73.ヴレイズと酔っ払いと雪の国

 ヴレイズは早速、町長の住むテントへと向かい情報収集を始めていた。町長の家自体は雪の下に埋もれており、この町、国の文献を読むことはできなかった。その為、ヴレイズは町長から長時間かけて様々な情報を聞き出した。

 この国は既にバルバロンの属国となり、王族は権力を失っていた。魔王から送られる様々な政策はこの国の特色、文化を塗り替え、ある意味ではより良い国になっていた。

 しかし3年前、クラス4以上の力を蓄えて戻ってきたウルスラがこの国に宣戦布告し、少しずつ土地に雪を降らせ、年中冬の島に変えてしまったのである。

 彼女の魔術は強力であり、サバティッシュ兵は成すすべなく氷漬けにされて砕かれ、ついに1年前にこの国は完全制圧されてしまった。

 しかも彼女は魔王の下で働いており、『とある条件』でこの国を好きしていい権利を持っており、魔王の助けは期待できなかった。

 だが、魔王も鬼ではなく、ウルスラが居座る限りは免税し、物資を送り、更には雪国の暮らしに詳しい兵を送った。

 それ故、国民は分裂し、今この国に残る者は『愛国心を持った者』『土地を愛する者』『免税故、甘える者』のみとなっていた。

 このギオスの町にいる者の殆どは魔王軍から送られる物資を頼りに日々、だらだらと過ごす者のみが暮らしていた。

 この土地に残る国民は残すところ2割程度となり、殆どはバルバロン本土へと非難していた。

「何故魔王は、ウルスラにこんな好き放題させるのですか?」ヴレイズは出された茶を啜りながら問うた。

 町長はゆっくりと頷き、ため息交じりに茶を啜る。

 彼は詳しくは知らないが、なんでもウルスラは魔王軍呪術兵器部門に沢山の呪術を提供しているそうだった。その呪術は魔王軍の未来を担う物であり、その見返りがこの状況であった。

 ヴレイズは深刻そうに彼の話を聞いていたが、町長は最後に『今となっては別にどうでもいい』と付け足した。

 彼やこの町の住民はこの状況を楽しんでいた。免税され、物資は頼めばいくらでも本土から送られてくるため、働く必要が無かった。その為、町民は皆、朝から飲んだくれており、この生活に満足していた。

 ヴレイズは半ば呆れながら彼の話を聞き、昼頃にため息交じりにテントを後にした。

「……ま、俺らも助けるつもりで来た訳じゃないからな……」彼らの目的はウルスラと戦う為だけであった。それがこの国を救う事に繋がると考えたが、それが余計な事に思える程、町長の話は情けないものであった。



 次にヴレイズは、町の診療所へと向かった。このギオスの町で唯一真面目に仕事を行っている場所であった。

 そこのは、先日逃げ帰ってきたククリスからの刺客たちが治療を受けていた。1人は肉体事態を凍らされ、溶かしてもまともに助ける事の出来ない状態だった。もう1人は片腕を失い、体内の魔法循環を何らかの呪術を施され、凍えていた。

