77.氷との戦い 後編

 ヴレイズは瞬時にクラス3.5を発動させ、気絶したフレインを安全な場所へと運ぶ。どこで寝かせても氷の上になってしまうので、自分の着ていたコートを床に広げ、その上に寝かせ、炎のベールで包み込む。

「随分大切なのね、その娘」彼の様子を覗き、ウルスラが口にする。

 ヴレイズは彼女の言葉には耳を貸さず、ゆっくりと立ち上がり、目に炎を灯す。

「自信なさげだった割には、随分と生意気な魔力の練り方ね……面白いわ」微笑を蓄え、胸の下で腕を組み、挑発的なポーズをとる。

 そんな彼女の態度に何も言い返さず、体内の魔力循環を更に早め、じんわりと炎のオーラを滲み出す。

 彼が戦うのは実に久々だった。

 戦闘のためにクラス3.5を発動させるのは吸血鬼バズガと戦って以来であり、それ以降の戦いは殆どフレインが行っていた。あの戦い以来ヴレイズは魔力循環法、回復魔法、呪術などを学んでいた。鍛錬方法も身体を動かすのではなく、殆ど瞑想しかしていなかった。

「でも、あまり乗り気じゃないみたいね」

「そうでもないさ」ウルスラは魔王の部下の1人であるため、自分や仲間たちの目標である『魔王討伐』に立ちはだかる壁と呼べる相手であった。彼はそろそろ、仲間に貢献しなければと考えていた。

 だが、相手にするには悪すぎる相手かも知れない、とも考えていた。

ヴレイズは深く息を吐き、更に魔力循環を高速化させる。バズガの頃より循環が速まっており、十分すぎる程に魔力が練られていた。

「……あなた、本当にクラス3? 実力を隠しているの? ……でも、そうは見えないわね」

「クラス3.5だ」

「3.5? ……才能の無いヤツの苦し紛れって奴ね。にしては妙ね……3.5と呼べるクラスは皆、不安定で短時間しか戦えない筈。肉体は削れ、魔石も砕ける、まさに苦し紛れの一発芸だったはずよ? なのにあなたのソレは……」青い瞳で見つめ、ヴレイズの魔力を探る様に注意深く観察する。

「……サンサの炎のお陰だ」『燃やす物を選ぶ炎』の特性のお陰で彼は自身の身体や魔石にあまり負担をかけずにクラス3.5を維持することができた。それでも、負担がかかる事には変わりなかった。

 彼の今の目標はクラス4へ覚醒する事であった。



 ヴレイズはウルスラの魔力を感じ取り、背筋を芯から凍らされるような感覚に襲われていた。この感覚は以前にも経験していた。

 それは約半年前、風の賢者、ブリザルド・ミッドテールと対峙した時であった。

 あの時はまだクラス3.5を使いこなせて間もない頃であったため、上手く戦えてはいなかったが、それでも自分の全身全霊をブリザルドにぶつけたのだった。

 結果は酷く、片腕片足を斬り落され、散々にボロボロにされたのであった。ラスティーやアリシア、エレンの活躍により退ける事に成功したのである。

 あれからヴレイズは様々な戦いの中で成長し、あの頃とは違うと断言できた。が、まだブリザルドの様な術者に勝てる気はせず、まだ確固たる自信はなかった。

 むしろ、最近は自分の限界を感じており、クラス4になれる程の実力や可能性は自分には無いと思っていた。



「どうしたの? そんなに魔力を練っておいて、まだ来ないの?」ウルスラは自信に満ち溢れた表情を魅せ、周囲に細かい氷の結晶を撒いた。その結晶は宝石の様に煌びやかに輝き光を反射させ、ウルスラが身に纏う氷のドレスをさらに輝かせた。

