼熱が広がっていく。そこから更に魔力が高まっていく。髪がメラメラと逆立ち、目からも火花が散る。

「ふぅ~ん……以前とは違うわね。まるであのヴレイズって奴、否、それ以上の魔力ね……」セリフとは裏腹に全く動じない氷帝。

 今のフレインは明らかにクラス3.5を発動させたヴレイズよりも激しく燃え上がり、高まった魔力を更に練り上げていた。

 しかし、今の彼女はクラス3.5とは違う別の技術を使っていた。

それは魔力高速循環とは違う、危険なモノであった。

「……ここで死ぬ気なわけね……そんなつまらない事をするより……」悟ったウルスラは鼻で笑い、玉座に座り直し、脚を組む。何を思ったのか、近場に生えた氷柱をポキリと折り、フレインの足元へ投げる。

「?」

「ねぇ……ヴレイズって子にかけた呪いを解いてほしいんでしょ? なら、それをここで舐め溶かしてみせなさい。そうしたら……」と言う間に彼女の頬を氷柱が掠め、玉座の背もたれに突き刺さる。


「お前がしゃぶれ!!!」




「炎牙龍拳には禁じ手とされる技がある」道場で茶を啜りながらガイゼルが口にした。彼の正面にはボルンがひとり正座していた。

「それはどういう技ですか?」炎牙龍拳の殆どの技を収めるボルンは、聞いたことの無い技に興味を示した。

「『暴龍宿し』という技だ。この技は、クラス4になるコツと一緒で、教える事が難しい技だ。それに、教えるべきではない技でもある。ワシはそう思う」と、弱々しいため息を漏らす。

「何故です? それ程までに危険な技なのですか?」

「教えるべきではない理由は3つある。炎牙龍拳とは、心技体魔、この4つを一体として力を身に付ける拳法である。その4つの内の『心』を殺し、龍とするのが、『暴龍宿し』だ。龍を宿すと、技、体、魔を倍増させる事が可能となる。あのヴレイズ殿の高速魔力循環法を超えた力が出に入るのだ。

 ここで教えるべきではない理由のひとつだ。心を殺し、暴龍を宿す技、というだけあり……理性が飛ぶ。抑えが効かず、眼前の敵を屠ったとしても止まらないのだ。

 そしてもうひとつ……この技の身体への負担は凄まじく、己の生命を削るだけではなく、魔石を傷つける、最悪砕く事になるやもしれん。教えるべきではない技だと言うだけあるだろ?」と、茶を啜る。

「使うべきでもない技、ですね……と、いうより炎牙龍拳らしくない技ですね。我らが拳法は、活人拳であるべきです。なのに……故に禁じ手ですか……」

「そう、そして3つ目の理由は……この技は元々、炎牙黒龍拳『黒龍宿し』を真似て編み出された技なのだ」

「?!! なんですと!」仰天するボルン。この事に矛盾を感じ、心の中で言いたいことが暴走する。

 そんな彼の心中を察したのか、手を付き出して頷くガイゼル。

「言いたい事はわかる。だが、この『暴龍宿し』が編み出された理由は……炎牙黒龍拳伝承者を倒すために必要な技でもあった。そして、再びこの山に、そして世界に厄災が降りかかるその時、立ち向かえるよう『あえて』受け継がれてきた技なのだ。このワシも、使おうと思えば暴れ狂う龍を宿す事ができる」

「想像もしたくありませんね……恐ろしい……」額から汗を滲みだし、小刻みに震えるボルン。

「……そう、『暴龍宿し』は炎牙黒龍拳と一番密接な関係にある技なのだ……ワシはあえて教えていなかったがもし、フレインがこの技を使ったなら……」



 ウルスラはフレインの周囲にアイスソルジャーを10体ほど一気に作り出す。その氷の兵隊は以前よりも魔物的な造形をしており、頭は竜の骸骨のようになり、手足は禍々しく尖り、尻尾も生やしていた。

「泣いて許しを乞うまで、嬲ってあげなさい」ウルスラが指を鳴らすと、氷兵たちは一気にフレインに飛びかかり、ある者は氷ブレスを吐き、またある者は身体の氷鱗を刃物の様に飛ばし、またある者は大口を開けて彼女の首目掛けて顎を唸らせた。

