82.炎牙龍拳の秘密

 トコロ変わってボルコニア、バースマウンテン麓のボルコンシティ。

 この日、炎の賢者ガイゼルが帰還し、町は盛大に盛り上がった。西大陸会議は無事成功し、同盟が成ったという報はこの大陸中に広まっており、大いに沸いていた。

「フレインから手紙は届いているか?」町民たちや町長に挨拶を済ませた後、炎牙龍拳道場へと向かい、留守を預かっていたボルンに尋ねる。

「はい。ここに」彼は姿勢を正して跪き、懐から未開封の手紙を手渡した。

 ガイゼルは道場の座布団に胡坐を掻き、ゆっくりと封を開いて娘からの報に目を通した。彼の表情は次第に険しくなり、歯を剥きだした。

「あいつめ! サバティッシュへ向かうだとぉ!! お前の腕ではまだ無理だ!」両腕に血管が浮き上がり、筋肉が盛り上がる。

「氷帝ウルスラが支配すると言う、あの? ……しかし、ヴレイズ殿ならあるいは……」

「……どれ程の腕に上達しても、クラス4に勝つのは難しい……しかも相手はあの氷帝……呪術の知識が無ければ、万に一つも勝ち目はない……」と、道場を揺るがす程のため息を吐く。

「……お察しします……」ボルンは目を瞑り、首を垂れる。

「……2人の安否もそうだが、危惧しているのがもうひとつある……」と、彼はボルンを連れて道場の書物庫へと連れて行く。その一番奥には掛け軸がかかっており、その前に金庫が置かれていた。

「これは……決して開ける事の許されない金庫、ですね」それは炎牙龍拳門下生の中で有名な金庫であった。これを開けると、中から悪霊が飛び出て、開いたものに『ガイゼルの拳』という名の災いが降りかかるであろうと言われていた。

「あぁ……この中にはな」と、ガイゼルは馴れた手つきでダイヤルを合わせ、扉を開く。中からは古びた巻物が出てくる。

「これは?」


「これは……炎牙黒龍拳最後の伝承者が残した、呪いの巻物だ」


「炎牙……黒龍拳?」聞き覚えが無いのか、ボルンは首を傾げた。

 ガイゼルが言うには、炎牙黒龍拳とは、厄災の拳と呼ばれる程に猛威を振るった邪拳だった。この拳を学ぶ者は力に飢え、渇望し、国を焼き払う程に荒れ狂った。

 ガイゼルの曽祖父が炎牙黒龍拳最後の伝承者を打倒し、その技を封じたのだと言う。

 そして、炎牙龍拳という活人拳へと昇華させ、このバースマウンテンに広めたのであった。

「その伝承者が最後に残したのが、この巻物だ。これには、炎牙黒龍拳の極意が記されている」ガイゼルは重々しく口にした。

「では、そんな物は即刻、焼き払うなり、火口最深部へ捨てるなりすれば!」ボルンは正義感の強い男であるため、反射的に口に出した。

「曽祖父の代からそれはやった。何度も焼き払い、マグマに沈め、更には世界の裏側へ捨てに行った事もあった。だが、いつの間にかここに戻ってくるのだ……」

「で、その巻物とフレインさんと何の関係が?」


「4年前……フレインがこの巻物を読んでしまったんだ……」


「なっ……」言葉を詰まらせるボルン。

「……金庫の番号はワシしか知らない。あいつが言うには、金庫が勝手に開いた、いつの間にか巻物を読んでいた、と……それからフレインは、強い者と戦う事に固執し始めた……同じ時期に真実(本当の父親はヴェリディクトに殺された事)を打ち明けたから、そのせいだとワシは思い込もうとしていたが……その性格が巻物によるものだとしたら……フレインが呪いを受けたのだとしたら……」