「……ぐ」ヴレイズは彼女の放つ鋭い殺気に気圧され、動けなかった。拳を放った瞬間、肘から斬り飛ばされるような感覚に襲われ、一歩も踏み込めずにいた。

 エレンがいれば斬り落されても治せたが、彼自身の回復魔法では、そこまで治療させることはできなかった。

「こちらから動く気もないんだけどね……」ウルスラはコツコツと足音を立て、ヴレイズの周囲を練り歩く。

「あなたはこの国の事をどう思う? 別に助けに来たわけじゃないんでしょ?」

「まぁな……だが、お前は魔王の手下だ」ギオスの町を見た限り、この状況に迷惑はしているが助けを求めてはいなかった。

「手下って言い方はやめてくれる? とっても不愉快よ。彼とはパートナーよ」

「そうか? だが、手先に変わりはないだろ?」ヴレイズはラスティーがやるように挑発をしてみせた。

「……ふふっ可愛いわね、あなた」ウルスラはヴレイズの意図に気付き、またクスクスと笑った。彼女もまた『戦いのペースやリズム』というものを当然知っており、ちょっとやそっとの挑発では動じない程の精神力の持ち主であった。

「この国がどうなるか、あなたには教えてあげましょうか? どうせ誰にも止められないわけだし……あなたはこの前の雑魚とは随分と違うし……」

「?」

「この国はね、もうじき監獄島になるのよ。バルバロン本土からかき集められた囚人たちをこの国に押し込め、さながら世界のゴミ捨て場と化すのよ。素晴らしいでしょ?」

「なに?!」

「私のこの氷の力で囚人共を支配し、嬲り、法を犯したらどうなるかいい見せ占めになるわ。そう、この国にはこんな末路が相応しいのよ!」

「なんて事を……」ウルスラのこの言葉に、邪気を感じ、吐き気を催す。

「そして、見てごらん」と、玉座の麓へ指を向ける。そこには、頭部を失った何者かの氷漬け死体が転がっていた。

「あれは、この国の大臣よ。王に代わり、私に助けを乞うたのよ……馬鹿よね~ 必死に氷柱の先っぽをしゃぶって間抜けな顔を晒してくたばったわ。あの表情、オブジェにすればよかったかしらね? でも、あの顔は昔から砕いてやると決めていたから……」


「……やはり、助けを求める者はいるよな……」


 ヴレイズは何か反省する様に口にし、再びウルスラを睨む。

「なに? その目は」先ほどとは違う眼差しを感じ、不機嫌な声を出す。

「少しでも助けを求める者がいるなら……俺はその人たちの為に戦う!」ヴレイズは身体にやる気を灯し、全身に魔力を巡らせ、爆発した様に跳ぶ。

 一気に間合いを詰め、ウルスラの間合いに入り込み、赤熱拳の連打を浴びせる。


「あら、急にやる気になったの」


 赤熱拳の連打を氷の魔障壁で軽々と防ぐ。この氷壁も炎で溶かす事は出来なかったが、赤熱拳の威力には勝てず、数発で砕け散る。が、ウルスラの眼前に次々と氷の魔障壁が作られ、ヴレイズの連打が止まるまで障壁が展開され続ける。

 しばらくして、砕け散った氷の破片が浮き上がり、彼目掛けて襲い掛かる。

 ヴレイズはそれらを全て赤熱拳ではじき返しながら後退し、距離を取りながら熱線で牽制する。

 それも氷障壁で難なく防ぐウルスラ。周囲に火花が飛び散り、数枚の氷障壁に穴が開き、寸でのところで彼女は飛び退いて躱す。

「熱線を牽制打で撃つとは……この前のクラス4とは実力ともに違うわね……クラス3で使える術を極めているって感じね……」

 更にヴレイズは両腕を組み、先程よりも太い熱線を放つ。それは彼女の氷障壁でも防げず、一瞬で城に風穴を開ける。

 ウルスラはそれを余裕で避けたが、熱線が徐々に広がり、周囲に衝撃波と炎を撒き散らした。それらを全て防ぎ、炎を潜り抜け、ヴレイズの間合いに入り込む。

「中々魅せるわね。でも、ここまでよ」ウルスラは彼の胸に向かって腕を突き出した。

「どうかな?」先ほど撒き散らされた炎が集まり、全てヴレイズの片腕に収束していく。先ほどよりも更に赤々と燃えた赤熱拳がウルスラ目掛けて突き出される。この拳の熱量は周囲の空気をも焼き尽くす程であり、空間が歪み、火花が弾丸の様に飛び散っていた。