 その瞬間、フレインは一気に全身から火炎爆発を放ち、アイスソルジャー達を煌めいた塵に変えた。その破壊力は以前見せたモノとは比べ物にならず、フィッシャーフライ城全体を揺るがし、天井から装飾品やシャンデリアを落とした。

「この魔力……明らかにヴレイズ以上……この娘、一体……」

 いつものフレインなら得意げな表情を作り、敵を挑発した。

 しかし、そんな事はせず、冷静な表情のまま目を尖らせる。

 彼女は己の魔力に、魔石に集中し、身体の悲鳴には耳を傾けず更に火力を高めた。既に彼女自身は限界を超えており、これ以上練り上げると、以前バースマウンテンでヴレイズの前で見せた様に身体が崩れてしまう筈であった。

 だが、今の彼女は以前よりも肉体、技術ともに成長しており、身体は崩れず、キャパシティー以上の魔力を堪える事が出来た。

「まだ練り上げている……このままクラス4にでもなるつもり? 言っておくけど、そんなんじゃあなれないわよ? それは魔石を傷つける愚かな行為って奴よ」

 ウルスラの忠告はフレインには届いておらず、まだ魔力が高まる。

 やがて、彼女は獣の様に歯を剥きだし、涎の代わりに火の礫を垂らす。拳は竜の手を形作る様に指を曲げ、指先から火を滲みだす。全身から火山の噴火の様な勢いで炎を噴き出す。身体を前傾姿勢に丸め、真っ赤に燃えた瞳をウルスラへ向ける。

「まるで炎の化け物ね……」

 すると、フレインの魔獣の様な咆哮と共に人間性とも呼べる瞳は消し飛び、目が灼熱色に染まる。同時に城床が砕け、火の玉が高速で飛ぶ。

 火炎の玉は玉座に着弾し、木端微塵に吹き飛ばした。

「あ~あ……フィッシャーフライ城自慢の玉座が……ま、私の氷魔法でどうとでもなるけど……」玉座の更に上を滞空するウルスラが呆れた様にため息を吐く。

 それを瞬時に見上げ、唸り声を上げたと同時に飛びかかるフレイン。彼女の胸は白熱し、その周囲は焼け爛れ、血管が浮き上がり脈打っていた。

「魔石を意図的に暴走させている訳ね……そんな単純ではなさそうだけど」

 フレインはウルスラに飛びかかり、技術もクソもない拳の連撃を放った。力任せに拳を振り、周囲に火の粉を撒き散らす。それらが更に膨張し、連鎖爆発する。この技は『炎牙龍拳、粉塵爆炎拳』だった。

 そんな地獄絵図の様な火炎を目の前にしてウルスラは鼻歌混じりに氷障壁を作り出しながら距離を取る。

 フレインはその氷障壁を砂壁の様に簡単に砕き散らしながらウルスラへ突撃し、炎爪が如き拳を振る。

 ウルスラは後ろ手で腕組みしながらそれらを紙一重で躱しながら、周囲に鋭い氷柱を無数に作りだし、フレイン目掛けて飛ばす。

 フレインはそれを、全て破壊しながら距離を詰め、さらにウルスラの頭を捥ぎ取る勢いで拳を振った。

「おぉ怖い怖い……こんな怖い娘は、氷の中に封印してあげましょうね」

 いつの間にか作り上げた、巨大な三つ首の氷龍がウルスラの背後に現れ、三つ同時に氷ブレスを吐いた。

 フレインはそのブレスを正面から浴び、氷漬けになったが、一瞬で纏わりついた氷を食い破り、氷龍に向かって口をあんぐりと開ける。

 すると、フレインの喉の奥が発光し、その瞬間、彼女の顔が爆ぜた様に光り、熱線が放射される。一瞬で氷龍を粉砕し、勢い余って城壁に大穴を開ける。更に、彼女は首を捻っり、ウルスラ目掛けて薙ぎ払う。