「……きっと大丈夫ですよ。彼女は心が強い! 芯の通った素晴らしい人です! そんな彼女に限って……」

「あぁ、ワシもそう思いたい」と、巻物を金庫へ戻し、ダイヤルを一回転させる。

 ボルンの励ましをよそに、ガイゼルは不安を募らせていた。

 その理由のフレインが巻物を読んだ事だけでなく、彼女の本当の父親ヴォルカは炎牙黒龍拳伝承者の曾孫であった事であった。ヴォルカも強者と戦う事を強く望み、暴走する事がままあった。その性格が原因でヴェリディクトと対峙し、殺されたのであった。

 無茶をして殺されるのも危惧すべきであるが、最も危惧していたのは、フレインに眠る炎牙黒龍拳の血が目覚める事であった。

「大丈夫だ……ヴレイズ殿と共にいるならば……」



「おいニック……」目の下を黒くさせ、死ぬ一歩手前の様な表情をしたヴレイズが声を漏らす。

「……なんだ?」彼の死を覚悟したニックは慎重に彼の目を見た。短い付き合いではあるが、彼はヴレイズの事を心底気に入っていた。

「呪いの謎が解けたかもしれない……」ぼんやりとした口調で話し、身体を重そうにベッドから起こす。

「何だってぇ?! どうやるんだ? 俺も協力するから教えてくれ! おら! お前も起きろ!!」ニックはダンガを揺り動かし、無理やり起こす。

「……勘弁してくれ……俺はもう、ダメだ……」ダンガは今にも事切れそうなか細い声を漏らし、そのまま枕に顔をうずめた。彼はヴレイズよりも数日早く呪いを受けたため、もう命は風前の灯火であった。

 ニックはその言葉を聞き、怒鳴りつける事はせず、そっと彼に毛布を掛け直した。

「で? 呪いを解く方法ってなんだ?」

「……この呪いは以前、俺が受けた呪いとは正反対の性質を持っているんだ。以前のは無理やり魔力を暴走させた。今回のは強制停止だ。前回はサンサの火を暴走に合わせて操る事で無理やり解く事が出来た。今回のは……」

「今回のは?」

「多分だが、外側から魔力を得て、内側からゆっくりと魔力を練ればイケると思うんだ」

「それはもうやったじゃないか!」ニックは呆れた様にため息を吐き、椅子に崩れる。

 彼は昨日、ニックの魔力を借りて無理やり呪術を解こうとしたが失敗し、逆に身体に負担をかけてしまったのであった。

「話を最後まで聞いてくれ。魔力は魔力でも、炎使いの魔力が必要なんだと思う。この呪術は炎を跳ね返すが、それと同時に弱点は炎なんだと思う」

「意味がよく分からないんだが?」

「この呪術は炎を拒絶する力が強い。だが、正面からではなく角度を変えて焼けばきっと溶かす事が出来るんだと思う!」

「言っている意味がわからないんだが……」

 ヴレイズの言葉の殆どは呪術の専門書による意味不明なモノが多く、ニックには理解できなかった。彼が言う『角度』というのは呪術には書き込む角度というモノがあり、その一方向にのみ力を発揮した。故に違う角度から攻めれば呪術はあっさりと剥がす事が出来るのであった。つまり、その『角度』に気付けるかどうかが重要であった。

