76.氷との戦い 中編

 容赦の無い氷兵の連撃を掻い潜り、懐に強烈な一撃を叩き込むフレイン。

彼女は今、3体の氷兵を相手取り、優位な戦いを繰り広げていた。先ほどまで冷え切っていた身体は温まり、彼女にとって最高のコンディションだった。

「おんどりやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」フレインの火炎を纏った連撃が氷兵の四基を打ち飛ばし、身体を爆散させる。

 更に、回りの2体に回し蹴りを放ち、一撃で頭を砕く。動きが鈍ったところを火炎手刀で真っ二つに割る。

「流石……」見物を強制されたヴレイズは、彼女の戦いに感心し、腕を組みながら唸る。

「ふぅむ……クラス3の割には中々ね。大した魔力コントロールに体術……」ウルスラも感心する様に呟き、クスクスと笑う。

「こんなもんなの?! 人形遊びしているだけじゃなく、あんたがかかって来なさいよ!!」業を煮やしてフレインが玉座に向かって吠える。

「……貴女、名前は? 叩きのめす前に、聞いておくわ」ウルスラは楽しむ様に口にする。

「フレイン・ボ……ヒートマン!」本来、彼女の苗字はボルコンであった。

 しかし、『ボルコン』という苗字はボルコニア国の英雄に送られる名であった。父、ガイゼルが賢者に就任した時、この名が国王より直々に与えられ、それが母親、そして娘にも贈られたのである。

 彼女は今、『流石は賢者の娘』という言葉にうんざりしていた為、本来の姓を名乗ったのである。

「ヒートマン? ガイゼルの旧姓ね……まさか、貴女、ガイゼルの娘なの? なら、その強さも頷けるわね」

「う……知っていたのか……父さんは関係ないよ!! それより、あたしの強さがわかったなら、あんたがさっさと……」

「はいはい。さっさと叩きのめしてあげるわ」と、指をパチンと鳴らす。すると、フレインの正面に、再び氷兵が現れる。

「性懲りもなく……しつこいなぁ!」と、豪炎の拳を顔面にぶち当てる。「?!」

妙な手応えを感じ取り、咄嗟に距離を取るフレイン。

 この氷兵の身体は、先ほどの様な頑強な氷ではなく、氷の結晶の集合体になっており、その隙間をアイスジェルが流れ、形作られていた。故に柔軟であり、強烈な打撃を喰らっても、衝撃を吸収してしまうのであった。