「女の子が口から火を吐く? 普通……」軽やかに熱線を避け、氷柱を数十本一気に作り出し、飛ばす。

 フレインはそれを熱線で叩き落とし、そこでやっと放射をやめ、口から真っ黒な煙を漏らす。

「まったく……いつまでこんな無駄な事を続ける気よ……」と、ウルスラが鼻で笑うと、その眼前に再びフレインが距離を詰め、拳を振った。



「炎牙黒龍拳とは、そんなにも恐ろしいものなんですか?」ボルンが不思議そうに問う。

「ふむ……確かに、一拳法が厄災、災害に匹敵するのか? と、疑問に思うだろう。ワシもそう思い、先代に問うたものだ。そこで『黒い炎』について教えられた」苦そうに口にするガイゼル。

「黒い炎? それは一体?」

「なんでも、古の闇魔法に匹敵する、心を蝕む炎だそうだ。これを使うものは、冥界王に匹敵する程の力を得るだろう、と伝えられている」

「黒い炎……見た事も聞いたこともない……」ボルンは唸りながら腕を組む。

「そうだろうな。炎牙黒龍拳最後の伝承者以降、その炎を使う者は現れていないからな。そこは安心していいだろう」ガイゼルは彼を安心させるように微笑みかけたが、同時に心中で嫌な予感を膨らませていた。

 もし、あの巻物を読んだフレインが呪われ、その呪いが膨張し、再び炎牙黒龍拳を再臨させたら……。

 ガイゼルは一抹の不安を抱えながらも、自分の娘を信じ、そして共するヴレイズを信じて、これ以上、不安を膨らませることなく抑る事が出来た。



「くっ! しつこい小娘ね!!」ウルスラは未だに無傷のままフレインの怒涛の攻撃を避け続けていた。代わりに氷に包まれたフィッシャーフライ城は穴だらけになり、ところどころ瓦礫と化していた。

 フレインは未だに腹から咆哮し、灼熱を撒き散らしながら殴りかかっていた。一気に距離を詰めては熱線を吐き散らし、また拳を振るう。

 彼女の身体は焦げた血が滲み出ており、肌が裂け、そこから火が噴いていた。

「ったく、鬱陶しいわねぇ!!」と、分厚い氷の壁でフレインを押しつぶし、更に氷岩を雪崩の様に落とし、潰す。

 すると、揺れと同時に天井を突き破る勢いで噴火が起こり、フレインが跳び上がり、また氷帝に飛びかかる。

「そこ!!」と、氷礫を弾丸の様に無数に飛ばす。フレインはそれを正面から防ぐことなく喰らい続け、血みどろになる。

 だが、お構いなしに奔り続け、叫びと共に拳を振り乱す。

「ったく、本当にしつこいわねぇ……いい加減にくたばれ!!」ウルスラも本気で怒り、手の甲に血管を浮き上がらせながら魔力を練った。

 フレインは何も考えず、黒煙を吐きながら走り、拳を固く握り、火炎を爆裂させる。

「所詮はクラス3! どんな悪あがきをしようとも、この私には勝てない!! それをわからせてあげる!!」と、己の背後に禍々しい氷の刃を纏った蛇を作り出し、片目を青く光らせる。

 その瞬間、フレインの姿が変わる。

「?!?」

 フレインの纏った炎は黒く染まり、表情はぐにゃりと壊れた笑顔が張り付いていた。

「な、」一瞬思考が停止し、動きの止まるウルスラ。気付くと、腹にフレインの腕が深々と突き刺さり、真っ黒な煙を上げていた。

「bぶぁっ……バ、カな……」ウルスラは血の塊を吐き出し、目を剥いた。

 そんな彼女の顔面にフレインの渾身の拳が炸裂する。肉片と目玉が飛び、ウルスラは力なくその場で大の字になって倒れた。潰れた顔面からは白い蒸気が吹き上がり、血だまりが広がる。

 その手応えを感じてか、フレインは放つ熱気が弱まり、一気に魔力が萎む。数秒も立たずに鎮火し、火の代わりに血が流れ出る。耳や目から血が零れ、膝が崩れる。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」呼吸を思い出した様に息を荒げ、地面に手を付く。真っ黒に焼け焦げた血の塊をべちゃりと吐き出し、額を地面に擦りつける。

「く、ぁ……っ……ぁぁ……」堪らず転がり、目を瞑る。険しかった表情は徐々に和らいでいき、笑いが零れる。

「か……勝った……ぁ~」

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