 そして、この2人を担いでここまで逃げてきた風使いのリムールは、ここまでにサーベルウルフに襲われて重傷を負っていた。

 この診療所は医療器具が揃っておらず、ヒールォーターの代わりにヒールアルコールが置かれていた。あまり傷の回復には向かない、代物であった。

 ヴレイズはリムールにウルスラの事について問うた。彼は涙ながらに「あいつは無敵だ」と口にし、カタカタと震えた。

 ヴレイズは旅の道中に更に勉強を積み重ねた炎の回復魔法で彼の傷を癒した。リムールはその暖かさに落ち着き、眠った。

 次にヴレイズは、ダンガの容態を調べようと胸に手を置く。彼の体内の魔石には凍る様に冷たい呪術が施されており、それが体内の魔法循環を強制停止させていた。

 ヴレイズはそれを取り除こうと体内に自分の炎を送り込んだが、その呪術は炎を跳ね返した。

「……くそ……」ヴレイズは歯がゆい思いをしながらもしばらく呪術を炎で探ったが、氷の呪術はそれに反応して強烈に冷気を放ち、ダンガを苦しめた。

「俺の問題だ……それより、彼女を……」彼はヴレイズの助けの手を引きはがし、氷漬けになったゾイを指さした。

 ヴレイズは彼女に手を当てたが、諦める様に目を瞑り、首を振った。

「溶かす事は出来るが、氷と一緒に肉体も溶け落ち、骨を残して流れてしまう……」彼の診断結果は残酷であった。

「君は、魔法医なのかね?」診療所の医者が問う。彼は水の魔法医であったが、この環境のせいで十分の実力を発揮できずにいた。

「いや……そんなもんじゃないが……」



 その頃、フレインとニックは酒場で顔を突き合わせ、20杯目の酒を呷っていた。

 ニックは顔を真っ赤にしながら虚ろな目で彼女を睨み、ついには力が抜けてテーブルに突っ伏し、積んであった逆さのグラスを倒す。

「あたしの勝ちぃ」余裕綽々でグラスを逆さに置き、口を拭う。彼女は余裕なのか、更にもう一杯煽り、熱い息を吐いた。

「なにやってるんだよ、2人とも」店に入ってきたヴレイズは、目を濁しながら彼らを眺め、呆れのため息を吐いた。

「よ、ヴレイズ~ あたしすっかり酔っちゃったよ~ 頭がフワフワするね! 初めての経験だコリャ」と、フラつく様子を見せず、シャキシャキと歩み寄るフレイン。回りの客たちは化け物を見る様に瞳を震わせていた。

「……何杯飲んだの?」

「瓶2本と半分かな? なんてお酒だっけ? ブラッディ―パンサーだっけ?」

 ヴレイズはどんな酒なのかバーテンダーに問うた。彼が言うには、この店で出す2番目に度数の高い酒であった。1番は遭難者に与える医療用の酒である。

 ヴレイズはテーブルに突っ伏したニックを揺り動かす。

「おい酔っ払い、そろそろいくぞ」

「んぅ? おぉ、ヴレイズ! ここの酒は大したもんだぞ~ なんでも、1カ月分の酒を1日で飲んじまってもいいぐらいの蓄えがあるらしくてな? しかもほぼタダの飲み放題って言うじゃないか? すげぇだろ?」頭を生まれたての赤ん坊の様にグラグラと揺らし、しどろもどろになりながら話すニック。

「おい! 旅行者からは金を取ってるって、そいつに言ってくれ! 全部で600ゼルだ!」バーテンダーがグラス拭き用の布を肩にかけながら怒鳴る。

「「だってさ、ヴレイズ」」2人揃って口にする。

「ったく……お前らぁ……」

「おいおいおい! こげ茶色の肌した娼婦が10人並んでラインダンスしてんぞ!」ニックはフレインの方を指さしながらゲラゲラと笑う。

「誰が娼婦だ!! それにこげ茶とはなんだ!!」と、ニックの尻を蹴飛ばす褐色肌のフレイン。

「んぎゃ! 助けてくれよぉ! ずっとこいつぁ俺のケツを蹴飛ばして来るんだよぉ! この野蛮女! やっぱ彼女にするなら、ヴレイズみたいな御淑やかな奴じゃないとな~」

「誰が御淑やかだ!! 誰が彼女だコラぁ!」ヴレイズも彼の尻を蹴飛ばし、額に血管を浮き上がらせる。

「誰か俺を温めてぇ~ 俺を温めてくれるのはやっぱ酒だけだぁ~! って事でバーテン! この店で2番目に高い酒ちょーだい!!」

「……払いは全部こいつに頼む」



 その後、ヴレイズとフレインはギオスの町を出て、フィッシャーフライ城へ向かう。フレインは上機嫌でヴレイズの先を行き、彼は心配そうに腕を組んでいた。因みにニックは、ヴレイズの判断であのまま酒場に置いてきた。

 念のため、フレインには酔い覚ましの回復魔法をかけたが、変わった様子はなかった。

「お前、本当にザルなんだな」

「それより、あたし達よりも先に3人が戦ったんだっけ?」

「あぁ……手も足も出なかったらしい。1人は炎のクラス4。残りの2人も相当な実力者だ」

「そうなんだ……こりゃ楽しみだねぇ」フレインは不敵な笑みを浮かべながら指の骨を鳴らす。

「気になるのは『炎を跳ね返す氷』ってヤツだな。このままだと、俺たちも二の舞だぞ?」

「ヴレイズの『都合のいい炎』みたいな奴かな?」

「『燃やす物を選ぶ炎』だ! 分かり易いように『サンサの炎』って言うべきかな?」

「じゃあ、それでいいや。大丈夫、あたし達は炎だけで戦う術者じゃないもん! あたしには炎牙龍拳があるから! どんな氷でも砕いてやる!」フレインは炎を纏った拳をシュッシュッと打つ。

「どこからそんな自身がでてくるんだよ……」

「あたしより、ヴレイズが自信を持つべきなんだよ! あんたは反則級に強いんだからさ!」と、彼の背中をバンバンと叩き、満面の笑みを見せる。「あたしも、負けてらんないよね……うん」

「……そうか……うん。早くクラス4にならなきゃな……もう少しの所まで来ているんだが……」ヴレイズは悩む様に唸り、深く息を吐く。

「あたしも、ヴレイズに離されない様に頑張らなきゃね……」

 

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