「私の作り出す兵はデクノボウじゃないのよ? 成長し、学び、進化するのよ。で、3体じゃあ物足りないのだったわね? なら……」と、メイドでも呼びつける様に手を叩く。

 すると、フレインの眼前に氷兵が5体、氷の霧の中から現れる。


「6体で満足かしら?」


「……面白いじゃん……」全身から炎を滲みだし、いつでも踏み込める姿勢になる。

「よし、俺も」と、ヴレイズが炎を滲みだしながら言いかけると、いつも以上に強力なフレインの殺気が飛んで来る。「んぅ?」


「ヴレイズは、邪魔、しないで!」


「えぇ……」ヴレイズは炎を収めながらも、いつでも助けに向かえる様に魔力循環を速めた。



 フレインは大砲の弾の様に飛び出し、氷兵たちの中へ暴れ込んだ。体内の魔力を出来る限り練り、必殺の一撃を氷兵の正中線へと見舞う。

 本来なら、強烈な一撃を急所へ見舞えば怯むものであった。

 しかし、この氷兵に痛覚も無ければ命もなく、更に身体を構成する仕組みによって衝撃を殺し、殆ど効き目が無かった。ただ、氷兵の攻撃を中断させることしか出来なかった。

 変わって氷兵の攻撃は先ほどまでの機械的な動きではなく、しなやかな鞭の様な動きだった。さらに、手足の先端は槍の様に尖っており、隙あらば貫く勢いであった。

「く……く! ぬぅ! ぐぅ!!」少しずつ体力共に身体を削られていき、息が荒くなるフレイン。

 苦し紛れに火炎を放ち、後退する。

 しかし、氷兵たちは炎を恐れることなく間合いを詰め、3体が同時に攻撃を仕掛ける。

 フレインは身体を強引に捻り、数発の氷槍を避けながら下がる。

「く……ちと厳しいな……」

「……何故、炎が効かないんだ……?」ヴレイズは冷静に城壁の氷を削り取り、炎で探る。炎で炙られた氷は溶けることがなかった。

「その謎が解けたとしても、私には勝てないわ……」勝ち誇る様に玉座から戦いを観戦するウルスラ。彼女は相当な自信があるのか、余裕の面持ちで白ワインを啜る。

 次第にフレインは追い詰められていき、背に壁が付く。ついに逃げ場が無くなり、彼女は氷兵の攻撃を正面から防ぐしかなくなった。

「もういい! 俺もやるぞ!」ヴレイズが足を一歩踏み込む。

 しかし、そんな彼へのフレインの答えは、相変わらずの『邪魔をするな』という殺気であった。「えぇ……」

「やっと面白くなってきたんじゃん!! やっと壁らしくなってきたじゃん!!」眼前のピンチにワクワクしながら、フレインは瞳に炎を蓄える。

 氷兵は容赦なく、3人同時にフレインの身体目掛けて鋭い腕を突き出す。

 フレインはそれを灼眼で見切り、数体の分身を残しながらもその場を動かず、相手の無数の攻撃を次々に躱した。素早く、正確な体捌きで無駄に動くことがなかった。故に、呼吸は乱れず、一皮も許すことなく避け続ける事が出来た。

「スゲェ……流石、マーナミーナの強豪を1人で打ち破っただけの事はあるな」

 フレインは今迄、殆どひとりで戦い続け、あらゆるタイプの達人たちを破っていた。剛から柔、あらゆる属性の組み合わせを用いた格闘技を相手にし、彼女は確実に半年前よりも格段に実力を上げてきていた。

 そんな武者修行の最中、ヴレイズは手を出さない様にキツク言われ続けており、その間、彼は回復魔法や呪術に関する書物を読み、座禅を組んでいた。

「……炎牙龍拳って、こんなに柔軟な格闘技だったかしら? アレはどちらかと言うと、彼女のオリジナル? いいえ、それにしては無駄のない動き……」分析する様に観察するウルスラ。彼女の知識は豊富であり、世界中のあらゆるタイプの格闘技に精通していた。

 氷兵たちの動きは機械の様に疲れ知らずであり、昆虫の様に容赦の無い連撃であった。が、余裕を取り戻したフレインの目は、徐々に隙を捕えつつあり、少しずつ反撃を開始していた。

 3発躱しては1発返し、を繰り返し、それが2発3発と増えていき、ついにはフレインの手数の方が上回っていく。

 ついには、フレインの眼前にいる3体の氷兵は滅多打ち状態になり、衝撃を吸収できる限界を超え、ついにはズタズタに身体が千切れ飛び、アイスジェルが飛び散る。

 その勢いのまま、フレインは次の3体へと暴れ込み、同じ要領であっという間に破壊する。


「どうだ!!!」


 自信満々に轟と一喝し、身体に纏わりついたアイスジェルを気合で飛ばす。身体からは蒸気を上げ、深く息を吐き出す。

 そんな彼女に応える様に、ウルスラは満足げに拍手を響かせた。

「中々いい魅せ物だったわ! ワインのおつまみには少し荒々しすぎるけど、楽しめたわ。では、そろそろ幕にしましょう」と、また指を鳴らす。

 すると、バラバラに飛び散った氷兵が氷霧と共に元の姿へと戻り、再び戦闘態勢をとる。更に、無表情だった顔に口が大きく開き、歪な形の牙が生える。そして、しなやかな身体をくねらせながら襲い掛かる。