「だが、この呪術を解呪するには炎の魔力が必要なんだ……頼む、フレインを呼んでくれ……」

「あぁ! すぐ行ってくるぜ!!」と、ニックはコート片手に宿へ飛んでいった。

「……きっと上手く行く筈だ……きっと」ヴレイズは胸に手を当て、荒くなった息を整えた。

「……なぁヴレイズ……お前クラス3なんだよな……」か細い声でダンガが口にする。

「あぁ……ちょっとズルして3.5みたいなのにはなれるけどな」


「……俺がクラス4になった時の事を話してやるよ。っても参考にもならないかもな……」


「何で今迄話してくれなかったんだよ……」

「言っただろ? 参考にもならないって……友人や家族、教師にも話したが、意味不明だって言われたよ……」ダンガは擦れた笑い声を漏らした。

 彼がクラス4になったのは6歳の頃だった。物心つく頃から魔法修行を始めており、魔力を練る鍛錬から始めていた。

 彼は他の修行者よりも才能があり、30代の修行者よりも上の修行を5歳の頃から行っていた。

 そしてある日、突然クラス4に目覚めたのである。この時に覚醒した事は自覚しておらず、10歳になってようやくククリス魔法学校の教師が気付いたのであった。

 覚醒した時の記憶は薄く、唯一覚えているのは『まるで枷が外れて解放されるような感覚』であった。

 彼はそれしか覚えておらず、他の者に話しても理解はされなかった。

 しかし、魔法教師や他のクラス4の者達はダンガの言う体験に共感していた。クラス4に目覚める時と言うのは大体、そういう物であった。大体クラス4に覚醒するもには、幼子か晩年の大魔導士くらいなものであった。その中間、20代から60代での覚醒者はほんの一握りであり、目覚めるコツは皆無であった。

「…………解放か」ヴレイズはなんとなく理解した様に頷き、天井へ手を伸ばした。

「もしかして、参考になったか?」意外そうに口にするダンガ。

「……俺はいつも、魔力の高速循環とクラス4は関係していると思っていたんだ……だから、いつも座禅を組んで瞑想して、短時間で瞬間高速循環をさせる事だけに集中した。この速さの向こう側にクラス4があると信じてな……それが無い、と気付かされたよ」少し落胆した様に口にし、笑いの混じったため息を漏らす。

「そうか……悪かったな」ダンガは黒い血の混じった咳を漏らし、そのまま気絶する様に眠った。



 その頃、フレインはフィッシャーフライ城、城門前まで来ていた。身体からは常に熱気を放ち、殺気を漏らしていた。その殺気に怯んでか、彼女の気配に気づいたサーベルウルフたちは遠巻きに怯えていた。

 城門は固く閉ざされ凍り付いていたが、彼女が手を当てた瞬間、分厚い氷壁にひびが入り、次の瞬間、轟音を立てて門が砕け散る。

 フレインは無表情のまま入城し、ゆっくりとウルスラのいる玉座の間へと向かった。道中、彼女は意気消沈しているかのように常に無表情であり、不気味な落ち着きを見せていた。

 玉座の間へと到着し、ウルスラの座す玉座を見上げる。が、そこに彼女は居なかった。

「……あら?」数分後、フワフワの襟の付いたバスローブを着たウルスラが現れる。ハイヒールではなく、くつろぎ用スリッパを履いており、ペタペタと足音を鳴らしながら歩く。

「……ウルスラ」フレインは尖った目で彼女を睨み付けた。

「あのさ、アポの手紙ぐらい寄越すのが礼儀でしょ? ククリスの刺客も予告の手紙ぐらい寄越したのに、あんた達ときたらったく……って、あいつはどうしたの? ほら、サンサ族のあいつ……もう死んだ? あの呪いは絶望的でしょ? 生きながに冷えていき、内側から腐っていくのはさぁ……で、あんたはどうなの? ちゃんとパパは呼んでくれかしら?」ウルスラはマイペースに早口で話しながら玉座への階段をゆっくりと上がり、ふわりと座した。

 ウルスラの話が終わると、フレインは表情を崩さずに口を開いた。

「あんたの昔の事は聞いたよ。随分この国から酷い扱いを受けたんだってね。可哀想に……その事から見たら、今回のこれも頷けるかな。あたしも調子に乗る偉ぶった連中が嫌いだしさ。同情するよ。

 って、あたし何言ってるんだろ……偉ぶったクソ野郎はどうでもいいけど、何の罪もない人々を苦しめているんだよね……それにアンタのさっきからの態度……どんな過去があろうとも、許されるもんじゃないわ。女帝としての礼儀もクソも無いしね……。

 さて、あたしの理性もここまでだ。最後に一言……

 地獄で焼かれろ、このクソ女!!!!」

 フレインはいつもの炎牙龍拳とは違う構えを見せ、徐々に魔力を練り上げていった。周囲に陽炎が立ち上り、周囲の氷壁、氷床に皹が入る。

「……よく吠える小娘ね……」ウルスラは冷ややかな視線で彼女を見降ろし、クスリと笑った。

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