「なに!?」気安く間合いへ入った事を若干、後悔しながら彼女は飛び退き、大赤熱拳を躱す。

 避けられた赤熱拳は、そのまま床へめり込み、城を揺らす程の衝撃と共に巨大な皹を入れた。

「な、何て破壊力……これは久々に、ちょっとやる気を出さなきゃマズいかしら?」言葉とは裏腹に余裕を蓄えた笑みを魅せ、自分の周囲に冷気を集める。

「く……マズいな」ヴレイズは奥歯を噛みしめ、表情を暗くさせた。

 彼は、ウルスラにやる気を出される前に勝負を付けたかった。

 彼女が自分を舐めている間が一番裏を掻きやすく、隙に一撃を入れる事が万分の一でもありえた。

 しかし、やる気を出した今、ヴレイズの勝ち目はほぼ無くなった。

 彼は炎の分身を作り出し、それを彼女の周囲に配置する。が、それらはウルスラのほんの少し滲みだした魔力に消し飛ばされた。

「まやかしは意味ないわよ?」と、すっかり戦闘モードになったウルスラは一歩一歩距離を詰め始める。

「う……」眼前のドレス姿のウルスラは完全にブリザルド、否それ以上の魔力を帯びていた。その魔力は軽く自分を超えており、格の違いを見せつけられ、絶望した。

「どうしたの? さっきまでの勢いは……」



 ウルスラの動きは武術の達人の様に隙が無く、ヴレイズの隙を絶妙に抜けて拳を放った。。

 彼女はあえて牽制打である氷柱攻撃、アイスビーム、吹雪などの氷魔法は使わず、お返しと言わんばかりに拳や蹴りでヴレイズを痛めつけた。

「いい? クラス4と、あなたのクラス3.5の違いを教えてあげる……あなたは高速循環法を使い、無理やり魔力を引き上げているけど、クラス4はそんな事をする必要がないのよ。魔力と身体、心を一体化させたのがクラス4よ。故に、相手になるはずがないわ」と、彼の腹を蹴り上げ、肩で当身を喰らわせる。ドレスやハイヒールを身に付けた彼女は一見動き辛そうに見えるが、それを感じさせない体捌きを見せていた。

 ヒールの踵で回転した回し蹴りが彼の顔面にめり込む。

「ぐぁ! がぁ!!」防御すら貫く攻撃が数発クリーンヒットし、血反吐を撒き散らして転がる。

 炎の回復魔法でなんとか体勢を立て直そうとしたが、それを読む様にウルスラは彼の傷を更に抉り、ついには両手両足を氷で固定する。

「さ、授業終了よ。所詮、あなたの付け焼刃は私の様な実力者には通用しないって事よ」と、ウルスラはヴレイズの胸に手を当て、静かに魔力を流し込んだ。

 彼女の魔力は彼の魔石に絡みつき、一瞬で凍らせる。その瞬間、彼の魔力循環は完全にストップし、一気に身体が冷えていく。

「う゛ぁ!!!! がぁ!!」白目を剥きながら唸り散らし、体内の鋭い冷たさに苦悶する。

「これであなたは、終わりよ……さようなら、サンサの炎使いさん」と、軽く突き飛ばす。氷の拘束が解け、向こう側の壁まですっ飛ぶヴレイズ。

 身体が思うように動かなくなり、関節が軋む。

 普段通り、腕から炎を絞り出そうとするが、何も出る事が無く、胸を刺すような痛みが奔り、灼熱の様な冷気が広がる。

 その瞬間、全身から負の想いがこみ上げ、悔しさや恐れなどに心を蝕まれ、混乱する。


「う……う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

ヴレイズは炎の出なくなった腕を振り上げ、苦し紛れにウルスラ目掛けて殴りかかる。

「気持ちはわかるけど、見苦しいわよ?」指を鳴らした瞬間、ヴレイズの右腕が氷で覆われる。

「ぐあ!!」一瞬で氷塊となった右腕を押さえ、転がる。身体を無理やり起こそうとすると、凍った右腕がポキリと折れ地面でバリンと割れる。

「あ……あぁ……」心も頭も絶望で包まれながら、眼前のウルスラを見上げた。

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