「くっ! なんどやっても同じだよ!!」と、迎撃態勢をとるフレイン。

「物足りないかしら? なら……」と、軽快なリズムで指を鳴らす。

 すると、氷兵が次々と増え、フレインの眼前に12体並ぶ。

「う……っ」

「さぁ……ラストダンスを魅せて頂戴……」

 氷兵はまるでタコの様に身体をくねらせ、今度は6体が同時に手足を踊らせて襲い掛かった。

 流石のフレインも全てを避ける事は出来ず、徐々に肉が削れていく。

 正面の一体の口が大きく開き、フレインの顔面にアイスブレスが吹き付ける。

「ぬぅ!」外の吹雪と同程度の勢いではあったが、急な攻撃に怯み、動きが鈍る。そこを見計らってもう一体が彼女の左肩に深々と噛みつく。暖かい血が勢いよく噴き出て、氷兵にへばり付き、凍り付く。

「ぐあぁ!!」血の霧が飛び散り、動きが鈍り、脚が止まる。

 それを見計らって、氷兵たちは次々と腕を突き出す。肩を噛みつかれていた故、避ける事が出来ず、二の腕、太腿に深々と突き刺さる。

「んぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」傷から真っ白な蒸気が吹き上がり、一瞬で傷から氷が茨の様に広がる。

 更に、彼女の脇腹に氷兵の鋭腕がブスリと突き刺さる。

「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」腹からの激痛、鋭痛で思考を塗りつぶされ、白目を剥きながら尻餅を付くフレイン。傷口には氷兵の鋭腕が刺さり続け、彼女の肉はあっという間に重度の凍傷になり、腐りつつあった。

「あ……あぁ……」漲っていた力があっという間に抜け、腹の辺りから死の気配が昇ってくる。フレインは一瞬で冷たい地獄へ突き落され、思考が絶望色に染まっていた。

 更に、眼前にはまだ攻撃を続ける気満々の氷兵がうねっており、次の一撃が飛んできていた。

 冷酷無比な一撃が彼女の鼻先まで届こうと言う瞬間、彼女の眼前に隕石の様な火炎が着弾する。その衝撃波はフレインを傷つけることなく、代わりに12体の氷兵たちを一瞬で粉々に吹き飛ばし、城壁の一部へと変えてしまう。


「大丈夫か? フレイン」


 ヴレイズは優しく彼女を抱き起し、素早く彼女に突き刺さった氷腕を抜き取る。痛みを感じていないのか、彼女は呻きもせず、力なくヴレイズの目を見ていた。

 彼は手早く炎の回復魔法で彼女の傷を癒し、お手製の回復剤を施し、あっという間に包帯を巻いた。この旅の間、彼はフレインの無茶な戦いに付き合わされ、治療の腕の方が上達していた。

 炎の回復魔法のお陰で、重症だったはずの彼女の腐りかけた筋肉や内臓が徐々に回復し始める。

「もう大丈夫だぞ」ヴレイズはウルスラには目もくれず、フレインの手当てを続ける。

「う……ぐ……」悔し気な表情を浮かべるが、それよりも安心できる彼のオーラにホッとしたのか、ゆっくりと目を閉じる。

「……風邪は引かないでくれよ」と、炎の回復魔法のベールで彼女を包み込む。



 そんな彼らを見降ろし、ウルスラは面白くなさそうに唸っていた。

「あの破壊力、クラス3の者ではないな……それに、あの凍傷をあっという間に治療した? 炎の回復魔法……あいつ、サンサ族か?!」と、玉座のひじ掛けを殴りつけ、ゆっくりと立ち上がる。

「貴方の名は?!」ウルスラはフレインと話した時とは違う声色で彼に問うた。

「……ヴレイズ・ドゥ・サンサだ」

「やはりサンサ族か……で? 貴方はどうする気なの? やる気?」

「……フレインがこの状態だし、俺はあんたに勝てるとは思っていない。一先ず、町まで帰りたいんだが……大人しく見送ってくれるのか?」

 そんな彼に応える様に、ウルスラは一気に彼の眼前まで飛び、氷の剣山を発生させながら着地する。

「まさか……無事で帰すわけないでしょ?」

「やっぱりな……」

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